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ゼラニウム


「行ってくるね」


男の子が俺に言ったのは、まさにこれから旅を始めようとするその朝のことだった。


「行ってらっしゃい。いつでも帰ってきていいよ」

「うん。行ってきます」


玄関を開けると、この子の旅立ちを祝福するかのように、雲の合間から光がさしているのが、見える。

とうとう、この子の人生を再開する時が来た。


※※※


始まりは、突然の出来事だった。

布団の近くにある眼鏡を取り、時計を見ると、既に午前9時を指している。今日は、昨日、秋葉原で買ってきたアニメのDVDを観る予定だ。慌てる時間では無い。全36話で、1話は25分弱なので、15時間もあれば見終えられる計算だ。その上、明日も特に予定は無い為、夜更かしして観ても、問題は無い。


手が悴む程に冷たい水で顔を洗い、昨日の残りのチャーハンを食べ、歯磨きをした。

DVDをデッキに入れ、飲み物を用意したところで、それは起きた。


かたかたと、コップに淹れたオレンジジュースが震える。

あるいは、テレビがミシミシと揺れる。


俺が中学生の時にこの家は地震対策のリフォームをしていたから、そう潰れるような事にはならない筈だ。


震源はどこだろうか、茨城でよく地震起きてるよな、と考えながらスマホを手に取る。


「揺れ」と、ツイートしてから、通知登録している地震速報アカウントを見る。さっきの地震についての情報は、上がっていない。2分待ってみたが、待てど暮らせど、20分前の石川県の最大震度1が最新のようだ。


今の地震は震度3はあったがどういう事だ。ツイートを検索してみるが、自分以外に地震に関連した投稿は無い。特に被害は無いので、アニメを再生する。


その直後。

ド オ ン !、と大きく、腹の底に響くように、揺れた。


途端、テレビは元より、全ての明かりが消えた。


ツイッターが、使えない。家のWiFiが切れたどころか、圏外になっている。ネットが使えないから、何も情報は、入らない。


ゴジラが上陸でもしたのだろうか。それとも、SFで話題の、電磁パルス攻撃だろうか。


今やる事はなんだろう。何をしようにも、先ずは情報がほしい。


フィギュア置きと化した、中学生の時に技術の授業で作った多機能ラジオを、作動させる。ずっと使っていなかったからか、ザーという雑音しか入らない。周波数は3局しか憶えていないが、そのどれもが、繋がらない。


どうしたらいいものか。ラジオを持ってる人に会うか。知り合いの安否確認も、したい。両親の心配はしなくてもいいか。母は3年程前に亡くなったし、どうせ父は愛人と共に居るだろう。


近所付き合いなど無いに等しいが、やむを得ないと思い、上着を着て、スマホと財布を持ち、玄関を出る。すると、庭の先からは、銀世界だ。辺り一面雪が積もっている。ちらちらと粉雪が舞っている。


いみがわからない


もう3月だぞ。北海道なら3月でも積もってるのかもしれないが、うちは、標高や緯度が高いわけでもない。異常気象だな。


いや、それよりも大事な事がある。俺は先程、「庭の先からは、銀世界」と言った。つまり、敷地内に雪は積もっていないわけだ。


敷地と雪景色の境目を見ると、薄らと緑色の壁のような物が、ある。恐らく、さっきの大きい揺れと共に、家がここに運ばれたのだろう。


緑色と言ったが、実際はエメラルドグリーンと呼ばれる、青と緑の中間のようなものだ。新幹線の車体に、同じ様な色が使われているのを見た事がある。


近づいて見てみると更に濃い色の線で手のひら位の六角形が沢山組み合わさっているのが分かる。 ハニカム構造だろうか。名前の通り、多く蜂の巣がこの構造である。


見たところ、この壁は敷地の境目に沿って展開されているようだ。上部は、ピラミッドから底面を外した様な四角錐だ。屋根の様なものだろう。雪が薄ら積もっている。


目の前の壁へ手を伸ばす。

触れない。通り抜けてしまった。雪が手に乗った。冷たい。こちらとは比べ物にならない程寒い。この壁は、雪や空気、熱を遮っているのだろうか。仮にそうだとしたなら、俺は窒息してしまうのだろうか。どこかに換気穴が空いているのだろうか。


そう考えていたら、空気が動いた。


壁の外の空気が入っているのだろうか。さっき壁の外に手を伸ばした時に感じた気温と、同じぐらいの冷たさだ。


窒息の可能性が無くなったのは喜ばしいが、これはどういうことだろう。俺が頭の中で考えた事の対抗策が起こった。この壁がやってくれたのか。家の敷地で普段と違う所は壁だけだ。口に出さずとも読み取るとは、アレクサ以上の性能だ。使ったことは無いが。

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