迫る奔流
「……」
「……!」
大将軍であるリミングすらも、一人の隊長に過ぎないベノメスですらも目の前に映る光景を前にして息を呑む。
ごく一部に魔法が使われている程度で、それ以上の魔法との関連性は無い空中のスクリーンの中。展開されているのは、大海を越えた先の列強の一角にて起きた惨状。
城下街が燃えている。それも王国の膝元が。
崩れ行く建造物の数々に逃げ惑う人々、そして彼らを守ろうと躍起になって救援を行う騎士団や兵隊の姿はとても他人事には思えなかった。
「これが向こうの一昨日の出来事だよ。今はそれなりに落ち着いているだろうけど、今すぐ『懲罰部隊』がどうこう、とは言えないだろうね」
刺激の強い内容だが、それを見せているジナリアやその後ろで控えているコルナフェルは落ち着いていた。
…いや、落ち着いている素振りを見せているだけかも知れない。
この惨状を引き起こせる存在――もう一隻の《エクリプスアーク》に乗り込み、東大陸に向かった者達の中の一体には心当たりがある。
それは末妹のベルディレッセだった。
(少し見ない内に何が起きたのですかベルディ…)
(ベルディ、私は君が心穏やかに過ごせているか心配だよ……)
表情とその振る舞いは取り繕ってはいるものの、内心では各々が冷や汗を滝のように流していた。
先んじて見せる内容として適切であるかどうか、というチェックはしていたものの。
現時点で提出出来る映像音声の中ではこれが、王国が今すぐに動く事は出来ないという証明に他ならず、これを見せる事となった。
映像加工をしたところで見破る術はあると考え、敢えて何も手を加えていないものを。
大将軍ですらその組んだ手が震えている辺り、効果は抜群と考えていい。
それが逆効果であるか否かはさておき。
このままだんまりを続けていても話が進まないと考えたか、リミングが驚嘆してから長くなった沈黙を破る。
「…成る程、こうも破壊されてしまっては今すぐ『懲罰部隊』の件を追求するなどという空気にはなれないだろう……」
リミングがそう発する一方で、ベノメスはこれまでのジナリアから聞いた情報からして、ジェネレイザの関係者が行った、もしくは関与した可能性が高い事を推察する。
が、それを口には出さなかった。出した場合の未来が容易に想像出来てしまう為。
機皇国、引いては帝国の進退に関わるであろう事象への責任を、一兵卒の身としては持てなかった。
驚きを露わにしていたのを改め、大将軍の鋭い眼はジナリアへと向き直る。
「それで、ジナリア殿。ベノメス第56小隊長より聞いたが、本日は帝国とそちらの機皇国ジェネレイザとで同盟を結びたいという話であったが」
「うん、そうなんだけど」
「その理由を尋ねてもよろしいか?」
リミングとしては、当然の問いだった。
理由として思い当たる節はある。エルタ帝国のみが生産技術を有するルーン鋼がそうだ。
ベノメスからは王国が所有する巨大戦艦『マジェスティ』と、メカという種族は似通っているとも聞き及んでいるのもあり、真っ先にその可能性が過った。
「お察しの通り、ルーン鋼の貿易がしたい、というのもある。だけどそれはあくまで二の次」
「ほう…」と小さく漏らし、関心を示すリミング。そんな彼の様子を見てかジナリアは続けた。
「『呪われた島』周域を正式に、機皇国ジェネレイザのものと認めて欲しい」
どれだけ機皇国側が強く主張をしたところで、他国に認めてもらえなければ独善的で無意味なものでしかない。
それがジナリアの考えだった。
そんな彼女の発言に対し、リミングは顎を摩り腑に落ちない様子を見せる。
「何故、帝国になのだ? それこそ列強に頼めば良い話ではなかろうか」
「発言力という観点だけ見れば、ね。だけどこの国には『呪われた島』に対する一切の権限が委ねられている。でしょ?」
彼女の自信満々な発言を耳にして、大将軍はようやく納得のいった素振りを見せた。
「なるほど、だからこその帝国という事か」
すると、リミングは白髪の少女へと歩み寄り、顔を少しだけ綻ばせて右手を差し出した。
対するジナリアも意図を理解しその手を取って握手を成立させる。
そこから更に、年季は無くとも実力者のそれである白磁の手を両手で包み、精悍な顔を深々と下げた。
「二国間での同盟締結、承諾したい」
「ありがたいね。でも、交換条件がある。でしょ?」
「その通りだ」
そして、その交換条件というものがどんな物であるかは大方予想がつく。
『懲罰部隊』の脅威が失われた今、帝国にとっての目の上のたんこぶは一つ。
同盟締結の条件は、頭を上げたリミングの口から発せられた。
「帝国領内並びに隣国領内の魔王軍の排除、並びに帝国領防衛網の強化への協力。今の私から言える条件はこの2つ。こちらを仮案として上申させて頂く。先の同盟締結含め求める内容はより増大かつ複雑なものとなるだろうが、どうか了承して欲しい」
「良いよ。国力安定の為ならどんどん利用して欲しいな。こっちも大変だけどこの国程って訳でも無いし」
「ご寛容に感謝する。……それと、述べた条件の内前者の方なのだが」
「当然第5遠征軍も含まれていて、今すぐにでも着手して欲しいって事だよね。一応準備は整えているよ」
「そうか、では」
「もう既にやってる、と言えば君達は信じるかな?」
リミングは彼女の発言を訝しく思うが、一方のベノメスには心当たりがあった。
それを見て、ジナリアは不敵に笑む。
彼女の後方にて沈黙を貫くコルナフェルもまた、姉の発言に青い目を僅かに開く反応を示した。
バンティゴ防衛戦、その最前線は外壁との距離1.6kmまで押しやられていた。
末端すら強大な実力者たる大軍の精鋭集団と、首都より加わった増援達の助力もありそれにどうにか食い下がっている帝国軍。
されど消耗の度合いは歴然というもので、緩やかながらも帝国軍の数は減りつつあった。
そして、士気の高さも反比例しており。
魔族の末端兵である『ナックルガイザー』達は巨腕に沿った拳を叩きつけながら帝国軍の最前線に大打撃を与えていく。
「がぁぁ!!」
「ぐおぉぉおっ!?」
同時に発せられた爆風、生じた上昇気流により冗談のように数多くの兵士が宙を舞い、着用していた鎧は砕かれ土に塗れる。
だが、成す術が無い訳では無い。武器の心得がある者は空中にて体勢を立て直し握っていた剣や槍を投げ飛ばし、魔法の心得がある者は空中にて印や陣の形成、詠唱にて攻撃の魔法を行使する。
武器と属性魔法の五月雨。それを魔族達は物ともしないが、少なくとも効果は得られた。
かすり傷程度であれど、肉体に損傷を与えられた事が肝要なのだ。
各々が着地の衝撃を和らげながらも反撃に転じる中、その雄叫びは前線に届く程に響いた。
「こいつは、効くぞぉ!」
技能:複合印《潰滅術証》
鎧甲冑の上に外套を纏う高位の魔導師がそう叫ぶと同時に、人差し指と中指を立てて指揮棒のように振るう。
すると、魔族達が負った傷が深い亀裂となりて急速に拡がり、肉体を崩壊させるに至った。
魔導師が繰り出したのは、負傷に反応し裂傷を与えるものと、指定した魔法を増幅させる古代ルーン、その複合である。
「今のうちだ、やれィ!」
魔導師の号令と共に、他の魔導騎兵もまた各々が得意とする攻撃のルーンを発動させた。
それらは編み込まれる毛糸のように、異なる属性を取り込み一つの大魔法を形成する。
技能:混成印《壊地術証》
ルーンが有する火も、水も、風も、土もあらゆる属性を綯い交ぜにし生み出された純白の巨大な光弾。
それは目の前の迫る大軍に向けて放たれ、魔族の最前線へと直撃する。
瞬間、解き放たれる閃光。敵も味方も等しく包み込むその光より遅れて、耳にした何もかもを揺さぶる轟音が鳴り響く。
しかし、その威力と閃光と轟音を直に浴びたのは魔族側だけであり。これによる帝国軍の被害は無かった。
元より、味方を巻き込まない性質を放たれた大魔法が有していたからである。
これにより第5遠征軍への大打撃を与えられたものの、勇み攻め入る他の兵士達にも、ましてや繰り出した術者達の顔にも余裕は無い。
大打撃と言えどせいぜい敵戦力の1割を削った程度。そして、魔族達に戦意が損なわれている様子は見られない。
前線を支える魔導士や弓兵に銃兵、砲兵部隊の援護こそあれ、一個体が有する平均戦力の差は歴然だ。
加えて、第5遠征軍には航空戦力もある。ルーンの行使を予測し一度退いた戦力が帝国軍の上に舞い戻ろうとしていた。
だが、何かがおかしい。帝国側、戦線を指揮する将軍は違和感を覚える。
戻ってくるぐらいならばこちらのルーンを妨害する事だって出来た筈。何故、こうも上手くいったのか。
少しの間だけ思考の海に潜るが、最前線の損耗が激しい以上あまり時間を割いてはいられない。
結局答えは見つからないまま、将軍は次の指示を下す。
その答えは、意外にも前線を支える兵士達が見つけていた。
『ナックルガイザー』を始め、肉体も実力も屈強な魔族達の猛攻を捌きながら、空中にある変化に目が向いた。
(あれは…)
帝国兵士の一人がそう思うも、巨木の丸太ほどの大きさの拳が迫っていたので速やかに視線を戻し、辛うじて回避する。
空中では、魔族達だけを狙う複数の人影が華麗な動きで舞っていた。
暗器を投げ、翼を生やした魔族達の急所を的確に狙うその少女達は他でもない、ジナリアの分身だった。
使用武装:アサシンズエッジ
スキル:《SA・ムーンライトダンス》
本体と違い冷徹に獲物を見る彼女達は空中にて、人の姿とは思えない程の機動力を見せる。
隠蔽システムの中に隠した、足のバーニアを適度に短く噴かし、多段ジャンプを装う。
翻弄しつつも、帝国側に流れ弾が飛ばないよう牽制し、魔族達をキルゾーンへ捉えた。
最低限の動作で、飛ばす直前まで暗器の姿を見せない。
投げてきたと認識した時点で遅く。為す術も無いまま鋭い黒の暗器が魔族達の脳天と心臓を貫いた。
「ゲッ!?」
「ガッ……」
仲間達が次々狩られていくのを見過ごす訳に行かず、ホバリングをしながら方向転換し、ジナリアの分身へ向け反撃を繰り出そうとする巨大な羽の悪魔達。
だが、寡黙な彼女達からすればそうしている事自体が隙だらけでしか無かった。
「ゲグゥ……」
「グゲガァ!」
「……」
加えて、空の魔族達の殆どが自分に近い分身だけを見ているのもあり。
大胆にも、真下から攻め入る分身の姿もあった。
暗器から刃の長い直刀へ持ち替え、下から真上へ突進を仕掛ける。
その一連の動作は地上に居るかのように、とても滑らかだった。
使用武装:ニンジャブレード
スキル:《キリングダイブ・ライジング》
「―――ッ」
真下からの突進に気付いた魔族は、対処が間に合う訳も無く下半身と泣き別れをする事となった。
次々仲間を討ち取られ、遂に魔族達は怒り喚き出した。
「ゲガァア!!」
「グゲルァ!」
技能:腕・《ヘルファイア》
技能:腕・《ボルテックスキャノン》
技能:腕・《スライサーエッジ》
技能:腕・《ベノムボミング》
発動の早く、連射も可能な魔法を繰り出し、分身に当て倒そうとする空の魔族達。
対する彼女らは、直近の体勢を維持しながら降下しそれらを見据えていた。
繰り出された業火球、雷球、風刃、黒い爆発が如何程の脅威であるかを冷静に分析したのだろう。
その姿を見て、実力の差を思い知ったならば。彼ら魔族達の命運は少しは変わったのかもしれない。
スキル:《SA・フラッシュアクセル》
分身達が発動したのは、本体を含め有する回避スキル。
ゲームにおいても高い頻度で発生する為、必中攻撃が主な対策になるが、魔族達が繰り出す攻撃のいずれもが必中では無かった。
スライド移動しているように見える残像を放ち、彼女達は速やかに、繰り出された魔法の数々を躱し切る。
撃たせる方向を調整していた事で、標的を失った魔法の数々は進撃する魔族達に命中した。
普段はあり得ない凡ミスを前に、分身の数々を見失ったのもあって慌てふためく魔族達。
当然ながら、そんな隙だらけの姿を見過ごす訳も無く。
使用武装:アサシンズエッジ
スキル:《SA・リーパーサイズ》
死神の鎌に見立てた短くも切れ味抜群の刃物の数々が宙で激しく舞い踊り、空の魔族達の首を刈り取っていった。
それ程まで殺傷力に優れた暗器を、ジナリアの分身達は苦も無く掴んで回収してまわる。
直後、独特の空中機動を以って次へ向かう。
今しがた実践して見せたように、現在の彼女達の目的は第5遠征軍の航空戦力へ大打撃を加える事。
一個小隊を倒し切っただけに過ぎず、物言わぬ分身達は忙しない様子を見せていた。
それから過ぎた時間に比例して魔族の航空戦力、その小隊規模が次から次へ消えていく。
流石に違和感を覚えたようで、追加の戦力が駆り出されるもその逐一を分身達は撃破していった。
◇◆◇
「状況ハ、ドウナッテイル?」
周域の荒野に溶け込む迷彩の施された、魔王軍直属第5遠征軍本拠地にて、戦況を見る事の出来る5つの鏡を監視する配下へとザリアドラムは問う。
鏡の数と同じ眼を忙しなく動かす悪魔は、右上に配置した鏡に注目した。
「ドうやら帝国軍とは別の勢力がいるようですネェ。先程より『クラックデーモン』、『スカイボマー』、『エアロフレーク』部隊が次々とやられていまス」
「航空戦力ガ、カ? 『ナックルガイザー』ヤ『ダークチャリオット』ハ何ヲシテイル?」
「帝国軍に掛かり切りで戦力を削られている事に気付いていないようですネ。向こうが手練だから、というのもあるでしょうガ」
「ホウ…」
ザリアドラムは報告を聞き、胸が躍るのを感じる。
もしかしなくても、何時ぞやの帝国に与する強者を釣ることが出来たのでは無いか、と。
沸き立つ高揚感を抑えるように、ザリアドラムは何度も拳を握り直した。
「航空部隊ニハ地上ヲ無視シテ空中ノ敵ニ集中スルヨウ伝エテオケ。後方ニ待機シテイル者達モ急ギ前線ニ出テクルヨウ、トモナ」
「御意」
ザリアドラムが本拠地のテントから出てくると、丁度ジカランダスが降り立ってくるのが見えた。
彼の元へ着地する彼女の姿を、ザリアドラムは腕を組みながら待っていた。
「ソの様子ですト、出撃なされるおつもりデ?」
「勿論ダ。興味深イ情報ヲ得タノデナ、コノ目デ確カメテ見タイト思ッタノダ」
「デしたラ、私めを共ニ」
「良イダロウ、付イテ来イ」
軍を統括する剛魔将軍とその忠実なる配下は、最低限の防衛戦力と通信部隊を残し本拠地を発つのだった。
如何な強者であれど、此処まで来れる程の余力は持っていない――そう予想した上で。
ジナリアの分身達が描く回転と突進の軌道。それは何かの推進力でも無い限りは物理的にあり得ない縦横無尽を形成する。
その度に手に持つ暗器が、最適なタイミングで飛んだそれらが魔族の首を心臓を刈り取ったり、仮に掠めただけとしても有効な裂傷を与えたりと確実に損害を与えていく。
好き勝手という言葉が合う程の大攻勢を前に魔族も負けじと反撃に転ずるも、まず分身達の動きに追いつけず、どんなに強力な魔法を繰り出したところで、それが攻撃だけの為である限りは当たらない。
手に負えない。第5遠征軍の航空戦力達に嫌でもその考えが過った。
すぐ近くに居た魔族が短い悲鳴を上げた途端、墜落する姿を見せられる。
それに気を取られようものなら、次は自分の首が胴体と泣き別れをするか、心臓に暗器を突き立てられるかの二択を迫られた。
攻撃魔法を使ったところで当たる可能性は極めて低く、また、その魔法に視認性を遮られて死角に入り込まれてしまう。
次は。何処に。誰が。どうやって。そんな事ばかりに思考が割かれて対処が追いつかない。
またも死角よりジナリアの分身が迫ったその矢先。それを阻む勢力が姿を現した。
フードによって生まれた死角を狙って、巨大甲冑の腕が飛んでくる。
唐突なアラートにより気付いた分身は命中する直前で姿勢を倒し避けきった。
しかし、猛追は続く。しっかりと研ぎ澄まされた大鎌と共に。
「ハああァ!!」
魔力を用いた縮小化を解き、本来の巨大な蝙蝠翼を展開し、白の乙女を模した分身達へ迫る。
技能:大鎌・《ミッドナイトファング》
夜闇のような蒼黒を纏う刃身を振り回せば、それに追随して巨大な魔法の硬刃が形成される。
その軌道上に捉えられた者達は当初それを真っ向から叩き壊すつもりでいたものの……触れる2秒前に受け流す方向に切り替えた。
スキル:《ガード:切り払い》
「中々やりますネ…!」
「……」
激しき衝突で生じる威力を、分身の一体は容易く止めてみせた。
刃の長短の差は顕著であれど、それをものともせず分身の一体は迫った硬刃を伸ばす腕の動きに合わせ、おもむろに遠ざけていく。
その間にも、他の分身達は乱入してきた魔族――ジカランダスへ迎撃に転じた。
スキル:《SA・ミラージュカッター》
左右より対照的に片足を後ろへ振り上げる2体の分身が分裂する。
計3体ずつ――分裂前の分身を含め合計6体になった。
体勢はおろか有する質量すらそっくりそのまま再現したそれらは、やがて動きをもシンクロさせる。
「グぅッ!?」
少女を模した6体より無数に繰り出される、撃ち放つ白銀の剣刃。
その奔流に晒されたジカランダスは防御体勢に移るも、白銀の数々は容易く彼女の肉体を傷付けては過ぎ去っていく。
「ゥうぐッ……」
同時に、紫色の鮮血が散っていく。決して軽いものでは無いダメージを食らったが――
「…オのレ……」
――流れる血が止まるのを待たずして、傷口は速やかに塞がっていく。
肉体の感覚からなる反応を体勢や表情より露わにしつつも、彼女の肉体はおろか着用する装束すらも完璧に修復される。
その一部始終を目の当たりにしたジナリアの分身の一体が、しきりにまばたく。
それが、本体への情報提供であるとは気付かれないまま。
「…………」
目線だけを動かし、されど対面する分身達への警戒は怠らないままジカランダスは地上の軍勢を確認した後、改めて分身達の容姿に注目する。
ある程度の高度を維持する為、機械的に同じ動作を繰り返しつつ武器を構え、沈黙を貫き続ける彼女達は生物として見るにはあまりにも異質過ぎた。
何かがおかしい。呼吸が少し荒くなった麗しき魔族は肌からも、思考からも違和感を覚える。
第一、今になって報告が上がった勢力だと言う事実を無視出来ない。
今の今まで何処に隠れていたのか。何故、今になって帝国に与するのか。
探る必要がある、とジカランダスは冷静に思考する。が、先程得られた結果が彼女の行動を躊躇させた。
そうして生じる隙を分身達が見逃す訳も無く。
使用武装:アサシンズエッジ
スキル:《スラッシャーウェーブ》
「……!!」
ジカランダスを見据える分身、その後方に並んでいた少女達が向き直り、握る暗器より斬撃を飛ばす。
1回では済まず、振りきった刃を再度振るい何度も何度も、黒い軌道を象った大きな弾丸を形成させた。
止めに入るべきか、と判断の迷ったジカランダスへすかさず、彼女を見ていた分身達が迫る。
結局、女悪魔の持つ大鎌は比べ物にならないサイズ差の刃を止めるだけに至った。
そうしている間にも斬撃は魔族の航空戦力を捕捉し、接近を許した異形の者達を次々切り刻んでいく。
死角より微かに聞こえてくる、血肉の舞い散る音を聞く度、ジカランダスは悔しさを露わにした。
「ヨくモ……ヨくもよくもよくモォッ!!」
そこまでの強さがありながら何故静観しない。
落ち目の帝国に与して何の利益がある。
理不尽を押し付けられるのを感じつつ、同胞達が冗談めいて倒されていく現状に激昂するも、分身達の猛攻へはひたすら耐え続ける他無かった。
分身達の繰り出す攻撃は更に激しさを増していく。
最早、大鎌では防ぎ切れずジカランダスの傷が増える。
段階的に傷が深くなるのは、ジカランダスの防御が甘くなっている証明だった。
ジナリアの分身は、今の今まで機械的に、効果のあるダメージを狙っていただけに過ぎない。
ジカランダスの消耗が大きくなった事で、それが浮き彫りとなった。
自己再生能力は機能しているものの、すぐさま能力を上回るダメージが彼女へと襲いかかる。
航空戦力を守る為先陣を切った筈が、役目を果たせないまま崩れようとしていた。
目の前の標的が疲労と憔悴を隠せなくなったのを見計らい、分身の二体が片腕を突き出し袖下からワイヤーを射出する。
それらはジカランダスの両腕に巻き付き、腕を背中側へ引っ張る。
「シまッ……」
使用武装:D.Sスティレット
スキル:《キラープレイ》
ジカランダスの目の前へ姿を現した分身が、刺し貫く事に特化した細く鋭い漆黒の短剣を回転しながら投げ飛ばす。
それは真っ直ぐと狙いを定め、空中で加速していく。
分身の追撃はそれだけでは終わらない。
急ブレーキを掛けるように回転軌道を止めた分身の両手には既に、二振りの刃物が握られていた。
使用武装:D.Sマチェーテ
スキル:《グラスカッティング》
更に薙ぎ払いに特化した形状の剣を投げる。
白い手から離れた途端、凄まじい回転が加わりそれらはスティレットを軽く追い抜いてジカランダスの両足へと迫った。
咄嗟に彼女自身が両足へ重点的に付与した身体強化の魔法、その強度を持ってしても触れた刀身に敵わず。
「グッ、アあ゛あ゛ぁア、ア゛ァ……!!」
容易く腿より下が切断され、剣が通り過ぎると同時に凄まじい痛みと熱が襲いかかる。
苦しみ呻きながらも揺れ動く視点を体の正面に合わせたジカランダスが目の当たりにするのは後数秒足らずで自らを刺し貫くだろう細長い刃。
どうにかしたくても、どうにも出来なかった。
……彼女だけでは。
「……!!」
直後、至近距離より何もかもを吹き飛ばさんと激しい暴風が生じた。
これによりスティレットの軌道が大きく反れ、勢いも殺される。張り詰めたワイヤーも風に押されたわむ。
距離が近すぎた為に風圧を身に受けるしか対処手段が無い分身達は、現在位置から大きくずれないよう風に耐える。
唯一、風の影響は軽微に、難を逃れたジカランダスはこの風に見覚えがあった。
他でもない、彼女の上司が繰り出した魔法の一つ。
示し合わせるように、その男が姿を現した。
「モ、申し訳ございませン……」
身に纏う黒の重装甲からは想像もつかない軽やかさで、宙を自在に動く巨体の鬼。
この遠征軍を統べる剛魔将軍、ザリアドラムだった。
正体不明の敵に捕まったばかりに上司の手を煩わせた不甲斐無さを、合流して早々にジカランダスは恥じた。
猛省を顔に出した彼女の謝意を、切りの良いところで鬼の雄々しき手が制する。
「良イ。コレハオ前ノセイデハ無イノダカラナ」
ザリアドラムは徐々にお互いを近づける分身達の姿を見据え、自身の陰に傷ついたジカランダスの姿を隠す。
先程から威圧している筈が、目の前の少女達は何の反応も示さず、ただ様子を見ている。その事にザリアドラムは興味を示した。
彼がそうしている間にも、刻一刻とジカランダスは自らの肉体を再生させていく。
「傷ガ癒エタナラ引キ続キ航空戦力ノ援護ヘ迎エ。此処ハ我ガ引キ受ケヨウ」
「…御意」
脛までが再生しきった頃合いで、ジカランダスは上司の指示に従う。
現在地から離脱する女悪魔に対し、ジナリアの分身達は不気味な程に沈黙を貫いた。
何か、狙いがあるのだろうか? ザリアドラムは訝しみつつその巨腕を力み膨らませる。
「随分楽シイ事ヲシテイタヨウダガ…我ガ相手デハ不服カ?」
そう言っている間にも出方を伺うように投げられた暗器の数々を巨体の鬼は少しの動きで躱し切る。
同性相手に嗜虐心を抱いていた訳では無い、と仮説を立てつつ安堵し、ザリアドラムは一気に距離を詰めた。
分身達よりも更に早く、僅かに反応が遅れた…がその程度に過ぎない。
突き出された大きな丸太の如き拳を、狙われた分身が意趣返しの如く軽くいなすと、その拳を足場にもう一体の分身が飛び込む。
スキル:《SA・ボーパルハーフムーン》
半月に見立てた軌道を描き、振るわれた足がザリアドラムの首を刈り取らんと迫る。
それに対し彼は不敵にも笑うと、一瞬にして姿を消し、足を空振らせた。
何処へ消えたか、と探るまでも無く、分身達の頭上よりセンサーが警鐘を鳴らす。
技能:腕・《ベイルインパクト》
分身達の上から放たれたのは触れる者全てを破壊し尽くさんとする凄まじき衝撃。
やはり分身達より動きが早い。繰り出された拳本体から逃げおおせても、生じる下降気流から分身の幾つかが逃げ遅れた。
辛うじて難を逃れた分身の一体が視界を含むセンサーをフル活用してザリアドラムの居場所を探るも、生体反応を感知するセンサーは彼女の頭上では無く真横へ反応を示した。
そして、視認した時には、ザリアドラムは既に構えた後だった。
技能:腕・《マキシマムガイザー》
分身が目で捉えた、剛魔将軍が突き出していく拳は鈍く見えるが、実態はそうでは無い。
あまりにも速すぎて、周囲の時間すらも鈍らせる。
――即ち、危険この上無く。センサー類のアラーム音がけたたましく鳴るも、その音すら異常な程に遅かった。
直後、生じた奔流と煌めきに分身の一体が呑み込まれる。
剛魔将軍ザリアドラムのその巨腕から繰り出された、自他共に認める最強の一撃。
神々しさすら覚える凄まじき奔流はただ真っ直ぐに、帝国領の外壁の向こう側へ位置するバンティゴへと迫る。
分身一体に使うには大仰な技だったが、本命はこっちであり。
警戒を強め距離を離す他の分身達を無視し、同族にすら攻城兵器と謳われる大技の威力は如何なものか、見届けようとする。
同時に、間違いなく命中させた筈の分身へは決定打にならなかったという認識を抱きつつ。
「我ノ拳ト帝国ノ叡智……ドチラガ上カ、勝負ダ」
「!! ……不味いね」
同時刻、分身と情報を共有していたジナリアが苦い顔を見せる。
これまで飄々としていた様子と打って変わった姿に、いの一番にベノメスが反応を示した。
「一体、どうしたというんだ?」
「向こうが仕掛けてきた。こっちを狙ってるよ。着弾まで…もう20秒も無いかも」
それを聞き、コルナフェルが立ち上がり。早歩きで部屋を去ろうとする。
「コルナフェル殿、と言ったか。此処で待っていて欲しい」
「…何故でしょうか?」
が、彼女の当然と言うべき行動を、大将軍リミングが止める。
非常事態のあまり、抗議の目線を送りつつ見目麗しいもう一人の少女は振り向いた。
「このような事態に備え常駐部隊を配備しているのだ。どうか、彼らに任せて貰えないだろうか」
「それは……いえ、何でもございません」
リミングの見せる年季の入った目は至って真剣なもの。
姉の提示した同盟は帝国と機皇国、その両国の地位や立場を横並びとして扱う。
確かに、コルナフェルの大出力を以てすれば掻き消すとまでは行かずとも相殺ならば可能だが。
同時に、帝国の防衛戦力を信頼していない根拠とされかねない。
良かれと思って行った行動で、そのような問題を生じさせて良いのだろうか。
短い葛藤の後、コルナフェルはリミングの言を信じると共に自らの短慮を恥じて扉から離れた。
彼女が戻った途端、外で大きな閃光が生じ、直後くぐもった轟音が微かに聞こえてくる。
現在、彼女らの居る駐屯地司令部への影響は地面が僅かに揺れた程度であった。
「あくまでこの国の領域は自分達の手で守る、と。そういう事だね」
「…せめて、意地を見せたいのですよ。『どれ程弱っていようと、お前達魔族に屈する事は無い』と」
「流石は、エルタ帝国だ」
此処に来るまでの道中にてベノメスからこの国についてをそれとなく聞いていたジナリアは、調子を合わせて感銘する。
思い返せば、マカハルドの土地にも外壁近郊に魔物の姿は無く、大物達も外壁より遠くに位置していた。
幾ばくかは『懲罰部隊』が手伝ったのもあるだろうが――ジナリア達が来る前からそれを維持できていたのは、他でもないベノメス達のおかげである。
益々プレイヤー達の国家が重なって見える。ジナリアにはそんな気がした。
「さて、それじゃあ第5遠征軍なんだけどさ――」
「あの威力であればもう3発は耐えられるが……」
「――いや、そっちじゃなくて。行かせた戦力が丁度良いぐらい時間を稼いでくれたし。……もうすぐお披露目出来るよ。ジェネレイザのとっておき」
不敵な眼差しを見せるジナリアのメモリーには、ある超巨大戦艦の姿が浮かんでいた。




