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この手をつかみたくて4  作者: えみっち
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4-1


「陸くん、お店辞めちゃうんですか?」


カウンターに座っていた20代前半の2人組の女性に尋ねられ、グラスを磨いていた月島の手が止まった。


『カノン』

関東連合高野組、高野海人が経営する店。

その店で店長をしている月島は、尋ねてきた女性達の顔を見るとにこりと笑う。店には何度も来てくれている常連の客であった。月島がカウンターに入っている時にスタッフの情報を聞いてきたりと結構熱心な客だ。個人に支障のない程度の話なら教える事もあったが大概親父ギャグで笑って終わらせる事が多かった。しかし、さすがに陸が辞めるまでひと月もなくなって来たので頷いた。


「そうなんだよ。残念だけど引越しするらしいんでね」

「えーー!ショック!でもまたバーテンダーするのかな。そしたら行くんだけどな」


1人の女性が本当に残念そうに言うので月島は思わず笑ってしまった。

美鈴と付き合い出してからは気分のムラも随分と減って、仕事中黙っているという事はなくなり女性ファンが増えていた。しかし愛想がないのは相変わらずなのだがそれも陸の魅力らしかった。


「さあ、どうなんだろうね」


再び手を動かしながら月島は首を傾げた



自分の持ち場であるカウンターで洗い物をしていた陸は目の前に座っていた女性の質問が聞き取れず蛇口を閉めると相手を見た。よく見ると最近1人で遅い時間に飲みに来る若い女性客であった。陸に正面から見られると話しにくいのか視線を目の前のグラスに落とすと女性は再び同じ質問をした。


「あの…友達に聞いたんだけど、今月いっぱいで陸くんお店辞めちゃうって話」

「ああ、本当」


陸は短く答えるとタオルで手を拭く。


「そうなんだ。残念だなぁ。陸くんが作るカクテル、ホント美味しいのに…」


女性が残念そうに言う褒め言葉にさすがの陸も黙っていられなかった。


「あー、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」


珍しく照れたようにお礼を言う陸に女性も嬉しそうに笑った。


「どこか他の場所でバーテンやるの?」

「いや、やらないよ」

「そうなんだ。残念だな…」


そう言うと女性は黙ってしまった。そして陸がカウンターでカクテルを作る姿をずっと目で追っていた。




仕事を終えたのは3時近くであった。他のスタッフは先に帰っておりアルバイトでは陸が最後だ。裏口の鍵をしてから出ようとした所で通路前の人影に目をとめた。


「あれ…あんた」


陸は驚いて足を止めた。通路前に立っていたのは、店のカウンターにいた若い女性だった。女性の方も陸を見ると頭を少し下げた。あまり気にして見ていなかったのだが自分と同じくらいの年齢で可愛らしい女性であった。


「…こんな時間に何やってんの?誰か待って…」


そこまで言って陸は声をかけた事を後悔した。


「陸くんを待ってたの。その…少しだけ話がしたくて」


女性は顔を上げて言う。

案の定の女性の言葉に陸の頭の中は色々な考えが駆けめぐる。何も聞かずに断るか無視するか。しかしずっと待っていたのだから話だけは聞くか。だが面倒な話ならごめんだ。

陸は面倒臭そうに頭をかいた。


「何?」

「疲れているのにごめんなさい。あの…私、陸くんと友達になりたくて」

「……」


陸は拍子抜けして何も言えなかった。こんな場所にこんな時間まで待っていてその台詞はあり得ないのではないだろうか。


「これ私の携帯のアドレス。よかったら貰ってくれる?」

「…いいけど、俺LINEとかしないぜ」


女性からメモ紙を受け取りながら言った言葉に女性は頷く。


「貰ってくれるだけでいいの」


陸は小さく頷くとポケットにしまう。


「私、坂本実紗っていうの」

「いくつなの?」


陸の問いかけに実紗は一瞬言葉を詰まらせたので未成年かと思ったのだが実紗は答えてくれた。


「23」


それが本当か嘘かは分からないが余計な事を聞いてしまったと思った。自分には関係ない事なのだ。関係ないと思いながらもついついお節介な言葉が出てきた。


「そう。…でもさ、もうこんな事やめた方がいいよ。柄の悪い奴らがこの辺多いし連れ込まれる」


陸の言葉に実紗も黙ってしまった。


「あのさ、そっちの通りまで一緒に出るから後はタクシーで帰りなよ」


そう言うと陸は歩き出す。実紗は慌てて付いてきた。


「ごめんなさい」


陸の態度と言葉に怒るでもなく泣くでもなく予想外の言葉が返ってきて陸は振り返って実紗を見た。見た感じ夜遊びをするようなタイプに見えなかった。どちらかと言えば大人しそうでメイクもナチュラルだ。


「別にいいよ」


陸の言葉に幾分安心したのか実紗は陸の横へと早足で追い付いて来ると尋ねてきた。


「陸くんはいくつなの?」

「20だよ」


実紗は反対に驚いたようだった。


「そうなんだ。大人っぽいんだね。お店では黒い服を着ているからかな?年上かと思った」


自分より陸が年下だと分かって実紗は照れたようだった。そんな実紗を見ながら陸はため息をついてしまった。いつもならもっと冷たくあしらってしまうのだが、どことなしに雰囲気が美鈴に似ている気がしたからだろうか。しかし美鈴は夜中に男を待つなんて事はしないだろう。いや、そう言えば自分のアパートの前で待っていた事があった。そんな事を思い出しているうちに通りに出た。


「あそこにタクシー乗り場があるから」


そう言うと引き返そうと向きを変えると実紗の声が追いかけてきた。


「陸くんありがとう。おやすみなさい」


一瞬振り返ったがすぐに歩き出す。早く家に帰りたかった。後2週間もしたら美鈴と別々の生活が始まり暫く会えなくなってしまうのだから。


月島がマスターを務めている『カノン』が舞台です。

陸がメインのお話でこの後『カノン』のメンバーも出てきます。


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