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機皇の国  作者: Gno00
第三章 オーバースケール・ワーク

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密談

この「密談」というサブタイトル、本当は「闇夜に紛れて」の回のサブタイトルにするつもりだったのは内緒。

 魔物と呼ばれる生物はこのエファルダムドに広く生息する。

 虎や狼など動物に準じた肉体を持つ動物種、エントやドライアドなど植物種、無機物の集合体もしくは一つの無機物そのものである異形種等……。


 この世界の生物種に食い込む形で生を受ける彼らは大なり小なり凶暴である。

 何の対策、武装もせずその生息地域に足を踏み入れたならば最後、無事では済まず生きて帰れる保証も出来ないという程に。

 本来の生物種を無条件で敵視する彼らには基本不干渉、とするのが本来の生物種達、その中でも知恵ある者達なりの向き合い方になる。


 それでも一定の例外はあり、その場その時による対処が必要ともなるが。

 ジナリアがバンティゴに居る大将軍と面会を果たす5日前の彼らもまた、その例外への対処に当たっていた。


 東大陸に存在する列強の一つ、マゼン・ロナ王国。

 その領内北東にあるカムスロゥの大森林に隣接するパムラタァナの平原。

 奥に大森林の一部である木々を据えるその広大な平原の中に彼らは今立っている。


 陽の光や雲の影で彩る緑黄がそこに存在し得ない赤や紫などの色に染め上げられた平原の上に。



「ベントネティ、そっちはどうだい?」



 ドラム状の大きなシリンダーを持つ片手銃を持ち上げ、カラフルな外套に身を包んだ細身の青年が背後へと問いかける。

 彼の名はグリム・カラーズ。グレードA-、Mサイズの人形メカ《ペインタードール》という名のメカの一体。



「……」



 彼の背後に居た、黄金色ながら上品な輝きを持つ分厚い装甲の巨人が振り返って無言で返事をする。

 その巨人が目を離した隙に一角を持つ大きな人型が不届きにもマス目の上を走り突進を仕掛けてくるが、それに視線を合わせようとすらしない――顔面が無いため視線があるのかどうかは不明だが――巨人の手に吸い寄せられるように頭を掴まれて止められた。

 巨人への反動の類は一切無く、角を持つ人型は動きを止めていないにも関わらず位置を固定される。


 その巨人の名はベントネティ。グレードA、Lサイズの亜人形メカ《ゴールドマシン:ビッグマスター》というメカの一体。

 《マギア:メタリズム》では資金を稼ぐことの出来るボーナスマップにのみ出現する特殊なメカ《ゴールドマシン》シリーズの親玉であった。

 ベントネティの余裕に満ちた動きに対し、グリムはその虹色の眼を向け、クスリと笑う。



「君も順調みたいだね。やっぱりこっちの世界で()()、通用するんだ」



 スキル:《ガード:物理系無効》を適用しているベントネティに物理系攻撃の一切は通用しない。

 故に、スキル発動の処理が優先され、物理法則を無視した状況が作り出される。

 ゲームでは相手ユニットの振り被った剣や斧が、間合いの中に居る、ましてや避けるモーションを取っていないにも関わらず当たらないという描写になる為に、グリムには驚きは無い。


 頭を掴まれたまま手足を激しく動かしてもがく人型を空中に放ると、ベントネティは空いていた右手で握り拳を作り、構える。

 巨人の表面を伝う、粘液状の黄金がその握り拳に纏わりついて覆うと、一回り大きな拳へと形を整えて固まる。


 仰天し、宙に浮いたままその赤白の目で、迫りくる拳を捉える人型の腹を、黄金の拳が貫く。

 腕の径が一番大きい為か突き刺さって止まった拳は容易く引き抜かれ、崩れ落ちた人型には大きな風穴が空いた。



「よし。此処の掃討も終わったようだし、帰ろうか」



 見ると、グリムの言う通り敵と呼べる存在は皆、物言わぬ死体へと変貌を遂げていた。

 それらから流れ出る赤黒い鮮血が平原を染める色彩に加わり、誰がどう見ても虐殺が行われたのだと確信する光景が広がっている。

 片や汚れ一つすら付いていないカラフルな外套をはためかせ、片や血の付着した拳を払って、元の粘液状の黄金へと戻していく。


 そんな奇妙なコンビが受けていた依頼は、魔物達の全滅を以て完遂となった。




 マゼン・ロナ王国領、その北に位置するラカド=アンマータ。

 人間至上主義を掲げるこの国では、個人または団体での多種多様な用途を持つ素材の採取や魔物の討伐、未探索地域またはダンジョンと呼ばれる発生原因の不明な洞窟から人工の遺跡、果ては天空にあるとされる城など様々な迷宮の探索といった事を生業とする冒険者稼業がどの国よりも強く手厚く推奨されている。


 王国の主要産業を支える工業都市であるその地域もまた例に漏れず、定職に付き四六時中職務を全うする者達とはまた別に、国籍を問わず色々な冒険者で溢れ返っていた。


 その中には他の列強よりやって来た人間以外の種族の冒険者も少なからず居るのだが、彼らがどういった目で見られているのかは、ご想像にお任せする。


 それとは別に人混みを掻き分けつつ、円を描く石畳の上を進み、奇異な目を周囲から向けられている者達が二人。

 今しがた平原より戻ってきた、グリムとベントネティのコンビである。


 本来は50m程の体格であるベントネティだが、今は訳あって4m程までに縮んでいる。

 それでも巨体で且つ黄金の重装甲である姿は非常に目立ち、人々の目を奪っている。


 そんな巨人が迷わず付いていっているのは、ベタベタと色を塗りつけたようなカラフルな外套を着た160cm程の身長を持つ青年。

 自身の姿形を隠す筈の代物を返って目立つデザインにしているそれを着た堂々とした立ち振る舞いは、外套もまたファッションの一つではないか、とすら錯覚させられる。


 一目見るだけでも何かがおかしいと思える彼らが目立っている故に、人間以外の種族に向けられる攻撃的な視線の数々は何時の間にやら薄れつつあった。


 彼らの目指す先にあるのは、高さは20m、幅は50m、奥行きは30m程はありそうな巨大な木造建築の施設。

 通称冒険者ギルドと呼ばれる箱物の一つであるその赤色の屋根の施設の正面玄関へと彼らは向かっていた。

 木の両扉を持つ玄関前には緩やかな段差の階段がある為、非常に分かりやすい。



「じゃあ、いつも通り待っててくれ。自衛はちゃんとするようにね」


「……」



 ベントネティの駆動音の付随した首肯を確認すると、彼は扉の片側に手をかける。

 辺り一面に広がるフローリングが支える空間の中には丸い机や上の階へと続く階段などが配置されている。

 内部では様々な武器防具を身に付けた老若男女が集まっていた。

 集まっていると言えど、全員が全員同じグループである訳では無い。

 少人数のグループを作って何やら話し合っていたり、単独で行動する者が次の依頼を受けるべく掲示板を眺めていたり、遠目に見える少女に何やら不敵な視線を向けていたり――と、彼らは各々の目的で動いているようだ。


 そして、扉を開けた者に彼らの注目が向けられるが、見知った顔であるからか、それとも奇抜なのは見た目だけだと判断したのか、彼らは視線を戻していく。

 グリムは大して気にも留めず、正面に設置されたカウンターへと真っ直ぐ進む。



「やあ。パムラタァナの平原の掃討、完了したよ」



 そう言って彼が提出した依頼の受注書を受け取るのはピンクを主体とした衣服に身を包む受付嬢。

 彼女の所作からは取り繕ってはいるものの若干のぎこちなさが感じ取れ、配属されて間も無いのだとグリムは確信する。



「…では、その証明となる証も併せて提出して下さい」



 彼はベントネティと協力して予め切り取っておいた細かな部位の数々を纏めた袋を取り出す。

 中身は巨大兎の耳だったり、人型の角の先端だったり、植物の蔓の一部だったりする。

 縛っていた紐を解き、数秒中身を確認した事で受付嬢はその袋も納める。



「……確かに受け取りました」


「死体は持ち帰っても良いかな? 今ここで出す訳にもいかないけど」



 流石にこの施設内で大量の魔物の死体を取り出そうものなら、軽く騒動になる。

 そんな事が想定出来ない彼では無いが、揉め事が起きないようにする為、一応彼女へと問う。

 一方の彼女はその質問自体が想定外だったらしく、戸惑いを露わにした。



「証だけで十分なのですが……」


「知り合いが研究に使いたいと言うんでね。彼らの為でもあるし、倒してそのまま放置ってのも色々まずいからというのもある。まあ、僕の勝手な方針だからあまり気にしないでくれ」


「は、はあ……」


「じゃ、用件も済んだし僕達は帰るよ」


「お、お待ち下さい!」



 やり取りを打ち切って踵を返し、歩き去ろうとする彼を受付嬢が呼び止める。

 彼は顔だけを彼女に向け、「なぁに?」と返事をした。



「お連れになった表の()()()()は一体?」


「ああ、あれ」



 グリムはさも当たり前かのように、さらりと言ってのける。

 それが、この場に於ける合理的な返答だと理解しているから。



「僕の使い魔だよ」






「ま、使い魔というのは噓なんだけどね」



 ギルドを出てから小さく呟いた開口一番がそれだった。

 彼の言う通り使い魔というのは嘘であるし、ベントネティがゴーレムだと言うのも嘘になる。

 だが、メカという種族に心当たりが無い以上、そう思うのは当然と言える。

 金属製のゴーレムというのもあり得るのだろうから。


 グリム達東大陸の調査部隊は西大陸の面々と同様に潜入調査を当初は行おうとしていたが、事前調査の結果、冒険者稼業というものが目に留まった。


 何より種族を問わない、登録さえ済ませておけば使い魔で押し通せるという点が良い。

 グリムはただ奇抜な格好をしている人間、ベントネティはそんな彼が従えている使い魔、という設定で彼らは冒険者という表の顔を獲得した。


 無論、ベントネティの物珍しさに目を付け下心ありきでグリムへと接触を図る者達も居たが、それを口八丁でのらりくらりと躱してみせるのは彼の得意分野であった。

 その上で強硬手段に出た者は……忽然と姿を消すことになる。


 あれは崩せないと早々に見切りを付け手を引く者もぽつぽつと現れ出したが、それでも全員が全員そうだとは限らない。

 今も尚、彼らへの下心が隠せない者達も何人か居る。


 そして、彼らはそんな者達が向ける不躾な視線と反応を感じ取っていた。



「さっきから付けられてるね。ギルドから出てきたのを見てたかな?」


「……」



 喋れないベントネティは身振り手振りで感情や考えを表現しなければならない。

 それ故に気付いていない素振りが求められる今のこの状況では、大柄な体格がグリムの行動を隠してくれる為非常に頼もしい存在である。



「10秒後にいつものあれ、頼むよ。20秒経ったら解除して」


「……」



 グリムが走り出すのに合わせて、ベントネティの巨体も動き出す。

 彼が被る外套のフードの中では虹色で縁取られた黄色いマップが表示されており、赤い丸で表示される複数の敵の反応が、グリム達を示す青い丸の二つを追い掛けてきている。


 ベントネティに頼んだいつものあれまで残り3秒と言ったところで右に曲がり、高い建造物の間に見つけた路地裏の中へ駆け込んでいく。


 路地裏の中を突き進む最中、ベントネティは足を止めて、振り返る。

 その両手で地面を叩くと、その腕より流動する黄金が垂れ落ちて、巨人の前方2mに隙間なく壁を生成し、それを上へ上へと伸ばしていく。


 壁の向こう側から何やら怒鳴り声が聞こえてきて、壁を叩いたり、何かを蹴ったり、空を切る音が聞こえてくるが、グリム達は気にも留めず粛々と自分たちに各種隠蔽システムを作動させる。

 それから周囲からすれば透明な姿のまま、上空に浮遊しながら周囲を見渡す者が3人程居るのを見つつ、更に進んでいく。


 20秒経ち、壁を形成していた黄金の数々は崩れ落ち、分裂した粘液状の黄金はそれぞれ別方向へと突き進んで小さくなり、消える。

 壁の消えた路地裏には、最早彼らを追っていた者達しか残っていなかった。





 このマゼン・ロナ王国だけでも様々な者達と出会う。

 ベントネティとは何処で出会い、その上で同じ姿形の種族は居るのかと単なる好奇心から尋ねる者。

 巨人の生成する黄金に目を付け、金儲けを企む者。あるいは、グリムから所有権を奪おうとする者。

 冒険者であるならば見境無く襲いかかる、様々な種族の追い剥ぎ、または盗賊。


 下心が無く善意で奇妙なコンビに話しかけた者は面倒だとは思われず、同じく善意で対処される。

 下心ありき、または害意悪意を剥き出しにしたままにする者は先程のように軽くあしらわれたなら幸運だろう。

 それ以外はその身を以て、身勝手な常識を押し付ける事がどんな結果を齎すのかを思い知らされる事になる。

 無論、後始末が面倒だという理由で全てが全て殺人沙汰になる訳では無いが。


 追手を撒いた所で彼らが辿り着いたのは、夕焼けの中黒い霧の漂う、人気の無い郊外にぽつんと建っている一軒の家屋。

 大きいと言われれば大きいし、小さいと言われれば小さい。人によって評価の分かれるその建物はみすぼらしく思われない程度には外見が整備されている。



「此処の隠蔽システムもしっかり機能しているみたいだね。良かった良かった」



 家屋を包む、高度1000m、半径500m圏内に広がる黒い霧の正体。それはメカにのみ可視化する事が許された認識阻害プログラム、防諜フィールド、物魔干渉プロテクトである。

 その中央にある家屋は、正しく秘密基地であった。


 グリムが木製のドアの前に立ち、2回ずつに分けられた合計4回のノックを行うと、微かな物音と共にドアの鍵が開けられる。

 ドアノブを捻り、少々耳障りな音を立てて開く扉の向こうには外観とは裏腹にハイテクノロジーの結晶が詰め込まれていた。


 そして極めつけに家屋の大きさを無視している程にとてつもなく広い。

 これら超高度の技術は目を見張るものである。だが、グリム達は既に見慣れている――これが一般水準だとすら思っている――為に驚く事は無い。


 ジェネレイザでも用いられる各種医療設備を整えたその広い空間の中ではナース服に身を包んだ素肌の黒い人形達が待っていた。

 ただ、白いガーターベルトを履いていたり、若干目立つ装飾の数々を服の上に身に付けていたりと機能性よりも見栄えを重視している為、コスプレ衣装に親しい姿となっている。

 服の上から伺える豊かな胸に小振りなお尻、女性的な魅力を持つ彼女達だが、髪や顔と呼べるものは備えていない。


 彼女達はグレードB+にしてMサイズの亜人形メカ《ダークスチール:メディック》達である。

 グリムの姿を見た途端、彼女達はお辞儀をして出迎える。

 その奥では球体に一対のホイールと伸縮自在な八本の腕を備えるメカが控えていた。



「おかえりなさいませ。グリム様、ベントネティ様」



 そのメカの落ち着き払った声に合わせて球体にある青い大きなレンズが点滅する。

 彼の名はパートラーニと言い、グレードC+、Sサイズの補助メカ《ドクターマシン》の一体である。



「様付けされる程僕達は偉くないよ。せめてさん付けにして欲しいかな」



 そんな彼が何気なく付けた敬称に対し、グリムは気恥ずかしさを露わにする。

 此処にいる主要の面々であるパートラーニとメディック達は非戦闘員と呼ばれる程に戦闘能力に乏しく、故に強さの指標であるグレードも低く設定されている。


 だが、元より命を救う事を生業とする彼らに個としての強さはあまり必要無い。

 それに、彼らには心強いボディーガードが居る。



「おかえり。グリム」



 グリムから見て右側、その奥に配置された長机に配置された椅子の一つに座り、チョコチップが表面や中へとふんだんに盛り込まれたパンを咀嚼する幼い少女が一人。

 グレードS、Mサイズの人形メカである《コード:フェローチェ》のγ-ベルディレッセがその腰まで伸びた黒髪を揺らし、虚ろな紫の目を向ける。

 彼女こそが医療従事者たるメカの数々を守るボディーガードだ。

 グリムは向き直ると、深々と頭を下げた。



「只今戻りました、ベルディレッセ様」



 何時もの服は何処へやら、ビーチドレス姿の彼女は足をパタパタと交互に動かしている。

 そんな彼女の足元には揃えられたビーチサンダルが置かれていた。

 左の肩紐だけが二の腕までずり落ちており、彼女の胸元周りが無防備に親しい。


 そこまでラフな格好が許されているのは他でもない、この施設がメカの拠点でなお且つメカしか居ないからである。

 外行の格好では無いので、それ以外の状況下であるなら空の英雄である彼女であっても怒られてしまうが。



「冒険者生活は順調?」


「ええ。少しだけ絡んでくる人間の数が増えてきましたが、上手くやっていますよ」


「そう。良かった」



 素っ気の無い返事ではあるが、これでも彼女なりに案じてくれている。

 彼女が英雄と呼ばれる所以となった活躍はジェネレイザのほぼ全域に知れ渡っている。

 故に、彼女が仲間思いのメカである事をグリムは正しく理解していた。



「パートラーニ先生もご活躍なさっているそうで。今日も神出鬼没の名医の噂が聞こえてきましたよ」



 続いて彼はパートラーニの方へ顔を向け、平原の掃討へ向かう前に聞いた噂話を話題に上げる。



 彼の言う神出鬼没の名医とは、偶然の産物である。


 今より7日前、王国内の調査中に人間の妊婦と遭遇し、産気づいた為にパートラーニ達は妊婦と赤子の安全を確保すべく立ち会う事に。

 人気の少ない場所だった為に人間の医師に助けを求める事も出来ず、ベルディレッセに隠蔽の数々を施してもらいつつ臨時のスペースを形成し、無事に出産出来るように準備を整えた。


 当初は自らを取り囲んできた明らかに人間では無い存在の数々に恐怖する妊婦だったが、パートラーニ達の必死の説得に応じ、信頼した彼女は無事に出産出来た。


 生まれてきた赤子にもすぐさま適切な処置を施し、偶然から起きた緊急事態を乗り越え、母子共に事無きを得た。


 この世界の医師の水準を知っている訳では無いが、パートラーニはほとぼりが冷めた頃合いで信頼出来る医師を知っているのかと赤子を可愛がる母親へと尋ねた。

 一応は居る、と返答を貰ったところで後はその医師に事情を説明し引き継いでもらうように、と判断を下す。

 無論、自分たちの存在は伏せるようにと踏まえた上で。


 だが、その医師よりも信頼出来る、と言って聞かなかったのが母親である。

 何より母親にとって見た事も聞いた事も無い技術の数々を用いて母子を救った彼の手腕が決め手になった。


 自らの判断で救った母親にそう言われて、医師として救える限りの命を救いたい気持ちと目的の完遂の為に存在を出来る限り秘匿しておきたい彼は大いに悩んだ末にある決断を下す。


 日時と場所を予め決め、必ず指定時刻まで指定場所に行って待ち合わせをする、と。

 こうする事で可能な限り存在を隠した上で診断を希望する患者の面倒を見る事が出来ると考えたからだ。


 そして、彼女と生まれた娘とは3日後に再び落ち合う事になった。

 今度はある程度設備の整えられた拠点での診察で、且つ母親からの信頼を得ている為に特に懸念事項も無く診察は終わった。

 今後もパートラーニ達の存在を内緒にした上で定期的に待ち合わせをし、彼女の診察を受け持つという形となり、それで終わり、かと思いきやこの話にはまだ続きがある。


 彼女が無事に出産出来たと聞いてそれが気になるのは他でもない彼女の夫である。

 何処で産んだのかを当然聞かれて、彼女はパートラーニ達の存在を濁した上で流浪の名医が面倒を受け持ってくれたのだと答える事となった。


 すると、夫が言いふらしたのかどうかは定かでは無いが、神のような手腕を持つ神出鬼没の名医の話が広まり出したのだ。

 このような英雄のような活躍をした者の逸話は尾ひれが付くのが必定というもの。

 ある男を長年苦しめていた不治の病を治しただの、危うく流行病になりかけた未知の病気を駆逐しただの、次第に話は膨らんでいく。


 実際に救った命の数はごく僅かであるものの、何時の間にか数多くの命を救った事にされるパートラーニであった。




「お恥ずかしい限りです。まさかここまで大きく広まるとは予想だにしていませんでした」


「まあ、先生のせいでは無いのは分かってます。貴方は医師なんだ、救える命を救った事は誇るべきだと思いますよ」



 実際、神出鬼没の名医の存在により、グリム達の外見のインパクトは少々薄れ、冒険者としての潜入調査がやりやすくなっている。

 噂話の広まったタイミングと冒険者を始めたタイミングがほぼ同じだった為にその名医の存在を知っているのではないか、と尋ねられた事もあったが。



「…さて、ベルディレッセ様。本日はどのようなご用件で?」



 少しばかり談笑を楽しんだ所で、グリムは再びベルディレッセへと向き直る。

 その頃には彼女はチョコチップパンを食べ終わっており、その虚ろな目をテーブルへと向けていた。


 普段グリムとベントネティの冒険者チームがこの拠点へ戻ってくる事は無い。

 一介の冒険者という表の肩書を背負っている以上、王国の宿泊施設を使用する方が怪しまれずに済むからだ。

 それに万が一が起きた場合にそちらの方が対処しやすいというのもある。

 今回のように拠点に全員が集合するのは、極めて緊急性の高い用件を内密の上で全員が把握する為。



「ジナリア姉様からの命令。此処に存在する巨大戦艦、並びに王国が有する戦力の調査を速やかに行うように。それと、可能な限り無力化するようにとも」


「おお、では本格的に動き出すと」


「うん。でも、無理はするなとも命じられている。あくまで()()()()()



 ベルディレッセは紫色に縁取られたコンソールを展開し、グリム達へと向き直る。

 そのコンソールには、王国で集めたデータを示す文章の羅列が彼女の指の動きに合わせてスライドされていく。

 すると、施設内のメカ達は一斉に姿勢を正した。



「潜入調査と無力化の実行はわたしの下僕達にやらせて。8日後に此処の上空まで来る遠征軍が手伝ってくれるから、わたしと下僕達なら何とかなる。グリムとベントネティは出来るなら王国の有権者を味方に付けて注意を逸らして欲しい。パートラーニ達は……連れてくる患者の治療をお願い。誘導は私の方でやっておく」



 膨大なデータを把握し終えた彼女はコンソールを閉じ、足を組む。

 その露出の多さ故に白磁の足が光の下に晒されるが、幼く細いその体と所作に色気は無い。



「さ、始めましょう。わたし達の戦いも」

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