02
「お、お母様?」
あら、なあに? と首を傾げる母は大層可愛らしい。妹に瓜二つの容貌もあって若々しいし、癒しなのだろう。が、しかし、しかしである。
「この荷物は……」
イオニアは忙しかった。父を助けて徹夜で書類作業をしていて、フィニアの妖様のお屋敷へ伺う準備は母に任せっぱなしだった。それがいけなかったのだろう。
思わず眉間に皺がよる。
「その大量のドレスはどうなさるおつもりですか? 一体何台馬車を使うおつもりで?」
どうして? という顔のまま母が困ったように眉根を寄せる。
「他にも持ち込まなくてはいけないものはありますでしょう!」
ドレスだけで馬車2台も使うなんて相手のご迷惑にしかならない。
「連れていく使用人は選んだのですか?」
「キャロルとココアが行ってくれるそうよ」
またまた顔が引きつりそうになるのをぐっと堪えた。
キャロルとココアは仕事はきちんとするメイドだ。しかし、母の人選で雇われただけあってどこか楽観的でフィリアのストッパーには到底なり得ない。
もう出発は明日に迫っている。今から交渉をして、他のメイドに代わってもらうことは可能かもしれないが、この二人はフィリアのお気に入りなのできっとごねるだろう。臍を曲げたフィリアが何かしでかしたら弱小伯爵家など潰れてしまう。
イオニアはキリキリ痛む胃を抑えて最終手段に出ることにした。
「お父様、お話があります」
そうして、今、イオニアはメイド服に身を包み、無言で馬車に揺られている。
フィリアとキャロル、ココアの楽しそうな声が響く中、ひたすら窓の外を眺めていた。
「お姉様、そんなに妖様に会いたかったんですか?」
イオニアが付いていくと言った時のフィリアはひどく不機嫌になってこちらを睨んだ。
私の幸せを羨んで壊そうとして、と激昂して泣き出してしまい、慌ててキャロルとココアが慰めて今に至る。違うと言っても聞き耳を持たないのはいつものことだ。
ふいに馬車が停まる。
「ようこそいらっしゃいました」
穏やかそうな声を掛けてきたのは執事か家令か。妖は見た目の年齢が若々しいのでどのくらいの年月を生きているのかさっぱりわからない。
薄灰色の髪を後ろで結び、片眼鏡をかけている。人間より少しだけ尖った耳は妖を見分ける特徴だ。
フィリアたち三人は彼の手を借りてもう降りて行ってしまった。仮にもイオニアはキャロルとココアの主でもあり、メイドとして振る舞うとしても同僚のはずなのだが、彼女たちにとってはフィリアの邪魔をする敵だと思われているのだろう。
「ありがとうございます。荷物はもう一台の方に」
手を借りて馬車から降ろしてもらう。
紳士的な笑みを浮かべているのでほっとしてその顔を見上げて思わず背筋に悪寒が走った。
____観察されてる?
笑っているのに目の奥が全く笑っていない。
イオニアは強張った笑みを浮かべたまま固まった。
沈黙が落ちて非常に気まずい。
「……どうかされましたか?」
いえ、とかろうじて返すと彼は先導して歩き出す。
「あの、フィリア様は……」
「先に行かれましたよ」
____お待ちになれなかったようですね。
副音声が聞こえた気がした。
「荷物はこちらのものに運ばせますので」
イオニアが恐ろしさに震えているうちに、あっという間にフィリアの客間についてしまって、どうぞごゆっくりという言葉と共に扉が閉まった。
「……フィリア、失礼のないようにするのよ」
わかってるわ、ふんと鼻を鳴らす彼女はまだ機嫌が悪いらしい。
晩餐の時間、挨拶に来た、レン・ダズル様に会えたフィリアは感激していた。
濃紺のジャケットにダークな色合いのシャツ、クラバットは生成り色をしていて上品だ。
しかし、それよりも目を引いたのは彼の美貌だろう。
銀色の長い髪、切長の金色の瞳は鋭く、けれどどこか退廃的な色気を感じさせる。
彼の隣には妹でいらっしゃるカナリア・ダズル様。兄君と同色の色を持つが、ふんわりとした髪の毛と釣り上がり気味ではあるものの、大きな瞳が印象を大きく変えていた。
晩餐の場にイオニアは入れなかったので、何があったのかは知らない。
帰ってきたフィリアはとてもご機嫌で、鼻歌すら飛び出しそうで、それが余計にイオニアの不安を煽った。