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かつての私にさようなら

作者: Syurutu

短編「いつかの貴方にさようなら」の 彼女 視点の短編になります。 

 人の不幸は密の味と宣ったのは一体どこのだれなのだろうか?そんな事を考えつつ私は薄汚れた路地裏にへたり込んでいた。


 恐らく私の不幸を嘗める者がいるのならそれはきっと、とてもとても甘美で濃厚な物なのだろう。裏切りと嘲り、そして謀略の末に訪れた負け犬の死、これ以上惨めで不幸な物はそうそうありはすまい。


 目の前に立つ青年は半年前までのパートナー、そして限りある永遠を誓った男。私の額にこの路地裏とは対照的に小綺麗なベレッタM92Fを突きつけ、ごく自然な微笑を浮かべている。


 彼の容姿は酷く目立つ。柔らかな笑みを刻みつけた微笑は彫像のようで、どこかで見た悲劇の主人公のようだ。隙無く着こなした三つ揃いのダークスーツには小さな汚れすら無く、スーツの上に羽織ったロングコートはまるでマントのよう。


 このまま演劇の主役でも張れそうな見た目だが、その美貌には異質で余分な物が付加されている。いや、私が付加したのだからこの言い方では少し語弊があるな。


 青年の顔の右半分は痛々しい火傷で覆われ、右目は潰れて火傷で引きつれた皮膚のせいで歪んだ笑みの形をとっている。


 少し前に彼は私に銃を突きつけながらこう言った、「愛しているよ、心からね」と。


 芝居がかった大仰な動作で額に向けられる銃口、中のライフリングがしっかり確認出来る程私と銃口の距離は近い。


 恐らく彼の台詞に嘘偽りは無いのだろう、そうでなければあんな純粋そうな目は出来ないはずだ。欲しくて堪らなかった玩具をやっと買って貰えると分かった子供のような純粋で歓喜のこもった目は。


 半年前まで愛した男を私は手ひどく裏切った。何のためかと言われれば無論金の為だ。金さえあれば何だって買える、命も、心も、愛も。そして限定的にならば時間さえも。だから私は愛を金に換えた。手に入ったのは愛の価値を大きく超える大金、彼を恨む男がいたからこそ手に入った金だ。


 私は情事の後彼を襲った。腹を何度も蹴り上げて動けなくし、肩にナイフを突き立て、ついでに彼が肌身離さず大事にしている母の遺品とかいうカメオもたたき割った。そして通帳とカードを奪い、家に火を放って逃げ出したのだ。


 なにもかも上手くいった。そう、今日この時までは。


 私が新たに愛したのは彼を裏切らせた男だった。男は実業家で、莫大な財産を所有しており、私の愛を金で買い取ったのだ。


男は昔あくどい仕事で稼いでおり、それを彼に邪魔され数年刑務所で過ごす羽目になったと忌々しげに話していた。完全なる逆恨みだけど理由なんてどうでもいい、考えられない程の大金を手に入れられたのだから。


 そして半年を私はリッチに過ごした。まるで映画女優のように。


 今日も男に付き添い、さる著名な映画俳優が催す豪華な立食パーティーに参加する予定だった、男が運転する真っ赤な高級外車の助手席に腰を降ろし宮殿のような家を出る。


 そこで私の幸せは唐突に終わりを迎えた。後はどん底に転げ落ちていくだけ。


 門扉を抜けた直後一人の黒ずくめ男が車の前に立ちはだかった。無論男はクラクションを鳴らして退くように促したが、帰ってきた答えは一発の銃弾。


 9mmパラベラムがフロントガラスを突き破り、男の頭を吹き飛ばす。私がそれに反応できたのは暖かい男の血と、白くてぶよぶよした気味の悪い脳漿が顔に降り注いでからだった。


 私の幸せを奪った男は瞬きをする間に、銃声を聞きつけてやってきた屋敷の警備員を皆殺しにすると、ゆっくり芝居のような動作で振り返り、私の方へやってきた。


 ああ、今になってやっと気づいた、彼だ。外見は少し変わってしまったが服の趣味も、その芝居がかった動作も全く変わっていない。


 罪が少し遅れて私を裁きに来たのだ。


 私は夢中で逃げ出した。ハイヒールが片方脱げ、ヒールが折れても気にせず駆け続けた。服はそこら中にぶつかったり引っかけたりでぼろぼろ、丁寧にセットさせた髪も掻き乱したかのようにばらばらに乱れてしまった。


 何も考えず逃げ続けた私を出迎えたのは無情なデッド・エンド(行き止まり)、逃げ場を無くした私に出来る事と言えば無様に座り込む事だけ。


 彼は少しも遅れる事無く着いてきており、しっかりと私の前に汗一つ流す事無くほほえみを浮かべて立っている。


 私は敗北した。自分の罪と傲慢、そして…自意識過剰やもしれないが彼の私への愛に。私の運と実力は崩れ去り、その上に立つ虚飾の栄光も同じく瓦礫となって消えて失せた。


 彼を見上げると未だに私を見つめてほほえんでいる、何故こんなにも綺麗な笑みを裏切り者に向けられるのか。


 「あーあ、負けちゃった」


 銃声。そして頭を強く揺さぶる衝撃。はたして私の敗北宣言は彼に届いただろうか、それ以前にちゃんと口にできたのだろうか。


 それが届いていればいいな、私は闇に消えていく意識のなかでそう思った。

 ほとんどノリで書きました。やっぱり自分でも何がしたかったのかさっぱりな作品。だいたい三ヶ月くらい前に執筆。当時の私はきっと今の私とは別人格なんですよ、ええ。

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