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機皇の国  作者: Gno00
第三章 オーバースケール・ワーク

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巡り合わせ

 魔族達を率いて異常の発生源の調査に赴いたヴィノレゼン。

 彼は現在置かれている状況を前にして、緊張を露わにしていた。


 それもその筈、彼が今立っているのは塔を挟む二つの戦艦の内、左側の方の飛行甲板の上である。

 この甲板自体が地上に設立されていたものを装うように造られている、と言われたところで彼は信じられないだろう。


 甲板には二つの椅子と二つのテーブルが並べられている。

 ヴィノレゼンと同じ体格の者の為に作られたものと、相対する機械の天使の為に作られたものが。

 その機械の天使はというと、巨大なティーポットで自ら飲む分の紅茶を注いでいた。



「特級茶葉を採用しています。よろしければどうぞ」



 ヴィノレゼンの分は、彼が椅子に腰掛けると共に後からやってきた飛行物体が注ぎ込む。

 球体から蛇腹の腕を伸ばし、背後に力場の発生装置を四本持つその機体はヴィノレゼンでなくともそう思うくらいには奇妙だった。



「こ、これはどうも……」



 何故、こうなったのかと説明を求められても説明に困るのが今の彼だ。

 ちなみに、彼らを中心に特殊なフィールドが展開されており、高度9000mはある現在地点でも地上と同様にこうしてくつろぐ事が出来るのはそのフィールドのおかげだ。


 口と思われる部位は無いにも関わらず、目の前の白天使は椅子に腰掛けながら紅茶を上品に飲んで見せている。

 あれだけ注がれた液体が白天使の何処に流し込まれているのか気になるところだが、毒の類は盛られていないと信じて一口。


 すると、程良い酸味と甘味が口の中に広がった。



「――美味しい…」



 人間の貴族達が築く社会について明るい訳では無いが、貴族たちでも敵わないだろうと確信する程に美味であった。

 もっと味わっていたい、とヴィノレゼンは飲み干す勢いで紅茶を飲む。



「お茶請けも用意しましょうか? この茶葉と相性抜群のものを取り揃えていますよ」


「い、いえ。そこまでしてもらう訳には……」



 気に入られたのを嬉しく感じたのか、白天使はお茶請けを勧めてくる。

 思わず快諾しそうになったが、我に返って本題に移る事に決める。


 もしやこれが狙いだったのか、と思う程に白天使の行動は巧妙であった。



「……それはさておき。貴方がたにお伺いしたいことがあるのです」



 そうヴィノレゼンが切り出すと、白天使は雰囲気を改める。

 表情と思しき部分が見当たらないので、沈黙する純白の雄姿を前にして恐る恐る、彼は続ける。



「この東大陸にて、強大な魔力反応が観測されました。私、ヴィノレゼンは部下の魔族を率いてその調査に今こうして赴いています。それから独自の手段に基づき調べたところ、丁度貴方がたの姿が。…魔力反応の正体が貴方がたと仮定し、接近したのです」


「…その強大な魔力反応が観測されたのは何時の事でしたか?」


「3日前。魔力反応以外に確たる情報が得られていない為、手探りで調査を進めていました」



 白天使は腕を組み、沈黙する。

 気まずい空気だが、ヴィノレゼンは冷や汗をかきながらも静観する。



「…メルケカルプ様。こちらにて驚異になり得る魔力反応は観測されましたか?」


『半径10km圏内までは調べてあるんすけど、それらしきものは今の今まで無かったっすね~』


「…っで、では!」


『かといって、こっちがそうだという証拠も無いっす』



 勢いよく立ち上がったは良いものの、こう言われてはどうしようも無い。

 ヴィノレゼンは魔族側の情報不足を嘆くようにおもむろに座り込んだ。



『こっちの隠蔽は完璧だったんすよね~。さっきまでうちらの事をまるで認識出来てなかったんでしょ? じゃあうちらは無関係という可能性もあり得るっすね』


「確かに……」



 何故認識出来なかったのかは、メルケカルプと呼ばれた無機質な女の声から既に語られている。

 艦隊を隠していた隠蔽システムがヴィノレゼンの持つ『月食眼』はおろか、魔族の技術を大いに上回ると思われる程に高度なものだったからだ。


 接近してくるヴィノレゼンの部隊を把握し、こちらに誘導出来るように一部を解除する事で仕向けたとも彼女は語っていた。



 話を戻し、彼女の発言から魔族側の観測方法に何か問題があったという可能性も浮上してくるが、直接は関わっていない以上、ヴィノレゼンには確かめようが無い。


 手をこまねく他無いのか、と思われた矢先、メルケカルプから意外な提案を持ち掛けられる。



『――でも、こっちで手伝ってあげなくも無いっすよ?』


「…えっ?」


『アペードくんの誘いにこうして乗ってくれたんすから、そのお礼くらいはさせて頂くっす』



 何故なのか、を問うより先に理由を答えられる。



『元々こっちも調査目的だったんで、その魔力反応の正体とやらに俄然興味が湧いてきたっす。まだこっちで観測出来ていないだけなのかもしれないし、あるいはこっちの情報網をすり抜ける何かがあるのかもしれない。いずれにせよ調べるに越したことは無いし、こっちは大隊規模を動かせるんでね。心強いっしょ?』



 ヴィノレゼンとしては断る理由も無い、渡りに船。

 巡り合わせに感謝しつつ、彼は提案を受け入れる事に決める。



「感謝いたします。では――」


『ただし、交換条件があるっす。…聞き逃さないようにするっすよ。うちらで勝手に協力させて頂くっすけど、ヴィノレゼンくん。君にはうちらの存在を黙っていて欲しいっす』


「な、何故」


『うちらもうちらで内密で動いてるんでね。あんまり存在を広められて欲しく無いんすよ。君が誘いに乗ってくれる程律儀であるからこそ、こうしてお願いしてるんす』



 軽い口調で言われてはいるが、ヴィノレゼンには確かなプレッシャーがのしかかっていた。


 提案を呑むことで心強い援助を得られる。

 が、その代わり、仮に魔力反応の正体が判明しその情報を持ち帰った場合、報告時にどうやったのかを巧妙に偽らなくてはならなくなるのだ。


 魔族の中には嘘を見分ける能力を持つ者も少なからず居る。

 報告の場にてそんな者達が居合わせようものなら確実に指摘される。されてしまう。


 その時になったなら。忠誠と信頼、どちらを取るべきか。

 どちらも大事だが、築き上げたどちらかを裏切らねばならない。


 提案を跳ね除ければそもそもそんな未来にはならない為、気を楽に出来るだろう。

 しかし、魔力反応を調べるには彼女らの助力が必要不可欠である。

 突っぱねようものなら、ヴィノレゼン達は途方に暮れる事になるのが目に見えている。


 それに、断ったとしてここから無事に戻れる保証が無い。

 この艦隊が反転して敵に回ったなら。どうなるかなど想像に難くない。


 即断即決だった筈が交換条件を提示された事で、散々悩んだ末にヴィノレゼンは自分の意思を示す。

 催促されていた訳では無いものの、その表情には憔悴が浮かんでいた。



「わ、分かりました。交換条件を含めて、貴方がたの提案を受け入れます」


『そう言うと思ったっす。じゃ、よろしく頼むっすよ』





 メルケカルプ本体、《ネスト:プロミネンス》タワー内では様々な施設が一纏めにされている。


 メルケカルプを動かす司令部、LLサイズ以下の様々なメカを収める格納庫、主にメカのエネルギー源を製造している食堂など。

 その中に破損したメカや他種族の修理・治療を行う医務室を始めとする医療機関のスペースも含まれていた。

 同時にそれこそが、メカのみで成り立っていたジェネレイザという国家に医療系メカが存在する理由となる。



「魔族。魔族かぁ」



 純白で構成された清潔な診察室の中から、幼い少女の声が聞こえてくる。

 静かなその場所では、彼女の声はそれ程大声で無くともよく響き渡る。



「お姉ちゃん、まぞくってなぁに?」



 机の上に表示されたウィンドウを見る、桃髪の少女の独り言が聞こえていたらしく、緑のメッシュが混じる檸檬色の髪をした幼女が、薄い光の灯る橙の双眸を持つ顔を下から覗かせ問いかける。


 学生のそれを思わせる制服の上から白衣を羽織る彼女達は《ヒーラー・テンタクル》という種類のメカである。

 サイズMの亜人形メカであり、主に背中から展開する大量の触手を操り、その触手から適した薬剤を投与する事で患者の治療に貢献する。


 同じメカでも戦うことはあまり得意としておらず、それ故グレードBと低めに設定されている彼女達。


 お姉ちゃんと呼ばれた桃のカジュアルボブ少女、スーリアはその青い瞳を向けて、自身の妹にあたる檸檬色のウルフカットの幼女、パッセラモルの問いに答えた。



「今、アペード様がお話してる相手の種族の事。前の世界には居なかったから恐らく珍しい種族」



 ウィンドウに現在表示されているのは、アペードとヴィノレゼンの茶会の生中継である。


 ジナリア達から提供された情報から、《マギア:メタリズム》と同様に人間や人間と異なる異種族が居る事は既に判明していた。


 それとは別に魔族を名乗る種族の情報も上げられていたが、強大な魔族が大軍を率いている、異種族とはまた別の身体的特徴を備えている程度と情報に乏しかった。



 それが今、こうしてアペードと接触しカメラ越しとはいえ間近で観察できるようになっている。

 一部ドラゴニュートと同じ特徴を備えてはいるが、大部分が異なっている彼の姿に、姉妹の興味は釘付けだ。



「どんなこーぞーしてるんだろ。サンプルほしいなぁ」


「ダメだよ、大事なお客さんなんだからっ。メルケカルプ様に叱られちゃう」



 言葉では諌めているが、スーリアは内心で妹に同意していた。

 メカの修理と他種族への医療行為を専門とする彼女達は、メカの内部や生物の肉体の構造を全て把握しなければならない。


 速やかに、何処が悪く、どう対処すべきかを判断できるように。


 その為、パッセラモルの発言は職業柄と言えるものだった。

 帝国から追い出されてしまった難民達を保護したのもあり、他種族と接触する機会は増えてきている。

 魔族の体構造を調べる事は、彼らの今後の治療に役立てるかもしれない。

 医師として、その可能性は見落とすべきでは無いのだ。



「…それより、気になる事があるんだよねー……」


「気になる、こと?」


「うん。ほら」



 妹の問いに、スーリアはウィンドウに映る中継映像のある箇所を指差す。

 アペードやヴィノレゼンの居る位置とは程遠い、枠の端を。



「お客さんの部下、だったよね。遠ざかってるのはなんでだろ?」






 一方、メルケカルプ達の助力を得られるようになったヴィノレゼンだが、浮かない顔をしていた。

 隠し通せるだろうか、と不安を抱いていたからである。



「あまり不安に思わないで下さい。私達も出来る限り助力致します故」



 そんな彼を励ますのが、目の前の巨大な天使であった。

 身振り手振りから優しさを感じ取れるが、やはりというべきかヴィノレゼンの何倍もある体格には気圧されてしまう。

 冷や汗を浮かべながらの愛想笑いが、今のヴィノレゼンに出来る精一杯だった。



「…お気遣い、感謝します。……そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名はヴィノレゼンです」


「アペード・ラジーと申します。先程会話に混ざった方はこの艦隊の総指揮にして機皇国ジェネレイザの軍部総帥メルケカルプ・クローバー様です。以後お見知りおきを」


「軍部という事は他派閥もあると…」


「そうなりますね。紹介は後の機会に」


「ええ、機会があれば…」



 この艦隊が機皇国と呼ばれる国家の、一部に過ぎないと暗に示されている。


 それに対してヴィノレゼンは受けた衝撃を隠せなかった。

 こんな強大な存在を相手にしようものなら間違いなく魔族は滅びの一途を辿る事になる。

 敵に回すという事がどれだけ愚かしいかを噛み締め、彼は艦隊を去ることにした。



「では、これにて失礼致します」


「分かりました。ヴィノレゼン様、貴方に祝福があらんことを」



 天使のような姿をしたアペードにそう言われれば、心強いものだ。

 そう思いつつ、少しだけ元気を取り戻したヴィノレゼンは再び水晶のような翼を広げ、甲板から離れていく。


 どんどん小さくなる純白の雄姿の見送りを背に受けつつ、ヴィノレゼンは飛び去った。


 「……」



『クローバー・エアフォース』所属の小型メカがティーセットとテーブルセットをそそくさと片す中。

 アペードは新たに出来た知人ヴィノレゼンを見送りつつも、怪訝そうにしていた。

 尤も、彼に顔と呼べる部位は無く、声色に出ない感情は第三者からは判断が付きにくい。

 それこそ、彼の同族でも無ければ。



『どうしたっすか? 何か気になる事でも?』


「ええ、まあ」



 上司の問いに相槌を打つ彼のモノアイが映し出す視界が、魔力反応を感知するセンサーに切り替わり、ヴィノレゼンの向かう先に多数の反応がある事を示している。


 その中に、先程までは観測出来ていなかった強い反応が一つ。

 彼にはそれが悪い予感に思えていた。



「メルケカルプ様。時に予感というものを信じますか?」


『どっちかというと信じる方っすね。やっぱり引っ掛かったっすか』


「はい。願わくば、彼に不幸な目に遭って欲しくは無いのです」


『だから、放っておけないと』


「我儘、だというのは承知しています」



 居ても立っても居られない、といった様子のアペード。

 彼のその様子を見てメルケカルプは少し沈黙し、それから答える。



『一切を禁じている訳では無いっすよ。それくらいなら大目に見るっす』


「…では」


『後悔の無い選択を。…良いっすね?』


「畏まりました」



 アペードの巨体が飛行甲板の上より姿を消したのは、その2秒ほど後の事だった。





 ◇◆◇





 艦隊を去り、出来る範囲でのメルケカルプ達の存在の隠蔽を部下である『バスターデーモン』達にも徹底させようとしたヴィノレゼンだが、2km程離れた所で違和感を覚える。


 50体は居たその部下達の姿が見えないのだ。

 アペードの誘いには安全も兼ねて自分だけが向かう事にし待機を命じた筈の者達が何処を見ても居ない。


 明らかな命令違反だが、何かが起きたのか、とヴィノレゼンは推測を立てる。

 しかし、そのいずれもが自身で納得できるものでは無いので、論より証拠とばかりに『月食眼』を起動させる――。



「――おう、どうした。そんなに慌ててよ」



 ――丁度その時に、冷ややかな声が彼へと浴びせられた。


 声のした方へ振り向き、見上げてみるとそこには巨大な悪魔の翼を背中に有する大きな怪物の姿が。

 牛のような角を2対生やした皺だらけのその顔の目や口は空洞のようになっているが、しっかりとヴィノレゼンの姿を捉えている。


 歪めるように口角を上げたその怪物こそが、(ヴィノレゼン)の上司であった。



「ディミルゾン様。何故こちらに……」



『バスターデーモン』の上位種、『デモン・ストレングス』たる怪物、ディミルゾンはヴィノレゼンに戦力を貸与した張本人である。

 だが、今回は同行しないと意思表明をしていた為に此処に居る事こそがヴィノレゼンからすれば想定外だった。


 動揺を浮かべる彼の顔を見るやいなや、ディミルゾンは更に顔を歪めた。



「お前の報告があまりにも遅いもんで、こっちから出向いてやったって訳よ」


「そ、それは申し訳ありません…」



 そうは言うが、報告は5日後で良いと明言していた筈だ。

 過去の発言を思い出しつつ、ヴィノレゼンは苦い顔をしながら形式上の謝罪を述べる。


 まだ、彼らの姿は知られていないだろう、と彼は表情を少々改めつつ続けた。



「ですが、報告ならば良い知らせが……」


「――要らねぇよ」



 食い気味に切り捨てられ、ヴィノレゼンは言葉に詰まる。

 と、言うのも、ディミルゾンはつい先月にヴィノレゼンの上司となった男である。

 ディミルゾンの前に担当を務めた上司が謎の失踪を遂げ、その埋め合わせとして彼が抜擢されたのである。


 これといって仲が良い訳でも、ましてや彼の活躍を全て把握している訳でも無い為、繋がりが薄い。


 朝令暮改しておきながらこの言い草であり、それがヴィノレゼンからの心象を悪くするのは無理からぬ事であった。



「敵前逃亡を働くような奴は、俺の部下に相応しく無いんだよ」


「…はい?」



 何の事だ、とヴィノレゼンは首を傾げ、当たり前かのように問うた。



「仰ることがわかりかねますが……」


「とぼけるなよ。大艦隊を前にして何もしなかったそうだな?」



 それを聞き、ヴィノレゼンは目を見開く。

 ディミルゾンは勝ち誇るように続けた。



「俺の部下を預かる隊長がこんな腰抜けじゃ世話ねぇなぁ」


「…お待ちを。誤解があります」


「それとも、部下達が嘘吐いたって言うのか?」



 ぞろぞろと集まってくる『バスターデーモン』を尻目に、ヴィノレゼンは焦燥を募らせる。

 どうあっても彼の都合の良い空気にはならない。

 だが、言葉を選ばない訳にはいかない。


 逸る気持ちを抑えつつ、慎重に言葉を紡ぐ。



「見間違えがあったのです。何分()()に近い精密なダミーでしたので、私が直接確かめなければならなかった。そして、私の判断ミスに彼らを付き合わせてしまいました。本当に申し訳ありません」



 あくまで、『バスターデーモン』達が嘘を吐いている訳では無いという前提で、自分が嘘を吐く。

 ただし、嘘だと思われないように演技をする。


 嘘か本当かを見分ける能力が目の前の悪魔にあるならば通用しない。

 だが、それを承知の上で彼は賭けに出た。

 協力を申し出た、知り合った異種族の彼らの存在を守る為に。


 果てに彼らを信じた事で得られる利益が魔族にあると思う故に。


 平身低頭を貫く彼に思うところがあったのか、ディミルゾンは顎を摩りつつも沈黙する。

 ヴィノレゼンにとっては居心地の悪い空気だったが、その沈黙は5秒待たずして破られた。



「…まぁ、そう言うなら仕方ねぇか。次は気を付けろよ」


「……はい。精進致します」



 どうにか誤魔化せたか、と顔を上げた矢先に待っていたのは無慈悲な衝撃。

 彼個人を狙った集中砲火だった。


『バスターデーモン』達が繰り出す鮮烈な赫灼が爆音と共に、容赦なくヴィノレゼンの全身に叩き込まれる。


 突然の出来事に対応が出来ず。

 彼は呆然としたままぼろぼろの姿になり、鮮血を吐き出した。

 虚ろになる眼を上司へと向け、震える唇をどうにか動かす。



「な、何故……」


「許す…何て甘っちょろい事を言うとでも思っていたのか?」



 嘘がバレたのか、と思った直後、ディミルゾンの真意が明かされる。

 それは薄々はこうなるだろうと、彼自身も予期していた事。



「前々からお前が気に入らなかったんだよ! 混血(ハーフ)の癖に目立ちやがって!! 居住権を得て得意気になっていたんだろッ!!?」


「そ、そういう訳、では……」


「お前らさえ居なければ、今頃俺達が美味しい思いをしてたんだよ!」


「……それは」


「――口答えするなぁ!!」



 技能:怪腕・《インフェルノフレイム》



 赤黒の炎が燃えたぎる巨大な腕を振るい投じられた、火炎弾。

 それは逃げる間も無くヴィノレゼンを呑み込み、爆ぜた。



「冥土の土産に、一つ教えといてやるよ」



 不意を突かれた事により生じたダメージで飛べる程度の気力を失い、水晶型の翼を失ったヴィノレゼンは流れた血と共にただただ落ちていく。

 最早彼に残された手段は、薄れゆく意識の中でディミルゾンの言葉に耳を傾ける事だけだった。



「前の上司を消したのは俺だ。庇い立てするからこうなるんだよ」



 それを聞き一瞬目を見開いて、そして目を閉じる。

 彼の心にあるのは前任者への謝意と、自らの無念。


 このまま落ちて死ぬのか―――しかして、彼にはどうしようも無く、受け入れる他無い。





 彼だけしか居ない、のならば。


 落ちていく背中へと優しく差し伸べられる大きな手があった。

 それは落下中の衝撃を和らげ、ヴィノレゼンを受け止めた。


 高度の調整を止め、受け止めた位置で滞空し続けるそれの持ち主に、ヴィノレゼンには心当たりがある。

 先程温かく美味なお茶を振る舞ってくれた好青年。

 何故、一度しか会った事が無いにも関わらず親しくしてくれるのか、疑問に覚える程の存在。


 白き鎧天使、アペード・ラジーだった。



「ご無事…ではありませんね。ヴィノレゼン様」



 どうして此処に、と言いかけて、ヴィノレゼンは止める。

 それよりも言うべき事があるだろう、と。



「……すまない、アペード殿……。約束した…にも関わらず、貴方が出る事態…になる、など……不甲斐、無、い……」


「それ以上はお体に障ります。どうか、ご自分を責めないで下さい」



 魔族とは大きく異なる種族であるにも関わらず、その発言には心があり、温もりがある。

 無念の涙は何時しか安堵に変わり、彼は新たな友の掌の上で目を閉じた。





 《ライトスチール・オフェンサー》たる彼からすれば突然の出来事。

 しかし、その中に不条理がある事は読み取れた。


 容赦の無い攻撃に晒され、意識を失ったヴィノレゼンの姿が何よりの根拠である。

 そして赤いモノアイが描く批難の眼差しは、不敵に笑む目の前の大悪魔に向けられた。



「同胞の筈です。何故このような目に」


「お前か。俺の部下達の言っていた艦隊の白天使とかいう奴は」


「こちらの質問が先です。何故、彼を」



 追撃の機会を狙う周囲の悪魔達を気にも留める事無く、アペードは毅然と大悪魔に問う。

 すると、大悪魔は面倒そうに頭を掻きつつ答えた。



「そいつが混血だからだよ。……これで満足か?」


「それは彼を甚振る理由にはなりません」


「さっきからちまちま、細けぇ奴だな。図体はでかい癖に」


「理由を知りたいから、こうして問うているのです。彼が気に障る事でもしましたか?」


「気に障る事か……」



 技能:怪腕・《イグニッションバスター》



 大悪魔はその腕に炎を纏うと、軽く握った手に集約させる。

 そして、アペード目掛けて凝縮した炎を投げ飛ばした。


 凄まじい勢いで空を切ったそれは、アペードが動くより先に爆ぜ散った。



「したな。お前と同じく口答えした事だ」


「見事です、ディミルゾン様!」



 爆煙の中に巨体が消え、撃破したものだと誰もが確信する。

 だが、それが間違いであったと気付かされるのは、その数秒後。

 爆煙が消え去る寸前の事であった。



 スキル:《ガード:ヘクスウォール》



 アペードを包み込むように展開された正六角形を敷き詰めた青白く半透明の防壁が、彼自身はおろかその手の上のヴィノレゼンを守り抜いたのだ。

 傷付いた様子の無い彼はヘクスウォールをゆっくりと解除し改めて、ディミルゾンと呼ばれた大悪魔の方を向く。



「そうでしたか。貴方がたの怒りに正当性は無いと判断します」



 駆動音が一層強まる。それはアペード自身が臨戦態勢に入った事を示していた。

 雰囲気が変わった事による緊張は伝播するものらしく、無意識に『バスターデーモン』達は身構える。


 そして面を向かって敵と認識されたディミルゾンすらも。



「只今を以って、この不肖アペード・ラジー、この不条理に介入致します」



 戦いの火蓋は高い空の上で、意外な程静かに切られた。

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