01
お久しぶりの連載です。よろしくお願いいたします。
全10話+1で完結予定です。
「……な、なんですって!」
父の執務室で書類を裁いていたイオニアは緑の瞳をこれでもかと見開いて、椅子から崩れ落ちそうになった。
お気に入りのバレッタで留めたピンク色の髪が崩れたが気にしている暇はない。
目の前には、人畜無害そうな笑顔の父、ロイがイオニアの勢いに慄きつつにこにこしながら王家の刻印のある封筒を差し出している。
ここは妖と人が共生するシンフォニア王国。イオニアはルーシッド伯爵の長女、いわゆる伯爵令嬢なのだが、どうにもこの伯爵である父は頼りない。
日和見主義で喧嘩を売らないのは、果たして長所なのか短所なのか。あれよあれよと長いものに巻かれた結果がこの書状である、らしい。
「フィリアが妖様の婚約者候補ですって?」
フィリアはイオニアの妹だ。天真爛漫で天使の笑顔。ふわふわとした桃色の髪に蜂蜜色の瞳、小柄で華奢なその姿は庇護欲を誘い、涙を溜めれば瑞々しい花のようなんて言われている。
が、しかし、しかしだ。それはあくまで無関係の眺める側からの印象である。
いつも振り回されているイオニアにすれば天真爛漫とは災害である。なんというかとても空気の読めない子なのだ。
一気に血の気が引いた。今は真っ青な自信がある。
どうした? と父がにこにこ顔のまま覗き込んでくるがとんでもない。
妖とは人間とは本質の違う生き物だと書物で読んだことがある。違う価値観を持ち、長い生を生きる。不思議な力を使い、時に人を騙したり、裁いたりするのだとか。
「お父様、なぜフィリアが選ばれたのですか?」
書状にはとりあえず1ヶ月間婚約者候補としてお相手の家で生活するように、と書かれている。
うーん、と首を傾げ頭を掻きながら父は言った。
「フィリアが可愛いからじゃないか? ほら、この間の夜会の」
「夜会……」
それはイオニアが忙しすぎて欠席した夜会のことだろうか。
「お父様とお母様とフィリアが参加した5日前の夜会のことでしょうか」
そうだ、と父は頷く。
「オフィーリアが妖様とお話しする機会があってな。ぜひ兄君の婚約者にとフィリアを勧めたのだ」
オフィーリアはお母様のこと。かつてその美しさで浮世離れした妖精のようだと持て囃されたらしい。が、イオニアに言わせればおっとりした箱入り娘がそのまま大人になってしまったような夢見がちな人である。
フィリアも乗り気だったしいいのではないか? という父にふたたび倒れそうになるがもうなにも言う気が起きなかった。
晩餐の時間、ご機嫌のフィリアが話し出す。
「お姉様、祝ってくださいな。私婚約するんですよ?」
フォークを置いてまずは祝いの言葉を
「おめでとう。そして、物事は正確に、ね。婚約者候補でしょう? それで、お相手はどんな方なの?」
フィリアは頬を薔薇色に染めた。
「レン・ダズル様よ。狐の妖でいらっしゃるの。素敵だったわ」
うっとりとため息を漏らす。
「お話はしたことあるのね?」
「もちろんよ。きっと気に入ってくださったんだわ」
よくやったな、フィリア。と父が褒める。
「妖様に嫁げるなんて、そうあることではないからな。これもフィリアがいい子だからだな」
デレデレと親バカ全開である。
「イオニアはいい人はいないのか?」
この流れで話を振ってくるなんて。口端が引きつりそうになるが、
「いませんわ」
と答えた。
軽く目を伏せる。
「お姉様はいつも怖い顔しているから心配よ」
悲しげに眉を寄せる妹は大きなお世話だ。
そもそも、フィリアには出会いがない。あちこちでやらかす能天気な家族をハラハラしながら見守っているうちに、目つきが怖いとか噂になってあっという間に婚期を逃しそうになっている。
フィリアは17歳。イオニアはもう19である。人並みに結婚願望はあるが、父に代わって書類を裁かないと領地経営は立ちいかないし、母はすぐ騙されて怪しげな品を買わされそうになるしどこにもいけない。
このままここに独りで骨を埋めないと行けないのかしら、と思うとついつい遠い目になってしまう。
楽しげな晩餐に響く声が憂鬱さを引き立てた。