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機皇の国  作者: Gno00
第三章 オーバースケール・ワーク

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突入準備

 魔族との初戦を、自らの上司率いる空の軍隊が制した一方で。

 ベルディレッセは私服のワンピース姿で、パートラーニ達が勤務する医療施設を内蔵する家屋の屋根の上でゆっくりと伸びをする。


 人間に近しい肉体を持つからとて、実際に使わなければ衰えていく訳では無い。

 ただ、アクティブに動けない現状、こうでもしないと徐々に鈍るような気がして。

 今の彼女は柔軟体操の真っ只中であった。


 体操が終わり、彼女はシームレスに戦闘システムの点検に入る。

 呼べば増援は来るのだが、今現在は意図して現地戦力を絞っている状況。


 なればこそ、今使用できる手段の現状について把握しておく必要があった。

 普段から使い慣れているシステムでも、たった一日、数時間、いや数十分経っただけで使用不能になる可能性すらありうる。


 それを見落とさない為に、この世界に来てからの彼女の日課となっていた。

 さて、戦闘システムで基本となるのは以前も使用したマス目の展開だ。

 マス目のある範囲内をゲーム時代の名称から拝借して「バトルマップ」と呼んでおり、その上でジェネレイザの戦力は戦う事となる。


 しかし、これは強制では無い。

 マディスの戦闘記録、また、グリムの検証結果により、実のところバトルマップを展開せずとも問題無く戦える事が判明しているのだ。


 つまりは、マップの展開自体に深い意味は無いのである。

 ただ、逃亡を限りなく厳しくし、一勢力に属する拮抗する実力の戦力を一纏めにして戦力の増強もしくは弱体化を狙えるというだけで。

 これだけ聞くとバトルマップを開いた方が懸命と思えるだろうが、結局のところ費やす労力に大した違いは無い。


 開かずにいた方が速い場面も少なからずあるので、どちらにせよ一長一短と言う他無かった。

 そんなバトルマップを起動するのは、ゲーム時代の名残のようなもの。


 バトルマップの展開、解除、展開……を淀みなく繰り返し、それと共に各種武装を滞り無く出せるかも確認し、今日も戦闘システムに問題は無いと判断する。

 続いて使用可能な武装一覧をコンソールから確認して、それから、他のシステムも確認…しようとしたところでコンソール上に見慣れない項目がある事に彼女は気づく。



「『New』? 何これ」



 バトルマップの展開も武装の展開もコンソールを介さず出来る為に開くまで彼女は気付いていなかった。

 だが、武装一覧に通じる「戦闘」の項目のその一番上にそれがあれば、誰だって目に付くというもの。


 特に恐れなど感じる事も無く。彼女はそれをタップする。

 すると、自身の足元からワイヤーフレーム型のサークルが展開されていく。

 それはバトルマップのようで、大きく違う性質を持つフィールド。


 特段検証せずとも、彼女にはこれが何を齎すのか見当がついた。





『へぇ~、自在に動けるフィールドっすか~』



 少し経った後に屋根の上で通信を繋げる。

 彼女の話し相手は上司にして現在艦隊を動かしているメルケカルプ・クローバー。


 以前この場所から三機神の内の誰かに繋ぐことは出来ないか、という検証をベルディレッセはした事がある。

 検証結果は、繋がるもののノイズが酷く文通の方が通じやすい、といったものだった。


 それが今は特にこれといったノイズは無くこちらの発言も向こうの発言も問題無く聞こえている。

 即ち、メルケカルプがこの地へと近づいている遠回しの証明であった。



『アペードくん達が奮闘している間に気付けていれば良かったっすね~…』


「それは、大変でした、ね…。メルケカルプ様もご存知では無かった?」


『そう、というか、ベルディちゃんが気付いてくれたおかげで気付けたって感じっすね。向こうも向こうでびっくりしてたっすよ』



 メルケカルプの言を聞くに、シアペルもユニリィもベルディの事前の文通から新たに展開できるようになったフィールドの存在を把握したらしい。

 マップを使う従来の戦いと、こちらの世界に来てから可能になった戦い、そのハイブリッドとも呼べるフィールドは技術革新と言えるものだった。



『本当はサプライズとして教える立場なのに。なぁんで今まで気付かなかったんでしょうかね…』


「分からない…。たった今追加されたとか?」


『そんなまさかー。空気過ぎて今まで気付かなかっただけっすよきっと』



 実のところ、これに関してはベルディレッセの推測の方が正しい。

 太陽系第三惑星(地球)のある向こうの世界で、安藤主任達がコンシューマー移植に際し。

 より臨場感のある戦いを演出したいという事で、ターン制を撤廃し頭身に関わらずフル3Dモデルのユニットが縦横無尽に戦う新たなバトルモードを追加したのだ。


 ただ、そのモードだと最早別物と言える程に様変わりしているのは言うまでも無く。

 追加された事による影響が、こちらの世界に居る彼らにも及んでいるという事は誰も知らない。知る由も無い。



「それで、メルケカルプ様はこれをどうお考えで?」


『そうっすね~。便利っすね。便利過ぎて怪しく思うくらいには』



 新機能の評価が想像以上に高く、それにベルディレッセは苦笑を返した。

 少しばかり触ってみた自身すらも同じ感想を抱いているからこそ、尚更不安が募る為。



『技術革新なんてレベルじゃ無いっすよ。今までとこれからと、これを採用するか否かで劇的に変わるっす。目まぐるしさも連携能力も』


「でも、試運転は…」


『出来るじゃないっすか。訓練より実戦データのが信用が高いっすよ』


「それってもしかしなくても」


『ベルディちゃんの想像通りっすよ。まずはキミ達に取ってもらうっす』



「やっぱり……」と上司の発言に諦め気味に返す他無かった。

 手頃な相手が見つかれば良いが、今は隠密行動中でもある故に相手は限られる。


 現在、グリムは冒険者として街に出ている。コンソールに表示される地図からの現在位置を見るに今は仕事中なのだろう。

 様子を見て連絡をするとして。今はその旨を伝える程度に留めつつ。実戦データ収集用の相手は誰が相応しいか、ベルディレッセは少しだけ頭を抱える事となった。




 同行した空の英雄がその上司からの指示に悩む一方で。

 グリムはエッジブラザーズ、ブルームーンのフルメンバー共々レミネスの元へ招集されていた。


 場所は冒険者ギルドの特別応接室。要はVIP専用の部屋である。

 そぐわない彼らが今こうして利用できているのはレミネスの存在がある事に他ならない。

 そして、この部屋を利用する事自体にも理由はあった。



「面子が揃った事で始めるとしよう。今晩乗り込む『刻十蛮頭』のアジトは王都近郊の南西…此処にある屋敷だ」



 長方形の大きなテーブルを埋め尽くさんばかりの大きな地図が彼女の合図と共に広げられ、レミネスの指はある一点を指す。

 彼女の向かい側となる長い辺の方に立つ、グリムから見て真ん中よりやや右の、上の箇所だった。



「貴族の屋敷を似せて造ったようだが、その実迷宮のような造りとなっている。多数の罠も仕掛けられていると先日部下から報告があった」


「それってよぉ、他でもねぇ奴らが引っ掛かったりするんじゃねぇのか?」


「そうなった時の保険もあるにはあるらしい、とだけ言っておこう」



 ガララダの質問は尤もだ。それに対しレミネスは率直な返答を述べる。

 王都から見た所在地を共有したところで、今度は甲冑姿の兵士の一人がその上に更に地図を広げる。

 その兵士は淡々と「これは屋敷内部の間取り図です」と説明し、一同の目はそれに向き直る。



「わぁ…。確かにこれは迷宮だね……」



 グリムは唖然としながらも視界のメモリー内に新たにその間取り図の全てを保存する。

 全部で地上4階建て、地下3階建てのその屋敷は、フロア全てが散在する小さな部屋を細かく分けたかのように複雑難解な構造をしていた。

 ガララダとマットの様子を伺うも、彼らも彼らの仲間達も似たような反応を示している。


 様子を伺う素振りを見せつつ。当然ながら屋敷の所在地も保存してある、メモリーを整理しようとしたところに新着メッセージが届いたが一先ずは保留にする。



「ああ。 この屋敷の本来の出入り口も関係者以外立ち入れぬよう、厳重に施錠されている。 しかし、侵入口が無い訳で無い。 …此処を見てくれ」



 次にレミネスが指し示したのは、グリムから見て屋敷の見取り図の最奥、その左端。

 そこは一階の正方形状の小部屋。おそらく予備の倉庫といったところか。



「この部屋に、下水道と繋がっている隠し通路がある。一人しか通れない程狭い通路故に見張りの存在には注意しろ。 それと、この通路を使うにあたっての事だが……」



 レミネスは視線をグリムへと送る。彼女が口に出さずとも、その目から何を聞きたいのかは読み取れた。

 隠し通路を使うにあたってネックとなるのが他でもないベントネティだ。

 黄金の雄姿は見た目に釣り合う巨体である故に、彼が通り抜けられない。


 無論、あのサイズのままであれば、の話だが。



「ああ、問題無いよ。彼は自由に大きさを変えられるからね。ベントネティ、折角だから実演して見せてよ」


「……」



 グリムが見上げると既にそこに黄金の巨体が立っており、レミネスと彼以外の全員が驚きを露わにする。

 一体、何時の間に入ってきたのだろうか。彼らは一同にしてその疑問を浮かべた。


 グリムの発言を受けて、ベントネティは無言のまま胸の前に拳を翳す。

 すると、4mはあった巨体がみるみる縮んでいき、それを目で追っていた彼らが最後に見たのは、絨毯の上の手のひらサイズになったベントネティの姿だった。


 可愛らしい、と一瞬でも思ってしまった女性陣達は頭を横に振ってその考えを忘れる。



「彼は特殊でね。こういう風に大きさを自在に変えられるんだ」


「そのようだな。大方、この部屋に入ってこれたのはこの大きさでグリムの服に隠れていたからだろう」


「正解だよ。それにしても凄いよね、彼」



 ベントネティは小さい姿のままグリムに一瞥だけすると、先程の4mサイズに戻る。

 それを見てかレミネスは何かを考える素振りを見せ、それから再度尋ねた。



「…逆も出来るのでは無いか?」


「うん。ここじゃ無理だけどね」


「驚く事が多いぜ。黄金な上に自在に大きさを変えられるゴーレムとはな」


「全くですね。そんな種類が居るなんて見た事も聞いた事もありませんよ」


「何はともあれ。これで通路は全員使える事は分かった。突入の順番に関してだがまず私の部下の騎士達が、それからブルームーンとグリム達が突入し、私も向かう。最後にエッジブラザーズが突入を終えたら一部を見張りに残して私達に合流しろ。玄関の封鎖と誘導を忘れてくれるなよ。…では解散だ」






 突入メンバーが解散し、先程までの賑やかさが噓のように閑散となった特別応接室の中。


 グリムとベントネティ、それからレミネスだけがまだ残っていた。



「グリム。聞きたい事はまだあるのだが…」



 「なぁに?」と返された事で、レミネスは続ける。



「ベントネティのサイズ変化は切り札と言っても過言では無い筈。こちらが尋ねたからとはいえ安易に見せてしまって大丈夫なのか?」



 ベントネティの戦闘能力はいつぞやの『刻十蛮頭』の構成員の確保、及び今までグリム達がこなしてきた依頼の数々が証明し、それは周知されている。

 だが、ガララダとマットの反応から分かる通り、ベントネティのサイズ変化はたった今明かされたばかりだ。


 かく言うレミネスもまた初耳だった。



「大丈夫だよ。これ自体はそこまで重要じゃ無いからね」


「まだ隠している事がある、と?」


「まあそんなところかな。突入してからのお楽しみ、と洒落込みたいところだけど、君にだけ特別に明かしてみせようか?」


「…いや、良い。その時までとっておいてくれ」



 少し残念そうに「分かったよ」と一言呟くと、質問が終わったのを悟って、小さくなったベントネティを回収してグリムも部屋を後にする。

 一人になったレミネスは、扉の閉じる音をスイッチに、静かに目を閉じてこれまでの経緯を思い返す。



「疑問は減るどころか、増すばかりか」



 幾つかの疑問は、これまでに彼から答えを聞き出している。

 出身は西大陸の貴族だと彼の口から明かされ、貴重な経験を得るべく、また、冒険者として稼ぐ為に冒険者を手厚くサポートする王国にやってきたらしい。

 ベントネティは家から持ち出した資産であり、大切な、かけがえの無い親友であるが故に今こうして危険を犯してでも共に居る。


 それを話した彼の様子に怪しい気配は無く、話す時も淀みが無く感情も豊かだ。

 嘘を言っているようには見えない。仮に噓だったとして、訂正の必要が感じられない、下らないものであったりするのだろう。


 なのに。だと言うのに。


 それを気持ち悪く感じてしまうのは何故なのか。

 それが疑問を解消する答えでは無いと少しでも思うのは何故なのか。



「グリム・カラーズ、ベントネティ。疑うようで悪いが。お前達を確かめさせてもらう」



 聖の名を賜るからには、自身の行いは公正かつ公平であらねばならない。


 たとえ対象が信頼を置く相手だったとしても。










 王国は並外れた工業化を遂げている。

 その他ならぬ証明として、王城は防衛用の兵器を魔導工学に基づくものへと進化させ、城自体も耐久性に優れたものに改修していた。

 また、王都近郊はおろか、王都より遠く離れた王国領内にも、工場という名の巨大な箱物が点在している。


 これは異世界より呼び出した者達の知恵を借りて成し遂げたものである。

 実態は知恵を借りるという名目の一方的な搾取であるが。


 この世界に召喚した異世界人より武力を奪うにあたって、その知識を覗き込んだのが始まりとされている。


 この世界の文明水準を超越したそれらを、前の前の、そのまた更に前の王が欲した。

 知識だけでなく、それをこの世界で生み出す事は出来ないか、と。


 その結果は、今の王国並びに列強の繁栄が証明している。

 だが、誰一人として『呪われた島』を元に戻す為に使おうと考えた事は無く。


 一つは、更なる発展を遂げる為に。

 一つは、列強の座を退く事となった帝国を含め、弱小国家を甚振る為に。

 一つは、戦争が起きた時、より有利に立ち回れるように。


 異世界人より引き出した知識と技術を用いた。

 王国に数多く存在する巨大戦艦と飛行機体もその一つで、最高傑作と言っても過言ではない技術の結晶である。


 そんな巨大戦艦は、国境間際に建造された空軍基地の巨大倉庫にて厳重に保管されている。

 飛竜騎兵もグリフォン兵なども備える王国空軍だが、その最大戦力こそが巨大戦艦『マジェスティ』。

 見る者全てを威圧する雄々しき姿と圧倒的火力が齎す制圧能力を以って、マゼン・ロナ王国を強国たらしめるのだ。


 内蔵する技術の中には王国謹製のブラックボックスが少なからず仕込まれている為に、流失してしまうような事態はあってはならない。

 この警備の厳重さはその現れとなっている。


 …筈なのだが、厳重さの要となる警備には散漫とした空気が漂っていた。


 この空軍基地が重要な軍事施設だと知ってか知らずか、王国周辺の小国家はおろか列強のいずれもが攻め込んだり侵入したりしてきた事が無く。

 対魔導国、対竜王国、対連邦……を想定して一式を装備する事を指示されている武装防具は未だにその効力を発揮した事は無く、現状は無用の長物である。


 せいぜい、定期点検に来た作業工とその応援に入った工兵達が真面目に作業しているくらいで。

 持ち場を離れてカード遊びをしたり談笑に耽ったりと、締まりの無さが服装にも出てきている警備兵達の姿など誰も気にも留めない。


 実態を詳しく知らない新人が、それを注意したとしても。



「それがどうしたよ。此処が絶対安全だと知らないからそんな事が言えんだよ」



 などと、襲撃を受けない前提で反論し、腑に落ちないままの新人を黙らせる。

 堕落。主力を保管している筈の基地の現状は二文字で言い表せる程のものだった。



「あーあーあー。此処に配属されてからずうっと暇だ」



 一方で、巨大戦艦を5隻、現在収めている格納庫の見張り番が、未だ発砲した事すら無い長銃を振り回しつつそう欠伸混じりに述べる。

 時折監査が抜き打ち気味にやって来るのもあり、内部の面々と比べるまでも無く服装を整えているが、態度は疎か気味である。

 その相方を務めるもう一人の見張り番は、特段それを危ないとも思わずに声を掛けた。



「前は何処に配属されてたんだっけ、お前」


「あぁ? 対魔族の最前線だよ。東大陸だと目立った動きが見られねぇんで、年単位で人数減らされてんのよ」


「で、お前もその内の一人と。…運が無かったなぁ」


「うるせぇやい」



 嘲り混じりの皮肉を言われて、からかうな、と口を尖らせる。それを見て相方は更に笑い出した。

 ひとしきり笑ったところで、その相方は続けた。



「でもまあ、良いんじゃねぇのか。魔族は特段強いって聞く。そんな奴らと戦わずに此処に来られるなんてのは」


「それはそうかもな。こんな玩具も、何処まで通用するかね…」



 先程振り回していた長銃の銃身を握りながらそうぼやく。

 その手付きは明らかに慣れていない者のそれだが、それを注意出来る存在は今はこの場に居合わせてはいない。



「おいおい、本国から支給された最新鋭の兵器だぞ。玩具だなんて言うなよ。…まぁ、かく言う俺も使った事無いんだがな」


「つまるところ、見せかけだけってか、俺ら」


「そうなるな」



 顔を見合わせて数秒後。二人は一斉に吹き出した。



「……まぁ、そんだけ平和だと言う証だな!」


「違ぇねえや!」



 これ以上騒いだら作業工達が怒鳴り込んでくる、という事で談笑を切り上げて元々の配置に戻る。

 これから数時間この場で形式だけの見張りを続け、その後来る次の番と代わり、居住区域に戻り穏やかな一日を過ごす。

 今までも、そして、これからもそうして過ごしていける筈。


 今日は何を食べて帰ろうか、帰りに娼館にでも立ち寄って行こうか。


 ……などと考えていた矢先。倉庫に立ち寄ろうとする兵士の影が急に震えだしたように見えて。

 瞬間、強烈な寒気を感じ取り、青ざめつつも慌てて身構える。

 じっとりとこびり付くような。汗が吹き出てくるのもあって不快な恐怖を露わに、右へ左へ見渡していく彼の姿は遠くから見ても奇妙である。


「おい、どうした?」と隣の見張りが声を張りつつ問い掛けた。



「い、いやぁ。なんか影が動いた気がしてな。…最近疲れてるんかな、あはは……」


「疲れる訳ねーだろ。こんな1、2時間立っててよ、後は時間まで遊んでりゃ良い仕事でよ」


「だ、だよな……」



 影が、影だけが動く筈など無い。

 それは常識として、疲れた頭であってもしっかり叩き込んである。

 化けて出られては困る、と見た記憶のある方向から目を逸らす。

 だが、それでは駄目だ、と直後に自分に言い聞かせ、先程震え出した影の持ち主を恐る恐る見る。


 影は当人の動きに追随して、それだけである。確認し、見張りは胸を撫で下ろした。


 それでも不安が拭えないのは。

 必死に否を内心唱えるそれが、実は真であるが故。

 自分の直感を信じていたなら、()()を知る事は出来た筈だ。対処できるかは別として。


 男に見られた事を気にも留めない、うねる影を纏う異形達は、影から影を転々とし、ただただ機会を待つ。

 主君の命に従い、目の前の巨大戦艦に接触するその機会を。


 もし、表情があったなら。平和ボケをしているとしか思えない彼の行動を見て嘲笑っていた事だろう。

 それ程までに、彼らは今回の手緩さを感じ取っていた。

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