氷霧の支配者
「う…」
ジェネレイザの2区画で苛烈な実戦訓練が行われている最中、ハーミット・クリフ内の研究施設で1人の男が目を覚ます。
目を開けた途端視界に差し込む光に眩むも、照明の質が良いのか直ぐ様影響は弱まる。
彼の目前には見覚えの無い白の空間が広がっている。床の模様として微かに見える電子回路を模した模様、彼の右側に見える六角形のガラス窓から彼の出身国でもまず見ない、テクノロジーの集約した空間ではあると理解出来る。
更には目前や視界の外で屯する、彼の同胞たる人間とは遠く離れた外見の者達。
金属の棒と棒を細かな部品で繋ぎ合わせた手足を持つ、白衣を着た異形の数々が少なくとも此処は故郷の何処かでは無い、と物語っている。
(一体何処だ? 何で俺はこんなところに居る……?)
思考しながら身動きを取ろうとすると、ある程度手足を動かしたところで電流が一瞬走る。
その痛みに呻き、目線を下げると自分の手足には、紐状に伸びる光体で両手を、同じ要領で両足部分を繋ぐ特殊な枷が嵌められている事に気付く。
それから、何の変哲も無い椅子に座らされている状況を理解するのも時間の問題だった。
自分の今の近辺を把握したところで、男を気にせずに立ち振る舞っていた異形の幾つかが男の方をみやる。
頭部と思しき部位に備え付けられたレンズが、男の姿を映し出す。
軽装姿で、茶色の頭髪を含めあちこち汚れた姿の男はかつて存在した『懲罰部隊』なる王国の軍勢を率いていた、プルグレリスという名の人間だった。
プルグレリスへ向けられたレンズと目が合い、固まっていると今度はレンズの見る方向が変わる。
直ぐ様目線をその先へ向けると、杖を突きながら彼へ近付く大男が居た。
グレーのスーツ姿の上に白いファーコートを羽織り、背中は異様な程に曲がっている。
頭部は霜の付着したガスマスクと山岳帽の完全装備で、外見ではファーも相まって素顔と呼べる部分が見当たらない。
高い頻度でガスマスクから白い気体が噴出されているが、目と鼻の先まで寄られた事でプルグレリスもその正体に気付く。
「――冷たっ!?」
頬に浴びた事で反射的に彼は身震いする。再び電流を流し込まれる程大袈裟には動いていない事に安堵する。
それから、目前の大男は会話の通じる相手なのかを伺う。気味の悪い程の沈黙に恐る恐る口を開こうとしたが――――。
「何や、目覚めとったんならはよ言うてくれやぁ。数日も寝とったから心配したんやでぇ~~っ」
プルグレリスより先に、ガスマスクの男は大仰な身振りで彼に話しかける。
痛いほどの力で肩を複数回叩かれ、茶髪の青年は小さく呻く。叩かれた後も持続する配慮の無い痛みは一瞬で済む電流より効いた。
「ああ、すまんな。てっきり、マディスはんが加減せんかったから昏睡状態にでもなったんかと思ったんや。目覚めたんで、つい力が入ってもうた…」
「マディス……? 今、マディスと言ったか?」
ガスマスクの男が何気なく告げた者の名を聞き、プルグレリスは意識を失う前の記憶を思い出す。
闇夜で戦った、たった1体で『懲罰部隊』を壊滅させた悪夢の化身。受けた屈辱よりも恐怖の方が勝り、彼の表情は一気に青褪める。
「うん、マディスはんがどないしたん?」
「聞く、いっ、いや、聞きますが。マディス…殿とはどういった関係で……?」
「う~~ん、まぁ……端的に言えば仲間、やな」
「……ッッ」
訛った物言いから何気なく出てきたマディスとの関係性を耳にし、軽い身震いと共にプルグレリスは俯いた。
同時に、現在地が都合の良いとは言えない場所だと悟る。
浮かない顔をしている一方、ガスマスクの男は顎を擦り話を変えた。
「まぁ、そんな浮かへん顔をせんといてくれや。君に色々と聞きたい事があってなぁ」
「聞きたい事……ですか」
「うん。これについてやけど――」
そう言ってコートの裏地から取り出したのは、形の整えられた純白の石。
見覚えのあるその物体を目にし、青年の目は見開き、それから口を両手で覆う。
……この体勢から数秒経てど何も起こらず。プルグレリスの目は右へ左へ忙しない様子を示した。
身振りから何となく察しのついたガスマスクの男は彼の恐れるものの正体を言い当てた。
「ああ、君に仕掛けが施されてたのは知ってるで? もう起動せえへんから安心して欲しいな」
「…一体、どうして……」
「ワテは何を隠そう、一端の研究者やで。情報漏洩対策として何かしらが仕込まれてるのは予想付きます。術式によるものなら尚更な」
「……」
研究者と名乗る男の言を聞き、マディスのような実力者すら尖兵の1体に過ぎなかった、と仮説を立てる。でなければ、目の前の氷霧を吐き散らす怪物が仕込みに気付いた訳が説明できないから。
時折挟まる、空中に浮かんでは確認と共に消える何かしらの表示の数々に興味関心を向けながらもプルグレリスへの注意を欠かさない男の姿勢に、青年はただ何を言われようと無条件で従う他無かった。
鼻を撫でる冷気の寒さからか、または恐怖からか。あるいはその両方で震える口を開く。
「…それは、『魂魄石』と呼ばれる魔法石の1つです。効果は使った場所の周囲に居る死体を生き返らせます」
「ほ~ん、興味深いなぁ。周囲って言うとどのくらいなん?」
「どのくらい、と言いますと……」
「ああ、正確な距離じゃなくてええで。おーい、そこの君、ちょっとこっち来てや」
有する実力とは裏腹にガスマスクの男は近くを通りかかった白衣の異形の1体に手招きしながら声を掛ける。
直ぐ様聞き入れたようで、踵を返して尋問中の両者の元へ近付く。
「お呼びでしょうか?」
「うん。ほんの少しの間でええから、検証を手伝ってくれんか?」
「畏まりました」
上司であろうガスマスクの男に対し、一連の流れるような所作と男性の低い声で応対する異形の姿を見て、人間の青年は改めて異質な場所へ連れて来られた事を実感する。
下手な返答は許されない。漏洩対策を潰されている以上、主導権はガスマスクの男に握られている。起きて間もない頭を切り替えるには十分な現状把握だった。
「この子……MDo:Sdh-J17くんをある程度『魂魄石』から遠ざけるさかい、その距離で効果が効くか効かないかを教えてほしいな。……あっ、と。そうやった。自己紹介がまだやったな。ワテはジャモラクっちゅうんや。よろしゅう」
「は、はあ。分かりましたジャモラク、さん。俺…いや、僕はプルグレリス、です」
「うん、よろしい。ほな始めよっか。J17くんもええな?」
「勿論です」
J17と呼ばれた個体の異形の快い返答の直後、行われた検証は至って簡素なものだった。
ガスマスクの男の鋼鉄の手に握られた『魂魄石』からある程度離れたJ17の位置に対し、プルグレリスは『魂魄石』の効果が届く距離か否かを答え、それを段階的に距離を離しながら繰り返す。
部隊長として『魂魄石』の仕様をほぼ正確に把握しているプルグレリスは素直に協力する。目分量ではあれど、おおよそ効果範囲から外れる距離になったところでプルグレリスは初めて「届かない距離です」と答えた。
そこから少しずつJ17を近付け、より細かく『魂魄石』の効果範囲を調べた後のジャモラクの一言で検証は一区切りとなった。
「ざっと30mくらいやな。これで効果が死体を生き返らせると。プルグレリスくん、この石って王国で普及してるもんなん?」
「軍部にのみ支給されますが、恐らくはそうです。ただ、限られた場合にしか渡されません」
「そっかぁ。ほな量産する方法自体は確立されとるっちゅう事やな。まあワテでもこういうもん滅多に渡さへんで。――下手に渡したらこうなるからな」
「ぐ……」
調子を変えないまま告げられる辛辣な一言に、少し気を許していた青年は苦い顔で呻く。
そして、改めて敗けて虜囚となった事実が突き付けられた。迂闊に受け答えした自身の浅はかさをも認識する。
しかし、それだけで終わらないのがジャモラクという男の恐ろしさであり。落ち込む青年をフォローする発言はすぐに飛んだ。
「まぁ、そう気ぃ落とさんといてや。君の国にも自白させる魔法の1つや2つくらいあるやろ。そうゆうのを使われるよりかはマシや。正当化の理由としてワテらを幾らでも扱き下ろしてええで?」
「そういう訳には……」
「んん? なら君らのしてきた事、自覚した上で悪かったと?」
「……」
ジャモラクの指摘の通り、彼が捕まった理由は『魂魄石』の情報を知っている、だけではない。
マディスの逆鱗に触れた事。他ならぬプルグレリスの部下がしでかし、自身は見ないふりをしてきた愚行の数々。
『暗夜衆』が送り込まれ、任務を遂行するまでの時間稼ぎという一応の理由はあるが、行いを正当化するものとは程遠い。
自暴自棄に陥っていた頃から時間が経ち、頭が冷えた事で捕らわれの青年は天井を仰ぎ見る。
あの場に於ける最善を選ばなかったが故の現状をようやく正しく咀嚼できた、そんな気を持ちながら。
「そうですね。今になって思えば…になりますが。マカハルドの、帝国の人々に多大な迷惑をかけました。それこそ平謝りで済む筈の無い所業の数々を。今こうして己の罪を理解出来ただけでも幸福だと思います」
「侘しいなぁ。もっとこう、あるんとちゃうか?」
ジャモラクの手を縦に揺らしながらの前向きな促しに、青年は目を丸くする。
恐る恐る、されど次に言葉を紡ぐ口は然程重く感じなかった。
「…では、償う機会を与えて下さる、と?」
「それは君次第やな。今の状態でテキトーな嘘吐くとは思ってへんから、君の事信じとるんやけど。まずはワテらの期待に答える事からやり通してみんか?」
「まぁ、捕虜としてある程度行動に制限は課すけどな」と補足しながら頭を掻くジャモラクの姿に、プルグレリスの目に光が戻りつつあった。
それこそ、学生時代――今より可能性と希望に満ち溢れていた頃のような、そんな光が。
「君がガリ勉くんなのは見てくれで分かるし? 君にあんまり苦しい思いさせたくないねん。ワテの独断で君の処遇は決められへんけど、君が協力してくれるなら帰国出来るようにはしといたるで。どうや?」
「…分かりました。従います」
渋々従う体を装いながらも光を取り戻した目で、再度周囲の光景を見る。
壁や床天井だけでなく、研究設備と思しき機材の数々や、運搬される材料の保管手段に至るまで、ハイテクノロジーの塊であると彼は確信を抱いた。
ここでならば、やり直せる。そんな素朴な思いと共に。
再起を望む彼から、歩いて遠ざかるジャモラクは急に足を止めた。同時に告げた一言は正に渡りに船で。
「――ああ、そうそう。此処に居る彼らのちょっとした手伝いを頼むかもしれんから、常々そんつもりで、な。それと、君が此処で何を見聞きしようがワテらは基本関与せえへんから」
「それは……」
「記憶操作が不要な程度に、な?」
このような言葉をかけられる事を本心から望んでいたプルグレリスは、椅子に座ったまま深々と頭を下げる。
確かな感謝の意を示す彼の目には、遠ざかっていく丸い背中が偉大に見えていた。
捕虜の青年との会話を終え、エレベーターへと辿り着いたジャモラクは灰色のグローブを付けた手で中のボタンを操作する。
B3と表記されたボタンが発光し、それが消えると共に再び開いたドアの向こうへジャモラクは等間隔の足取りで進む。
生体実験が主となるそのフロアにはプルグレリスが連れてこられるより前に捕らえた、別の捕虜が居る。
ただし、此処でのある程度の自由が保証された彼と違い、身元が定かでは無い捕虜が。
素性が分からないからには実験動物と同義――ハーミット・クリフを中心にジェネレイザ全体へ浸透している暗黙の了解の下、彼らは大きく様変わりしていた。
時折すれ違う同志に軽い挨拶をしながら、ジャモラクの足は1つの収容施設のドア前に到着する。
ドアのセキュリティ機能の数々が研究施設の管理者の姿を確認すると、ロックが独りでに外れ、自動で開く。
格納庫相当の広々としたそこでは空調による適切な室温、湿度調整が為されていて尚、汗を滲ませ鍛錬に勤しむ美男美女の姿があった。
彼らの元の性格からは考えられない光景に見慣れているジャモラクは、手を叩き注目を促す。
適当なタイミングで運動を切り上げた、肉体美の虜囚は管理者の下へ配列を整え集まった。
「ワテが此処に来たんは他でもない、君らに手伝ってもらいたい事があるからや。危ない目に合うかもしれへんけど、ええかな?」
『はっ、皆様の為あらば!』
「ええ返事や。追って連絡するから、頼むで」
応対を切り上げようとしたところで、1人の美女が白い巨躯へ歩み寄る。
手に持っていた紫水晶を模したダンベルを後ろ手に隠すと、彼女は上気したまま快活な笑顔を見せる。
「初任務、って事で良いのか?」
「うん、そーなるわ。船に乗ることになるけど大丈夫そ?」
「ああ、アタシらに任せてくれ。海はアタシらの庭だ。そうだろう、お前らぁ!?」
『そうだぜ、姉御!!』
張り上げた声で力強い返答を貰う、鮮やかな茶色の髪を揺らす色白の男勝りな美女と屈強な男衆の姿は、ジャモラクの信用を得るには十分だった。
◇◆◇
22日目の朝。昨夜まで続いた、過熱した訓練の末確かな性能の向上を実感したマディスとハーヴェルの2体はユニリィ・ファクトリアの更に西端にある港湾へ足を運んでいた。
彼らの目の前に停泊しているのは、グレードA+にしてLLサイズの船舶メカ《エクリプスアーク》のヴィゴロント。
次々と港を発つ鋼鉄の船団を見送るように佇む白銀の巨体のところどころには見慣れない、水色の追加装備が設けられている。
「あれは……」
「まあ、誰が来るのかは予想が付く」
両者は防御特化の戦艦にある追加装備が砕氷用だと見抜き、これから来る追加戦力がジェネレイザの中でも特異な集団だと確信を抱く。
その答え合わせをするように、濃灰の陸地側から周囲の気温を急速に下げる反応をセンサーが感知する。
「お~、ハーヴェルはんにマディスはん! 何や久しぶりな気がするなぁ!」
小気味の良い、杖で突く音を立てながら黒い兄弟に近付くのはジャモラク。
その彼が引き連れる、直属の部下である異形の研究者メカ達はまだ予想の範疇に過ぎない。マディスが若干たじろいだのはその背後のメカ達を見たが故。
断崖に囲まれた雪原を住処とする為に、普段はこの地に姿を見せる事の無い歪な氷晶の塊にも既存の生物にも似た異形のメカ達はサプライズとして十分だった。
白いコートの巨体が足を止めるより先にマディスは冷静さを取り戻す。それから、特徴的なガスマスクより冷気を漏らす彼の姿を目の当たりにし、ハーヴェルとマディスはそれぞれ平べったい大きな手と指の数々が小さな蛇のような細い手を差し出して、求められた握手に応じる。
「何かと忙しくなる事が多かったからな。特にマディスは西大陸に居たから尚更」
「せやなぁ。それで、マディスはんはどうや? 新型弾の調子良さそ?」
「まぁ、使い勝手は殆ど変わらない。実戦でも問題なく使えそうだ」
「それは良かったぁ。大物達のデータくれて火力不足が課題やったからな。ご期待に添えられそうで何よりです」
「アンタに畏まれられると、何か気持ち悪いな」
「そう言わんでくれへんか…」
悪気は無けれど辛辣な一言を受け少し落ち込むジャモラクの背後より更に近付く一団の姿が見え、マディスは握手しながらその者達へ注目を向ける。
ジナリアやコルナフェルが身に着けていたものに似た外套で身を包んでいるが、彼女達と違ってマディスにすら見覚えが無い。
「ところで、こいつらは?」
「ああ、後で紹介するで。今日の標的に接敵した、そん時にでも」
頭数が揃った事で、ヴィゴロントより連絡橋が伸びる。先端が接地する物音を合図に、一同と必要な物資は次々船へ乗り込んでいった。
それから1時間後、ジェネレイザ領海遠洋。
現ジェネレイザ領地から西北西に位置するその海域には嘗て此処を縦にしていたジャバナ海賊船団のアジトに一番近い孤島がある。
彼らが姿を消した為、格好の獲物と見做し数多の海賊がその近辺を拠点、または戦場とし、そして海の藻屑あるいは海洋生物の餌となっていった。
急な異変から2週間も経てば、この海域の覇権を握る勢力も生まれる。
その勢力こそが、ジャバナ海賊船団の再来とも言われる、淡き花の海賊団だった。
東大陸に嘗て存在したとある国の出身とされる、ペシュトゥイア・メート=レーヴェスなる鮮やかな桃髪翡翠眼の若い女海賊を頭目に据えた海賊団。
この世界に於いても謂わば骨董品とされる、ガレオン船。
不定期ながら召喚される転移者達の残した遺物の1つで、彼女の財産の一部でもある。そんな大型帆船の船首側の甲板に、海綿製白クッションのビーチベッドでくつろぐ少女が1人。
ワインレッドを基調とした海賊服を身に付け、それに合わせた帽子を被り強い自己主張を見せる彼女こそがペシュトゥイアである。
一方で部下の数人が望遠鏡、あるいはクォーツ状の半透明な物体を掲げて忙しなく甲板の上を動き回る。
そんな中見張りを務める彼らの1人がくつろぐ頭目へ声を掛けた。
「何時ぶりでしょうかね、お嬢。こうも静かな海は」
空席が出来た事で起きた海上の喧騒。それに乗じた形ではあるものの。
損害を少なく抑えた上で、積極的に攻め入る船員達の連携能力とガレオン船本体を含む戦力に恐れをなしたか、最早喧嘩を売ってくる海賊の姿はこの近辺に見えなかった。
それを額面通りの穏やかさと受け取るか、嵐の前の静けさと受け取るか。険しさの残る少女の顔が物語る。
「連中も知恵を身に付ける気になったらしいな。隠れてる奴が居ないか念入りに調べてみろ」
『了解』
くつろぎながらも冷静さを保つ海賊少女と彼女の指示に付き従う海賊達には確かな気品が感じられた。
亡国の、貴族の家系たる彼女とその従者達という正体を踏まえれば納得できる。
今の彼女達は嘗ての故郷の地を奪ったある1つの国への復讐心を原動力としている。海賊に身を落とそうとも、目的は変わらない。
寧ろ、そうしてでも勝機をかき集めなければならないのが今の彼女達が置かれている状況で。海賊船団の残した財宝を手に入れない選択肢は元より無かった。
落ち着けるだけの時間があった為に改めて経緯を振り返り、ペシュトゥイアは静かに今は亡き両親に思いを馳せる。
そんな中、監視役の1人が冷や汗を浮かべつつも、冷静さを繕い報告する。
「お嬢」
「どうした、伏兵か?」
「いや、海上に1人。立っている」
「何?」と聞き返しながら、彼女はビーチベッドから降り、軽快な身のこなしでメインマスト近辺まで降り立ち、報告した監視役の元へ近付き望遠鏡を借りる。
それが映し出す先には確かに何者かが1人、海の上に立っていた。
白いコートを羽織った、小さな波に揺られ杖を突く者。その上部が曲がった背中だと気付くのに彼女ですらも時間がかかる。
一見、質の悪いオブジェクトと空目する人影は微動だにしていない。
「魔導師か? 帝国の出身……では無いな」
「素顔が見えやせん。それに1人しか居ないのも変だ」
船員の誰しもがマスクの類と認識したフルフェイスと、身なりの良さから何かしらはあると身構えるも、船員の3人が試みた半径200m以内の魔力感知には何も引っかからない。
本来、魔導師は複数人、少なくとも4、5人程度でまとまって動くはずで、唯1人海上で静止している存在はそれに当てはまらず。
一同に困惑が浮かぶ。望遠鏡でようやく詳細が分かる程度には距離は離れているが、わざわざ進入してきた理由が分からない。
判断を決めあぐねる中、遂にペシュトゥイアが口を開いた。
「…接近する。何にせよ、調べなければ始まらない」
「いつもの手筈で?」
彼女の肯定と共に、操舵手はガレオン船を海上の人物へ近付けた。
望遠鏡越しに映る姿が少しずつ大きくなり、やがて船上から近付けば目視でも十分捉えられる距離まで詰めるも、海上の人物はまだ動く気配を見せない。
ここまでくれば最早仕掛ける気も無いのだろうと、その人物に対しての警戒だけは緩める。
ペシュトゥイアの肉眼にも白いコートの者が見えたと同時に、ガレオン船に向かってグローブを付けた手が振られる。
「おー、随分古典的な船やんなぁ」
同時に発せられた一言が対話可能だと告げるが、訛りと思しき言葉の癖に船上の一同は顔を合わせた。
それが聞き慣れない訛りだからというのもあるが、人間の声と見做すには若干の違和感を覚えた為。
いまいち言葉で説明できない感覚を飲み込めないまま船長が対話を開始する。
「聞くが、貴方は? 此処で何をしている?」
「ワテはジャモラクっちゅうモンや。 今日は海上の哨戒に来てん」
「哨戒? 1人でか?」
「いんや? ……そっか、キミらには見えてへんのやな」
「……?」
意味深な言葉に船員達は更なる困惑を浮かべる一方で、ジャモラクと名乗った海上の人物は顎を擦る。
「――大方、感知に引っかかる魔力が無いかどうか調べた上で接触してきた、ってとこかな。でもそれじゃ及第点すらあげられへんな~」
「…何の話だ」
「ワテらを相手するんやったら、もっと念入りに調べなあかんで?」
ジャモラクは左手の指を弾く。その響きを合図に隠蔽のベールを剥がして白銀が姿を現す。
一瞬の出来事に唖然としながら見上げた雄姿は、ガレオン船の比ではない程に巨大で、1つの船だった。
太陽を背に海賊船へ覆い被さるような影を作るそれは正に、裁く者の風格。
「ああ、他の海賊連中に今更泣きついても無駄やで。今頃ワテの仲間達が追い詰めとる頃やろうしな」
影に覆われた事でか、ただ杖を突いているだけでも威圧感は増す。
包囲網という程では無いが、巨大戦艦の更に上よりガレオン船を見下ろす数多の影からの睨みは逃げ道の思慮すら許さない。
意を決したペシュトゥイアの頭も腕も垂れ下がる。同時に、両拳への力みを強めた。
これは、船員達にのみ通じる合図だった。
「こちらの感知をすり抜ける何かか……船の大きさと言い凄まじい技術だ」
「せやろ? んで、答えを聞きたいんやけど」
「ならば、聞かせてやる。我々の答えは、これだ」
ペシュトゥイア自身の肉体がそうなるのと同時に、淡い緑の光がガレオン船を包む。
光は直ぐ様風の力を生み出し、ガレオン船を飛び上がらせつつ後退し、巨大船より速やかに遠ざからせた。
ジャモラクより感嘆の声が微かに聞こえた気がするが、淡き花の海賊団は気にも留めず海上戦並びに魔法戦の備えを整える。
頃合いを見計らって、拡声器の役割を持つ魔法陣を口の先に用意し、少女は巨大船とジャモラクを見下ろしながら告げる。
「不意打ちはしないが、反抗はさせてもらう。では行くぞ」
「元の世界でもこんな魔法あったなぁ。懐かし~」
目前に出現した魔法陣が消え、一方のジャモラクは海上に立つ――詳細を言えば足元に薄く氷を張り続けている――姿を維持したまま飛び上がったガレオン船の姿に回顧する。
《マギア:メタリズム》の世界には文字通りの鯨の姿をした大きな島があり、それが空を飛び、様々な近代兵器を携えて立ちはだかるシナリオが存在する。
……が、対峙するのは勿論プレイヤーであってジェネレイザでは無い。設定上顛末を事細かに記した情報を有し知っているというだけで。
顎を擦りながら出方を伺うと、ヴィゴロント甲板より連絡が入る。即座に応じて聞こえてきたのはマディスの声。
『連中、仕掛けてくるみたいだが、どうする?』
「そうやな、もー少し観察しよか。この世界がどんだけデタラメなんか」
山岳帽を被り直し、余裕を崩さないジャモラクが見上げるのは、海上の縛りを外れ空中で自在に動くガレオン船。
風の魔力を推進力にしているのは明らかで、彼の興味は海賊船が繰り出す魔法や武装の数々に移った。
ガレオン船の船首……舳先より下に設けられている黄緑の薔薇がジャモラクとヴィゴロントを見据える。
それを合図と見て相違無く、直後ガレオン船両脇に配備されていた各砲門が火を噴いた。
文字通りの一斉射撃に耐えられる骨董品の頑強さにガスマスク越しの視線は感心を示すが、当然と言うべきか見物している場合では無い。
緑風に乗った砲弾の数々が、軌道を大きく変え、発射時点の速度よりも更に勢いを増して白銀の戦艦と異質な研究者へ向けて降り注ぐ。
物理的接触を起こした事で、加速の威力が乗った連鎖爆発がその場から動こうとしなかった1隻と1体を包み込む。
が、それで有効打を与えられるジェネレイザでは無い。硝煙が晴れると共に、青白い2種の防壁が姿を見せる。
スキル:《ガード:ヘクスウォール》
スキル:《ガード:急速堅氷壁》
「いやー、今の危なかったなぁ。危うく防御が間に合わんくなるとこやったで」
杖を突く姿勢を維持したまま、空中に留まる氷の固定を解除する。着水し、波に揺られて溶けていく氷に目もくれずジャモラクはガレオン船に攻撃の速度が如何ほどだったかを告げる。
しかし、その白々しさに感付いたか、ガレオン船の纏う緑風が一層強まる。
『まだこの程度では無い』
「おっ、もっと見せてくれるんか。じゃあご厚意に甘えよぉか」
先程よりも、わざとらしく。余裕を持った様子を振る舞い次の攻撃を誘う。
あくまで観察。各種センサーから算出される威力を完全防御または完全回避するに留め、海賊に損害を与える反撃は行わない。
それでいて、着実に追い詰める手筈を整えていた。コートの下に隠したドローン型航空メカ《フリーズデリバリー》3機が何よりの証拠である。
密かに行う仕込みの最中、ガレオン船が迫る。迫りながら、突風を一身に纏う船体の大型弩砲がジャモラクとヴィゴロントを捉えていた。
船自体の推進力としている鮮やかな緑色を形成する魔力の奔流では誤魔化しきれない程に、強い魔力が集約したその矢が打ち放たれるのは時間の問題で。
使用武装:古代嵐弩
技能:弩砲・《ストーミングアロー》
爆風が響かせる轟音と共に、光線にも似た凄まじいエネルギーが矢を媒体に射出される。
ガレオン船にも少なくない衝撃が反動となって返ってくるが、直ちに魔力による相殺防御を試みる乗組員によって影響は軽微に抑えられた。
一方のジャモラクとヴィゴロントは、魔力感知センサーから矢を対象とするけたたましいアラートを受けそれぞれ対応に徹する。
至近距離故、回避は困難。その為防御を選ぶが――――同時に矢が加速した。
防御スキルの発動中に、先の砲弾が伏線だったと彼らは思考した。
スキル:《ガード:急速堅氷壁》
スキル:《ガード:ヘクスウォール》
正しく、間一髪。敷き詰められた六角形と堅く分厚い氷の壁の構築のが速く、貫き通ろうとする矢を押し留める。
続いて、接触箇所より発生した爆発からも使用者の身を守りきった。
「は、速ぁ。光速は出てないけどここまで速くなるんやなぁ……とぉ」
矢への対処も束の間に、接近したガレオン船の左脇砲門の数々が哨戒部隊を捉えている。
彼らより更に真横へ着く形となった事で、それらが火を噴くのを予想したのは、ジャモラクの杖を振り上げる所作から明白だった。
使用武装:古式大砲×6
技能:砲・《旋風の魔弾》
予想通り、撃ち出される風の魔力を纏う魔法誘導砲弾の数々。勢力を増幅させ加速に移るが――。
「そうはさせんわぁ!」
使用武装:凍冷銃杖マク・ハペト
スキル:《蝕氷河》
杖の先端を海面へ叩きつける方が速く。先端を中心に円形状へ広がる氷結現象が隆起し、砲弾を巻き込み誘爆させた。
距離が近く爆風の衝撃を少なからず受けるも、帽子が飛ばないよう抑える彼がその場から押される事は無かった。
砲弾の対処をして直ぐ様ジャモラクはガレオン船の姿を追う。が、既に近距離から離脱しているのを確認する。
『所長。強く増幅している魔力源を上空に確認しました。先の魔力矢よりも強力です』
「ん? ああ、ありがとな。もう把握しとるから安心してや」
熱源を感知するセンサーがあるように、魔力を感知するセンサーがある。亜人形型の《マッドドール:サイエンス》からの報告を聞きながら、爆発によって視界が遮られている間に姿を消したガレオン船が、突進する前より更に高い高度に移動したのをジャモラクはセンサーで、次にガスマスクの奥にあるメインカメラで把握する。
そして、海賊船の船首……正確にはそこに設けられている黄緑の薔薇のオブジェクトへ強大な魔力が集約しつつある事をも視認した。
「やっぱ、そうなるんか。大きい飾りやなとは思っとったけど」
当然ながらアラートは鳴り止まず、先程よりも五月蝿く感じるくらいで。
そんな中で物陰に隠したドローン達が反撃の準備を整えた事を彼は確認した。
迎撃という形が良いか、あるいは阻止という形が良いか。反撃のタイミングを決めあぐねていると、ガレオン船から3度目の通信が入る。
『撃つ前に聞くが。我々を見逃す気は無いか?』
「何や、怖気づいたんか?」
『その逆だ。これを一度撃てば、貴様もあの船も無事では済まない』
「ほーん。そら怖いなぁ」
『では――』
「――でも、脅しにはならんなぁ」
元より逃す気は無いが、彼がこう言い切る理由はそれだけでは無い。
反撃の準備が整った事で再計算が行われ、アラートの騒がしさが若干収まるのを聞きながら、彼は杖を強く突く。
通信の主が沈黙しているので、ジャモラクの方から続ける。その間にも足元の凍結は広がっていく。
「キミは良心のつもりでこの通信をしたんやろけど、立場が逆や。何でしょっぴく側のワテらがキミらの警告に従わなあかんちゅうねん。悪党は悪党らしい振る舞い方があるやろ」
『この期に及んで、何を――』
「――それに、空飛んどるぐらいでイニシアチブ取ったつもりなんか? 見立てが甘いなぁ。同乗員が可哀想やで」
返事を待たずして、通信を一方的に打ち切る。同時に、海賊の見立ての甘さを証明してみせる。
動揺したのか集約された魔力は未だに撃ち出されない。一瞬程度の隙だったが今のジャモラクにはそれだけあれば十分だった。
使用武装:フリーズデリバリー
スキル:《瞬冷伸茨棘》
ジャモラクの足元より急速に伸びた氷の茨。無数に生み出されたそれらが天高く伸びてガレオン船を捕らえ凍りつく。
一瞬。そう、一瞬で終わった。受けた衝撃で船体そのものが大きく傾き、集約された魔力の照準は哨戒部隊より大きく逸れた。
海賊の切り札を阻止し、それどころかガレオン船そのものの無力化を確信したジャモラクは展開したコンソールからヴィゴロントのシステムを用いて、自分用のモニターと海賊用のモニターを出現させる。
今度はジェネレイザ式の通信で、尻餅を付いた若き女海賊の姿を見た。
「まぁ、こういう訳や。最初からキミらに勝ち目なんて無かったんやで」
ジャモラクこと《フロストスモーカー》は魔法系かつ氷冷を軸とした高射程広範囲のスキルを得意とするメカであり、大海原のように広大なマップは寧ろホームグラウンドとなる。
高低差を物ともしないスキルに恵まれているが故に、海上であっても空中を自在に飛び回る敵への対処を苦としなかった。
より一層余裕に見せる姿へ歯噛みする海賊の目に、まだ戦意は失われていない。
『まだだ、まだ戦いは……!!』
「いんや、もう終わりや。何でワテの氷とキミらの船を繋げたんか教えるわ。船の脇見てみ」
『……なっ!?』
船体側面より続々ガレオン船へ乗り込む数多の異形。蜘蛛や狼といった既存の生物に似た青白い機体の数々が冷気を纏いながら海賊を追い込みにかかる。
現状の経緯を、ジャモラクは冷気を噴出させながら説明する。
「その子らも同じ氷雪使いのメカなんやけど、ワテと違って雪原や凍土を住処にしとるメカなんや。とびきり大きい氷が出来たから飛びついてきたんやな」
簡略化された説明だが、今の場における必要最低限に留めている。
極低温下であっても稼働が出来、尚且つ住処に近しい地形環境だと運動性能が大きく向上するメカの数々が《瞬冷伸茨棘》の発動後早々に生成された氷を伝ってガレオン船へ辿り着いた。
そして、今に至る。説明を終えた直後、ジャモラクはガスマスク越しに頬を掻く素振りを見せた。
「簡単な感情表現が出来るくらいで、意思疎通の手段に乏しいんやけど。連れてると毎回良いタイミングで仕事してくれるんよな…」
阿吽の呼吸とでも表現すべきか。されど、ジャモラクの指示では無い為当の彼自身は評価に困っていた。
評価を求めている訳では無いが、毎度の如く彼の望ましい結果を与えてくれる。それを期待して同乗させたが今回もまた唖然とする事になった。
ジャモラクの駆使するものとは原理が異なれど、同じ氷雪のスキルを使用して海賊達を捕らえにかかる白き異形達。
すると、同胞に続き船体側面を伝って乗り込もうとした熊を模倣した機体目掛けて荒れ狂う巨大な水流が飛んできて――。
スキル:《ガード:反応凍氷壁》
背中に展開していた冷気が反応し、触れた先端から次第に凍り付く。
熊型の機体が振り向いた頃には、完成した氷の大柱が重力に従い落ちていった。
大飛沫が上がると同時に、ジャモラクへ《マッドドール:サイエンス》より通信が入る。
『所長。更なる魔力反応が』
「新手なんか?」
『はい。海中から。姿を現すようです』
ガレオン船よりも強い魔力反応はあれど、ジャモラクはおろかヴィゴロントにも近づく気配は無い。
凡そ200m先。海面を突き破ってそれは姿を現す。
爬虫類に近しい外見、海中での機動性に特化した骨格、荒れた海をも物ともしない鱗や5本指を持つ鰭と混ざった前足といった特徴から推測される生物は絞り込める。
海竜。そうと言わざるを得ない巨大生物が長い首をうねらせこの場に居る他の全員を鋭い目で捉えた。
「一応、聞くけど。これって嬢ちゃんが呼び出したんか?」
『…まさか。海の主、その一角たる海竜を従えられるなら海賊に身を落としてなどいない』
「んー、そうかぁ」
ジェネレイザに対して友好に振る舞おうとする素振りすら無く、寧ろ敵意を向けており。仮定ではあれ第3勢力と認識せざるを得なかった。
特にヴィゴロントを目の敵にしているようであり。ジャモラクは直ちに指示を送る。
「ヴィゴロント船員の皆、もし危ない思うたら遠慮なく迎撃して構わんで。仲裁に来た訳や無さそうやし」
『なら、もう良いな。真っ直ぐこちらに向かってきている』
「やっぱそうなるか……」
帽子を被り直し、見据えた海竜は素早く泳いで白銀の船体へと迫っていく。
向かってくる獰猛な海洋生物への対抗手段として、備え付けられた機銃の数々が海竜に照準を定め次々と発砲する。
が、海中に於いて高い水準を持つ機動力を持つ海竜には殆ど当たらず、また当たったとして強固な鱗が弾丸を阻む。
まるで恐れるに足りないとばかりに弾幕を突っ切った海竜はヴィゴロントへ体当たりを仕掛ける。
直撃の威力に自信があったようだが、《ヘクスウォール》によりその威力は大きく打ち消され、船体を少し揺らす程度に留まった。
一撃防がれた程度では諦める訳も無く。今度は機銃の射線が通らない船の下へ居座り始めた。
船1隻に対する有効な手段だったが、哨戒部隊にはその対抗策が既にある。
対抗策の1つ、氷霧の支配者は再び杖を振り下ろす。今度はヴィゴロント船体に向かって。
使用武装:凍冷銃杖マク・ハペト
スキル:《蝕氷河》
海面を凍てつかせる堅氷の暴力は、段階的に深く、深く海を凍らせていく。
範囲内に居た海竜はおろか、ヴィゴロントすらも巻き込まれるも、此処で白銀の船体に備えられた追加装備が活きてくる。
ヴィゴロントのような質量の塊であれば、後付けで用意された砕氷装備すらも使いこなせるのだ。
海上の急な凍結に船底が捕まった場合に直ちに脱出出来るよう、船底と氷を分離させる反属性絶縁機構で纏わりついていた氷を切り離し、周囲にある巨大な流氷も質量と砕氷装備の稼働によって難なく突破する。
実に3分足らずで、ヴィゴロントはジャモラクの使用したスキルの影響下より離脱した。
一方の海竜は凍りついたまま、無様にも海中から浮かび上がってくる。
海の主の一角と言えど流石に自力では抜け出せないようで。
痺れを切らしたジャモラクはとうとう自分で作り出した氷を解除する。
そうして解放された海竜だったが、姿勢を立て直した目に戦意はまだ失われていない。
再び動かれる前に拘束でもすべきかと構えながら考えるジャモラクだったが――。
『待て。これ以上我に危害を加えようものならば、裁きが下るぞ』
――唐突な発言に思わず面を食らう。同時に呆れもした。
最初から会話が可能であると分かっていれば、しなくて良い交戦であった為。
沈黙するジャモラクの姿に一方の海竜は調子付いた。
『ふ、我の恐ろしさが理解出来たよう―――ぐぼぁ!』
「話せるんなら最初からせんかい、アホォ!!」
調子付いた結果、氷を適当に固めて作った氷弾の一撃を貰う羽目となった。
先程の機銃とは比べ物にならない威力の質量弾に頬を殴られた海竜の目には大粒の涙が浮かぶ。
「ええとこで邪魔しくさって、ほんに!!」
『ま、待て、本当に裁きが――』
「うっさいわぁッ!!」
使用武装:凍冷銃杖マク・ハペト
スキル:《大瀑布凍槌》
ジャモラクの杖を振る動作に付随して、分厚い堅氷を加工した巨大戦槌が海竜の言葉を待たずして振り下ろされる。
頭部を大質量で殴られた為か、一撃で昏倒した海竜は砕けた氷塊と共に大飛沫を上げる。
「神様気取りが、他力本願すなや」
海竜を気に食わなかったのは、乱入された事だけに留まらず。
三機神ひいてはジェネルの持つ叡智や神々しさを感じなかった事も含まれた。




