空の海
ベルディレッセに保護された翌日。
清潔で柔らかく、暖かいベッドで眠れた為に久方ぶりに気持ちよく目覚めたのは良いものの、ハーピー達の朝は少し慌ただしくなった。
「二列にお並び下さい。もし何か伝えておきたい事があれば今のうちに申し付け下さいね」
細長く、それでいて折り畳めるとよく分かるロボットアームを2本、器用に動かしながらパートラーニは説明する。
それを白く清潔な服に身を包んだハーピー達が適度に相槌を打ちつつ聞いていた。
保護されたばかりは、この動いて喋る卵のような物体に恐れを抱いていた彼女達だったが、正しく現実であると認識した今となってはその恐怖も薄れてきている。
ただ、彼女らの居る現実離れした光景の空間に慣れるにはもう少し時間が必要である。
それは彼女らの若干落ち着かない素振りが示していた。
一同が朝食を摂り終えて体が落ち着いてきた現在、ハーピー達は一回目の定期検診を迎えようとしていた。
ベルディレッセの事前確認より生物を異形化させる薬物と同じ成分が彼女達の体内より検出されたからである。
目に見える不調があるならまだしも、二日目を迎える現在であってもこれといった不調を訴える声が無ければ、おかしい様子も見受けられない。
だからこそ、今後の調整と経過観察も兼ねる今回は特に重要といえる。
検診中に暴れだす可能性も十分にあると考えられる為、ベルディレッセも通常の戦闘服へと着替えて待機していた。
「ねぇ」
二列に並ぶハーピー達へと、不意に少女の声がかかる。
声に威圧感こそは無いものの、ハーピー達は身を震わせ、恐る恐るベルディへと顔を向ける。
それに軽くショックを受けたベルディだが、おくびにも出さず尋ねる。
「あなた達は何故、あの場所に居たの?」
ベルディレッセとハーピーの邂逅は、仕組まれたもので無く偶然である。
面白い反応を見つけた、というベルディの直属の部下の報告を受け、彼女は先行して王国領西にある広々とした空間を見つける。
そこには巨大な――機皇城程では無いが――屋敷があり、その周囲の舗装された通路と緑とをも鉄柵で区切る長方形の区域は、敷地だと分かった。
その敷地内の屋敷とはまた別、別館とも思えない程小さく、外観も素朴な建物の中に数多くの生体反応を感知した。
合流した部下達に中の様子を見るよう指示すると、みすぼらしい姿になったハーピー達の姿を発見する。
只事では無い―――そう思ったが故に彼女は己の判断で一連の騒動を引き起こした。
そして、今に至る。
事情を全て把握している訳ではないが故に、ベルディは尋ねている。
しかし、少女の黒を帯びる紫色の眼は変わらず虚ろのままで、第三者からは感情が読み取れない。
責めている訳では無いものの、ハーピー達にはそれが恐ろしく見えていた。
このまま沈黙を続けていても埒が明かないと、ハーピーの一人が勇気を振り絞って答える。
「わ、私達は、売られたんです……」
「売られた。…誰に?」
「この国の人間に……。私達はあの場所で人間たちに虐げられていました。私達ハーピー以外にも売買されている異種族が居るみたいで、さも当たり前かのようにこの国では行われています。それに、私達は種族こそ同じですが、出身地がそれぞれ違うんです。中には、西大陸出身の子も居るみたいで……」
人間以外の種族に限定した人身売買と聞いて、ベルディレッセは視線はそのままに、又聞き程度に聞いた以前攻め込んできた海賊たちの存在を思い出す。
ハーミット・クリフに居る、見た目も行動も奇抜なマッドドール達の存在に怯えた海賊たちは自分たちの知っている情報を洗いざらい、それも特にこれといった尋問をしていないにも関わらず、吐いた。
海賊たちによると、略奪をしたのは食料品の強奪だけでなく帝国出身の亜人を売り物として確保する為だった、また、帝国出身の亜人には個人、組織を問わず特定の買い手がつくとか。
しかし、それで海賊たちの罪が軽くなる訳も無く。
有益と思われる情報を粗方吐き出させたところでマッドドール達の実験サンプル送りにされてしまったが。
推測の域を出ないが、需要がある以上はジャバナ海賊船団以外にも亜人奴隷の売り手は存在すると考えるべきだろう。
まだ、ジェネレイザの誰も接触していない、あるいは把握出来ていないだけで。
「事情は大体分かった」と一言割り込み、辿々しく言葉を紡ぐ怯えたみすぼらしい少女の発言を切り上げさせ、ベルディは顔を上げ、白く優しい光の灯る天井を見る。
αとβ、性能面だけを見ればそのいいとこ取りと言っても過言では無い設計思想を持つ彼女。
今のこの状況が好都合とは理解しながらも、しかし彼女からすれば納得のいかない部分もあり、複雑な感情が募っていく。
彼女らが滞在する拠点の存在するこの地が、相容れない国家である故にあまりにも極端な選択肢が彼女へと提示される。
だが、当然ながらリスクも大きい。
まだその段階では無いだろう、と落ち着かせるように彼女は深く息を吐く。
「――この国はとても差別思想の強い国家だとは分かっていた。だからといってこの国を変えるなんて真似は出来ない」
冷静に言葉を紡ぐ。
激情家の節がある故に、姉二人からもよく指摘され、自制をするようにと意識してはいるが、それでも内に宿る怒りは彼女から飛び出ていこうともがいている。
爆発してしまう前に。
何かしらの発散が必要だと彼女はまだ落ち着いている思考回路で案を練る。
「それでも、この地から遠ざけるくらいは出来るはず。故郷に帰りたいと言うならそれも構わない。こうして助けたからにはあなた達の望む方針を取ってあげる」
「それなら……連れ出して下さい。ここじゃ無い、何処か遠くの場所へ。…故郷に戻ったってまた捕まらないとは限りませんから」
「皆もそれで良いよね?」とハーピーの一人が周囲の同族に確認を取る。
即答では無かったものの、顔を見合わせた彼女達の答えは首肯であった。
私情を優先するより、敵意や害意を持たないベルディ達と同じ場所にいた方が安全なのだと考えたが故の判断なのだろう。
方針が決まったところで今度はベルディが安堵する。
「分かった。必ずわたし達の国に送り届けてあげる。…でも、その前に此処でやらないといけない事があるから、それが終わった後で良い?」
「構いません。此処が安全なのは分かりますので、大人しくしています」
「そう。何かあったらドクターやメディックに伝えて。わたしも夜以外なら此処でのんびりしてるから」
◇◆◇
貴族にとって、屋敷の大きさというものは一つのアドバンテージとなる。
視覚的な意味合いでも、経済力という観点からも。
ララダル子爵とその一家が住まう本邸は、子爵という地位を賜る存在の中でも一際偉大なものであった。
そんな豪邸の正門に、四頭の馬が運ぶ一つの馬車が到着する。
機械的な、慣れた動作で御者が扉を開けると、正装――この場合は美麗なドレス姿――に身を包んだレミネスが姿を現す。
普段から履き慣れているかのように、ハイヒールを履いた足で優雅に、備え付けの階段を下りる彼女をお辞儀して出迎えるのは豪邸の所有者に仕える執事。
「お待ちしておりましたレミネス様。案内いたします」
正門をくぐり、執事の案内で彼女が連れて来られたのは豪邸の最上階である四階の一室。
その部屋の扉だけ、他の部屋の扉との間隔が広く取られており、外からでも広い部屋だと把握出来る。
ノックの後、開けられた扉の奥へと執事の先導で入った。
来賓を快く迎え入れる為のテーブルセットの奥で、本棚を眺めるふくよかな体格の男が待機していた。
その男はゆっくりと振り向き、美姫の姿をひと目見て立派な髭を持つその顔で微笑んだ。
「おお、これはこれはレミネス様。さあさ、お掛けになってください」
対するレミネスは硬い表情のまま、指定された上座の席へ座る。
これが友好的な会談であれば、彼女は今の自身の態度を恥じる事だろう。
だが、今回ばかりはそうではない。
「急なアポ取りになってすまなかったな。早速本題に入りたいのだが、いいか?」
執事に最高級の紅茶を淹れさせつつ、至福の一時を堪能しようと上機嫌な、目の前の男――ララダル子爵にさっさと用事を済ませておきたいと暗に伝える。
長らく迫ってきた縁談の話だと思われたのか、ララダル子爵は「いいですとも」と快諾した。
認識に齟齬があると確信し、レミネスの表情が少しだけ険しくなったのはさておき。
「この領地では豊富な数の、それでいて程良い栄養価を持つ農作物を良く育てているな。一貴族として素晴らしい活躍だと感心する」
自分で言っておきながら臭い台詞だな、と内心自嘲する。
そんな彼女の冷ややかな目線は目の前の優雅そうに紅茶を飲む子爵へと向けられているのだが、当の子爵自身はその目の意味に気づいていない。
まだ、気づかないのか。
これから指摘する問題について、何か反撃出来る手段を備えているのか、とも一瞬考えてしまう。
が、ああも決定的な証拠を簡単に、それも八傑の一角に握られているようでは深読みに過ぎないのだろう、と彼女は思いつつ冷徹に切り出した。
「――する故に、我らの信頼を裏切る行為に手を染めるとはな。実にがっかりだ」
「…何の話ですかな?」
こちらの食いつきだけは良い分、レミネスは呆れる。
それでも手の震えを隠せていない辺り、目の前の、もうすぐ六十路を迎える男が子爵止まりたる所以に他ならない。
「貴様の領地にドブネズミが紛れ込んでいた。何時からあのような下賤な輩を領内に迎える程お人好しになったのだ、ララダル子爵」
「い、いや、農作物の鮮度を守る為にも清潔は徹底しておりますぞ――」
「そういう事を言っているのではない。何時からだ? 『刻十蛮頭』に加担していたのは」
直球で伝えねば気づかない程に耄碌したか、とレミネスは目の前の滝汗を流す男を見て少し憐れむ。
だが、だとして違法薬物を平気で売り捌く組織を、今の今まで領内で野放しにしていた事を許す口実にはならない。
「……な、何を仰るかと思えば! 無礼だぞ小娘! 証拠はあるのかっ……!?」
声を荒げるララダル子爵への返答として、レミネスは清潔なテーブルの上に三枚の書類を乱暴に叩きつける。
テーブルの上を少し滑ったそれらを見て、ララダル子爵は言葉に詰まり、顔を青くした。
その書類のいずれもがララダル子爵家と『刻十蛮頭』の繋がりを裏付けるものである。
ご丁寧に子爵家の家紋が添えられてある以上、言い逃れなど出来はしない。
それに対して、着飾った聖騎士ははっきりと聞こえる程大きく、ため息を吐く。
「そう言うと思って、確たる証拠を用意してきたとは思わなかったのか? それとも急用である事を一切警戒しない程、平和ボケが進んでいたのか?」
ララダル子爵がどのような人物か。
それを今回の一件で理解した者の青い瞳は、大気すら凍てつかせる程に冷酷なものとなっていた。
その目に睨まれたララダル子爵と、接点の薄い筈の執事すらもますます顔を青くし、身を震わせる。
「さあ、答えてもらうぞ。貴様の領地内で『刻十蛮頭』が好き勝手していた理由を。黙秘権などあると思うなよ?」
会談を終え、正門から一人だけで出てきたレミネスの顔は、少しだけ穏やかなものとなっていた。
これからの事を追々考えなくてはならないが、一先ずは気分転換をしてくれる相手にこれから会える、というのもあって。
「やっぱり黒だったんだねぇ。この領地の領主様」
正門前で待機していたグリムが、何の気に無しに彼女へと問う。
彼女から無言の首肯を得られるのは時間の問題だと分かっていたから。
「税政状況の悪化を理由にしていたがな。しかして、それとこれとは別問題だ。悪党と分かっていながら与する理由にはならんよ」
「となると、此処の管轄が変わっちゃう感じ?」
「まだ、決まっていないがな。…十中八九はそうなるだろう」
「領民は気の毒だねぇ…」
『刻十蛮頭』と通じていたララダル子爵に一切の同情は無い。
それは会談の内容を直接見聞きしていた訳では無いグリムとて同じだった。
だが、今回の一件でララダル子爵管轄の領内の王国民は少なからず割りを食う結果になるのはほぼ間違いない。
彼らの殆どがただ子爵領に住んでいただけであり、そちらには何の罪も無い。
同情はすれど、しかして身分を隠しているグリムに出来る事は無く、八傑ら王国の有力者に処遇を委ねる他無かった。
気持ちを切り替えて、グリムはレミネスに再度問う。
「収穫はあったかい?」
「ああ。曲がりなりにも王国の肥沃な地の一つを収めていた貴族だ。『デュフォン』を始め他の違法薬物の売買ルートを入手する事が出来た。『刻十蛮頭』以外に通じていた奴の正体も、な。これで奴らを徹底的に叩ける」
「ガララダくんやマットくんにも伝える?」
「――いや、まだ早い。……こちらが態勢を整えるまで待っていろ。タイミングは追って伝える」
「了解」とグリムは返事し、行きと同様に馬車に乗り込む可憐な聖騎士を見送った。
そんな彼の足元より、車輪が回り出すと同時に黄金の粘体が湧き出てきていたとは誰も知ること無く。
『刻十蛮頭』傘下の組織、その取り引きの摘発から始まり、違法営業をしていた奴隷娼館の摘発、他の貴族への賄賂の贈呈とその貴族の収賄の暴露などがレミネスの指揮の下に行われた。
冒険者であるグリムとその使い魔ベントネティ、協力者として名乗り出た『エッジブラザーズ』と『ブルームーン』の姿もあったが、主に動いていたのはレミネスの配下の者達である。
罠となる魔法の類いが掛けられていない事を確認した上で捕らえた構成員に自白させる魔法を用い、『刻十蛮頭』の動向を探った上での摘発の数々は抵抗、隠蔽を許さない鮮やかなものだった。
本拠地となる場所も判明し、残るはそこへと突入して『刻十蛮頭』の親分を含めた全員を捕らえるのみ。
決行を晩に定めた彼らはそれに備えるべく各々は英気を養っていた。
当然ながら、一方の『刻十蛮頭』も焦燥を抱かずにはいられなくなった。
ララダル子爵の不正が明るみに晒されたその2日後。
早朝、『刻十蛮頭』の本拠地である大きな屋敷。
貴族の所有する豪勢なそれを模倣した施設は、出入り口を隠匿した巨大な地下空間が広がっている。
しかし、そこに集う、身なりの良い男達の表情は芳しくなかった。
他でもない彼らは、刻一刻と追い詰められているからだ。
あまりにもレミネス達の手際が良すぎる為に、内通者が居るのでは無いかと疑心暗鬼になる始末。
だが、何かの偶然という可能性も十分にあり得る。
取り敢えずは逸る気持ちを落ち着かせて、今の状況を整理する事にした。
「しかし、何故こうも奴らは俺達を邪魔してくるんだ…!?」
男の一人がそう仲間に問い掛けるが、明確な答えは返ってこない。
何か言おうものなら、向こうの内通者であると疑われる為に、迂闊な発言が出来ないのだ。
レミネス達が乗り込んでくるよりも先に内輪揉めに次ぐ内輪揉めで疲弊してしまっており、結果的に彼らは彼ら自身の首を絞める事になっている。
そんな様子で手をこまねいていると、不意に聞こえてきた足音に一人が気付く。
更にその足音が向かってきていると知ると、緊張感が一同を包んだ。
「何者だっ!?」
最初に気付いた黒服が怒鳴ると、その足音の正体は一同の前に姿を現した。
黒い外套に身を包んだ青年は被っていたフードを取り払い、その端正な顔を見せる。
青年の正体は『ブルームーン』のリーダー、マット・フィブルスであった。
「レミネス達は今晩にも乗り込んでくる」
彼の顔を見て、黒服達は少し安堵する。
何故ならば、彼こそがレミネス達の中に潜り込ませた『刻十蛮頭』の内通者だからだ。
弱みを握られて、という理由ではあるものの、マットは喜々としてこれを受け入れている。
成功した暁には若年騎士にして最高位にたどり着いたレミネスを好きにして良いという、外道極まり無い交換条件を提示されたからである。
そんな汚泥のような欲望で成り立っている協力関係だが、彼の発言を聞いて再び緊張に顔を強張らせる。
「…逃げる準備をしろってのか?」
「そうじゃない、その逆だ。奥深くへ追い込む事で、奴らを袋叩きにする」
「……出来るのか?」
「無論だ。お前たちには切り札があるだろう。それと俺の力を併用する事で、奴らを圧倒出来る」
「…二言は無いな?」
「無いとも。これから伝える手筈通りにやれば、何もかもが上手くいく」
「ああ、それと」とマットは付け加えた。
その端正な顔を下品に歪ませつつ。
「グリムとベントネティを分断させる手筈も整っている。後はお前たちの好きにしていいぞ」
王国の地下にて怪しげな密談が行われたその2時間後。
王国の遥か上の空に、とある編隊がやってきた。
彼らは人を模した胴体を持ちながらも、極度に刺々しく、肥大化した両腕と硬質化した両足、それから太い尾を持ち、禍々しい赤黒の2対の翼をその背に持つ。
頭から角を生やし、鋭い眼を持つ彼らは魔族の航空部隊に属する種族、『バスターデーモン』である。
そんなバスターデーモン達を先導するのは、背中から水晶のような黒い翼を浮き出させて展開する『ドラゴニュート・エクリプス』の一体、ヴィノレゼン。
彼は3日前より検知された東大陸の不穏な動き、通常値を遥かに超える魔力反応の正体の調査を命じられ、こうして部下たちと共にやってきた。
来たのは良いのだが、反応ばかりがあるのみで、目視をしてもそれらしきものは見当たらない。
魔王の直属たる上司の魔族より借り受けた魔導具、『月食眼』と呼ばれる夜空のような輝きを持つ丸い水晶をかざしてみても、望ましい反応は返ってこない。
「ほんとにいるんでしょうかね、ヴィノレゼン隊長?」
部下の一人がそうヴィノレゼンに問う。
特に問題の無いように尋ねてはいるが、その言い方に含んだ棘がある。
何故なのか、と言われるとそれは彼の血筋にある。
ヴィノレゼン、彼は純粋な魔族では無い。
父はヴェイル竜王国出身のドラゴニュート、母は純粋な魔族である最高位の悪魔『エタニティムーン』。
祖国を裏切り国外逃亡をした父と、その彼から情報提供を受けヴェイル竜王国に今も残る爪痕を刻み付けた母。
そんな彼らが結ばれて産まれたのがヴィノレゼンである。
父母からは真っ当な愛を受け育てられた彼だが、所詮は魔族とドラゴニュートのハーフ。
身内は優しくとも、彼の生まれ故郷である魔界は優しく無かった。
幼い頃から種族差別や偏見を受け、自分は他の魔族とは違うという事を徹底的に刻み付けられた彼だが、救いが無かった訳では無い。
身内は彼の味方であった上、そんな彼に手を差し伸べる者も少なからず居た。
その一人が、ユーレティアである。
経緯こそ違えど同じく『ドラゴニュート・エクリプス』である彼女はヴィノレゼンの良き理解者となり、彼らは魔族の中で確固たる地位を築き上げ、そして結ばれた。
魔王と、ヴィノレゼンの上司である直属の配下が許可したのもあり、魔界とは別の孤島に居を構える事を許され、魔界を離れた閑散を楽しむ事も是とされた彼ら。
しかし、表に出す事を極力避けても、差別意識を彼らに向ける者は未だ少なからず居る。
久方ぶりだな、とは思いつつも。
何時もの事だ、と割り切る。
「必ず居る。魔王様達が間違える筈が無いだろう」
淡々と事実を伝え、疑心を向ける者達を諫める。
これ以上何かを言うなら魔王様達を疑う事になるぞ、と。
舌打ちが聞こえたような気がするが、彼は気にも留めない。
しかし、『月食眼』に未だ反応が無く、このままでは埒が明かない。
そう思って探る方法を切り替えてみるか、と振り向いた矢先、上空に奇妙な物体を捉えた。
それはひと目見ただけでは雷雲に見えるだろう。
(おかしい……)
しかし、ヴィノレゼンは違和感を覚えた。
見落としてはいけない、決定的なものがその物体にあるから。
(雲にしては動きが早すぎる!)
それに、形状もあからさまだ。
長方形と円の雲など、自然に発生しうるものなのか。
わなわなと口を震わせながらも、彼は意を決して断言する。
「……おそらくあれだ。魔力反応の正体は」
念の為、『月食眼』をもう一度翳す。
今度は長方形と円に向かって。
すると、箍を外したように『月食眼』は反応を示した。
「僕に付いてきてくれ。あれが何なのかを確かめに行く」
『バスターデーモン』達は渋々ながらも上司命令という事で、上昇するヴィノレゼンに続く。
人為的に作られたものである筈なのだが、長方形と円は不気味な程に沈黙を貫いている。
長方形と円の高度を超えたところで、ヴィノレゼン達は上昇を止め、上から長方形と円の正体を確認する。
それらは飛行場をまるごと戦艦にしたと思しき一対の、線対称の機体と、その二機に挟まれた螺旋の塔だった。
彼らはまず、それらの大きさを見て驚いた。
王国には空中戦艦というものがあり、それは貴重な航空戦力の母艦と主力を担っている。
ところが、目の前に見える物体達はそれらを優に超える大きさを備えている。
真ん中の物体は塔の色合いからして遺跡のように見えるが、そのような報告は一切上がっていない。
それに、配置を見るに真ん中の塔こそが両隣の戦艦を指揮する機体という可能性も十分考慮出来る。
王国所属で無いのは間違いない。
他の列強国でもこれを建造するのは不可能だろう。
と、なれば誰がこんなものを造ったのか。
「動いているのは間違い無かった。……何故沈黙を貫いている?」
疑問は尽きない。
先の、上昇中に何一つとして妨害されなかったのも引っ掛かる。
これだけの大きさがあれば魔族を殲滅しうるだけの戦闘能力はあるだろう。
だが、この戦艦三隻は何もしてこなかった。
警戒を強めつつも、このまま睨んだところで始まりはしない、とヴィノレゼンは意を決して接近命令を下す。
すると、その矢先――
『はーい、ストップ。ストップっすよそこの二枚目さん』
素っ頓狂にも女の声らしき、無機質な音声が若干の反響を混じえ聞こえてきた。
「喋るのか…!?」
『そりゃそうっすよ。アタシはアタシなんすから』
何処に居るのかを探るも、発言からして塔の中に居るのだろう、と推測を立てる。
目の前にある塔自身が喋っている、とは考えもせず。
『目撃者は漏れなく排除…と言いたいところっすけど、ここはアペード君に委ねるっす』
物騒な発言が聞こえてきた為に身構えていると、塔の中から姿を表す存在が居る事に気づく。
足が見えただけでは何とも無かったが、その存在が全身を表した事で一同に緊張が走る。
あまりにも大きすぎたからだ。スケールの違いにヴィノレゼンは動揺を露わにする。
それは、純白の天使。悪を滅する為に産まれたと形容出来る程の存在。
ここに居る魔族達が比べ物にならない程巨大で、雄々しい存在は魔族達に告げる。
「此処で会ったのも何かの縁です。お茶でもしませんか?」




