されど歯車は回る
穴を通り抜けた先、暗闇が広がる空間内にグリムは静かに降り立つ。
辺りを見渡すも奇妙な事に、先に捕まった少女の姿が見えない。
暗がりとは言え足だけでも見えておかしくは無いはずなのだが。
だが、それに動揺を浮かべる事は無かった。そもそも、取り繕う必要が無いからでもあるが。
「!」
故に、背後を狙う奇襲を即座に把握し、彼は前に転がり回避する。
その0.5秒程後に床の砕ける音が彼の着地地点から聞こえてきた。
「勘が良いなぁ、お前」
床を陥没させた穴から容易く巨腕を引き抜く巨漢はニヤリと笑みを浮かべながらグリムを見下ろす。
その体格からすれば、しゃがむ姿勢を保ったまま様子を伺うグリムの姿が物怖じした弱者に見える事だろう。
外套のフードに隠れた顔、それから暗闇である事が作用したらしく、巨漢は余裕に満ちた姿を見せる。
そして、照明が灯り、隠れていた全容が明らかとなる。
まるで舞踏会の場かのように開けた空間には、グリムの目の前の巨漢と似た体格の人間が揃っている。
それから、その者達がグリムを取り囲んでいるのが見えた。
冷静に周囲の状況を確認していても、彼らからすれば慌てふためいている様に見えている事だろう。
寧ろ、それが好都合と思いながら。グリムは次に何と言うべきかと考える。
尤も、もう誰かに気を遣う必要は無い状況ではあるが。
彼は、巨漢達のその向こう側に先程穴に捕まった少女の姿を見た。
「やあ、無事だったみたい…だね」
見たが、少女の表情からして、グリムにとって好ましくない状況だと言うのが理解出来た。
巨漢達にグリムとの合流を阻まれているのでは無く、巨漢達の背後に隠れているのだ。
安全圏と確信しているらしく、その表情は不敵に歪む。
「くすくす、いい気味ね。私如きに釣られて自ら窮地に陥るなんて」
「一応、本気で心配してたんだけどな…」
外套越しに頭の後ろを撫でながら、グリムは残念がる。
その顔に焦燥は無い。多勢に無勢ではあるものの、それがどうしたのかというのが今のグリムの感想だ。
すると、巨漢の一人が前に進み出てくる。
「ふふ、余裕でいられるのは今のうちだぜ…!」
ぐっと力むと、巨漢の着ていた衣服が弾け飛ぶ。
同時に変色も始める肉体の異常膨張に耐えられなかったのだ。
つい先程に似たような光景を見ていた為に、グリムは少しだけうんざりする。
加えて、ガララダのそれと比べて美しさに欠ける事も彼にとってマイナスだった。
醜悪な紫の怪物に変化を遂げたのも相まって。
「グハハハハッ!! ドうダ、オ前らが違法薬物と恐れるものに適合した俺の姿ハ!?」
「うーんと…すごいって言えば良いのかな…?」
亜人奴隷の犠牲の果てに得た力が、彼らの成れ果てと似たような姿になる事であるのは、一種の皮肉と言えよう。
意識が鮮明なまま力の制御が出来る事に、グリムは特にこれといった恐れを抱かなかった。
「ソれに適合者は俺だけじゃなイ!」
紫の怪物と化した巨漢と服装を同じくしていた者達もまた、肉体の異常膨張を始める。
元の肉体からして顔付きが良い訳でも無かったが、こうも連続して醜悪な怪物になられるとグリムですら辟易する。
結局、ブルームーン所属の少女を除いて、グリムと相対する者達の全てが紫の怪物と化した。
「グハハ!! 俺達の姿に恐れ慄いたカ!!」
「まあ。ある意味では、ね…」
いまいち敵のノリについて行けないグリムは困惑を浮かべながらも適当に応対する。
それを面白くないと感じたのか、怪物の後ろの少女がニヤついた顔で話しかける。
彼の足元から、一瞬点灯して直ぐに見えなくなった網状のフィールドが広がっている事に気付かずに。
「驚き過ぎて言葉が出て来ないのかしら? 貴方はもう袋のねずみよ」
「そうなんだろうね」
「淡々としてられるのも今のうちよ。それとも、この状況を打開する秘策があるとでも?」
「あぁ、うん。じゃ、さっさと披露しようか。…君達が実は通じてました〜、とか。薬の力を制御出来て強くなりました〜とか。そんなのに興味無いし」
誰も彼もがグリムの三倍はあるだろう体格だが、グリムにとっては体格の差など然程脅威では無い。
サイズ差で勝負が決まるならば、ジェネレイザの全戦力はLLサイズ以上で統一されている事だろう。
グリムや、ジェネレイザの誇る三人の美姫などが存在しているのは、つまるところその方が好都合な場面がある為。
「君達がどれだけ強くなったかなんて、僕達からすればどうだって良い。だよね、ベントネティ」
懐から小さい黄金人形を取り出し、それを上へ放る。
そして、放たれた人形は5mサイズへと変化し、彼の背後に着地する。
生じた勢いで風に靡くカラフルな外套。それを着る青年の表情は酷く冷酷に見えた。
「彼らなんて、僕らより遥かに強い戦力を送り込んで来るのは日常茶飯事だった」
「何の話を…」と目の前の者達が思う間に、彼は何処からともなく武器を取り出す。
先端に筆を持つ剣を握り締め、彼の死角からは、蛇腹の腕を伸ばしバケツを両手に担いだメカが頭のプロペラを回して浮上する。
バケツヘリコと名を持つサポートメカのバケツには目いっぱいの塗料が注がれていた。様々な色を持つそれはメカの動きに合わせ揺れ動く。
「それでも僕達は立ち向かわなければならなかった。敵う訳無いだとか、罠を仕込まれているかどうかだとかは関係無い」
「フン、戦力を増やしたつもりだろうガ、ソの程度で何が出来ル!?」
「戦力?」
グリムは数度瞬きをすると、「戦力って今の僕達の事?」とベントネティと顔を合わせつつ続ける。
内通者はいれど、実態が知られていない事を把握すると、グリムの表情はまたも冷酷なものに戻る。
それが異質と気づいたか、紫の怪物達から余裕が少し削がれた。
「目に見えるものだけを信じる。…それで全て上手く行くならどれだけ楽だろうね」
バケツを持つ小型のメカがグリム達より前に出ると、持っていたバケツを空中でひっくり返す。
案の定、というべきか。滝のように落ちる染料の塊に、グリムは持っていた筆剣を振るう。
地面に落ちてしまうより先に。素早く、二度も三度も先端の筆に塗料を載せて更に前へと飛ばす。
行動の意味が理解出来なかったらしく、さして妨害してくる気配も無い事を都合が良いと彼は思った。
「僕としては大助かりだよ。こんなものを八傑の方にお見せする訳にはいかなかったからね」
使用武装:ブラシソード
スキル:《ドローイング:メモリーグラフィティ》
そして、筆剣によって飛んでいった塗料が、独りでに盛り上がる。
それらは各々が持つ形を形成していき、やがて、それぞれがそれぞれ、異なる意味のある巨大な立体となる。
一つは、円盤状の浮遊物体。
一つは、蕾のような頭部を持つ巨体の狼。
一つは、大地の神秘を感じさせる花の怪物。
一つは、巨躯を備え額に雄々しき角を生やした人型。
立体に纏わり付いた虹色は、完成と共に弾け飛ぶ。こうすることで、それぞれが元より備えていた色を取り戻すに至った。
「コいつらハ……!?」
「西大陸に存在していた大物。…だそうだよ」
数日程前にマディスが全て討伐した大物達。それがグリムの手によって蘇った。
…正しくは、全く同じ構造、性質を備える模倣の芸術だが。
ただ、その姿は本物そっくりで、見覚えのない怪物4体を前にして紫の異形達がたじろぐ。
「僕達を追い詰めたんだろう? これぐらいで動揺してちゃ困るよ」
「一体何をしタ…!?」
「ヒントは既に示してた筈なんだけどな〜」
グリムは持ち上げたブラシソードの先端、筆状となっている箇所を指差す。
「これ、絵を描ける形してるよね?」
「…描いたというのカ……!?」
「ま、そうなるかな。この程度を"描いた"なんて言ったら怒られそうだけど」
グリムからすれば、目の前のこれらは仲間のメモリーを元に再現した物体に過ぎない。
だが、姿形だけの再現では無いのも確かであり、見方によれば芸術の域を逸脱している。
その一方で、大物を模した4つの立体物はまだ動く気配を見せない。
グリムは、対峙する紫の怪物達がこれらを見掛け倒しと思っていない様子を高く評価した。
そもそも、グリムの戦闘準備が終わっただけで。ベントネティの番がまだだからだ。
続く黄金の巨体は前腕で十字を組み、少し体を前に倒す。
何かを絞り出すようなその姿勢からは、確かな力みが感じ取れた。
そして、姿勢を維持したまま3秒ほどが経つと、体を大きく開いた。
それと共に、彼の全身から黄金の粘体が弾け飛ぶ。
弾け飛び、床に付着した黄金もまた盛り上がってそれぞれが各々の形状を作り上げていく。
スキル:《チューンゴールド:クリエイトアーミー》
黄金が形成するのは、人と同じ構造の四肢を胴体を持つ人形。
剣のように鋭く長い頭部を持つが、それでいて子供のように小柄な黄金の亜人形メカ。
グレードB-、Sサイズの《ゴールドマシン:ラッシュキッド》が20体生成され、動き出す。
「コいツ、仲間ヲ…!」
驚く紫の異形達に対して、グリムはベントネティの準備が整うまで無言を貫く。
ラッシュキッド達が配置についた所でグリムが沈黙を解いた。
「さて、始めようか」
筆剣を前に掲げ、大物達が動き出す。
ベントネティが真っ直ぐ紫の異形達を指差した事で、それにラッシュキッド達も続く。
「頭数を増やせば良いとでモ――!?」
大物より前に出て、更に勢いを増すラッシュキッド達を迎撃すべく構える紫の異形達。
しかし、彼らが攻撃するより先に、ラッシュキッド達は動いた。
スキル:《チューンゴールド・TT:ブレイブエッジ》
前に10体、その背後に10体ずつ規則正しく並ぶ陣形を走りながら整えると、跳躍した前側達の足を背後の10体がそれぞれ掴む。
直後、前側のラッシュキッドがその頭部に相応しい大剣へ形を変えると、その変形の完了を待たずして背後側に居た者達が足裏のバーニアを素早く噴かし、空中から突撃を仕掛ける。
さながら、猛り怒るスズメバチ。それぞれが異なる紫の異形に狙いを定め、貫き、上空で方向転換し、また貫きにかかる。
初撃を躱しきれなかったばかりに肉体に風穴を開けられた痛みに悶え、再び飛んで迫るラッシュキッドへの対応に追われるも、準備の整わない内にまたしても肉体の一部を抉られて、異形達は情けないまでの悲鳴を上げた。
「ガアああアッ!!?」
「チくしょウ、痛ェ!」
「クそッ、コっちに来るなァ!!」
ラッシュキッドは単体こそ弱いものの、こうして合体攻撃が可能な状態を維持出来ていると恐ろしく手強い相手となる。
今回の場合はターン制を撤廃した状態である為、あり得ない挙動をしているラッシュキッド達を目にして、流石のグリムも少し動揺を浮かべた。
紫の異形の約半数を実質無力化出来てしまった。が、油断を露わに勝てる相手と高を括る訳にもいかない。
視線を移して見ると、四体の大物達と異形の数々がぶつかろうとしていた。
「さあ、君達の本領を見せてくれ」
使用武装:ブラシソード
スキル:《アペンドドローイング:インスティンクト》
ブラシソードを軽く振るい、描くのは一つの紋様。
描き切られたそれは直後姿を消し、同時に4体の大物達に赤く立ち昇るオーラが宿る。
アブノーマルウォッチャーは目にも留まらぬ速さで天井すれすれに陣取り、円盤の裏側その中央から怪光線を放射する。
光線は空中で何度も枝分かれをし、異形達が回避行動を取るより先にその肉体を貫いた。
「ガァッ!!」
「アヂィ!!」
勢いを削がれ、傷口から生じる痛みと熱さに気を取られたからか、それの接近に直前まで気付けなかった。
クノスペヴォルフは花弁のような頭部を満開にし、異形の一体の太い腕へ噛み付く。
噛み付かれた異形は声にならない悲鳴を上げ、力いっぱいに腕を振るい振り解こうとするが、返ってクノスペヴォルフの歯が深く食い込む事態に至った。
怪光線にやられた痛みを堪え、近くに居た異形の仲間がクノスペヴォルフを剥がそうとするが、時既に遅く。
接近を好機と見たクノスペヴォルフは自ら食いついた肉を引き千切り、その近付いてきた他の異形へ飛び移った。
使い込む内に研がれ、斬れ味を増していく狼牙の数々は先程よりも容易く深々と突き刺さった。
「ウワあぁァッ!!? イ゛ッ!? 離れロォッ!!」
「オイ、何やってル!? ソんな奴に気を取られてないデ――ゴべッ…」
「ガハァッ!?」
クノスペヴォルフへの対応に追われようものなら、今度は他の大物への警戒が疎かとなる。
それを叱責するように、鞭のようにしなり伸びる太い蔓の数々が異形達を殴り弾いていく。
大狼に負けじと星型の巨大花を咲かせるマッドフラワーもまた全体重を支える無数の蔓を動かし突進してきている。
大型の異形達は身長の時点で3mはあるが、マッドフラワーはその1.5倍は大きい。
想定出来る質量の時点で負けてしまっている以上、その突進と蔓の猛攻に耐えられる者はおらず、一人また一人と巨大花の向かう先から弾き出された。
寧ろ、その威力を以って気を失えた者は幸運だっただろう。この質量任せの攻撃に耐えられたところで、次に待つのは花の生命力との我慢比べなのだから。
異形の攻撃の射程外から貫通力と熱量に富んだ怪光線を乱射してくる巨大飛行円盤。
迂闊に近付こうものならその歯牙の餌食になる禍々しき花狼。
異形達を嘲笑うように彼らのそれを上回る質量ですり潰しにかかる巨大花。
三者三様の苛烈な攻撃を前にして、当初の勢いはすっかり消え失せていた。
此処から離れようものなら、今度は追い責める黄金人形軍団という別の地獄が待っている。
ひょっとしなくても、引きずり込む相手を間違えたのでは? 異形達の誰も彼もにその考えが過った。
「――何してんのよ! あんた達それでも『刻十蛮頭』なのかしら!?」
そんな中、一人だけが苛立ちを募らせる。グリム達の誘導を買って出たブルームーン所属の少女だ。
「こんな色物連中にたじろいでどうすんのよ! あんた達は切り札なんでしょう!?」
「――ウるせぇナァ……」
だが、そんな叱咤をしたところで逆効果というのが人間の心理というもの。
仲間が次々とやられていく中、安全圏で外野が好き放題言ってしまえば、逆撫でられた神経は他でも無いその人物に集中する。
苛立ちを浮かべているのは、彼女だけでは無いのだ。
「負けそうだから文句を言うってカァ!? オ前も突っ立ってねぇで援護しろヤ!」
「あんた達が自信満々だったからあんた達に全部任せたのよ! こっちに責任押し付けないでよ!」
口論が始まった事で、暇になってきたベントネティがグリムに近寄ってくる。
グリムもまた、フード越しに困った様子で彼の顔を見合わせた。
「ピーチクパーチク言いやがってヨォ! 間近で見ねぇからそんな事が言えんダ!」
「ソうだそうダ! 俺らばっかがこんな目に合うとか不公平だロ!!」
「人を引きずり込んでおいてそんな事が言えるの!? 私に言いたい事があるなら先にそいつらのめしなさいよ!」
「…ダったラ、オ前からまず先に――」
ヒートアップする両者を止めるべく、黄金の銃弾と塗料の塊が飛んできた。
それらは両者の鼻先を掠め、そのまま壁にその威力を刻み込む。
別段止める理由は無い。内輪揉めの末に共倒れになるならそれもまた良いだろう。
ただ、ジェネレイザ所属として。事が起きている最中で蚊帳の外にされるのが気に食わなかった。
「……」
「――いい加減にしなよ」
グリムは呆れた顔から、更に冷酷なものに表情を改める。
「集中してよ集中。僕らは君らの事倒すつもりで居るし、君らはまず彼らを倒せないと後は無い。こんな簡単な事も忘れちゃったの?」
心は持たない落書きの筈だが、大物一同の動きにも呆れと思しき感情が汲み取れた。
蹂躙を命じられたにも関わらず、自分達とはあまり関係の無い理由で敵勢力が崩れようとしているからだろう。
冷静さが戻った異形達と少女の敵意がグリム達に向く。
鋭いつもりなのだろうがそよ風程度にしか感じないそれを見て、グリムは軽く頷いた。
「――ソうだったナ…ダったらヨォ、術者のお前らから潰せば良かったナァ!!」
アブノーマルウォッチャーの攻撃を掻い潜り、マッドフラワーから伸びる蔓を身のこなしで躱し、クノスペヴォルフに目で追わせる事しか出来なくした異形の一体がグリムへと飛びかかる。
飛行円盤に妨害される気配も無く、確信の笑みを浮かべるが、直後にそれが罠だったと気付かされる事になった。
他でもない、グリムが見せた濁った、冷ややかな眼差しによって。
「もう遅いよ」
瞬間、異形の胴体は大きく引き裂かれた。
勢いを失い、ただの残骸と化した物体は周囲に肉片の雨を降らせる。
何が起きたのかと、異形の仲間達が思うより先に、答えとなるそれは着地する。
ブラックオーガ。生前と違い武人の如き立ち振舞いをする黒き人型が、グリムを庇うように立ち構えた。
「君らは余計な事に気を割き過ぎた。だから僕らの実力を見誤るし、彼らに為す術無く屠られる」
現在進行系で、彼の言う通りの展開は訪れる。
巨大花は幾つかの蔓で複数の異形の足を掴むと、前へ後ろへ交互に何度も叩きつける。
最初は抵抗しようと藻掻いていた彼らは4度目程で動かなくなったが、掴んだ相手の骨が砕けようと手足が千切れ飛ぼうと巨大花がそれを止める気配は無い。
止めるとするなら、巨大花が手応えを感じなくなった時か、それに飽きた頃合いだろう。
禍々しき花狼は先程から腕に齧り付いている事の意味をまだ理解しようとしない暗愚共の顔を見飽きたのか、飛び移りのスパンを大幅に縮める。
深く傷付いた腕を振るって体を掴もうとしているようだが、そのような鈍い腕で花狼の動きに追い付ける筈も無く。
次の瞬間には紫色の醜い頭に噛み付き、直ぐ様満開の頭を閉じる。
砕けたトマトのように弾け飛んだ物体に衝撃を露わに悲鳴を上げる他の暗愚共の隙だらけの姿を、見逃すつもりなど無かった。
巨大円盤は軽く円を描くように旋回する。
この機体の取り分はもう終わったからだ。
地上に点在する血で濁った紫のオブジェクトの数々がその証明となる。
高温を浴びせられ過ぎたからか、一部が床と結合してしまっているそれらはこの戦闘が終わるまで残しておかなければならない。
安全圏で何もしなかった臆病者と言われる事が無いように。
黒鬼はグリムの元を離れ、先程の雄姿を見せない軟弱者達へと打って出る。
繰り出す拳が、脚が、軟弱者達の血肉をこそぎ落としていく。
抵抗を示さないところで、それはこの制裁を止める理由にはなりはしない。
制裁を。制裁を。制裁を。軟弱者達が脆いだけで、彼は制裁をしているに過ぎなかった。
大物達がそれぞれの持つ能力を駆使し、紫の異形を粗方片付けたところで、グリムはラッシュキッド達の様子を見やる。
彼らもまた、合体攻撃による猛攻で押し切ったらしく、見るも無惨な肉塊へとなれ果てた紫の異形達の近くで待機状態となっていた。
「君はどうやら、こうなる事が予期出来なかったみたいだね」
グリムは視線を移し、その目の冷ややかさを更に加える。
その先には安全圏で一部始終を目の当たりにし、力無く座り込んだ少女の姿があった。
青ざめた顔を見るに、自分の言動にもこうなった原因の一端があるという自覚は無いようだ。
「ひっ…!」
グリムが近寄ろうとする素振りを見せると、少女はすくみ上がった。
紫の異形達と口論になった時の威勢は何処に行ったのだろう、とグリムは冷徹さを装いながら思う。
「こ、殺さないで…!」
それを聞き、グリムは目が点になる。
余程切羽詰まっているのか、彼の返答を待たずして少女は堰を切ったように、弁明を始めた。
「あの男がやれって言うからやったの! …私は本当はこんな事なんてしたく無かったのよ!! あなた達は仲間だったから! …雑用でも何でもするから殺すのだけは――」
「君ってさぁ。…勘違いしてるよね」
ため息混じりに零した一言で、少女は固まった。
最早、目の前の人間に何の感情も抱いていないその顔に恐怖を覚えたのだ。
マッドフラワーの蔓が伸び、それが女の足を掴み、凄い力で引きずっていく。
その勢いで皮膚が抉り取られ、鮮血が床を汚したとて誰も何も気に留めない。
「最初から君達を消し去るつもりで居たよ。こんな事をしておいて、義理堅いとか思えないからね」
「嫌、嫌ぁ―――」
ぐちゃ。耳障りな声はグリムの視界の外で掻き消えた。
先程までの喧騒は噓だったかのように、地下の大広間は静かになった。
「はぁ…」
一段落が付いた事でグリムはようやくブラシソードを仕舞いこむ。
同時に、大物達とラッシュキッド達が崩れ去ろうとしていた。
それを一瞥すると、「お疲れ様」と労いの一言を彼は述べる。
その顔からは、先程までの冷徹さは消え去っていた。
「慣れない戦闘だったけど、何とかなったね」
拳を差し出すベントネティに同じく握り拳を突き合わせ、グリムはフィールド上の戦闘への感想を述べる。
「ベルディレッセ様も大変だね…こんな無茶ぶりを押し付けられるなんて」
そんな彼の目の前に映るのはコンソールのメッセージ欄、突入準備の間に送られてきた文章。
ベルディレッセ名義で送られたその内容は、新しく追加されたフィールドの戦闘、その実践データを可能な限り入手して欲しいというものだった。
「……」
「使い勝手は良いか、って? 勿論便利だと思うよ。…ただ、これが齎す先というものは、今までよりも過酷なものになるとも」
何より、彼らはこれに付いて行けるだろうか。
指し示す相手がこの世界に居るかどうか不明な以上、それは心の中に留めておく。
倒すべき相手は既に居なくなった為、彼らは気持ちを切り替え冒険者としての自分達に戻っていった。
◇◆◇
大掛かりな仕掛け故に鳴る駆動音と共に、裏社会の人間の根城、その一部の深部へと運ばれていく人間達。
昇降機は内外共々広く造られており、それ故レミネス達騎士と冒険者の混成勢力を収容して尚余裕が有り余る程に巨大であった。
「心配か」
降下を開始してからずっと二の腕を指で叩き続けている大男を一瞥し、集団の先頭の金髪美女が沈黙を破る。
「少なくともマッドブラザーズが責任を感じる事は無いぞ。あの場ではグリムだけが動けて、そしてグリムの判断が尤も合理的だった」
ブルームーンのメンバー、その一人が捕まった穴の発生自体にこれといった害意は見受けられず、それ故に発見と判断が遅れた。
それでもグリムだけは動く事が出来て、助け出す為、この先に居る『刻十蛮頭』を確実に捕らえる為残る事を選んだ。
レミネスとしても負い目を感じざるを得ないが、彼らに関しては直ぐ様追いついて来る、そんな気がする。
理由が分からずとも確証を彼女は抱いていた。
その言葉を聞き、悔しそうに歯軋りをしていたガララダもやがて落ち着きを取り戻す。
「…そうだな、過ぎた事を気にしてても仕方ねぇ。俺等の方が上手く行きゃあいつらの為にもなる。そういう事だろ?」
「ああ。残る敵は最深部に残る『刻十蛮頭』と密造プラントのみ。確実に叩き、抑えるぞ」
「「「はいっ!!」」」
「「「おう!!」」」
階表記が地下3階を示し、昇降機は停止する。
自動開閉の扉が開くと同時に見えてきた光景に、一同の凡そが息を呑んだ。
出てきた地点の左右より、巨大なガラスケースが見えてくる。
ある程度光の明るさを絞った照明に照らされて映るその中身は、いずれもある程度成長した植物ばかり。
「これが…!」
「図鑑で見た資料と一致している。……申し開きをするつもりは無いらしいな」
皮肉めいて笑うレミネスの視線に油断は無い。
未だ静寂に包まれている密造プラントに監視の目が存在しないとは考えていないからだ。
何処から来る、と忙しなく視線を動かすその間に。
――背後が動いた。
「ガララダ、前に飛べ!」
鬼気を宿すレミネスの視線が後方に向く。
ガララダは訳の分からないまま、彼女の指示通り前へ飛んだ。
突然の指示に抗議する間も無く、直後に生じた爆発音で大男もようやく気が付く。自分が狙われていた事に。
そうなった後、追加の指示を待つこと無く動いたマッドブラザーズと騎士達は、守りを固める陣形を取る。
しかし、そこにブルームーンの姿は無かった。
それもその筈、ガララダを狙う凶弾を放ったのは、そのリーダー――マット・フィブルス、他でも無い彼なのだから。
「この野郎、何しやがる!!?」
ガララダが激怒し、彼に合わせてマッドブラザーズも批難の眼差しを向け威嚇する。
一方のレミネスは表情一つ変えようとはしない。彼女の部下である騎士達は固まりながらも各方向を手分けして警戒している。
それを不服と感じるも、ガララダの感情的な表情が見れた事に対しマットはその美しい顔を醜く歪める。
「ふふ、まだ状況を飲み込めてないみたいだね」
「何?」
「最初から此処に来た後に私達を狙う算段だった。…そうだろう」
訝しむガララダを尻目に、レミネスはマットの凶行から推察出来る彼の目論見を述べる。
核心を敢えて外しながら。
それが刺激となったのか、醜く顔を歪ませるマットは堰を切ったように笑い出した。
「ああ、そうだよ! 君たちが馬鹿正直に此処へ来るのをずぅーっと待っていたのさ! 思った以上に順調で、約束の時間より早く来すぎてしまうんじゃないかと冷や冷やした! だが、今となっちゃ最高のスパイスになってくれたと感謝している! ありがとうよ!!」
豹変したマットの姿を前にして、違法薬物の排除に赴いた集団の代表格はそれぞれ思い思いの反応をする。
今までの行為が信頼を得るための演技だったのか、と悔しがるガララダ。
そして、冷ややかな目で裏切り者達を見据えるレミネス。
対するマットは、不敵な笑みを浮かべつつ指を弾く。
すると、何処からともなく『刻十蛮頭』の構成員と思しき黒服の集団が姿を現した。
「お早い到着だな」
「ああ、ごめんよ。アジトなんだけど地上の階を全部滅茶苦茶にしちゃってさ」
「…まあ良い。どの道此処は廃棄予定だったんだ。回収するもん回収したらとっととずらかるさ」
「出来ると思うか、『刻十蛮頭』」
"烈剣"の向ける鋭い眼差しを前にしても、特に物怖じする気配は無い。
場数を踏んでいるからなのか、あるいは逃げ切る算段はあるのか。
「はっ。てめぇの置かれた状況理解してから言えや」
黒服の一人の発言と共に、プラントの奥より黒服の仲間達がぞろぞろと出てくる。
その者達と合わせて、『刻十蛮頭』の頭数はレミネス達の約三倍、150人となった。
そこにブルームーンのメンバー全員が加わる。
嘲り混じりに、取り囲む大勢が抵抗される前に追い詰めてしまおうと距離を詰めていく。
ガララダ達は同じチームの仲間に背中を預けて円陣を作り、早く混ざれ、とその場から動かない八傑の一角に目配せを送る。
危機的状況下で且つ、内通者が離反した事により立ち竦んで動けなくなったのだと一見、思えてしまう。
彼女は黙したまま、俯いた。
だが、現実はその真逆にあった。
最早、連中を恐れる必要など無いのだと。
故に、動く必要すら無いのだと。
逆転の口火を切ったのは、レミネスだ。彼女はため息混じりに目の前の愚か者に更なる事実を突き付ける。
「……マットよ。私は私でお前に感謝しているよ」
一瞬だけ、何のことかとマットは首を傾げるも、悔し紛れに過ぎないと断じて更に嘲笑する。
が、それが間違いだったと気付かされる事になる。
彼女の、黒い笑いを見た事で。
「この程度の浅知恵と戦力で八傑の一角を下せるなどと、思い上がったお前達にはな」
次に唖然としたのはガララダだ。
マットの表情が凍りついたのを鼻で笑った後、レミネスは続ける。
「ララダル家から押収した資料の中に興味深い名前が合った。…フィブルス男爵家。この名前に聞き覚えが無いか?」
「マット・フィブルス…もしかして!」
「察しの通りそこでたった今寝返った男の実家だ」
頭数の差など最初から気にも留めていない素振りでレミネスはマットの正体を暴露する。
それを気に食わないマットは計算が狂った頭でどうにか反論の口上を捻り出した。
「…何を言うかと思えば、まだ状況を理解していないのか…!? ここは地下深くで! 助けを呼んだってお前達に助けは来ないんだぞ!」
「ああ、そうだな。お前の見立てでは、な」
どうにか反論してしまう事で寧ろ、彼女のペースが確固たるものとなってしまう事に頭が回らなかったのが決定的な格の差だろう。
いささか公平性に欠けるな、と思いレミネスは咳払いの後に更に続ける。
「…まあ、こればかりは仕方あるまい。お前は知らないからな。知らないだけで、素行すらこちらにはお見通しだ。何せ私が駆り出したのは王国最大の諜報機関。お前如きに出し抜ける存在では無いのだよ。……それだけの美女を侍らせるのに、どれだけ、何処で使ったのやら」
「な、何故それを…」
「何も無い日に大金が動けば怪しまれるとは思わなかったのか、お坊ちゃん?」
日頃のストレスを発散するような彼女の言動。同時に、彼女はマットの動揺を残念がる。
他でもない、素行すら暴かれた事に動じた、動じるだけの決定的な材料を自ら足したマットの浅はかぶりに。
一方のマットは先程までの余裕は何処へやら、焦燥を募らせて一歩、また一歩と“烈剣”の前から遠ざかる。
同時に、彼の小物ぶりを証明する事になってしまっているが、今の彼はそれどころでは無いだろう。
「な、な……!」
「ああ、言い返さなくて良いぞ? お前の実家が借金で首が回らなくなっているのも既に把握済みだ。此処に点在する、中毒性のあるものは止められないのは分かりきっている。…尤もそれで立ち行かなくなり、更にはそいつらに弱みを握られているのではな」
それならば、希望はまだあるのではないか。
マットの表情が少しだけ明るくなるも、その希望の芽すらもレミネスは容易く摘み取る。
如何な事情を抱えていようと、関わりを持った時点で罪なのである。
「だが、それでお前自身の罪が消える訳では無い。お前も、そいつらも突き出して終わりだ」
レミネスが言い放ったのは圧縮された言語。
そして、彼女の殺気はおもむろに引き抜かれていく剣の刃と共に増幅していく。
場数を踏んでいる筈が、目の前の実力者を目の当たりにして『刻十蛮頭』とブルームーンのメンバーは震え上がらざるを得なかった。
「――行くぞ」
技能:剣・《スクランブル・ホーリーエッジ》
目にも留まらぬ早業の剣捌きが生み出すのは、無数に連なる十字の光剣。
ナイフのような大きさであれど、それが魔法で生成された刃物である時点でどうなるかなど想像に難くない。
直後、時が止まったように空中で静止を保っていたそれらは、暴漢連中と逆賊共へ制裁を加えんが為飛び掛かった。
「くっ!」
「ぐおぉ!!」
八傑相手に僅かでも自由な時間を与えるリスクを数で勝っていた筈の『刻十蛮頭』とブルームーンの面々は思い知る事となる。
一本一本は容易く弾けるものではある。が、その数は圧倒的に多い。
対応が間に合わず、無力化した物より肉体や身に纏う衣服防具に突き刺さる物の本数が勝るのは時間の問題だった。
だが、所詮は一つの技能を使っただけに過ぎない。
制限時間は当然存在し、次の技能を使うまでにはタイムラグがある。
此処をどうにかしのぎ切り、その隙を伺おうと悪党らしく耐えながら待ち構えようとする。
しかして、それを許すような技量が八傑になれようか。
関わる他者からは数少ない良心の持ち主と言われるレミネス。そんな今の彼女は光剣が発生している間に、両手に握り締める剣の構えを改めている。
最初から、そのような悪意を叩き潰す為に来ている。味方の中に敵に与した存在が居るとて、それに揺らぎは無い。
寧ろ、この場で本性を現した事でその決意は更に固まった、とさえ言えた。
「この程度だと思うか、お前達は」
「!?」
「もう忘れたか。個と個のぶつかり合い以前の話だと言うのに」
引き絞るように構えるその剣から、先程の比では無い輝きが灯る。
次の瞬間、空を切り裂く音をも置き去りにする。
技能:剣・《ジャッジメント》
「――ッ!」
”烈剣”賜る女騎士は静かに吼える。
次に突き出された刃身が見えた時、150は優に超えていた内の半数が一瞬にして壊滅する。
いたずらに傷付ける訳でも無く、それでいて戦闘不能に追い込まれる程の赤黒く染まった円錐状の深手を負う。
決まって、心臓を僅かにずれた左胸が貫かれていた。
何が起きたかを知るのは彼女自身と彼女の配下である騎士団のみ。
大多数が理解出来ないまま、痛みに悶えるまでも無く気絶した者達の倒れる音と共に時間は過ぎていく。
すちゃり、と音を微かに立て構えを解く彼女の姿を妨げられる者はこの場には居なかった。
「ようやくお前達も理解出来たようだな。だから言っただろう、お前達は思い上がったと」
今しがた、数で圧倒するには一人一人の質が足りていない、という事実を突き付けた。
まだ攻め込むだけの威勢があるのなら彼女は構えを解いていない。
最早、歯牙にもかけていない。彼女の現在の言動はそれを明白な形として示していた。
「レミネス・ホイリィ…!」
「私の本名を呼べるくらいには元気そうで何よりだ。それで、まだ続けるのか?」
悔しがるマットの表情は更に醜く歪む。
しかし、一見隙だらけに見えるレミネスの姿を前にブルームーンのメンバーはおろか『刻十蛮頭』すらも動けないでいた。
先程の《ジャッジメント》をまたも繰り出されようものなら、今度こそ全滅は必至だと思い知らされたから。
心情的にでは無く――それもあるのだろうが――相対する女騎士とその後詰めである騎士団と冒険者チームから物理的に遠ざかる悪党共。
それすらも無意味だと暗に証明されており、追い詰めた筈が追い詰められた者達の姿がそこにあった。
失敗に失敗が積み重なり、悪党達の非難の矛先はその味方へと向けられていた。
「おい、どうする。見立てとまるで違うじゃねぇか」
「こんなにレミネスが強いなんて思わなかった。仕切り直しだ」
「逃げる算段があるのか?」
「ああ」
短いやり取りが終わった瞬間、マットだけが脱兎の如く逃げ出す。
『刻十蛮頭』の期待の眼差しは、一瞬にして憤怒の色へ変わった。
ブルームーンの面々も、置いて逃げようとする主人を目にし驚愕と豹変を露わにする。
「僕だけが逃げる算段がね!」
「てめぇッ!!」
目前に据えていた敵から目を離すなど言語道断。
レミネスの冷え切った眼差しと再度構え直す動きが、逃げ遅れた悪党共に裁きを下すのは時間の問題だった。
技能:剣・《バインドチェーン》
一瞬にして、レミネスの体は集団の懐へと飛び込む。
低めた姿勢で剣を振るう彼女の姿を見た頃にはもう遅く、その剣より四方八方から放たれる鎖に縛られ悪党共の体は拘束される。
「な、何よこれ!」
「こんな鎖で、ぐわぁッ!?」
「ぎゃっ!!」
ただ魔法で生成しただけの鎖ならば容易に解けるだろうが、当然と言うべきかそれだけでは終わらない。
直後に鎖から生じた強い電撃を一身に浴び、誰もがその威力で昏倒した。
「あいつ…!」
目前の脅威が居なくなった事でガララダ率いるマッドブラザーズが逃げるマットを追うも、彼だけの乗った昇降機は既に閉じきろうとしており、間に合わなかった。
上層階へ向かう速度は降りてきた時と変わらないだろうが、速く感じる。
それに、最上階へ向かった昇降機を待ち伏せしたところで、そこに居続けているとも限らない。
「無理に追うな。奴は外で捕らえる。追跡する手段はこちらにあるからな」
「…そうかよ」
「それと、そこは危ない。早く戻ってこい」
何だ、とガララダは思うも先の出来事があった故に今度は抗議せずに素直に従う。
戻ってくると、レミネスが天井を指差す。一同がその指が示す先に注目すると、見覚えのある金色の粘体が徐々に滲み出てきた。
それが巨大な粒になると、金属類でありながらも粘り気の強い液体の音を奏で、落ちてきた。
その粒だったものが徐々に床へと染み込んで消えていくと、中から1mサイズのベントネティとグリムが姿を現し、起き上がった。
「やあ。首尾はどうかな?」
最下層へ降りてくる前の騒ぎがあったとは思えない程にグリムは何時も通り振る舞っている。
ブルームーンが敵側であった事もあり、彼らが無事だという事に騎士達の一部とマッドブラザーズは安堵を浮かべる。
その一方で、レミネスもまた何時も通り、冷静に言葉を返した。
間に合っていればどうなっていたやら、という考えもあり。
「裏切り者に逃げられた。これからアジトを出て外で追跡する。お前はどうする?」
「勿論参加するよ。だってまだ依頼は終わってない。でしょ?」
「頼もしい限りだな」と快い返事に返答しつつも、懐から道具を取り出すレミネス。
その手には淡く輝きを放つ、ある程度は研磨された水晶のような石を取り出した。
それに強い興味を、グリムは示す。
「転移石だ。見るのは初めてか? これは一度来た場所へなら一瞬で行けるぞ」
「へぇ、それは凄い…」
「それに、この人数ならばこれ一つで事足りる。お前達、私のそばに近寄れ」
レミネスの指示に従い、騎士団の半数とマッドブラザーズ、グリム達が彼女を中心に集まる。
「では行くぞ」と一言の後に、纏まった一同は一瞬にしてアジトの最下層から姿を消した。
残った者達はシームレスに、気絶した『刻十蛮頭』の監視と負傷した者達の手当、それから証拠を押さえるため、ショーケース内部の植物の監視に移行した。
『刻十蛮頭』のアジトを出た矢先、そこかしこから火の手の上がっている音、更には頻繁に発生している爆発音が聞こえてくる。
見えてきた街並みが夜だと言うのに不自然に明るくなり過ぎて、一部の建造物が倒壊し、悲鳴を上げ逃げ惑う人々が見えれば嫌でもその異変に気が付く。
「…何が起きている?」
流石のレミネスでさえも、驚愕を露わにせざるを得なかった。
マットが追跡の手を撹乱すべくやけになったか、と考えたが、その割には規模と範囲が極端だ。
主に火の手が上がっているのは跡形も無く破壊された建造物とその近くの施設であり。火元は簡単に絞り込める。
それに、レミネスの勘が正しければ、火元となった建造物の全てが裏社会の組織の所有するものであり――。
「お前達は避難誘導と応援の要請を頼む。人手が足りん、急ぎ他の八傑や貴族達にも連絡を取れ」
「「「はっ!」」」
――思考に割いている時間はあまり無い。
レミネスは何らかの意図があるものとは思いつつもそこで一旦区切りを付け、急いで騎士団に指示を送る。
目の前の惨状を前にして、良識ある冒険者としてガララダ達も黙って見ている訳にはいかなかった。
「俺等も加わるべきか?」
「そうだな、マッドブラザーズの一部を割いてくれ。冒険者ギルドにも掛け合って貰えれば助かる」
「おうよ」
「ガララダ、それからグリムとベントネティは私に続け。この混乱に乗じて逃げ切られても困る。此処で片付けるぞ」
「おう!」
「分かったよ。じゃ、行こう」
残るレミネス達はこの燃える街中を逃げるマットを追うべく、別行動を取った。
その後ろ姿を、塔の上から見下ろす黒き影の姿に誰一人気付く事無く。
マットの追跡に迷いは無い。
突き進むレミネスの後をグリム達は追うだけで良いというのもあるが、それだけでは無い。
「こんな入り組んだ道を進んでやがるんだな、あいつ」
レミネスやグリム、小柄で且つ細身の彼女達は狭い路地や倒壊し炎に包まれ崩れた瓦礫をものともしないが、ガララダやベントネティからすれば直行するにも一手間かかる。
ベントネティの振るう金の粘体が即席のジャンプ台を生成したり、炎熱の影響を封じたりするのもあり、それで出来た道を進めば良いので、彼女達に付いて行くのには然程苦労はしなかった。
「いや、追い付く為に最短距離を取っている。出来る範囲で最短距離を、な」
「うん、それが良いね」
この混乱に乗じて国が補償してくれるからと粉砕して回ろうものなら、それこそ反社会勢力のやり口になってしまう。
多少の困難は承知の上で、彼等はマットの行方を追っていた。
「…見えた!」
屋根の上を突き進んでいた一同。先頭のレミネスがマットの姿を捉えたらしく、彼女は屋根から跳躍する。
グリムもまた、屋根の上から裏切り者の姿を見るも。その者と一緒に居る少女の姿に動揺を露わにした。
「おい、どうした!?」
突然足を止めたなら後続のガララダは当然疑問を浮かべる。
そもそも、グリムは想定していなかった。このような状況を。
マットは周囲を睨み付けながら、捕まえた少女の首元にナイフを突き付け後ずさっている。
別段、グリムにその少女を助けようと思う良心が無い訳では無い。
レミネスと同様に、今すぐ助けようとすらしただろう。その少女が彼の上司であるベルディレッセでさえ無ければ。
「何故、此処に…」
レミネスを止めるべきか。しかし、ベルディレッセはマット一人が抑えつけきれる程度の存在などでは無い。
そうこうしている内に、レミネスはマットの元へ落下していき、それを警戒を強めていた彼が見つけ。
「おい、この小娘が見えな――」
技能:剣・《パニッシュメントエッジ》
その発言が降下する彼女をますます怒らせるなど考えもせず。
浅はかにも人質を取った暴漢へと、そして見知らぬ少女を助け出すべく。彼女の剣はマットが動きを見せるより先に彼を切り裁いた。
「――があぁッ!」
ベルディレッセを引き離し、剣を手放したレミネスはマットの顔面に鉄拳制裁を見舞った。
彼女とほぼ同じ体格の優男が冗談めいて吹き飛ばされ、少しめり込む程に壁に叩きつけられる様はグリムですら爽快に思える。
「みっともなく罪を重ねるか。恥を知れ」
彼女一人でもどうにかなった気がしないでも無いが、それでも万が一というものもあり得る。
現状、そうなっていたグリムは浮かべた動揺をひた隠しにしつつ、ガララダ共々屋根から飛び降り、レミネスと合流した。
続いて、彼女の視線は逃走劇に巻き込まれた少女の方を見る。先程までと違い、優しげな眼差しで。
「――怪我は無いか?」
ベルディレッセは無言で頷き、女騎士を安心させる。
ガララダが壁から落ちてきてすぐには動けない様子のマットを拘束する中、グリムは冷や汗を隠しきれていない。
一体、どうしたのか。レミネスが疑問に思った矢先、少女はグリムへと駆け寄った。
「お兄ちゃん…」
その発言がナイスパスだったと考えるのはグリムのみ。
彼女の調子に合わせ、グリムもまたアドリブで駆け寄った彼女を姿勢をかがめて抱きしめる。
「駄目じゃないか、ベル。一人でこんな危ない場所に来ちゃったら」
「街がこんなになってて、怖くなってそれで…。ごめんなさい」
「グリム、この子は…」
「以前、西大陸から来たって話したね。この子も西大陸の出身で、僕の旅に付いて来た親戚の子だよ」
大粒の涙を浮かべつつ、ベルディレッセはレミネスの方を向く。
宵闇の如き紫の眼には何処か引っ掛かりを覚えるものの。レミネスは気の所為と考え咳払いする。
グリムも幼い少女もまた、西大陸出身と分かり、これ以上引き止めようものなら更なる面倒事に巻き込まれかねない。
「…そうか。グリム、後の事は任せておけ」
「えっ、良いの?」
「その子の安全の為にも、だ。今日一日だけでも側に居続けてやれ」
「…ありがとうございます」
立ち上がり、礼を述べるグリム。それから、「行こうか」とベルディレッセを抱きかかえて、グリムとベントネティはその場から立ち去った。
「ありがとね、お姉ちゃん」
彼女へ向け、手を振り小さくなっていく幼き少女の姿を見送り、レミネスは仕事の姿勢に戻るのだった。
それから、疑いの目を向けていた己を恥じる。彼が内情をひた隠しにしているのは、それだけの訳があったという事が示された為。
「済まなかったな、グリム。ベントネティ」
「……」
レミネス達が見えなくなるまでベルディレッセを抱きかかえたまま歩いたグリム。
誰も追って来ないのを把握し、それからようやく彼らの関係は兄妹という設定から元の上司と部下の関係に戻る。
「な、長々と失礼しましたベルディレッセ様…」
急いでグリムはベルディレッセを抱えた状態から解放する。
当の彼女は無表情を貫いているものの別段不機嫌になっている訳でも無く。
楽だったという理由から、降ろされた事を内心残念がっていた。
しかし、このままでは何も進まないので彼女も上司としての自分に切り替える。
「あなたが負い目を感じる必要は無いわ。元はと言えば油断したわたしの失態だもの」
マットに捕まるまでにベルディレッセは、違法薬物を扱う裏社会組織の所在地リストに沿い、片っ端からそのサンプルとなるものを強引に収集しにかかっていた。
サンプル収集という名目だけなら此処まで事を荒立たせる必要は無い。
が、あまりにも時間の猶予が無く、手段を選んではいられなかった。
そこに激情が募りすぎた、という酷く身勝手な理由も含まれているのはさておき。
騒ぎをわざと起こさせ、混乱を引き起こす事で首謀者の特定を可能な限り遅らせる。
仮に目撃者がいて生き残っていたとして、元より反社会的勢力に与する者の証言を誰が信用するというのだろう。
裏社会の組織が所有する数十件に襲撃を仕掛け、騒ぎはかなり大きくなり、サンプルも十分な程に集まった。
だが、彼女は油断した。グリムの反応が近い為、自然な形で離脱し、切り上げようとした。
コンソールの使用を自主的に縛っていた為、近付いてきた生体反応に害意がある事を直近まで把握出来なかった。
そうして、一芝居を打つことに。そして今に至る。
騎士団による救助活動、避難誘導が行われている最中、未だ混乱の収まらない街中で、少女はふと空を見上げた。
彼女の目の前へ移るコンソール上のマップには空を横切っていく特殊な黄色い点の反応が映り、それによって彼女は顔を顰める。
「グリム。ベントネティを連れて帰りなさい。わたしはもう一つやる事をやってから帰る」
「えっと…分かりました。お気を付けて」
先程のような失態は起こり得る。が、進言したところで意思は変わらないだろう。
そう考え、グリムはベントネティ共々幼い少女の元から去っていった。
ある程度背中が遠ざかったところで、ベルディレッセは足を変形させ露出したバーニアを噴かし、一気に近場の建物の屋上へと飛び上がる。
静かに降り立った少女が見据えるは、一つの特殊な飛行船。
この世界における貴族が乗り込んでいてもおかしくはない豪奢な客船だが、問題はその中身にある。
彼女が眼球に搭載されたセンサーの表示を切り替えると、センサーは飛行船の外装を透過し、中身には今回収集したサンプルと似通う物体が確認された。
混乱に乗じて、見た目を偽り積み荷として運び出そうとしている。
誰が何の意図を以ってそうしているのかは不明だが、陰謀によるものと見て間違いは無い。
「まったく…めんどくさい」
これを阻止したならばどうなるか。それを実行したベルディレッセへ報復しにかかるだろうか。
彼女自身としては、収集したサンプル共々、このような物体に手を出す王国の人間に深くうんざりしていた。
自分達で完結しているならまだしも、全くの無関係な存在を巻き込んでいる為に猶更。
それでも、自分を助け出してくれた女騎士の姿が思い浮かぶ。
見逃すのが最適か、それとも撃ち落とすのが最適か。既にジェネレイザ側の都合で空軍基地を襲撃し、今回の騒ぎを引き起こしてしまってはいるが。
混乱を更に深める事を申し訳無く思いつつも、少女は蔓にも似た伸びる木から生成し、構えた樹木の大砲を狙いを定め、引き金を引いた。
中身がくり抜かれ、節々に穴が空いたそれは木々に巣穴を作る鳥類になぞらえこう名付けられている。
ウッドペッカー・ネスト、と。
使用武装:ウッドペッカー・ネスト
スキル:《ハイパワー・スマッシャー》
引き金が最後まで押し込まれた瞬間、爆ぜ飛んだ圧縮空気の砲弾が通り過ぎようとしていた飛行船の装甲を貫き、飛行システムを完全に破壊した。
風穴が空き、中身の一部が抉れ露出したその残骸は黒煙を上げて徐々に高度を落としていく。
船内に生体反応が見受けられないのは確認済みで、運が良ければこの墜落による死傷者は出ない筈だ。
樹木の大砲を持ち上げると、その大砲は一瞬にして枯れ朽ちた。
「これで借りは返したわ。女騎士殿」
これが王国にとって好転する出来事になる事を祈りつつ。
今しがた更なる混乱を生じさせた少女は、建物の屋上から転移によって姿を消した。
どうにか年越しまでに投稿出来ました。
次回から帝国サイドに戻ります。
では、よいお年を。




