04
「何から話そうか」
うーんと悩むそぶりを見せながら彼は何でもないことのように言う。
「イオニア…イオはあの甘ったるいお嬢さんの姉なんだろう?」
色々と衝撃だ。いきなり名前は愛称で呼ばれているし____
「甘ったるいと言うのはフィリアのことでしょうか?」
「そうだね。そんな名前だったかも知れない」
髪の色も瞳の色も性格も甘すぎる。彼はさらりと毒を吐く。
「どうしてあの子の姉だと?」
メイドの格好をしていたのに? 彼はおかしそうに笑う。
「見ていたから。私だけじゃなく、ね」
「え?」
気づいていただろう? 覗き込まれて、やっぱり、と背筋が震えた。思わず腕をさすると、寒いのかい? とどこからともなくカップを出してお茶を入れてくれた。
「どうぞ」
ありがとうございます。と受け取りつつ、この配慮は何だろうと疑問に思う。
「さて、なぜ彼女を呼んだか、だったね」
真面目な顔をした彼の言うことには、
先日の夜会でフィリアと白蓮____レンの妹カナリアのドレスの色が被った。それ自体は非礼ではあるが許せることだった。しかし、オフィーリアは二人のいる場でフィリアのドレスを褒め、兄に紹介して欲しいと言ったらしい。フィリアも私なら気に入っていただけるはずと迫ったと。
イオニアは目の前が真っ暗になった。血の気が引き、ガタガタと震える。
妖と人間は種族的にどちらが上とはっきり言うこともなく共生が謳われている。しかし、異能を持ち、長い時を生きる妖と人間が戦って勝てるはずなどない、とイオニアは思う。
もしかして物理的か社会的か消されるのか____
息が詰まって上手く呼吸が出来ない。
「落ち着いて」
気づくと彼の手はイオニアの背を擦っていた。
「ゆっくり息を吐いて___そう。」
吸って、と彼の指示に合わせて呼吸が整っていく。
「すまない。もう少しだけ聞いてくれるかい?」
ゆっくりと頷く。
彼が言うことには、妖の代表と人間の王の取り決めで共生が実現しているため、妖は無闇に人を襲ってはならないし、逆に人に舐められてもいけないらしい。
「私たちは今この100年の狐の一族の代表だ。それが非礼を許せば、妖自体が人間に舐められかねない」
だから、彼女には罰を与えなければいけなかった。
ここまではいいかな、と言われて頷く。
「といってもね。別にそんなに大きな罰を与えようと言うわけでもない」
狐の妖は人を化かす。幻惑の一族と言われる。一族と言っても全てが血が繋がっているわけではなく、尾が増えて妖になったものの寄せ集めだけどね。と彼は続ける。
「私たちにとって人を化かすのは本能であり、もてなしでもあり、悪戯でもある」
だからこの1ヶ月は狐にたっぷり化かされて欲しいと思ってね。彼は続けた。
「人に無闇に危害を加えないようにという規制があるから、思いっきり化かすことはなかなかできなくてね」
ストレスの発散に付き合ってもらうようなものだね。のほほんと言った。
「ここは私の庭だと言ったね。ここには私が招かないと入って来れないんだ」
悲痛な顔をしているイオニアの眉間をトンと長い指先でつついた。
「君はいつもそんな顔をしている」
張り詰めて切れてしまいそうな、そんな顔だね。心穏やかに過ごした方が長生きできるよ。
「だから、君には話しておこうと思って」
そんな顔をしなくていいように、と続けた。
「ならば、私はきっと長生きできませんね」
思わず口から滑り落ちたのはそんな言葉だった。慌てて口を塞いでも、こぼれ落ちてしまった言葉は戻らない。
顔を伏せて沈黙する。彼はまだゆったりとイオニアの背を撫でていた。
「____どうして?」
彼があんまりにも穏やかに聞くから、どうしてか涙が出そうになった。
「話しておしまい。言いふらしたりしない。約束をしようか? 人ではないから破らないしね」
勝手にイオニアの小指に指を絡めてゆったりと揺られる。こんなこと人の男性にされるのはあり得ない。けれど、彼は不思議と許せてしまう。そういう人でない大きな器を持つ生き物である感じがやはり妖なのだろう。
「実は____」