将軍
エルタ帝国領ラキンメルダの西側、バンティゴ。
マカハルドと同様に鉄と鋼の質と生産量を誇るこの地は、今や激戦の地と化している。
帝都に備わる魔導具が展開する結界のおかげでどうにかバンティゴの外壁内への侵入は今でも未然に防げているのだが、戦況は芳しく無かった。
外壁の2km先にある最前線。
そこでは人と亜人とが、魔王軍を形成する魔族なる異形の怪物達へと果敢に立ち向かっている。
だが、彼我の戦力差は決定的である。
真正面から挑んだところで結果は見えている。
その為視界を遮りつつ、横や後ろ、頭上から魔法による一撃を与えては離脱する戦法を取ることを余儀無くされる。
有利になりうる戦法ではある。
それでも、負傷者や死者が出てしまうのが実情であった。
立ちはだかるは屈強な肉体を持つ、頭に6本もの角を生やした魔族。
将軍や隊長格では無い、ただの構成員に過ぎない一体の魔族だ。
その怪物が紫色の魔力を込めた、振るう腕の一撃で発生した連鎖爆発により、魔法で作った防御障壁の一部が容易く砕かれ、冗談のように人間や亜人達が悲鳴を上げる間もなく吹き飛んでいく。
障壁が耐えきった事で吹き飛ばなかった者や、背中や脇腹などから叩き付けられた者はまだ幸運だっただろう。頭から落ちた者がどうなったかなど、想像に難くない。
「救護、救護部隊はまだか!」
「耐えず魔法と鉛の弾を撃ち続けろ! 魔族を一匹たりとも通してはならん!!」
気休め程度にしかならないが、隠蔽魔法を掛けた少人数の部隊がすぐに到着し、援護を受けつつ負傷者を救出する。
援護攻撃となる長銃による弾丸の雨、魔法による火炎弾、氷塊、雷などが屈強な魔族へと直撃し、爆発によって舞った煙に覆い隠される。
だが、魔族は銃弾や魔法をいくら受けた所で怯みはしない。
死ぬまで、その歩みを止める事は無いのだ。
「くそっ、やはりこの程度ではびくともしないか!」
「分かっているとは思うが、転移魔法が阻害されている! 魔導士部隊はそのまま、魔法をありったけぶち込め! 救護班は負傷者を連れて後退し続けろ! こいつだけでも良い、魔王軍の数を減らさねば!」
負傷者を抱えているのもあってすぐにでも救護班を戦線から離脱させたいところだが、そうはいかない。
魔王軍は末端すら魔法のエキスパートと言えるほどに魔法を熟知している。
故に、今現在は転移魔法を無効、もしくは指定の場所に向かわせないようにする結界が魔王軍側から張られており、迂闊に転移魔法を唱える事は出来なかった。
「このぉ…!」
救護班の撤退に加え、前進を続けている巨体を何としてでも食い止めておきたい。
現在魔王軍所属の魔族一体を相手している帝国第4師団は、ありったけの火力を見舞っていくが、それでも魔族の前進が少しだけ遅くなった程度である。
魔族はじりじりと距離を詰め、またしても連鎖爆発を引き起こす豪腕を振るおうとしていた。
「大砲、準備が出来ました!」
「よし、重装部隊は下がれ! 魔導士部隊は攻撃を中断し、防御障壁の構築に専念しろ! 合図と共に大砲を放て!」
力を貯める魔族に、魔導士部隊の隊長が青白く光る槍の数々を放ち、突き刺していく。
動きは止まらないものの、それが次の攻撃の予備動作の阻害となり、生じた隙を突いて重騎兵は下がり障壁の内部へと入る。
「撃てぇ!」
最後の一人が障壁内に入り込むと同時に、遠方より控えていた黒大砲の数々が火を噴く。
黒煙を引き伸ばしつつ魔族へ向け飛んでいく砲弾の数々は一つ残らず着弾、炸裂する。
爆風によって発生する衝撃は凄まじく、複数人で構築、強化した障壁でようやく防ぎ切れる程に強力だった。
これで駄目ならいよいよ打つ手が無くなってしまう。
第4師団の面々が結果を確かめるべく砂煙が晴れるのを構えつつ待つと、魔族は倒れていた。
動かなくなった魔族が黒い粒子となって少しずつ風に吹き飛ばされていく中、第4師団の面々は他の魔族が接近していないかを確認する。
取りあえずは誰も何も近づいてきてはいないのが分かると、ようやく彼らは構えを解いた。
そこに勝利への歓喜は無い。これが終わったからにはその次に備えなくてはならないと疲れた顔が並んでいる。
「どうにか勝てましたね……」
「ああ、兵士の損耗が激しいがな」
これで凡そ490体目になる魔族を倒せたのは良いが、その中の一体を倒すだけで40名が重軽傷、14名が死亡している。
一応、帝国にも蘇生の為の魔法が存在しているが、聖職者の力を借りなくてはならないという前提がある。
バンティゴの教会まではかなりの距離があり、治療の為の魔法を応急処置とて応用できるとはいえ、転移魔法、移動手段無しでそこまで運び込む、運び込んだとしたその面々が合流出来ると考えるのは現実的とは言い難く、死体は回収し一先ずは保管する他なかった。
そんな死体の数は今や2000を優に超えている。
魔族は暴れるだけ暴れて、後処理を考えなどしない。
当たり前の話ではあるが、帝国側の負担が大きくそれもまた兵士達を疲弊させる要因となっていた。
怪我人を治療する救護部隊、死体を運び出す者、破壊されたバリケードを撤去し新しいものと取り替える者など、帝国軍は師団長の指示により手分けして次に備えて作業していた。
「あんな魔族が後17000も居るとなると、ゾッとしますね……」
「それでも俺達はあいつらに挑み続けねばならない。此処の存在はエルタ帝国の存亡に大きく関わるからな」
魔王軍に諦めるという選択肢は無い。
一度攻め落とすと決めた以上、如何なる手を使ってでもそれを成し遂げようとしてくるだろう。
この戦いに、帝国にとって望ましい着地点はあるのだろうか。
魔族と対峙する彼らには嫌でもその考えが過ぎった。
「あれから3日経ったけど、どうにか持ち堪えているようだね。えらいえらい」
防護網に包み込まれたプロペラを3つ持つドローンを飛ばし、魔族と帝国軍の一部始終を撮影していた白髪と赤い目を持つ少女が一人。
彼女の名は《コード:カプリチョーソ》α-ジナリアと言い、機皇国より来た使者の一人である。
グレードS、Mサイズである彼女は直轄の部隊の一員であるマディスと己が集めた情報を駆使し、今こうしてエルタ帝国との繋がりを勝ち得た。
一方で、彼女の知り合ったエルタ帝国第56小隊隊長、ラジール・ベノメスという紫髪に無精髭の少し生えた青年は彼女の態度に辟易していた。
彼女の強さの一端を目の当たりにし、味方に引き込むと決めた以上、失礼だとは思いつつも彼は口を開く。
「他人事の様に言ってくれるな……」
「不快に思ったなら謝るよ」
「頭を下げなくていい。あんたらにそんな事されたらおちおち眠れなくなる」
嫌がるベノメスの表情を見て、ジナリアはにんまりと不敵に笑む。
そんな姉の背中を見つつ灰髪と青い目を持つ少女、ジナリアと同じくグレードS、Mサイズの人形メカ《コード:アパッショナート》たるコルナフェルはため息を吐いた。
「へえ、平謝りはお断りと?」
「何故そうなる……。あんたらの事をよく知らないが、安易に頭を下げさせたら問題になるだろ」
どの程度問題になるのか、と尋ねられてもベノメスには上手く言語化出来ない。
ただ、ジェネレイザからの救いの手が来なかった場合の方がまだマシだった、と言えるぐらいの出来事が起こりうるのは理解していた。
「まあね。お父様だけじゃなく皆お怒りになるだろうね」
「助けてくれるのは有り難いが、あんたの態度もどうかと思うぞ……」
「それは失礼。私はただ距離を縮めたかったんだよ、この国と」
「せめて俺じゃなくてだな……」
国と仲良くしたいと言い張っているが、現状は一兵卒に過ぎないベノメスとの距離を縮めているだけである。
立場を利用するような言動の数々に肝を冷やされるばかりである彼は、国の上層部と仲良くなる方が打算的だと遠回しに告げた。
このまま彼女のペースに呑まれていては要らぬ失言をしてしまいそうで。
ベノメスはやや強引に話題を変えさせる。
「そう言えば、あんたには送り込んだ部下が居たんだったな。その部下は今どうしてるんだ?」
「帰らせたよ」
「帰らせた……まあ、無理言って同行してもらう事も無いしな………えっ?」
「ん?」
少し首を傾げるジナリアを前に、ベノメスは冷や汗を掻く。
彼女がさらっと言ってのけた事が信じられず、確認を取った。
「…ちょっと待て。今帰らせたって言ったな?」
「うん、言ったよ。これ以上滞在してもやってもらう事が無いしね。彼には彼の役割があるからね」
確実性よりも効率を優先するような物言い。
出会った頃より異質だとは彼は感じていた。
だが、深淵は底が見えない程深いからこそ深淵なのだと、寒い訳でもないのに青年の鳥肌が立った。
恐らくは彼に同行する、アルコミックを始めとする部下達にもそれは伝播している。
「そんな事をして、大丈夫なのか……?」
しかし、もう後戻りなど出来はしない。
共に戦うと差し伸べられた手を取った以上は彼女達と正しく向き合わなくてはならない。
恐る恐る尋ねる彼に、ジナリアは口角を上げる。
「ああ、大丈夫大丈夫。実際確認してきたし、シアペル様にも検証してもらったからね」
彼女の後方より続くコルナフェルもそれを否定しない。
白髪の少女の赤い目が日陰の中で妖しく揺れ動く。
「断言するよ。魔王直轄第5遠征軍は私達の脅威足り得ない」
◇◆◇
ラキンメルダに於ける東側であるマカハルドを郊外と言うならば、西側であるバンティゴは都市と言えるだろう。
帝都アパディアと隣接する地域の一つである為に、比較的国内からのアクセスが多く、帝都に勝る訳では無いが発展を遂げるのは必然であった。
現列強国の座を賜る国々と比べるのもおこがましい程ではあるが、それでも都市部と証明出来るだけの賑わいを見せている。
マカハルドが荒野の上に施設群が立ち並ぶような場所だった為に、整備された道路に馬車等生き物を動力として行き交う車両の数々、そしてジェネレイザのそれに近付きつつある程に建築方法の洗練された施設群はジナリア達にとって新鮮に見えた。
先行していたジナリアまで何故、と思われるだろうが彼女は激戦区となるバンティゴの外側辺りしか見た事が無く、内側の様子まで見る時間を確保出来なかったからである。
ただ、外側からでも少しだけ見れる営みの様子から彼女はある程度察していたが。
「で、大将軍閣下は今何処に?」
「このバンティゴにある基地にいらっしゃる。こっちだ、ついて来てくれ」
帝都にある魔導具のおかげで連絡用の魔法、転移魔法は外壁内の範囲に限り阻害を受けずに済んでいる。
その為ベノメスとこれから会う予定の帝国の大将軍とのやり取りは円滑に進み、今日にこうして面会の約束を取り付けていた。
正装や作業着などを身に付けた人々の歩く白昼で外套などを着ていては返って目立つ。
特に都合が悪いという事も無く、彼らはベノメスの案内の元、着ている衣服のまま街頭が規則的に並んだ歩道を進み、早歩きで目的地へと向かっていた。
正規の軍人に見慣れない美女二人という組み合わせも少なからず目立っているが。
バンティゴ内に存在する帝国軍の駐屯地。
その中央には一際目立つ建造物が配置されている。
バンティゴ駐屯軍の司令部たるその場所は今現在、西側より攻め入ろうとしている魔王軍の対応に追われている。
アルコミック達を基地の敷地内で待機させベノメスとジナリア、コルナフェルだけが中に入ってすぐ先にある階段を上り、司令部の三階の青い絨毯の敷き詰められた廊下を進み、角を曲がって扉を4つ通り過ぎた先にある5番目の扉。
漆塗りの扉をノックし、ベノメスは待つ。すると、「入りたまえ」と部屋の中から男の声が聞こえてくる。
「失礼します」と返事と共に彼らは入室した。
執務机の先に赤い軍服を着た、服越しでも分かるほどに屈強な肉体をした金髪の男が一人。
彼は振り向き、整えた髭の彫りの深い顔を一同に見せる。
見ると彼の胸辺りには標章の数々が付けられている。執務机から離れて歩み寄る彼の動きに合わせてそれらは少しだけ揺れ動いた。
「私は大将軍の名を賜る、リミング・スタングラムだ。よろしく頼む」
「お初にお目にかかるよ。私は機皇国ジェネレイザより来たジナリア。以後お見知りおきを」
既に話は付けてある為にファーストコンタクトは淀み無く進む。
リミングと名乗った彼が手を差し出すのを見て、彼女もまた手を差し出してその手を取った。
要するに握手である。彼女の手を触れた中年の男は小さく訝しんだ。
「おかしな話だな。こうして手を握るとはっきりと分かる」
握った手を少しだけ緩めて撫でるように小さく動かす。
くすぐったいとは感じつつも、ジナリアは表情一つ動かさず静止を続ける。
「この手には傷一つ付いていないし、戦士のように使い込まれて、形が硬く整っている訳でもない。だというのに、洗練された確かな強さを感じる」
それから少しして手を離し、手を触りすぎたとリミングは無礼を詫びる。
白髪の少女の快諾の後、彼は続けた。
「メカという種族であったか。無生物と生物の要素を併せ持つ不思議な種族だ」
「こちらの世界ではあまり馴染みが無いのかな?」
「そうだな。ホムンクルスの類似種と呼ぶには人間に近すぎず、ゴーレムの類似種と呼ぶにはあまりにも感情、意思疎通の術が豊かだ。高度な技術の集合体であるのは確かだが我々の理解の範疇を優に超えている」
「へぇ」
手一つに触れただけでそこまで分かるとは。ジナリアは実力者の慧眼を前にして人の奥深さの片鱗に触れたと感じる。
「そう言えばベノメス君が転移者がどうとか言っていたのだけど」
「確かに異界へと魔法によって働きかけ、こちらの世界へ召喚したという記録はこの国にも残っている。この国が貴方がたを呼び寄せたのもまた事実。まさか国ごと転移してくるとはな…」
「おや、前例は無いのかい?」
「今までは個人、または複数人規模での転移しかあり得なかった。だからこそ、こうなる可能性を踏まえるべきだったのだろうな……」
「列強、王国などの国や魔族に狙われる可能性は?」
「十分にあるだろうな。『呪われた島』を蘇らせた神のような所業。それが出来る者達を無視するとは思えん」
現在『呪われた島』はジェネレイザがカモフラージュとして発生させている濃霧に覆われており、現状を探るのは非常に困難となっている。
それでもそれを看破出来るだけの技術がこの世界に無いとは限らない。
「ふぅむ、ベルディ達にも気を付けるよう伝えておくか……」
東大陸にも調査という名目で送り込まれたメカも少なからず居る。
しかも東大陸には列強国が集中しているという始末。
骨が折れるというレベルを遥かに超えており、東大陸に居るベルディ達に一応伝えてはいるが、その内容を改めるべきだとジナリアは聞いた内容から判断する。
色々と尋ねたその返礼として、今度はリミングへと質問を促した。
「貴方がたは『懲罰部隊』を排除したそうだな。今更手段を聞くつもりも無いが…王国が動く可能性はあるのだろうか?」
彼の疑念は尤もである。
『懲罰部隊』の失踪を皮切りに王国が報復行為に走らないとも限らない。
だが、彼女は笑みを作り、それを危惧するような色を見せなかった。
「ああ、それは安心していいよ。向こうは向こうでそれどころじゃ無いだろうからね」
赤いコンソールを展開し、彼女は「鑑賞」の項目にあるリプレイの一つをタップし、それをリミングへと見せる。
その光景を見た途端、彼は目を剥いた。
「何と、これは……!!」
リプレイには想像もつかないような光景が映っていた。




