06
翌日、細々とした雑事をこなし____といってもどこからともなく現れるお屋敷のメイドが手伝ってくれるのだが。そして、いつの間にかまたフィリアを男性が誘いに来て庭園に出ていった。
これも化かすというおもてなしなのだろうか。なぜフィリアは婚約者候補でもない男性についていってしまうのか。気になって、イオニアは様子を見にいくことにした。
庭に出ると池の傍をフィリアが散策しているのが見えた。隣を歩いているのは先ほど迎えに来た男性とは違う顔をしているように見える。見つからないように、どこか隠れるところは、と見まわしたところで、
「イオ」
少し離れた所に白蓮が立っているのが見えた。今日は獣の耳と尻尾がない。服装も人間と同じだ。手招かれるままに近寄ると木の影に隠れる形になる。
「フィリアと歩いているのはどなたですか?」
「ああ、彼はね、彼らはと言った方がいいか」
君はなかなか幻惑にかかりにくいみたいだから、と苦笑して彼はイオニアの手首を掴んだ。
「……え?」
手首を掴まれると見えているものが変わった。
フィリアが白蓮____レンと名乗った時の姿と寄り添って歩いている。イオニアが慌てて手首を掴まれている方を振り返ると彼はそっと手を離した。
もう一度フィリアの方を見ると別の男性と腕を組んで歩いている。
「君には私の幻惑をかけたけれど、妹君に見えているのも大体そのような感じだと思う」
彼らは人型を取れるようになった一族の男性で、日替わりでフィリアの相手をしているのだとか。
「彼らにとっては人に化け、更に幻惑をかける修行のような場になっている」
でも悪戯に化かし続けるつもりもない。と彼は続けた。
「会話の内容は擦り合わせたりしていないんだ。普通は毎日会っていれば同じ人物かどうか疑問に思うのではないかな?」
この屋敷はおかしなことが毎日起こるしね。そう言われて、確かに、と思ってしまった。
「彼女が気づいたら全ての事情を話すつもりだ」
元からそのつもりだったと言われれば、それ以上止める必要もないだろう。
「フィリアには私からは言いませんよ」
言えば、ありがとう。と言葉が返ってきた。
しばらく眺めていると、フィリアの周りでちょこちょこと小さなものが動いていることに気がついた。二足歩行の狐だ。彼、もしくは彼女は腕一杯に花びらを抱えていて、フィリアに向かって振りかけている。とてもほほえましい。
思わず微笑むと、見るかい? と聞かれた。頷くと手首を握られる。
歩くフィリアに風が吹いてキラキラと光る。とても幻想的な光景だ。思わず拍手してしまいそうなくらいに。
化かすのはおもてなしで悪戯という意味がわかった気がした。
「素敵な力ですね」
白蓮を振り返ると彼はちょっと虚をつかれたような顔をした。
「私たちは君の妹君を騙しているわけだけれでも」
ゆっくりと首を振る。考えながら口を開く、
「騙すことと傷つけることは違いますよ」
そう、違う。素直なことが必ずしも美徳ではないことをイオニアはよく知っている。
「全てのヒントを隠されて完璧に騙されたとしたら妹のために怒りましょう。けれど、気づく要素は散らばっていて、それに気づけるかどうかは、そこからはフィリアの責任です」
あの子の見たいものしか見ない性質は、今後生きていく上で、いつか取り返しのつかないことになる気がする。
「私は家族が嫌いです。____少し、悪い子になってみようかと思って」
彼の方におどけたように肩を竦めてみせると、ややあって彼は口を開いた。
「……やっぱり、いいな」
よく聞こえなくて聞き返そうとすると、ぽんぽんと頭を撫でられた。幼子を褒めるような仕草に頬が熱くなる。顔を隠すように手で覆うとくくっと笑い声が降ってきた。
笑われて恥ずかしい。けれど嫌な笑い方ではなく、包み込むような暖かさを感じて、イオニアは、きゅっと胸の奥が掴まれたような気がした。




