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機皇の国  作者: Gno00
第四章 帝都激震

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38/44

未だ火種は消えず

 王都内にて夜の暗闇を煌々と照らした、共通項を持つ施設の数々が火元となった大火災事件。それより2日は既に経過していた。

 事件現場に()()居合わせていた王国八傑の一角、レミネス・ホイリィと彼女の指示を受けた王国兵達の迅速な対応により()()()死者を発生させずに済んだ惨事の跡地では、落ち着いてきた事で住居の状況を確認する人々の姿があった。

 当然ながら、王国兵の護衛付きで。しかし、多忙の影響からかその中には欠伸を噛み殺す者が数名。物理、あるいは魔法…得意な方を行使するに長けた様相でありながらも油断を露わにしている同胞を咎める者は居なかった。


 その一方で、彼らと似たような装備――即ちこちらも王国兵――の者達が3列15人で隊列を組み、事件現場を歩いて回る。


 事件当日の深夜より交代制の業務として組み込まれた監視。その目が忙しなく動いている。

 彼らが表情を一層引き締めながら職務となるこれをしているのには、相応の理由があった。


 『刻十蛮頭』を始めとする裏社会の組織の数々、倫理に基づいて悪と判断を下して間違い無いならず者達の巣。

 今回火元となったのは全てそんな施設だった。


 実行犯は不明。魔法かそれに近しい痕跡は見受けられたが目撃者は居ない。否、()()()()()()()()可能性が高い。

 動機も不明。火元の施設は全焼かその一歩手前まで損壊しており、目的となり得る物は既に残っていない。


 新しい仕事を振られたと思ったら、このような流れであると端的に説明され、苛立ちが隠せない兵士の口から愚痴が溢れる。

 それが現状一番信憑性が高いのもあって。



「ったく。下衆共の内輪揉めじゃ無いのか?」



 あまりにも要領を得ない事態に対し、当然とも言える言説を放った男へ、周囲の兵士達は言動に示さずとも同意を示す。

 が、全員が全員そうとも思ってはいなかった。



「そうなのかは、これから調べるんだ。八傑の2、3人だったか? も協力するらしい。中にはレミネス様も含まれているとか」


「まー、一部始終とは言わずとも現場に居た訳だしな。俺達の比じゃないくらい忙しいだろうな……」


「心配しなくてもこの程度で音を上げる人じゃ無いさ。オキュロッド様やリリカァネ様も付いてるしな」


「オキュロッド……? リリカァネ……?」



 眉をほぐすように動かす兵士の反応に、全員が立ち止まる。

 批難をするでもない視線を集めたが、その青年は然程気にしてもいなかった。



「何だ? もう忘れちまったのかあんちゃん?」


「あー…最近まで王都東門の警備で忙しくて……」


「…まぁ、あそこが一番出入り激しいもんな。それは仕方ねぇよ」



 王都ギノリ東門。このマゼン・ロナの首都、城郭都市でもある最大級の城門ビゼルロナンを指す。

 広大かつ荘厳、その表現に誇張の無い巨大門は、行商、王国民、観光客、芸人等を問わず列強の名に恥じない盛況さを見せる。――それ故トラブル()発生しやすい。

 1日4時間、定時交代制とは言え1時間分が非常に長く感じるとされる職場の光景を想像し、元より責めるつもりは無くとも責める気になれなくもなった。


 八傑に属する者達の名前を忘れていた事に納得の行く理由が提示された所で集団は仕切り直しとばかりに再び隊列を組んだまま歩き出す。

 青年もまた、疲労の無い動きで周囲と合わせて動いた。



「復習がてら教えるよ。オキュロッド様は侯爵位にして探偵業も営んでいる御方だ。なんでも市井調査も兼ねて、の事だと。お貴族様の中でも()()()と民衆からは評判なんだ。次にリリカァネ様だが、クォルフス救護部隊の隊長をやってる。名前くらいは聞いた事あるだろ?」


「あぁ、いつかの集まりで聞いた事あるような……」


「ここ最近各所で引っ張りだこだったのが落ち着いてきたみたいでな、丁度居合わせてたから今回協力を申し出てくれたんだ」



「ほら見ろ」と青年兵士に説明する男が真っ直ぐ指差す先に、被災者の体調を診ている女性兵士達の姿が見えた。

 軽装ながら清潔に整えられている事が遠目でも分かる姿で且つ、上腕に青の特徴的なリストバンドが巻かれている。

 それらは彼女達が救護部隊の隊員達だと示す身分証明で、彼女達に応対する民衆には確かな安堵が浮かんでいた。



「あんな美女部隊に診てもらえるとかご褒美だよな〜」


「それにしても、あれだけをよく集めたもんだな。今見えてるのの4倍は頭数があるんだろ?」


「彼女らは国立医学院から輩出されたエリートなんだと。戦場に出て来るより先に苛烈な競争を勝ち抜いてるから必然的に集まるんだろ」



 部隊指定の服装はともかくとして、その逐一が高貴な身分だと察せられる目鼻立ちの整った顔ぶれは否が応でも注目を集める。

 献身的に振る舞う彼女達の姿に巡回の兵士も元気を貰う。


 ……すると、そこに爆弾を投じる者が一人。



「あれ、カノーニアちゃんは居ないのな」



 一人がふとした拍子に出した発言に、周囲が噴き出す。笑いからでは無く驚愕から。

 一方の発言者本人は寧ろ彼らの反応に驚き、それから自分が失言をしたのでは無いか、と思い至る。



「おッ、お前、滅多な事言うもんじゃないぞ……」


「えぇ? いい子なのに」


「そりゃ確かにいい子だし綺麗な子でもあるがな? あいつの()()ほどおっかないもんも無い……」



 一同の頭の中にはカノーニアという名の紫髪の少女の姿が思い浮かぶ。目の青い隈さえ無ければ貰い手がたくさん付くと容易に考えられる少女なのだが、彼女の人格の一面を一同の内大多数が恐れていた。

 それこそが彼女に目の隈が出来ている要因であり。彼女を能力の高い救護兵たらしめると同時に畏怖を抱かせるものでもあった。


 しかし、周囲の兵士達が恐れているだろう光景と縁の無い、少女の名を切り出した男は然程恐れてはいなかった。

 実態を深く知らないからこそ、彼女の名前を出したのもあって。



「そうなのか? 会う度に色々良くしてくれるんだけどな」


「お前の場合は定期検診で済むくらい健康だろうしな。…これが不摂生だったり未知の病気にかかってたりしてみろ、途端に目の色を変えるぞ」


「まぁ、医学に精通してるんだしそうなったら覚悟してる」



 変わらず平常を保つ男の反応を見て、「ダメだ、全く通じてねぇ」と一人の言葉を皮切りに乱れていた隊列が元に戻る。

 話が脱線していたのを戻すべく、仕切り直しの合図として門の警備だった青年兵士が軽く咳払いする。


 次に発言するのも、空を見上げながら隊列を乱さず歩行する彼だった。



「…そういえば、先程教えてもらったオキュロッド様とリリカァネ様はどちらに?」


「ああ、此処には居ない。リリカァネ様はリリカァネ様で私用があるらしく、今は少し離れてる。オキュロッド様は『マジェスティ』倉庫の様子を見てからこちらに来られるんだと」


「『マジェスティ』倉庫? なんだってあの場所に」



『マジェスティ』倉庫は国家最新鋭の設備装備が内包されていて、故に警備体制も厳重である。それが王国軍の共通認識だ。

 そんな警備が打ち破られる、られた可能性など今の彼らの頭には露程も無い。

 あり得ないに等しい可能性を考えるより先に、侯爵位でありながら探偵業も営む貴族が立ち寄る、そうして如何な用事があるのかという至極ありふれた疑問の方が思い浮かんだのもあり。


 疑問を投げかけられた兵士が、「これって言っていいんだっけな…?」と危うい呟きをしながらヘルム越しに頭を掻く。それから意を決して彼は答えた。

 直後に、一同が驚愕に顔を歪ませるのは想像に難くなく。



「襲撃を受けたんだよ。火災が起きたその日の朝に」






 王国空軍最高戦力を収容、保管、整備する倉庫が慌ただしくなっている。想定とは程遠い理由で。

 壁や床、屋根までもが融解し既に冷え切っている穴だらけと化し、変色した血溜まりと瓦礫の山が散乱する無惨な倉庫内には片付けに追われる王国兵士達の姿があった。

 真相究明の為の手がかり探しもまた彼らの責務であり、とある侯爵貴族に従う者達へ次々手がかりになりそうな物を提示する動きもあった。

 当事者がこの場に居ればもう少し円滑に動けるが、歯痒くもそれを黙々と行う他無い――彼らはそう判断していた。


 当事者である生存者はたった一名。『マジェスティ』の整備を担っていた整備士の一人で、何かが起こったのは明白だが、数日過ぎた程度では心に負った深い傷は癒えるとは考え難い。

 今は現場遠くの診療施設で療養して、落ち着いた頃合いで改めて事件当時の事を尋ねる、そういう手筈を整えていた。

 人の声は程々に撤去される鉄屑のぶつかり合う音、鉄靴の足音等で奏でられる喧騒の最中、右手を顎に当てながら倉庫の各箇所を確認すべく練り歩いて回る緑髪の男が一人。


 高貴なブラウンのスーツでありながら動きやすそうな服装でもある彼こそがオキュロッド・バルレティ。王国八傑の一角にして探偵業を営む侯爵貴族その人である。

 王国社会における貴族階級、その上から三番目に位置する爵位でありながら平民達や国外からの来訪者達と友好な関係を結べており、民達からは貴族の中でも()()()()()、と評判を得られていた。

 その為王国軍に於いても知名度がかなり高く、部下共々訪れた瞬間より倉庫内部へ立ち入る許可が降りた――元々アポは取っていたが――、つまりはほぼ顔パスで現在彷徨く事を許されている。


 好意的な視線を集めつつも、敢えてそれに応じない態度を示し。彼は発生した事件の時系列を追う。

 王国軍の協力を得て集められた物的証拠、証言から一先ず見出だせた結論を彼は述べる。



「――当時は、キュベス侯爵派閥のジェファー伯爵の管轄であった筈。管理が甘くなっていたのを突かれましたか」



 発端となったのは、火災の前日。“烈剣”賜る王国八傑の一角、レミネス・ホイリィが告発した違法薬物の売買への関与。

 これはレミネスがララダル子爵を先んじて摘発した事で彼女自身の手に渡った売買ルートを元に行われた事であり、凡そ二十数名が容疑者として名を連ねた。

 その中にジェファー伯爵の名も含まれていた。彼は当時より『マジェスティ』倉庫の管理を任されていたが、自身への容疑に対応するのを優先し自らの軍務を疎かにしていた。


 そんな杜撰な判断こそが全ての過ちであり。ジェファー伯爵どころか軍人である誰もにとって寝耳に水な事件が発生した。


 調べた限り現存している『マジェスティ』の大半が損傷状況を問わず復旧困難という事態に陥っている。他でもない整備士が大勢、警備兵諸共壊滅した為。

 聞きかじった程度の知識しかない整備士を今現在育成し、残る一人も精神的に不安定となっており。末端の者達は現在進行形で現場の処理に追われ、上官達は破損した『マジェスティ』そのものの処分に追われていた。



「襲撃者はとても統制が取れているようですね。これだけ探っても尻尾すら掴めない。それでいて『マジェスティ』の価値を正しく把握している」



 これだけの大事を起こせるのは個人では無く複数の人物あるいは存在の犯行であると仮定した上で。彼の眼鏡越しの目は損壊した『マジェスティ』各種を睨む。

 それらには本来搭載してある筈の武装がそっくり欠損した共通点があり。オキュロッドはこれが単なる紛失では無く、盗難によるものという確信を抱いた。

 軍事施設に襲撃を仕掛けた理由、それこそがこの共通点にあると踏んだから。


 ならば襲撃犯は『マジェスティ』が技術の結晶かつブラックボックスを内蔵する戦艦だと()()()()()()。そう考えるのが妥当だった。

 しかし、それでも襲撃犯の正体は絞れない。単純にその候補が多すぎるからだ。


 大陸の西側に位置する王国含め、東大陸では様々な列強国が群雄割拠している。南の竜王国、東の大連邦、北の魔導国と神聖国がそれに該当する。

 この内、王国を除外した上で『マジェスティ』の技術的価値を把握している国、という条件を設けたところで、他の列強国全てが当て嵌まる事になる。

 倉庫内の損壊状況からして可能性が高いのは物理的に距離の近い竜王国と大連邦と、魔法に於ける手段手数に富んだ魔導国の三カ国。


 が、事件現場の特徴がそこから先の絞り込みを困難にしていた。


 思考の海に自らを投じる最中、わざと足音を立てるように大振りする足取りで探偵侯爵に近付く者が一人。

 同じく事件現場の調査を担当する事となったデュミル司令官だった。


 太く雄々しい眉の眉根を寄せつつ、その特徴的なカイゼル髭を揺らし青の軍服を身に纏う背の低い男は口を開く。



「オキュロッド殿、でしたな。まだ犯人は探れないので?」


「物理的痕跡はあれど特定できる材料は無く。魔法の痕跡は何も見当たりません」


「これだけの事をしておいて犯人は魔法を使っていない、と?」


「そうなりますね。せめて当時の状況を再現出来る魔法の研究が行き詰まっていなければ良かったのですが」



 直接、犯人を探れる魔法はまだ使うことが出来ない。ならばこそ風化しない内に可能な限りを探る他無い。

 部下に持参してもらった魔法検知用の魔導具を使用し、倉庫内全域の魔法の痕跡を調べているものの。検知に引っ掛かるのは『マジェスティ』の魔力のみで犯人の特定には至れない。


 更にはその魔導具が、倉庫の各所に空いた穴が『マジェスティ』の武装が開けたものだと言う無慈悲な証明をしてもいた。

 想定された敵の都合上、死亡者達の死因が『マジェスティ』の武装の影響によるものである場合、蘇生は困難を極め、また、迂闊に蘇生は出来ない。

 蘇生対策として施された副次効果が、いつ何処で牙を剝くかが分からないからだ。


 もし、そんな事を口走ろうものならこの司令官を怒らせるだけになる。そう考えたオキュロッドは『マジェスティ』の魔力の件は伏せておく事にした。

 今の段階では真相究明に何ら寄与しない、という理由もあって。


『マジェスティ』の魔力のみが検知される。となれば魔法に明るい魔導国が容疑の候補より外れる……とはオキュロッドは考えていない。

 寧ろ、その逆で。魔法に精通しているからこそ魔法の一切を行使しないで犯行を行う手段を確立している。オキュロッドは最近の東大陸の情勢もあってそれを使った犯行の可能性を捨てきれないでいた。

 神聖国や他の列強との揉め事を防ぐ為の手段と魔導国自らが大々的に報じていたのが記憶に新しい。それならば、秘密裏に蛮行に及ぶ手段として利用する事も出来る。

 しかして、魔導国を掘り下げたところで竜王国や大連邦の容疑を否定出来る材料にはならない。

 魔導国に注意を向けさせておきながら付け入れる隙に付け込んだ。竜王国と大連邦、それぞれが有する王国のものとはまるで違う機動力と制圧能力をもってすれば十分可能だ。


 謎が増々深まる中、オキュロッドは次に、『マジェスティ(王国最大級の空中戦艦)』のセキュリティをどうやって突破したのか、それについてを考えてみる。

 無論、『マジェスティ』もそう簡単に急所を突けられるような代物では無い。

 しかし、『マジェスティ』に残されていた記録には目を疑う情報があった。それは、物理的損壊を受けるまで一切の警報装置が鳴らなかった、という情報。

 これはどういう事なのか。今のオキュロッドには全く心当たりが無かった。とても信じられない事実が彼の目の前に立ちはだかっていた。


 思わず、口角が上がりかけたところで。側に居たデュミル司令官の怒鳴り声が彼を現実へ引き戻す。



「えぇい、盗難防止用の装置があった筈だ! あれを使えば―――」


「――それなんですが」



 正気に戻ったオキュロッドが淡々と指差したのは、金網の通路に、回線を引き千切られて打ち捨てられた鉄の箱。

 それが何なのか、遠目に見ただけで理解した司令官の怒りのボルテージは上がっていき。



「ああなってしまってまして」


「おのれぇぇぇぇ!!!」



 耳障りな程に。司令官の怒鳴り声が、ざわつく倉庫内に響き渡るのだった。





「結局、今日はあれ以上進展がありませんか…」



 倉庫の片付けが一段落付いた所でオキュロッド達は撤収する。不在の間にも手がかりになりそうな物は見つけ次第保管しておくよう兵士達に命じた上で。

 空を見上げながら歩く彼は探偵として、証拠が見つからず調査の停滞した事件に歯痒さを覚える。同時に、簡単な話だと思っていた事件が想定を遥かに超える程に難解である事にも。


 他の列強へ容疑の否定を求める。そんな事が可能ならば王国貴族は苦労しない。

 犯人に出てきてもらう。そもそも何処へ消えたのか不明にも関わらずどうやって。

 民衆に捜査協力を要請する。理論上は可能だが漏洩した場合のリスクが大きい。他の列強に知られようものならお笑い草になる。


 馬鹿馬鹿しくも、今行使可能な手段が次々頭の中に浮かんでは彼の理性が理屈で否定し霧散する。

 これ以上は歯痒さが増すだけ、そう考えたオキュロッドは少し思考から離れる事にした。

 そうした矢先に、彼の深緑の目に一人の男の姿が映った。



「ああ、これはデュミル司令官」



 挨拶しそびれた事を態度で詫びつつ、オキュロッドは深々と頭を下げる。

 彼と同じ――胸章を付ける場所が寂しいが――軍服を着た者達に指示し終えたデュミルの厳かな目が、少し前まで共に居た緑髪の探偵侯爵を捉える。



「…オキュロッド殿。少しよろしいか」



 言いづらそうで、それでも改まった態度身振りで何かを伝えようとしている司令官。

 それを見て、オキュロッドは聞き入れる準備を整え、発言を促した。



「大火災事件を知っていますな。あれの現場付近で飛行船が墜落したとの事です」


「ほう、それは何時」


「火災の発生当時、その6時間程後だそうで。みな避難誘導と消火にかかりきりで、気付いたのは火が収まった後だとか」


「つまり、私にその飛行船を調査してほしい、と」



 デュミルの首肯を得られた事で、オキュロッドは後ろに控えていた部下の一人に「あれを」と一言合図を送る。

 非常に簡略化された指示でありながらその意味を把握している、肌の一切を出さない紺色をした服装の者は懐より金色の小さな立方体を取り出す。

 それを手のひらの上へ乗せてそのまま持ち上げると、立方体が独りでに空中へ漂い、開きながら巨大化していった。

 5秒も経たずして一同の目の前に姿を表したのは、飛ぶ物と見た目で理解できる流線型の美しい乗り物だった。



「こちらにお乗りください」



 先程オキュロッドの指示を受けた者が男とも女とも取れる中性的な声で淡々と案内する。

 上司であるオキュロッドと他の付き人達は慣れた様子で乗り込む中、デュミルただ一人が戸惑いを見せながら彼らに続いた。

 全員が搭乗した事で、流線型の表面に紋様が浮かび上がると機体そのものも浮上を始める。

 稼働するのに必要な魔力が流し込まれた事で、緩やかな加速をしながら機体は空へ飛び上がった。




 デュミルの道案内を受けつつ行われる少しばかりの空の旅は、「ここだ、下りてくれ」と彼の言葉で終わりを告げる。

 浮上時と同様に緩やかな減速で静かに降り立った機体。開いた出入り口から最初に出てきたのはやはり司令官だった。

 未だ昼下がり故、若干の外の眩しさに少し目が眩むオキュロッドの視界にも、やがて見るも無惨に破壊された飛行船の姿が映った。


 見覚えのあるようで、少なくともバルレティ家の所有物とは考えにくい機体…の残骸。

 しかし、遠目からでも分かるその光沢にはある仮定を立てるのに容易な説得力はあった。



「旅客機……王国貴族のものか?」



 まだ確信の段階では無いのは、遠目で見ているから。

 近付いてみなければ分からないからには接近する他無かった。主の早歩きに合わせ、ぞろぞろと降りてきた従者達も乗ってきた機体を片付けながら続く。

 そうして、20秒も経たず残骸付近へ辿り着いた。

 オキュロッドは「ふぅむ……」と船の残骸を確認すると、一言。



「これは民間船ですね。貴族所有のものと見間違えるように出来てます」


「何だとぉ!?」



 貴族の所有する船を示す豪奢な装甲のように見えていたものは、ハリボテであった。

 原型の分かり難い仕方の変形、更には広く融解した箇所からは、本物ならばまずありえない色合いの、無事な金属が見られる。


 高価な金属ならばその光沢も色合いも価格に相応しい上品なものとなる。

 だが、目の前の剥き出しであるそれには全くと言っていいほど無い。

 文字通りの鍍金。姑息な手を打った動かぬ証拠だった。


 趣味で嗜む船の造形の経験から手広い金属をこの目で見てきた彼だからこそ、一発で見抜けてしまった。

 一方のデュミルは、民間船を偽装する事の必要性が思い付かず、驚きを露わにする。



「ぐぬ、…しかし、人命がかかっておるやも知れぬ! 確かめない訳にはいかんのだ!」



 既にかなりの時間が経っている以上、助かる見込みは薄い。が、人道的な観点からオキュロッドはそれを告げなかった。

「手伝います」と一言断り、魔法を行使して破損、分離した残骸と機体本体とを手分けして引き離す。

 そうしている内に、オキュロッドはこの船が偽装されていた理由の一つが思い浮かぶ。


 その理由が愉快では無い事に彼は眉根を寄せる。

 障害になっていた残骸や瓦礫を退かした事で、デュミルはようやく明るみになった内部の様子を伺う。

 直後、彼の体が途端に強張った。



「お、オキュロッド殿! これ!」


「んん? どうしましたか?」


「この積み荷全てが麻薬だ! 何処を探しても麻薬! この船は麻薬を運んでおったのだ!!」



「何と…」と軽く呟くも、驚愕しているのはオキュロッドも同じ。

 デュミルの見つけた違法薬物の塊。これこそが民間船を偽装した理由であり、オキュロッドの予想した通りでもあった。

 問題なのは、これを今の今まで探る事すら出来ていなかった、という事実。



(不甲斐無いですね…。 八傑という立場でありながらこうなるまで気付かなかったとは)



 製造元の多くが襲撃された当時に、違法薬物が堂々と運び出されていた。

 前者は全くの偶然なのだろうが…オキュロッドはそう思いながら改めて偽装の施された装甲表面に目を向ける。

 貴族階級の所有する飛行船の質感を忠実に再現しており、こうしてスクラップにされていなければ彼自身でさえも見抜ける自信を持てなかった。


 つまりは、この偽装船を仕組んだ者は用意周到で。これを用いた輸送を日常的に行っていた事になる。



(――それよりも。他の八傑は何をしている? 何故、この現場に誰も現れない?)



 辺りを見渡してみるも、八傑当人はおろか、その配下らしき姿さえ見えない。

 救護部隊を他の現場に回しているリリカァネはともかく、レミネスの活用している諜報機関の姿さえ見当たらなかった。



「デュミル殿、この事は他の八傑、また貴族の方には伝えましたか?」


「ハービンス伯爵閣下、ドルシェマ子爵閣下にはお伝えしているが……彼らに親しい者すら見当たらない。これはどういう事だ?」



 司令官であるデュミルすらこの反応である以上、此処に居る貴族の関係者はオキュロッド達のみ。

 結果的に、頭に過ぎる最悪の可能性を裏付ける事になった。



(もしや、誰も気付かなかったというのか?)



 目の前にある残骸と中身は凶悪犯罪が堂々と行われたという動かぬ証拠。だが、その周知がされていない。

 王国暗部に渦巻く陰謀の根深さを、此処に居る誰もが感じ取る。そうする他無かった。

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