追放サンタのクリスマス
あと10分ほどでクリスマスが終わりますが大丈夫!間に合った!
「黒巣三太、お前をこのサンタクロース・ギルドから追放する!」
倉庫でラッピング作業をしていたら突然、所属するギルドのギルマスから追放を宣言された。
ちょうど大きなクマのぬいぐるみにつけようとしていた赤いリボンを、動揺してぽとりと手から落としてしまった。
「えっと……追放?」
「そうだ。お前のような無能なサンタなど、この由緒正しいサンタクロース・ギルドには必要ない!」
そう、僕はサンタクロース。
数あるサンタクロース・ギルドの中でも、名門と言われるギルド《赤い鼻のトナカイ》に加入している。
サンタランクは最底のFランク。
成人してからすぐにギルドに加入して、この3年というもの一生懸命頑張ってきたけれど、結局、僕のサンタランクはひとつも上がらなかった。
頑張ればなんとかなると思っていたけれど、僕の見通しが甘すぎた。
サンタには才能が必要だってことが、よく分かった。
ギルマスから無能呼ばわりされていることから分かると思うけど、僕にサンタの才能はない。
サンタの才能ってなんだ?と思う人も多いだろう。
この辺りのことは機密扱いとなっていて、ほとんど知られていない。
サンタの才能とは、つまるところ【サンタクロースの祝福】、もしくは【サンタクロースの加護】のどちらかを持っているかどうかなんだ。
15歳で成人すると、この世界を見守ってくださっている女神様から成人したお祝いに、色んな才能を贈られる。
料理の才能だとか、剣の才能、鍛治の才能なんかは、将来仕事に困らないからアタリだと言われている。
もちろんレアな才能もあって、例えば【剣聖】だとか【聖女】や【勇者】、【賢者】なんかがレアな才能にあたる。
【サンタクロースの祝福】と【サンタクロースの加護】、一般的に【サンタ・シリーズ】と呼ばれている才能もレアと言えばレアだ。
祝福より加護の方が強力で、より有能でパワフルなサンタになれる。
意外に思われるかもしれないけれど、サンタには高度な能力が要求されるんだ。
サンタからのプレゼントを欲しがっている子供達の把握。
おもちゃの流行と値段の推移の調査。
セキュリティに引っかからないようにプレゼントを送り届ける技術。
クリスマス当日の天候の予測。
それにトナカイたちの健康管理も、大切なサンタの仕事だ。
《サンタ・シリーズ》の祝福や加護持ちのサンタたちは、こういったサンタの仕事をいとも簡単にやってのける。
でも祝福も加護も持たない僕にとっては、簡単なことじゃない。
僕が女神様から贈られた才能は残念ながら《サンタ・シリーズ》じゃなく、ありがちな《計算》の才能だった。
《計算》の才能は、ただ計算が素早く正確にできるというだけの才能。
持っている人も多く、《計算》持ちの人は、ほとんどの人が事務や会計の仕事につく。
残念ながら、世間一般では有益だけどパッとしない才能と思われている。
僕の両親や学校の先生、仲のいい友達も、みんな僕にサンタクロースになるのを諦めろと言ってきた。
会社や役所に勤めて、せっかく女神様から頂いた《計算》の才能を上手く活用しろと言われた。
でも、僕は諦め切れなかったんだ。
毎年、クリスマスになると子供達はキラキラと目を輝かせながら、サンタがプレゼントを届けにくるのを待ちわびる。
綺麗に飾り付けられたクリスマスツリー。
食卓には美味しそうな料理とクリスマスケーキ。
特別な日に相応しい厳かな、でも楽しい雰囲気が街のあちこちにあふれている。
そんな中、サンタたちはトナカイの引くソリに乗って、子供たちにプレゼントを届けに行くのだ。
一年に一日だけの特別な日。
そんな素敵な日を彩るサンタになりたいと、僕は心から願った。
子供の頃からの夢だったんだ。
僕は成人するとすぐに家を飛び出して、この業界では最も歴史が古く、しかも最大手といわれるギルドに入った。
そして毎日、地道に修練を重ねてきた。
《サンタ・シリーズ》を持たない僕は、努力することだけは他のサンタたちに負けないようにしたかった。
努力以外の事も、もちろん手を抜かなかった。
例えば、見た目。
外見にこだわるサンタは多いけど、僕もその中の一人だ。
――サンタはサンタらしく!
外見に関しては伝統的なスタイルが僕の好みだ。
でも、僕の髪と瞳の色はサンタらしくない黒色だし、ヒゲもサンタらしく綺麗に伸びない。
だから髪は銀色に染め、瞳はカラーコンタクトで薄茶色にした。
立派なヒゲを伸ばすのは、残念ながら体質的に無理だったので、髪とお揃いの銀色の付けヒゲを購入した。
外見だけはサンタらしくなった僕は、Fランク・サンタとしてギルドに登録し、先輩たちについて仕事を覚え始めた。
先輩たちから仕事を教えてもらいながら、自分でも訓練を欠かさなかった。
でも、結局、全部無駄な努力だったみたいだ。
サンタ・ランクはずっと最底辺のFランクから上がれず、重要な仕事は任されず、雑務と下働きの日々だった。
そして――たった今、ギルマスから追放宣言を受けてしまったというわけだ。
――はぁ。
☆ ☆ ☆
「黒巣、お前も十分分かっただろ?サンタの才能のないやつにサンタは無理だ!」
ギルマスの優しさを装った蔑みが僕の心をえぐってくる。
でも、ここで引き下がるわけにはいかない!
何のために今まで我慢してきたんだ。
――サンタになりたい!
僕は夢を諦めるわけにはいかない!
それにクリスマスは明日なんだ。今夜中にプレゼントを配達しなくてはいけない超忙しい日だ。
僕もこの日のために、この一年頑張ってきたんだ。ここで辞めさせられるわけにはいかないよ!
「ギルマス、待ってください!確かに、このギルドに入って三年たちましたが、僕のサンタ・レベルはまだFのままです。ですが、その間も雑務や下働きとして十分ギルドに貢献してきたつもりです」
ギルマスが嫌な笑いを口元に浮かべる。
「雑務や下働きだと?アハハ!それでサンタの仕事をしたつもりか?」
「!――それはッ」
ギルマスが僕の目の前まで歩いてきて、さっき僕が落としてしまった赤いリボンを床から拾い上げる。
「なるほど、確かに雑務や下働きも大事な仕事だよな。それなしでは仕事全体が回らない。だがな――」
ギルマスはニヤリと笑うと赤いリボンをまた落とし、それを靴底で踏みつけた。
「こんな仕事、サンタじゃなくてもできるんだ。――ああ、悪い。お前はサンタじゃなかったな。サンタの才能もない一般人だったわ」
僕は踏みつけられた赤いリボンを見ながら、まるで自分みたいじゃないかと思い、悲しくなった。
「サンタの才能のない一般人にサンタの仕事はできない。分かるな?お前は今日、この時をもってギルド《赤い鼻のトナカイ》から追放だ」
ギルマスはどうしても僕を追放したいらしい。しょうがない、ギルドを去ろう。
「分かりました。ギルマス、長い間お世話になりました。ところで、やりかけの仕事はどうしましょうか?」
僕は広い倉庫に山と積まれたプレゼントを手で指し示す。
「まだ包装途中ですし、メッセージカードも用意できていません」
ギルマスはフン!っと小馬鹿にしたように鼻で笑うと、僕に倉庫から出て行くようにアゴで示した。
「心配するな。お前がやっていた仕事くらい、本物のサンタなら朝飯前だ。サッサと出ていけ!二度と顔を出すなよ。目障りだ」
仮にも三年間働いてきた人間に対して、酷い言いようだと内心腹が立ったが、僕は黙って倉庫から立ち去った。
☆ ☆ ☆
「ギルマス!黒巣の奴、大人しく辞めていきましたか?」
「おお、サブマスか。ちょろいもんだったぜ?雑用しかしてねーくせに、一丁前にサンタ気分だったんだろう。しっかり心をへし折ってやったよ」
「ひゃはは!ギルマスも酷い人だなぁ。そんな楽しい場面に、俺を呼ばないなんて」
「まあ、そう拗ねるな。ようやく、前のギルマスが引き起こした問題が解決できたんだ。これからは、これまで以上に仕事が捗るだろう。サブマスとして頑張ってくれ」
「ああ、前のギルマスねぇ。サンタの才能のない奴をギルドに入れるとか、何考えてたんでしょうね?サンタはサンタの才能のあるやつにしか務まらないのに」
「俺の代になってからギルド規約も改訂して、《サンタ・シリーズ》持ちじゃないと加入できないことにしたから、これからはこんな馬鹿げた問題は起こらんさ」
「明日はクリスマスだっていうのに、首になって黒巣も可哀想にねー。ギルマス、わざとでしょ?」
「うはは!何のことだ?俺にはさっぱりだ」
「きゃはは!ウチのギルマス最高!」
「まあ、明日がメインイベントのクリスマスだ。しっかりやってくれ!」
「お任せください!今まで問題など、ひとつも起こってないんですから、今年も大丈夫ですよ」
サンタクロース・ギルド《赤い鼻のトナカイ》では、例年通り、クリスマス前のゆったりとした時が過ぎていった。
☆ ☆ ☆
――ドンドンドン!
深夜、ギルマスの部屋のドアが激しく叩かれた。
「――なんだ、うるさいな。何時だと思ってるんだ――」
あれからサブマスと調子よくワインを飲んで、そのまま寝てしまったギルマスは、ギルドからの緊急連絡により叩き起こされた。
「ギルマス!お休みのところ、申し訳ありません」
「こんな時間に、一体全体なんなんだ?どうでもいいような問題だったら許さんぞ!」
「は、はい!実は問題が起こっておりまして――」
「問題だと?ここ最近は問題など、起きたことがなかったじゃないか?」
「そうなのですが――実は明日配る予定のプレゼントの用意がまだ終わっておりません」
それが本当だとしたら大変なことだ。
本来なら、もう子供達に配るプレゼントは綺麗に包装され、メッセージカードを添えて、担当のサンタのソリに積み込まれている頃合いだ。
「プレゼントの用意が終わっていないだと?具体的にはどこまで作業は進んでいるんだ?」
「それが――まだ包装をしている最中でして」
「はああん!?包装の最中だと!?どーゆーことだっ!?俺はちゃんと指示したはずだ!」
確かに何度か部下からプレゼントの準備が思わしくないという報告は受けていた。
ギルマスはサンタの才能すらない黒巣がやっていた仕事など、才能ありのサンタなら軽くこなせると思っていた。
なので上手くいかないのは仕事をサボっているからだろうと考え、部下には「死ぬ気でやれ!」と現場に伝えるようにとしか言ってなかった。
「実は問題はそれだけじゃないんです」
「なんだとぉ!?まだあるのかっ!?」
「――ええ、まあ、色々と。全て何度もギルマスにご報告してあったことばかりなのですが――」
ギルマスは部下から自分を批判するような視線を感じ、思わず怒鳴った。
「他にはどんな問題が起こってるんだ!言ってみろ!」
「ええと、まだメッセージカードが書き終えていません」
「そんな簡単な仕事が、なんでまだ終わってないんだ?仕方ない、バイトでも雇って担当の人数を増やせ!」
「それが――もうすでに予算枠を超える人件費を注ぎ込んで人手を集めてますが、それでも間に合いそうにありません」
「予算枠を超えているだと!?どの程度、超えてるんだ?」
予算枠を守ることはギルマスの重要な仕事のひとつだ。あらかじめ決めてあった予算枠を超えてしまうと、仕事の採算が取れなくなり赤字になってしまう。
下手をするとギルドが潰れる事態だってありうるのだ。
それを知っている部下は、青い顔をして震えている。そして嫌々ながらギルマスの質問に答えた。
「時間通りにメッセージカードを間に合わせた場合、予算枠のおよそ三倍の人件費がかかる予定となっています」
「さ、三倍だとぉ!?」
ギルマスは絶句した。
これほどまでに予算枠を超えているとは思いもよらなかった。
このままでは、クリスマス後の大晦日に例年開催されるギルドの一年の仕事ぶりを外部の専門家が見定めるギルド監査委員会を無事に通過できるとは思えない。
石像のように固まったギルマスをチラリと見ながら、部下が申し訳なさそうに報告を続ける。
「実はまだ他にも問題がありまして――」
ギルマスは石像のままだ。
「実はプレゼントを贈る年頃の子供達の住んでいる場所の把握が、一部はっきりしない箇所があります。昨日までは正確に位置を特定できていたのですが――。こんなことは、ここ数年で初めてだと技術部門でも対応に苦慮しております」
ギルマスからの反応はない。
部下はギルマスがいまだに石像のままなのを確認してから報告を続ける。
「他の問題と致しましては、当日の天気予報が外れそう――いえ、分からないとのことです」
大空高く駆けるトナカイとソリでプレゼントを運ぶサンタたちにとって、当日の天候は死活問題なのだ。
天候が荒れている場所を避けたり、場所によっては飛行高度の調整も必要になってくる。
途中で安全にトナカイたちに休憩を取らせられる場所の確保も必要だ。
これらは全て、天候が絡んでくるのだ。
「後ひとつ、些細な問題ですが、どの家にプレゼントを届けるのかが書かれた書類が担当サンタの元に届いておりません。どこかで書類仕事が滞っているようなのですが詳細は未だ不明です」
「あと、これまでの報告に比べれば、どうでもいい問題ですが、トナカイたちが体調を崩し、仕事に出れる数が半分程度となる予定です。どうやら風邪を引いたり、栄養不足、ストレスなどが原因のようで、今日明日では完治しないとの獣医から報告が上がっています」
部下がギルマスの様子を伺うと、やはり固まったままだが、報告が進むにつれ顔色が青くなっているようだ。
――そりゃそーだろ。予算枠超過だけでも酷いのに、アレもコレも酷い問題ばかりだ。
部下は内心、もうこのギルドも終わりかもしれないなと思い、他ギルドへの移籍を考えながらギルマスの部屋をそっと出た。
☆ ☆ ☆
ギルドを追放されてから、僕は色々と考えてみた。
確かにサンタの才能のない僕にはサンタは無理かもしれない。
だからといって、子供の頃からの夢であるサンタを諦められるのか?
色々悩んだ末に、僕は小さなサンタギルド《トナカイの鈴》を立ち上げた。
自分はサンタにはなれないけれど、サンタを助けることはできるんじゃないか?
そう思ったからだ。
幸い、ギルドは順調に成長していき、信頼できる仲間もできた。
そう言えば風の噂で《赤い鼻のトナカイ》がギルド崩壊を起こしたと聞いた。
あんなに立派なギルドが崩壊するなんて、本当にびっくりした。
僕のギルドは決して崩壊させない!いつまでも子供達の夢を守るんだ!と決意も新たに日々を送っている。
メリークリスマス!
ほんとすいません