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機皇の国  作者: Gno00
第三章 オーバースケール・ワーク

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28/44

蠢く闇

「おっ、ようやく来たね」



 集会所を出て右に曲がり、20m進んだ後更に右に曲がった奥の路地裏。

 昼下がりのこの場所にてグリムとベントネティは待っていた。


 受注した依頼の内容が内容である為に、参加者が表立つ訳にはいかない。

 更には彼らが目立ってしまう事もあって、少しばかり治安の悪い場所が集合場所となってしまった。


 無論、()()()は済ませてあるのだが。


 彼が外套越しに今回の依頼人であるレミネスの姿を認識し、壁にもたれ掛かっていた体を起こす。

 そんな彼女の後ろには計18人程の大所帯の姿が。


 ある程度グリム達に近付いた所で、レミネスは立ち止まり、集団も足を止める。



「紹介しよう。こちらが協力を申し出た冒険者チーム、『ブルームーン』と『エッジブラザーズ』だ」



 レミネスが身振り手振りで後ろに控えていた集団である冒険者チームを紹介すると、その代表格らしき二人の男が歩み出る。

 一人は、清潔な印象を抱ける鎧に身を包んだ、茶髪の青年。

 一人は、パンクスタイルと呼ぶべきか、革ジャン革ズボンを着た、刺々しい色合いのモヒカン頭の大男。

 既に足取りからして分かりやすい彼らは、それぞれ口を開く。



「『ブルームーン』リーダー、マット・フィブルスだ」


「『エッジブラザーズ』長兄、ガララダ・アージ=ベイルド。よろしくな」



 片や好青年、片や荒々しい気迫を持つ筋肉質の男、と言った雰囲気の彼らはそれぞれ自己紹介をする。



「これはこれは。どちらも個性的な姿をしているね」



 ガララダの雰囲気に引っ張られつつも述べたのが、グリムの精一杯のお世辞である。

 見るとマットの後ろには、露出をしたり体のラインに沿った服を着たりする事で肉体を強調する8人の美女がマットの背中へと色目を向け、ガララダの後ろにはガララダに似た服装、頭髪をし、更には顔をカラフルに染め上げた8人の男女がポージングをしている。


 両極端と呼べるその光景を前にして胃と呼べる部位があるなら間違いなく胃もたれをしているな、と思いつつグリムは苦笑する。



「噂のコンビに会えただけでも面目躍如というものだよ」


「こいつが世にも珍しい黄金のゴーレムっつう奴かァ…」



 マットは優しそうな微笑みを浮かべてグリムへと話しかけ、ガララダは顎をさすりつつベントネティを見上げる。

 だが、その顔に邪な感情は無い。ただ、黄金の巨体に唖然としているのみ。



「実物をこんな近くで見るのは初めてだぜ…」


「確かに、遠目からなら何度か見てたもんね」


「…知ってたのか?」


「そりゃ勿論」



 どうやって見ていたのか、とは言わない。カメラがどうこうと言ったところで伝わらないだろうから。


 グリムは微笑みの中に自分達の抱える秘密を隠しつつ、ガララダの問いに上手く答えてみせる。

 そんな彼が気になったのは、まじまじと見つめてくるマットの姿だ。

 様相と打って変わって素直に感心するガララダを尻目に、グリムは好青年へと視線を向け、声を掛けた。



「どうしたんだい? 何か気になることでも?」



 しかし、マットもまた想定内と言わんばかりにすぐさま受け答えする。



「いや、何も」



 そんなマットは、それだけで会話を終えるとレミネスに視線だけを向ける。

 一方の彼女もまた、頃合いと見てか少し楽にしていた立ち姿勢を整える。



「それで、レミネスさん。今回はどんな素敵な仕事を斡旋してくれるのやら」


「…こんなこそこそとやるからには、あまり愉快なものにはならないとまずは断っておく。今回は違法薬物の一種『デュフォン』を製造している組織、『刻十蛮頭』の摘発にかかる」



 ガララダとマットの表情が少しだけ険しくなるも、グリムだけは表情が変わらない。

 王国に来たばかりだと言うのもあり、尋ねてみなければその組織がどのようなものなのか分からないのが今の彼らである。



「その組織ってどんな組織なの?」


「まじか。お前は知らずに此処まで来たっつうのかよ?」



 グリムの素朴な問いを耳にして驚いたのがガララダ達『エッジブラザーズ』である。

 すると、今度はグリムの代わりにレミネスが答えた。



「ああ、ターゲットの詳細を省いた上で誘ったからな。説明不足だった」



 それから少しだけ間を置いてから、レミネスは続ける。



「『刻十蛮頭』という組織はこの王国に於いてはそれなりに知名度を持つ裏社会の一員だ。裏社会と聞いて、思い付くだけの悪は一通りやっていると考えて良い。…尤も組織の規模としてはそこまで大きなものでも無いがな。以前より、取り引きの一切が禁じられている違法薬物に手を出しているのでは無いか、と言われていたが具体的な証拠が無かった為に疑惑の範疇を出なかった」


「今回、その証拠が出てきて掴めたんだね」


「ああ、そうだ。最初から手を出さなければ良かったものを、案の定手を出していた訳だ。その更に裏に誰が居ようと、放っておく訳にはいかない」



 摘発の前例があれば、他に手を出していた組織も手を引くかもしれない。

 されて尚、手を出す愚か者が居るならば『刻十蛮頭』と同じく、裁くまで。


 彼女の発言は暗に、そのような考えを示していた。

 医療従事者たるパートラーニ達が背後に居るグリム達からしても、レミネスのしようとしている事には素直に賛同できる。



(素晴らしい心がけだね)



 取り扱いそのものが禁じられた薬物が無くすというのは喜ばしい事だが、それでも一抹の不安を感じざるを得なかった。



(…不安だけど、彼女は織り込み済みか)



 だが、目の前の彼女はそうした疑問すら想定の範囲内で且つ、その解決策を提示出来るのかも知れない。

 グリムの被るフードの裏地に表示されているマップが、屋根上に待機している複数の反応を示していた。

 何かをする素振りは無く、それらの反応はこちらをただ見ているのみ。

 ガララダとマットの方をグリムが見るが、その監視の目に気付いているような様子は無い。


 それにより、グリムは力量の差というものを感じざるを得なかった。



「さて、まずはこれより三時間後に奴らの今日の取り引きが行われる。我々はそれより先に現場へと向かい、奴らが取り引きをする前に取り押さえる。場所は――」



 レミネスの説明の後、一同は王国の南西へと向かうのだった。





 王国の南西、王都より2km程南に離れた場所は、王国貴族の一つ、ララダル子爵家の統治する領地の一つである。

 時期を問わず豊富な種類の農作物が取れる肥沃の地だと、王国出身ならば知らぬ者など居ないとされる程に著名な地域となっている。


 だが、その一方で黒い噂も絶えない。主に違法薬物の原材料を栽培しているのでは無いか、という噂が。



「まさか、それを裏付ける現場になってしまうとはな」



 レミネスはそう言ってみせるが、その声色に悪びれた様子は無い。

 寧ろ、張り切る素振りを見せているのが、今の彼女である。


 現在、彼らが居るのは農耕地の一角となる倉庫街。

 その中の廃材等で構築された物陰の中である。



「その様子じゃ大分()()しているみたいだね…」


「…ああ、そうだな。嫁ぎ先を()()()()()()()()()()()()()()()と思っていた」



 グリムは皮肉の通じる相手で助かった、と思う反面、一体どれだけしつこく迫られたのやら、と苦笑する。


 騎士としての道を志す以上、生半可な立ち位置に留まる事は許されないのである。

 ただひたすら鍛え上げる事も一種の美徳とする男性はともかく、若さと美貌という生まれ持った最大級の武器を自ら犠牲にする女性ならば尚更。


 レミネスの今まで歩んできた道もまた、過酷かつ人の都合に振り回されかける危ういものだった。

 彼女の実家であろうと、他貴族の家であろうと彼女の心情などお構いなしに身を固める事を強いるのである。

 当然ながら、それで彼女の同意を得られる筈も無く。

 独身の身でありながら『聖騎士』の座へと上り詰めた今の彼女がその結果を物語っている。



「さて、お喋りはこれぐらいにしよう。来たぞ、奴らが」



 レミネスの一声を皮切りに、グリムを始め物陰に隠れた者達の表情が引き締まる。

 現在レミネスとグリム、それから『ブルームーン』と『エッジブラザーズ』からそれぞれ二人ずつが彼らの背後に隠れている。

 ベントネティには近くの倉庫内に身を潜めてもらい、ガララダ率いる『エッジブラザーズ』とマット率いる『ブルームーン』にはまた別の場所で隠れて待機してもらっている。


 確実に仕留める為に、隙を伺い包囲網を構築する手筈となっていた。


 雑に置かれた木箱や樽の陰に身を潜める彼らの視線の先には、大きな鞄を手にした背の低い男が周囲を見渡している。

 すると、取引相手が見つかったのか、ハットを深く被ったその男の表情が明るくなった。



「よお、旦那。待っておりやしたぜ」


「済まねぇな。…だが、時間通りだろ」



 背の低い男に呼ばれてきたのは、これまた整った身なりの男。

 その男もまた重そうな鞄を片手で持ち姿を現した。



「へへ、その通りでさぁ。…それで、代金はそちらに?」


「ああ。…だが、その前に現物を検めさせてもらう」



 背の低い男が言われた通りに持っていた鞄を開け、中身を見せる。

 そこには黒い粉末状の物体が小分けされた大量の袋の中に収められていた。

 遠目からでも見えてはいるが、グリムの両目に内蔵されたズーム機能により確実なものとなる。



「あれが?」


「粉末状。少人数。人気の無い場所での取り引き。黒と見て間違い無いだろう」



 とは言え、実物を知らない身。

確認を兼ねたグリムの問いにレミネスが答える。

 苦い思い出を思い出したせいで険しくなっていた彼女の表情が、より険しくなる。

 自らだけでなく、罪無き者に対してもその毒牙を向けようとする悪意への義憤の方が勝るからだ。



「突入のタイミングはどうするの?」


「…行くぞ」


「えっ、もう?」



 あまりにも唐突なタイミング故に、グリムは男達へと突っ込んでいく聖騎士を止める事が出来なかった。

 同時に、彼は伝えそびれる事になってしまった。


 妙な赤い反応――即ち敵が複数居るという事を。



「!」



 次々と静かな空間で鳴り響く銃声よりも早く、レミネスは剣を抜き取り、右へ左へと回避していく。

 それを見たグリムはここまで出来るんだ、と思いつつ加勢に入るべくレミネスに続く。

 手にはカラーガンでは無く、先端にカラフルな染料を付けた筆のある剣を握り締め。



「な、何だ!」


「奴が、あいつの言っていた乱入者か!」



 それを聞いた途端、グリムとレミネスの表情が一変する。

 グリムが外へと飛び出すと、現金を持ってきた方の男と似通った黒スーツの集団の姿が見えた。

 先程の銃声の正体と思しき、リボルバー銃を握っているのを含めて。

 グリムとレミネスは互いに目配せを送り、他の待機している者達には迂闊に出るな、と無言で指示を送る。


 だが、このままでは多勢に無勢である。

 この状況を打開する為にもレミネスはグリムへと叫んだ。



「グリム!」


「分かった。暴れさせれば良いんだね?」



 レミネスの彼への指示は、厳密にはグリムに対するものでは無い。

 未だ敵に見つかっていない、黄金の巨人に対する者だった。


 グリムの指笛と共に、轟音を鳴り響かせ倉庫の鉄扉を殴り飛ばして、黄金の雄姿が立ち昇る土煙の中から現れる。



「あいつは!」


「くそっ、例のゴーレムまで居合わせていたのか!」



 ヘイトがベントネティへと向かい、比較的近くに居た黒服達が射撃するも、その黄金の装甲には傷一つ付けられない。

 当然ながらその程度で怯む筈も無く、ベントネティの重厚なる接近を許してしまった彼らは次の瞬間、振るわれた腕から跳ね飛んだ、流動する黄金の粘体に下敷きにされる。

 彼らは抜け出そうともがくもそれより先に黄金の粘体は固まり、完全に身動きが取れなくなった。



「な、何だこれは!」


「ぐ、身動きが!」



 《チューンゴールド:バインド》にて地面と接着させられた6人の無力化に成功し、ベントネティはグリムへ合流すべく先を急ぐ。

 黄金の巨人を倒すことは困難と考えたのか、黒服達は注意をレミネスに戻す。



「ゴーレムが倒せずとも!」


「こいつをやれば!」


「そうはさせないよ」



 リボルバーの射線に割って入り、グリムはその手の異質な剣を振るい、飛んできた銃弾全てに筆の染料を付着させる。



「水色は反射の色。お返しするよ!」



 《カウンター:カラーズ・アクト》を発動し、水色に染まった銃弾全てが黒服達の元へと返っていく。

 180度向きを変えた銃弾は、男達が撃った時よりも勢いを増していた。



「ぐあっ!」


「がっ!」



 肩や脇腹、自らの肉体の一部に穴の空いた男達は次から次へと倒れていく。

 無事では済まないと想定していたかはさておき、そうなってからすぐに動ける者など誰一人として居なかった。


 銃弾の脅威というものを重々理解しているグリムは、守り切ったレミネスの方へと向くが、一方の彼女は微塵も感謝していないような顔をしていた。

 寧ろ、グリムの行動の理由を今にも聞きたそうにしている。



「グリム、何故かばった?」


「何故って、危ないからに決まってるじゃないか」


「あの程度、私の剣術でどうにでもなったぞ」


「…そうなんだね」



 ジェネレイザもそう豪語出来るだけのメカは少なからず居る。


 レミネスの剣の腕はあれらと同等かそれ以上、と評価を改めた上でグリムは男達の護衛が粗方片付いたと見て、取り引きを行おうとしていた者達の方へ向き直る。



「さて、一応聞くが」



 レミネスの向ける視線は、凍えそうな程に冷たいものとなる。

 並大抵の人間ならば思わず震え上がる程に洗練されたそれを前にして、男達もまた軽く身震いする。



「その黒い粉末、『デュフォン』だな。知った上で取り引きをしていたのか?」



 彼女が問うているのは、背の低い男の持ってきた鞄の中身が『デュフォン』だと理解していた上での取り引きか、否かである。

 その質問に含みの類いは無い。仮に知らなかったと言ったところで男達の罪が軽くなる訳でも無い。

 金銭との物々交換をした、それそのものが男達の犯した罪なのだから。



「ぐっ、い、言うものか!」


「おい、相手は王国八傑だぞ!」



 時間稼ぎのつもりなのだろうが、他の冒険者チームと合流した時と同じように監視の目がいたる所にあり、それらは持ち場から動こうとすらしない。


 要は、無駄な足掻きである。

 対応からして尋問をしたところで大した収穫も得られないと思ったのか、レミネスはため息を吐き、剣を腰鞘を納めた。



「…もういい。こいつらを拘束しろ」



 待機していたガララダ班、マット班も姿を現し、二人の男の背後に回り込む。

 最初から勝ち目など無かったのだとようやく理解したのか、彼らは観念してチームリーダー達に拘束される。



(それにしても…)



 『ブルームーン』と『エッジブラザーズ』が手分けをして黒服達を拘束する一方で、グリムは手を開閉し、それを見つめる。



(エリア展開をせずにスキルが使えるなんて。不思議だねぇ)



 ベントネティや自身がさも当たり前のようにやって見せたが、本来はあり得ない挙動である。

 数日前より公開されていたマディスのリプレイを閲覧し、ひょっとしてと思いつつ意識してみると出来てしまった。


 《マギア:メタリズム》とは世界の構造が異なる事が要因の一つになっていると思われるが、今のところはそれだけしか分かっていない。

 もう少し解明が必要だな、と一先ずは判明した事を有益な情報として持ち帰る事にする。



 一先ずは片付き、人気の少ない場所に落ち着きが取り戻された頃。

 グリムは周囲を見渡し、粉末の入った鞄に一番近い立ち位置に居ると把握した。



(うーん…)



 グリムは組織の構成員を捕縛する味方達に気付かれぬように、鞄に入った黒い粉末の数々に視線を向ける。

 レミネスだけでなく、ガララダやマットといった手練れが居て、妙な動きが無いかを見張っている。

 もしかしなくても、中身の一つを気付かれずに抜き取る事は困難だろう。



(先生の為になると思ったけどな…)



 貴重な機会ではあるものの、だからと言って下手な真似をしてあらぬ疑いをかけられるのも面倒だ、と思い、今回は見送る事にしたのだった。





 ◇◆◇






「グガガッ」


「ギヒギヒ」



 西大陸、ラキンメルダ西側バンティゴの外部。

 そこでは人型であるか否かを問わず、魑魅魍魎が跋扈している。

 それもその筈、そこには魔王直轄第5遠征軍が居る。


 ラキンメルダの地を陥落させる為。

 長きに渡り、魔族に抵抗してきた国家を壊滅させる為。


 主要拠点に置かれた玉座に腰掛け、魔族の間で伝わる年代物の酒を注いだワイングラスを、窓の外に映り込む三日月へと掲げる者が一体。


 オーガと呼ばれる亜人種が居る。

 額、あるいは頭部より大小様々な角を生やし、育てば巨漢巨女になりうるとされる、力の象徴と呼べる程に強大な力を持つ種族の一つ。


 そのオーガの一体として生まれた魔族は幼き頃より己自身を鍛え上げ、その果てに魔族の主たる魔王より称号を賜った。

 (つよ)き魔族の将、剛魔将軍と。


 豪奢な鎧に身を包み、ダークグレー色の肌を持つ屈強な肉体を持つオーガ。

 異形のメカに完膚なきまでに叩きのめされたブラックオーガを赤子同然とする強者、オーガジェネラル。

 ザリアドラム・ルディンゴ。

 彼こそが魔王直轄第5遠征軍の統率者である。



「帝国モ随分ト落チブレタモノダ……」



 憎き帝国の弱体化は著しく、魔族としては喜ばしい事である。

 だが、彼の表情はそれを喜ばしく思っておらず、寧ろつまらなさを露わとしている。



「以前ハ我ラヲ害虫同然ニ消シ飛バシテ見セタ者達ガ、コウモ簡単ニ攻メ込マレル事ヲ許ストハナ」



 不満があるとするならば、その帝国の凋落ぶりである。

 元より心が打ち震える程の戦いを求めている彼にとっては張り合いの無い戦い程つまらないものは無い。

 無論、帝都には精鋭が集結しており、この地より救援要請が届いているだろうが、彼の部下が有効化している転移阻害の効力もあり到着には時間がかかる事が予想される。


 帝国の陥落。それこそが課せられた指令であり部下の能力もより確実にする為のものではあるのだが。

 このままあっさりと達成してしまったなら。そんな起こりうる未来に対し物足りなさを抱く。



「全盛期ノ、ソノ五分ノ一程デモ良イ。奴ラニ実力ガアレバナ」



 魔族間に伝わる伝説によると、全盛期のエルタ帝国は首都より離れた辺境であっても強者達で溢れ返っていた…とか。

 ザリアドラム自身幾ばくか脚色が加えられていると考えているが、もし叶うのならその時代の猛者達と戦ってみたかった、と彼は思う。


 そんな願望は頭の片隅に彼が屈強な足を組み替えると、視線を背後へと向ける。

 玉座より後ろの薄暗闇の中に、その者は既に待機していた。

 それが当たり前だと認識している、主たるザリアドラムは淡々とした様子で再び口を開いた。



「オイ」



 その一言と共に、薄暗闇に直立姿勢で居るその部下は二歩、進み出る。

 ジカランダスという名を持つ、紫色の豊かな肉体と美貌を兼ね備え、それでいて肉体を強調するような装甲と衣服を見に包んだ女性魔族は恭しく頭を下げる。

 頭から黒角を、背中から蝙蝠に似た翼を、腰からはスペード型の先端を持つ長い尻尾を生やした彼女は正しく悪魔であった。



「ハい、何でしょうカ?」


「王国ノ、懲罰部隊トヤラガ一晩ニシテ姿ヲ消シタソウダナ?」



『懲罰部隊』の横暴ぶりは帝国に限らず魔族の耳にも入ってきている。

 その事実が彼らの悪辣ぶりを証明していた。


 帝国の民とは言え女を食い物にするやり方であったと知っている為、ジカランダスは女型故に若干顔を顰める。

 しかし、それはほんの一瞬であり、ザリアドラムへ答える直前に表情を元の無表情に戻した。



「エえ、そうでス。(ナに)(もの)かの仕業により、大物である魔物ごと姿を消したとカ」


「大物モ、カ?」



 もう一つ特筆すべきは王国の部隊のみならず大物と呼ばれる強大な魔物の反応も消失したという事実である。

 どちらかが消失したならば、帝国の仕業であるとは辛うじて断定出来ただろう。


 しかし、両方が突然、同時期に姿を消すというのは、今の帝国では不可能な話である。



「居ルナ。帝国ニ与スル強者ガ」


「ソうと見て間違いは無いでしょウ」



 ジカランダスの返答を待たずして、ザリアドラムの周囲が歪みはじめる。

 それ程までに強大な魔力が、彼を中心に渦巻いていた。



「フフ…」



 高揚感。

 それは、より強き存在と戦えるかもしれないという期待から湧き上がる。



「我ヲ失望サセテクレルナヨ…?」



 一先ずはまだ見ぬ強者への感謝を込めて。

 彼は気持ち良くグラスの酒を飲み干した。





 ザリアドラムが旨い酒を飲んだ一方で、西大陸の小さな孤島も動こうとしていた。

 厳密には、その孤島に住む魔族の強者が。


 誰にも干渉されないよう綿密に結界を貼り、その中に一件の家を収める。

 人間のものを参考に造られたその家は、人により建てられたものと遜色が無い程にデザインが洗練されている。


 ただ、不満点があるとするならば。

 小さな孤島の自然とは噛み合っていないという事か。



「あなた…」


「ユーレティア…」



 爽やかな青年と愛らしい女性が、広いテラスの上で優雅に踊っている。

 彼らの薬指には黒紫の宝石をはめ込んだ銀色の指輪があり、陽の光を反射しより一層輝きを見せている。


 人間のように見える彼らだが、人間では無い。

 そう、分厚く赤黒い鱗に覆われた手足と禍々しい形状をした角と尾から分かる通り、彼らはこの島の主にして、魔族なのだ。


 そんな彼らの蜜月を妨げるように、一つの通信が入ってくる。

 不機嫌を露わにしながら通信を聞いていた青年だったが、その内容を聞いて表情を改める。

 通信が終わり、彼は申し訳無く思いつつも繋いだ手を解くのだった。



「あなた、ひょっとしなくても…」


「ああ、どうやら東大陸に不穏な動きがあるらしい。僕が確かめに行ってくる」


「どうしても」



 身支度を急いで整えようとするヴィノレゼンという名の青年を、ユーレティアと呼ばれた女性は呼び止める。



「どうしてもあなたじゃ無いとダメなの?」



 憂いながらも問う彼女を前にして、青年は心苦しい気持ちになる。

 仕事と良心を天秤にかけるまでもなく、青年の心は良心へと強く傾いている。

 それでも。だとしても。

 彼が行かない理由にはなり得なかった。



「すまないね、ユーレティア。魔王様からのご指名だから、断る訳にもいかないんだ」



 それを聞いてユーレティアも愕然とする。

 彼()納得していないとは分かっていても、この仕打ちはあんまりであった。



「どうしてなの…」



 ユーレティアの美しい顔は悲哀に歪む。

 表情から、この生活を勝ち取る為にしてきた苦労の重さというものが感じ取れる程に。

 俯く彼女を励ますべくヴィノレゼンは跪いて、彼女の肩にそっと手を置く。



「この埋め合わせは必ずする。今度は休暇をとって、旅行にでも行こう」



 当然ながら、それで彼女の気が晴れる訳では無い。

 だが、それを聞いたユーレティアはヴィノレゼンの背に手を回し抱き締めた。

 彼から感じる温もりが彼女の気持ちを少しだけ軽くさせるのだった。



「じゃあ、行ってくるよユーレティア。楽しみに待っていてくれ」



 どうにか微笑みを取り繕って、飛んでいくヴィノレゼンを手を振り見送るユーレティア。

 彼の姿が見えなくなるまで、彼女はその視界の中に捉え続けた。



 ユーレティアとヴィノレゼン。

 一組の夫婦である以前に彼らは強大な魔族である。


 故に、恐れからなる可能性など想定しておらず。

 これから異世界より来たる試練が降りかかろうなどと。

 この時の彼らは考えもしなかった。

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