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機皇の国  作者: Gno00
第四章 帝都激震

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39/44

うねりを齎す力

 王都東に位置するバルレティ領へオキュロッドが戻った一方。南西の屋敷に、主であるレミネスもまた戻って来ていた。

 外出時に身に着けていた儀礼用の鎧を従者に預け、使用人には一人にするよう頼んだ直後、自室に入った彼女は大きく息を吐く。

 それから座面のクッション部が厚く出来たソファにブラウスの胸元を緩めつつ飛び込んだ。



 (こってり絞られたな。……間が悪かった)



 一言で言い表せば説教。その類の忠告を様々な立場、地位の人々より受けたが故。

 身綺麗な姿とは裏腹に彼女の心労は溜まっていた。座面に深く体を押し付けるとそのまま眠りに就きそうになる。

 が、そうはしてられないと起き上がり、最低限の身だしなみを整え座り直した。



 (違法薬物に関与した貴族を摘発したのはまだ良い。問題はそこに軍管轄の重要施設、その管理を担っていた者が含まれていた事だ)



 ジェファー伯爵の不手際とは言え、()()()()()()()()への責がレミネスには無い訳ではない。

 最高位の騎士であれど子爵令嬢の分際な小娘が出しゃばればどうなるか。彼女自身に大事は無くとも思い知る事となった。

 厳粛な世界の一片に立たされた影響からか、彼女の僅かな身震いを合図に空気が更に重苦しくなる。

 しかして、泣く事は許されない。自らそうしたとは言え、身一つで重く受け止める他無かった。



 (よりにもよって…ではある。形式上に留めたのは思うところがあるからか。それとも、『聖騎士』としての立場を重んじてか)



 レミネスは受けた叱責をあくまで軽減されたもの、と考える。

 責められるべきは『マジェスティ』倉庫への襲撃だけであり。二次被害となる『マジェスティ』の部品の盗難には一切関与していない。

 他の騎士が根回しをしてくれていたおかげなのか。処罰が厳重注意に留まった事は何も自分の功績との相殺だけでは無いと彼女は推測した。



 (何にせよ。…見通しが甘かった事に変わりは無い。国内最大の諜報機関たる『鏃の衛士』を使()()()()()()()()()のは他でも無い私だから)



 『鏃の衛士』の使役権限は聖騎士の身として王国より貸与されたものであり。従者や使用人と異なり、命じたところで何もかもがレミネスの指示に沿って行われるとは限らず、向こうの得た情報全てを開示してくれる訳では無い。

 当然ながら子爵令嬢程度が得てはいけない情報もそこにある。先のフィブルス家もララダル家も小物だから手を貸したというだけで。

 レミネスの行動が王国貴族にどのような影響を及ぼすのかなど教えてくれる筈も無かった。


 天井を眺め、思考するが。何が最善だったかは思い付かない。

 そして、これこそが諜報機関を使いこなせない根拠だと唇を噛む。

 行き詰まり。時間だけが過ぎていくもどかしさを抱かざるを得なかった。



 そんな時だった。二度に分けた2回のノックが聞こえてきたのは。

 ホイリィ家に伝わる作法とは異なる音に、少しだけ違和感を覚える。



「何だ。立ち入りは許可していない―――」



 視界に映したレミネスの返答を待たずして、その両扉は開け放たれる。

 直ぐ様姿を表したのは、逆光を背にした褐色肌で赤髪の少女。

 綺羅びやかな鎧姿が様になっている、息を切らした少女だった。



「レミネス……」



 呼吸も整えない内に少し掠れた声でそう言う彼女に対し、レミネスもまた目を見開いていた。

 何故なら、本来はこの場所に居ない人物だったから。

 不安げにしていた褐色の少女は、小走りでレミネスに近付くと、胴の鎧を外して優しく抱き締める。



「ごめん! 大事な時に側に居てあげられなくて……」



 対面して間もなく、詫びの一言を入れる少女の抱擁を受け入れ、それからレミネスは自分から体を離す。

 顔を上げ、未だ心配を露わにする少女を安堵させるべく、しっかりと彼女の姿を見つめた。



「変わらずで、何よりだ。リリカァネ」





 リリカァネ・フィ=デレム・タロン。東制暦102年(今年)扇の月(5月)に22歳の誕生日を迎えた、タロン子爵家三女となる褐色の少女は王都八傑〝癒星〟にしてレミネスの数少ない親友の一人でもある。

 軍人としての実力と国内高水準の医療技術を兼ね備えたクォルフス救護部隊の隊長を務める彼女は普段は多忙の身故に、今こうしているような親睦を深める機会に中々恵まれなかった。


 レミネスの淹れた紅茶に両者手を付け、会話を再開する。



「各地を転々としていたのだろう? 部下は例の現場か?」


「そう。戻ってきて早々に傷病人の手当をしてくれ、って。いきなり過ぎてびっくり」


「それは迷惑を掛けたな。この責任の一端は私にもある。詫びさせて欲しい。希望があるなら何なりと」


「ちょっと、やめてよ。手当の必要な人を助けるのが私達の主な仕事なんだから。レミネスのせいだなんて思ってない」


「……」



 レミネスの謝意を遮り、再び部屋の中に静寂が訪れる。

 沈黙ではあるが、居心地の悪さは感じない。どころか、楽しさすらこみ上げてくる。



「ふっ」


「ふふふっ」



 堪らず彼女達は少し笑った。身分は前より大きく変わったが、それでも友情は揺らいでいない。

 浮かべた笑みは自然と収まり、合図するまでも無く話を続ける。

 余計な肩の力が抜けるのを感じ、レミネスはようやく自然体の振る舞いとなった。



「…何時ぶりだろうな。こうして二人で談笑するのは」


「寄宿舎以来……と言いたいけど、少し前にあったお茶会以来ね。ニュディリス侯爵夫人閣下にお呼ばれした時」


「あの時は、難儀したよ。付け焼き刃の作法が何処まで通用するのか肝を冷やしたものだった」


「そうだったの? かなり様になってたけど」


「まあ見たままは、な。お前や他の貴族の方がフォローしてくれたからどうにか誤魔化せたんだ」



 僅かに俯き、レミネスは思い浮かべた自身の記憶から様々な出来事の共通点を見出す。

 何とは無しに受け入れていた事。だからこそ、重要な気付きでもあった。



「……そう。私は助けられていたんだ。人付き合いの末に生まれた仲間達に」


「今に畏まって、どうしたの?」


「再確認だよ。一人ではどうにも悩みが絶えないんでな」


「相談なら何時でも乗るよ? レミネスと私の仲なんだし」


「お前のそういうところに救われている。ありがとう」



 暫くの間作れていなかった年相応の笑みを目にして、リリカァネもまた頬を緩ませる。

 お互いに、学生だった頃より少しだけ成長した事を実感しながら。



「…ふふっ。じゃあさ、私が悩んでたらさ。レミネスに遠慮無く相談しちゃおっかな♪」


「ああ、構わん」



「どんな事を頼もうかな~」と軽やかに冗談めいた事を呟くが、彼女が親友に無茶を強いるような人間では無いとレミネスは信じている。

 楽しそうに振る舞うリリカァネの傍ら、微笑むレミネスだったが時を待たずして聞こえてくるノック音に聞き耳を立てた。


 今度はホイリィ家に伝わる作法のものに対し、拒否しても仕方の無い事と考え。レミネスは表情を改め「入れ」と告げる。

 入ってきたのは、慌てた様子でありながらも目上への礼儀作法を欠かさない使用人の一人。


「失礼いたします」と恭しく振る舞う壮年の男は、姿勢を正したレミネスとリリカァネに目を合わせる。

 口を開いたのはその後の事だった。



「レミネス様。急ぎの報が…」


「話せ。息を整えてからで良い」


「では……。…オピウス公爵閣下より招集の命が。議場に馳せ参じよとの事です」



 ◇◆◇



 王都中央よりやや西に位置する広々とした議場。そう呼ばれる円柱型の施設は度重なる技術の発展の末、完全な居城としての機能のみとなった王城から独立した政の中心である。

 爵位を持つ者、あるいはその者達の従者、貴族たる彼らより推薦を受けた者が立ち入れる空間の内部では厳かな雰囲気が漂う。

 レミネスとリリカァネ、この世に生を受けて20年程の彼女達は、再び鎧に身を包むも、初めてでは無いが肌を刺すこの感覚に慣れないでいた。



「まさかオピウス公爵様より招集がかかるなんてね……」


「愉快な事にはならないだろうが、先を急ぐぞ」



 小走り気味に、必要最低限ながら派手さを有する廊下の中、指定された部屋へ向かう両者は小声でやり取りする。

 この場での礼儀……であるが、()()()()()()に絡まれない為の知恵でもある。


 運頼みにはなるものの、最短ルートを選択し彼女達は進み続ける。

 すると、見覚えのある人影が目の前に見え、両者は足を止めた。

 その人影の正体もまた彼女達を認識し、壁にもたれかかっていた体を起こす。



「おお、レミネス嬢ちゃんにリリカァネ嬢ちゃん。嬢ちゃんらも呼ばれてたのかい」


「ご無沙汰しております、サンガレイユ司書長」



 紺色を軸としたスーツを身に纏う、暗い緑を主体とする髪の小柄な男は僅かに口を緩め、少女二人に軽く応対する。

 サンガレイユ・フィクソンという名の、黄緑のインナーカラーの髪で且つ司書長の肩書きを持つ男であるが故、見間違えようが無かった。



「堅苦しい肩書きは今は良い。オレァ嬢ちゃんらより少し前に八傑になれたって()()だからな」



 この目立つ髪色の男には自身どころか実家にも貴族位が無い。つまりは、平民出身の八傑である。

 〝陣器〟の二つ名を持つ彼は現在の王立図書館司書長でもあり、平民でありながら位の高い貴族達とも面識のある、何とも不可思議な立ち位置の男だった。

 それ即ち、相応の努力と研鑽を積み重ねてきた事を意味する。貴族出身であっても司書長になるのは難しいと知る少女二人は、彼の態度を無礼には思わなかった。

 その他にも思わない理由はあるのだが。



「そう謙遜なさらず。私達にとっては学生時代からの恩人でもありますから」


「レミネスの言う通りですよ~。ほらもっと胸張って下さい先輩っ」


「ははっ。どっちも見違えるくらい強くなったな」



 和気藹々とする三者の、少しばかりの賑やかさに釣られたか、そこへ近付く人影がまた1つ。

 この中で最も位の高い貴族である、オキュロッドだった。

 第三者が居合わせた事で、和気藹々とする先輩後輩の態度が改まる。



「話し声が聞こえるので来てみれば。皆さんも呼ばれたのですか?」


「おう、オキュロッドの旦那。あんたもか」


「ええ。――八傑の過半数が集まる事態。一大事とお見受けしても?」



 浮かない表情の2人の少女を見てのオキュロッドの一言。

 これを発言を促すものと判断したレミネスは、自身の方が適任だと考え、口を開く。



「恐らくは、それよりも大きな問題かと」


「…なるほど。では、答えを聞きに参りましょうか」



 4人の目線の先には、扉がある。

 金で縁取られた古い木製の扉の奥に、今回呼び出した公爵が待っている。

 指定された作法の通りノックすると、オキュロッドが「入ります」と一言。


 扉越しでもはっきり聞こえる、「入りたまえ」と若い男の返答を聞き、一同は部屋の中に入った。

 探偵侯爵(オキュロッド)子爵令嬢聖騎士(レミネス)平民司書長(サンガレイユ)よりも階級が低い子爵令嬢隊長(リリカァネ)が作法通りに扉を閉め、一同は横一列に並ぶ。


 必要最小限と思しき書類や書物を置いた執務机で作業していた手を止め、蒼のメッシュのある白髪の美しい少年がその星空のような瞳を一同に向ける。

 大事無いと一目見て確認すると、口元が緩み微笑みを浮かべる。



「4人とも、良く来てくれた。…椅子を用意する、掛けたまえ」



 右手の指を弾き、彼は魔法で4人分の椅子を、招集した八傑の背後に出現させる。

 指示を聞き4人が一斉に腰掛ける。サンガレイユだけが少々がさつになったが少年は気にも留めず、緊張を解す目的で椅子の座り心地を尋ねる。



「どうだろうか? 最近は家具造りも趣味にしててね。自信作なんだが」


「座り心地の良い椅子ですね。装飾も必要最小限ながら立派で、形状も良い。ありがとうございます、オピウス公爵閣下」



 それぞれのイメージカラーを意識した配色の椅子はそれぞれ、4人の体格から考慮した適切なサイズとなっている。

 家具に明るくないが、どんな家具を持っているかも貴族のステータスと考える子爵令嬢2人すら思わず唸る代物であった。

 唯一、心地悪さを顔に出すのは、平民出身であるサンガレイユだった。忙しなく上体を右へ左へ捻る彼に、白髪の少年オピウスの純粋な眼差しが向けられる。



「サンガレイユくん、君には合わなかったかい?」


「い、いやー…。オレにはちょっと派手かな、と思いましてね……」


「これは君の普段の働きへのお礼でもあるんだ。直に馴染んでくるよ」


「…そういうもんですかね」


 

 年相応の笑みを浮かべて、(へりくだ)るサンガレイユに応答する彼の名は、オピウス・ディシェン=キ・アパッヅ=ヲーン。八傑の中で最年少で且つ〝耀天〟の異名を賜る彼は、八傑たる者達を取り纏める統括だった。

 この場に居る全員が認める、八傑最強の存在。常識の埒外にある強者にして権力者への応対は、否が応でも慎重にならざるを得ない。

 再び、オピウスの星空の瞳が一同を見渡す。緊張が解れたと判断した彼は漸く本題に移る。



「さて、君達を呼んだのはそれだけ緊急性の高い用件という事だ。聞いてくれるね?」


「はい、『他言無用につき詳細は現地で話す』との厳命でしたので。お聞きしますよ」



「助かるよ」と探偵侯爵に一言述べると右手で頬杖をつき、オピウスは左手を高く掲げる。

 同時に、部屋全体に遮音魔術を掛けた。

 そして、執務机にあった一部の書類が浮き上がると、人数分に分かれてそれぞれの手に渡った。

 機を見て自らが見聞きした事を発言しようとしていたオキュロッドですらも、持たされた書類の内容に目を疑った。



「これは、本当なのですか、オピウス閣下…」



 レミネスとリリカァネが思わず息を呑み、サンガレイユですら冷や汗をかく情報。

 王国どころか世界が震撼する情報に、オキュロッドも動揺を隠しきれないでいた。

 唯一、既に把握しているからか冷静でいるオピウスが直ぐ様答える。



「ああ。数刻前、帝国領内に()()()()()()()()が観測された」



 書類3枚程度の報告書ながら、記載された内容は凄まじく。


 巨大生物に似た黒色の人工物。『マジェスティ』を遥かに超えるそれはとてつもなく巨大な一隻の船だったという。

 帝国領海域に突如出現し、帝国領内に数度の砲撃の後沈黙。

 休憩とも解釈出来る数十分の沈黙の後、海域を()()()()離れたとされる。


 これだけでも衝撃的だが、報告書には続きがある。



「巨大な船が砲撃して数分後くらいかな。帝国領内にあった強い魔力反応が()()、消えた。でも、帝国の各種設備は今も健在らしい」


「それは即ち……」


「オキュロッドくんの察する通りだよ。魔王直轄第5遠征軍が討たれた。ほぼ全滅という形でね」



 報告書にはオピウスの言を補足する内容もあり、魔王軍の得意とする魔力阻害が消失し、帝国領外壁の外なら明晰に観測できるようになった頃合いで。

 外壁の外に居た魔王軍の反応は全て無くなり、迎撃勢力の健在が確認され、第5遠征軍の事実上の全滅となった。

 転移魔法らしき魔力反応も観測されたが、誰が使用したのかは未だ解析中である。



「砲撃が帝国を攻撃するものでは無いなら、巨大な船は的確に遠征軍へ大打撃を与えた事になる。凄いよね、まるで神話だ」



 公爵たるオピウスを以ってしても神話と形容せざるを得ない事態。それが現実に起こっていた。

 しかして、理解を拒む者はこの場にはいない。



「…船が何処から来たか、何処の所属なのかは気になるとこですが、問題は船のその後の消息がどうなったか。そうでしょう、公爵閣下?」


「そうだよ、サンガレイユくん。報告書はこれで終わりじゃない。3枚目を見て欲しい」



 報告書に記された事態の非現実ぶりに各々衝撃を露わにしながら、指定された書類に一同は目を通す。

 そこには、更に理解を難しくする内容が記されていた。



「……大海原の南で消えた、って……」



 質量と魔力反応の塊である黒色の巨大物体。追跡は簡単だが、その最中で混迷を極める事態が起きる。

 魔力感知を阻害する霧状の物質が巨大物体を中心に発生し数分。霧が消えると同時に物体は海から消えた。

 死神とも呼べる戦果を上げた巨大物体は、その姿を消すと共に、更なる謎を生者達に残していった。



「そして、船を包んだ霧は今現在『呪われた島』で発生しているものと同じだと言われる。オキュロッドくん、サンガレイユくん。君達ももう分かっただろう?」



 リリカァネの一言に呼応するように、オピウスは報告書の最後の1文を読み上げ、探る事を得意とする2人に問いかける。

 混乱する程の情報量に翻弄されたが、2人は息を合わせるように答えた。



「巨大船は『呪われた島』から来て――」


「――『呪われた島』にはあれを使役する何かが()()。そういう事ですかね」



 望ましい答えを得られ、オピウスは力強く頷いた。

 興奮気味の彼をさておき、サンガレイユは苦い顔を浮かべる。


 

「……『マジェスティ』の比じゃない兵器を持ち出せて、それでいて帝国に与する何か…か。他言無用を命じられるのも納得がいきますね」


「相変わらず察しが良くて助かるよ。これを口外したなら反帝国派…圧倒的多数が黙ってない」


「少し前に無茶苦茶をしたばかりですからね……『懲罰部隊』は派閥を問わず問題視されるべきなのですが」



 八傑の中でも頭脳派にあたる三者が国内で抱える厄介事に対しての発言をする中、いまいち話についていけないリリカァネが困惑を浮かべる。

 それもその筈、彼女はクォルフス救護部隊を率いて各地を転々していたが故、『懲罰部隊』の一件に明るくなかったからだ。



「あの、すみません…。『懲罰部隊』って?」



 淑女2人が居る手前、慎重に言葉を選んでいた男衆が固まる。

 その反応を目にしてリリカァネは更に困惑を浮かべるが、事情を少なからず知っているレミネスすら答えあぐねた。

 居心地の悪い静けさを破るべく、どうにかサンガレイユが口を開く。



「あー……昔のやり方を未だに引きずってる連中、だと言えば分かるか?」


「いえ……。もっと詳しく」



 サンガレイユとオキュロッドが顔を見合わせ、探偵侯爵が差し障りの無い程度の情報量に留め引き継ぐ。



「……帝国の現地住民に乱暴を働いた正規軍です。現在は消息を絶ったとの事ですが」


「そんな事が! 誰が差し向けたのですか!?」


「帝国を好ましく思わない連中…反帝国派の貴族だ。奴らは帝国への嫌がらせに執着しているからな……鉄鋼技術は欲しがる癖して」



 気まずさを感じていたレミネスも話に加わり、差し障りの無い程度の情報量で漸くリリカァネの納得を得られた事に一同は安堵する。

 胸を撫で下ろす中、引っ掛かりを覚えたレミネスがオキュロッドへと問う。



「オキュロッド侯爵。先程『懲罰部隊』が消息を絶った、とおっしゃいましたが」


「ええ、反帝国派の貴族が何やら騒がしかったので、小耳に挟みまして。日付が正しければ、巨大船が出現する4日前になりますか」



 偶然……とは言い難い。因果関係が現状不明とは言え、微妙な間隔のある2つの異変が無関係とは思えずレミネスは口元が僅かに震える。

 彼女の次の発言を待たずして、オピウスが冷静を保ったまま代わりを担った。



「行方が分からなくなった…からと言って『懲罰部隊』がしてきた事が無くなる訳じゃない。それによる責は王国全体…つまりは僕達も追う事になる。帝国と穏便でありたい僕達に今出来るのはこれ以上帝国を刺激しない事だ。……口で言うのは簡単だけどね」


「例の〝悪法〟がまだ機能していますからね。あれを放ったらかしにしてる現状はオレらも加害者と誹りを受けても仕方ねェ、です。……島が霧ですっぽり覆われちまった今じゃ更に悪化してるでしょうが」



 苦虫を噛み潰した顔をしたサンガレイユの補足に対するオピウスの重い首肯。これが〝悪法〟とその関連事項への一同の総意に他ならない。

 王国八傑と聞こえの良い肩書きを背負った彼らだが、王国社会に於いての発言力は主流の派閥とは程遠い。

 〝悪法〟たる島送りの抹消を志したとして、そうする根拠の提示だけでは足りないのが現状だった。

 再度訪れた沈黙の最中、現実を再確認し飲み込んだオキュロッドが続ける。



「それで、オピウス閣下。我々は如何致しましょう?」


「ああ、伝えておこう。…今回の件は直に王国全土に広まる筈だ。何分規模が大きいからね。すぐにでは無くとも反帝国派の貴族も『懲罰部隊』や第5遠征軍の消息を追うようになるだろう。君達にはこのタイムラグを活かして反帝国派の動きを綿密に探って欲しい。特に、帝国に何かしようとする動きがあるなら僕やオキュロッドくんに伝えてくれ。そうした動きへの牽制は僕達の方からやっておこう。出来るね、オキュロッドくん?」


「ええ、お任せ下さい」


「ありがとう。……何が起こるか分からない事態だ、君達も十分注意を払ってくれ。何か質問はあるかい?」



 サンガレイユが気を利かせて学生時代の後輩二人に小声で尋ねるも、二人は少年公爵の命を理解した様子を示していた。

 質問は無いものの、聞いておきたい事のあるオキュロッドは、それを確認した上で小さく挙手し、再度発言する。



「本件とは異なるのですが、オピウス閣下は先日発生した事件についてご存知でしょうか?」


「ああ、建物の火災事件だろう? レミネスくんが対応してくれたのだったね」


「はい。…では、その混乱に乗じて麻薬が運ばれていた事は?」



 他三者の気付く素振りという探偵侯爵の想定の最中、少年の星空の瞳が驚きを示すべく揺れる。それを見たオキュロッドはこれが彼も把握していない情報だと察した。

 同時に、これが八傑すら欺く、巧妙に仕組まれた手口である事も。



「! ――それは初耳だね。実行犯は見つかったかい?」


「いえ、先んじて事件現場の確認を行ったのですが、特に手がかりも無く。…ただ、その運搬に用いられた船が貴族のものに偽装された民間船だったのです」


「中身の方は?」


「今現在私の部下に調査させています。今日中には結果を出せるかと」



 口に手を当て、オピウスは思考する。それから4秒程経ち彼は命令の更新を下す。



「サンガレイユくん、レミネスくん、リリカァネくん。追加の任務だ、頼めるかい?」


「「「はっ」」」


「重ね重ねすまないね。反帝国派の動きを探るのと並行して今回起きた火災事件、並びに偽装運搬船の調査を頼みたい。この2つの事件の関連性と船の出どころ、それから船に細工がされていた理由を。運ばれていた麻薬についてはオキュロッドくんの部下から聞いて欲しい。消えた巨大船も気がかりだが先ずは国内の事に取り掛かってくれ」



 聞き終えた後、サンガレイユとリリカァネは合図するまでも無く、レミネスに出番を譲る。

 周囲からの期待に答えるべく励もうとする彼女の姿を感じ取ったが故に。



「必ずや、成し遂げてみせます」




 ◇◆◇




 同時刻、東大陸の北部。

 比較的平坦な地形の続く西側…神聖国と北部を二分する山岳地帯に存在する魔法開発・研究にて独自の発展を遂げた国家。

 デュナ・ハンバ魔導国と呼ばれるその国家は標高6000m程の山、その半分の高さにある山肌を大きく削り取った空間の上に建てられた建築物郡を首都と定める。

 同時に、空間の確保から建築物郡の完成までを培われた魔法技術で成し遂げた証明であり、国家としての力の象徴でもある。

 そんな、魔法を手繰る生物としての業を背負う国家は首都を中心に、禍々しいうねりを見せる大気に覆われていた。


 首都の中心にして魔法に関わる事全てを密集させた巨大建造物、王立魔導省。

 その簡素な外見とは裏腹に内部はこの世界に於ける魔導工学の結晶で、複雑怪奇な構造をしている。

 一区画では、魔法による照明の光度を著しく下げた空間の中に、淡く妖しく色とりどりの光を帯びる大きなガラス管が立ち並び、液体で満たされた中ではアメーバに似た粘体生物が自在に泳いでいる。


 それらを目の当たりにしながら机に置かれた資料の数々に目を通す者が一体。

 研究者然としていながら、人ならざる存在。三本の指をそれぞれ備える六腕を持ち8つの眼を有する怪生物。

 濁った赤紫色の体毛に覆われた彼の名はベティンギュラス。魔導省魔法生物局長にして魔族の一員だった。


 ただ黙々と、同じ局に属する研究仲間の報告に目を通す最中、一番外側にあった目だけが真後ろを向くように動く。



「……王国のが八傑にも見つかったようダな。()()なってはどうしようも無い。……探られない為の細工は施してあった筈ダが、中々勘の鋭い奴が居る。それも八傑より鋭い奴が」



 淡々と、その牙だらけの口で喋る彼は独り言の内容に対して何の感情も抱かなかった。

 彼らにとって()()()()()を積んだ船であったのは確かだが、反応が途切れる直前まで王国領を飛んでいた時点で届けるつもりの商品でもあった。

 代価以外の何かしらのトラブルが発生したとして、責任の一切を負わない、そんな発注側が不利となる契約を結んだ上での品物だったが故に、失敗したとしてどうでも良い話に過ぎない。


 気付き、阻止した存在のみが気がかりなくらいで。ベティンギュラスの興味は直ぐ様資料の数々に戻った。

 そこへ、小さくもよく響く足音をわざと立て歩み寄る人影が一つ。

 一言で言えば、魔女。ステレオタイプを体現するも独特のアレンジが加えられた深紫の姿をした少女。

 僅かな光に照らされたその顔には、ギザ歯を大きく広げた狂気の笑みが浮かんでいる。


 少女は沈黙を貫いたままベティンギュラスの死角を取るように迫る。

 そのまま、彼の真上を取り、円盤型の先端を備える杖を持つ右手を豪快に振り下ろした。

 魔法生物局長の頭上に迫るに比例して、少女の口の開きは大きくなる。


 が、対するベティンギュラスはあっさりと杖を2つの腕で抑え少女の不意打ちを防いだ。

 8つの目の外側半分が、少女に抗議の視線を送る。



「戯れも程々にしておけよモルシェティ。本気でやり合えば()()()の血を引くお前相手でも加減出来んぞ」



 あくまで抗議の意思は視線のみで、淡々と説教する魔族の姿が面白く無かったのか、モルシェティと呼ばれた小さな魔女の口角が段階的に下がる。

 抑えられた手の力が緩まると、彼女は空中で2回転しながら軽快に着地した。



「えー、本気出しても良いじゃんさぁ。皆して気ぃ使っててたいくつーっ」



 杖を肩に乗せた少女は軽快な足取りをしながら大欠伸をする。

 ガラス管の中身に興味津々な様子を浮かべる少女に対し、ベティンギュラスは目線の2つを向ける程度に留めていた。

 彼を以てしてもじゃじゃ馬である彼女に、魔族の闘争本能がくすぐられる。

 だが、この生活を続けて培われた理性がそれを表に出させなかった。



「この世界の理外たる転移者から生まれた、希少な例なのダお前は。本来ならば何としても保護されねばならんのダがな」


「あたし守ってって頼んでないしーっ。おかーさんもおとーさんも遊んでくれないんだもん」


「お前がその有り様ダから、ダろう。あの二人の苦労も伺い知れる」


「ぶーっ、いじわる~~~」



 軽くあしらう魔族に抗議の意思を示すモルシェティだが、彼女もそこまで気にしていない。

 それもその筈、目の前に居る魔族とは既に親しい間柄だったからだ。

 似た者同士、尚且つ年の大きな差はあれど互いに実力者だと理解している為、それぞれの振る舞いを受け流す事が出来た。


 怒りを露わにしていた表情も、数秒経てばご機嫌に戻る。彼女の興味は既に次の話題に移っていた。



「そだ、最近おもしろい事無い?」


「…さぁな。しかして、世界は大いに変質している。吾はおろかこの魔導省全てすら予想ダにしない程にな」



 ベティンギュラスが、腕一本を上げると空中に黄色い光の枠をした透明なパズルのピースが集まっていく。

 それらが完成形を独りでに作り出すと、巨大な長方形の画面に変化し、その中に映像が浮かび上がる。

 感嘆の声を漏らし近寄るモルシェティの傍ら、魔族は画面に近い目だけを向けていた。


 その主砲で以て砲撃を行う巨大戦艦、これを遠方より見た光景が映像として映し出されている。



「少し前にな、こんな事があった。それはエルタ帝国海域内に姿を表した巨大兵器ダ。吾の知る限り()()()()にも属していない、謎に満ちた兵器。それが己の力を存分に振るい、帝国に居た第5遠征軍へ大打撃を与えたのダ」



 詳細不明。そう形容せざるを得ない巨大兵器。今の今まで報告例すら上がらなかった()()が遠い異国に居た同胞を壊滅させた。

 容赦の無い報告を前に、ベティンギュラスはそこに脅威を感じつつも恐怖を抱く事は無かった。

 今、こうして()()()()と共に居るからこそ確信する。


 この戦艦は、異世界から来た兵器なのだ、と。



「まるで見せつけるように……この映像は東大陸の西海岸沿いに映し出されていたそうダ。誰が何の目的でそんな事をしたかも分からぬが。たダ、吾からすればこの映像はメッセージと認識出来る。これは帝国を害する、した者達への見せしめ、ダとな」



 勿論ながらベティンギュラスも属する魔族もそれに該当する……が、彼自身は蹂躙された同胞への哀れみを抱かなかった。

 元より同族意識が薄いのもあるが、魔族でありながら魔王軍に属していないという立場も相まって。

 更に、原因の判明しているこの事象よりも数日前に発生した不可解な事象へと彼の興味関心は向いていた。



 (これよりも気がかりなのは王国上空で消失した魔族の魔力反応。あれから何の進展も無い。王はどうされるおつもりなのやら)



 王国軍が対処に出向いた……などという明快な理由すら提示されない異常事態。それが謎を謎にしたまま月日だけ過ぎようとしている。

 魔族の消失。それから商品を運んだ船への襲撃。原因不明且つ連日発生した事態は、王国に何かが居る事を確信させるには十分だった。

 思考を現実に戻し、小さな魔女の反応を伺う。そこには、ベティンギュラスの予想通りな彼女の反応があった。


 当然、次に飛び出してくる発言も想定済みで。映像を指差しますます機嫌の良くなるモルシェティが彼へ振り向く。



「これ、帝国に行ったら会えるかなぁ?!」


「今帝国に行ったところで会えはせんぞ。あれは南下してそのまま姿を消した。たダ――」


「ただっ!?」


「最近は『呪われた島』が怪しい。数週間前から深い霧に覆われたままシルエットすら見えない。何かあるとするならばそこダろう」


「行ってみる!! じゃ~ね~~っ!!」



 元気良く駆け出した少女に静止を求める――訳も無く、見送りもしない。

 体よく厄介払いが出来た事で少し晴れやかになった気持ちのまま、パズルのピースを崩し資料を読み耽る姿に戻る。



「図体だけでは…無いダろうな。あいつに蹂躙されてくれるなよ」

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