要塞、浮上
グレードS-、Lサイズの亜人形メカ《ライトスチール:オフェンサー》。
ライトスチールと呼ばれる鋼の究極系『白輝鋼』で構築された純白の多層装甲を纏う鎧天使。
アペード・ラジーという立派な名前を持つ彼は、丸みを帯びたバックパックに付随する、放つ赤い光体にて風切を描く一対の浮遊する鋼翼と共に灰色の大地の上へゆっくりと降り立つ。
翼を小さく折りたたみながら、真紅のモノアイが忙しなく動くと、彼は目線を合わせるように跪いた。
「私はこの時をずっと待ち望んでいました……」
その言葉に悪感情の類いは一切無い。
ただ、再会が叶った事に対する歓喜のみがあった。
一方のジェネルはそんなに待たせていたのか、と跪き俯く体勢を保ち続ける彼に対し申し訳無く感じる。
「済まなかったな…転移の直後から慌ただしく、面会する時間を今まで作ってやれなくて」
「いいえ、父上にこうしてお会いできただけでも嬉しい限りでございます」
彼は放置気味であった事を特段気にしている様子も無い。
しかし、だからといって埋め合わせをしない訳にもいかなかった。
「お前はもう少し欲を出しても良いんだぞ? 今回ばかりは私の落ち度なのだからな」
「父上を咎めようなど恐れ多い。国の為、我々の為に尽力してくださった方を誰が責められると言うのでしょうか。私には我儘に付き合ってくださる事、こうしてお姿を見せてくださった事に対する感謝しかありませんよ」
へりくだる物言いの数々にジェネルは調子が狂う、と感じる。
アペードは清廉潔白という言葉がよく似合う程に目の前の存在が誰であろうと別け隔てなく接する事の出来るメカである。
だから、性質の大きく異なるマディスであろうとその手腕と働きぶりを正しく評価するし、その上で出た犠牲というものに心を痛めもする。
ゲームに於ける主役への協力の後、敵対する事になるとそう仕組まれた国家の出身にしては異質な『心』の持ち主の一体である。
だが、そうした『心』の持ち主がジェネレイザというメカが形成する国家の多様性を拡充していた。
「……まあ、そういうお前の優しさが、強さの源なのだろうな」
アペード・ラジーはジェネレイザの所属であるが、《マギア:メタリズム》のメインストーリーで戦う事は通常は無い。
要は、隠しボスの一角である。
ゲームに於いては条件を満たす、もしくは専用マップに行く事で出現するメカの一体であった為にグレードS-にしてはその一つ上のグレードSに匹敵する程に全体的にパラメーターが高い。
そもそも、プレイヤーの国家と敵対する期間が長く、果てはラスボスも務め上げる為に敵国家の中では隠しボスの一番多い国家であるのだが。
「父上、まだお時間はありますでしょうか」
「ああ。大分落ち着いてきたからな。お前との談笑の時間ぐらい確保出来るさ」
頭を上げるアベード。
彼には目以外の顔と呼べる部位は存在しないが、雰囲気が明るくなった。
「では、父上。こちらに来てから私の周りで起きた出来事について、聞いてくださりますか?」
「いいとも。何があったのか教えて欲しいな」
「ありがとうございます。…あれは、7日程前の事でしたか―――」
大げさに腕を動かしながら、実際に見聞きした事を語り出すアペード。
心なしか嬉しそうな彼の様子を眺めつつ聞き手に徹するジェネル。
彼らには血の繋がりとはまた違う、確かな絆がそこにあった。
「ふっ!」
ホワイト・パレスの一角である宮殿。
その中の一部屋である、縁とカーテンが豪華に飾り付けられた窓と角の模様、それから天井の丸い照明しか無い、殺風景に近しい広い純白の空間。
ほろ甘い香りのある艶やかなプラチナブロンドとシルクのベールを揺り動かしながら、裾が金属製であるロンググローブで『白輝鋼』製の純白の槍を握り、向きを逐一変え突いては引き、突いては引く者が一人。
グレードS-にして170cm程の背丈であるにも関わらずLサイズである彼女は、《メタルヴァルキリー》レヴァーテの名を持つ。
額から首筋へと滴り落ちる汗粒が、彼女の色香をより引き立たせている。
彼女は窓と照明以外存在しないのを利用し、自主訓練の為にこの部屋を活用していた。
発汗にその汗を手の甲で拭うなど、等身大の人間と変わらない機能と所作を持ち合わせる彼女は右手のみで純白の槍を持ち、それを真横へと伸ばすとその先にある異空間へと入り込んでいく。
境目の波打つ空間にて槍を持っていた手を離すと、空間に入れていた右手のみが現実へと戻ってくる。
次の鍛錬をどうするかと彼女が考えていた矢先、視界に気になる存在が映り込んだ為にそちらに目を向ける。
そこには、特徴的な赤紫の美麗な髪をした女性が立っていた。
「朝から精が出ますわね、レヴァーテ」
彼女は強者故の余裕を持ち、レヴァーテへと歩み寄る。
グレードS-、レヴァーテと同じくLサイズの人形メカ《ナイトメアレディー》のベレッタ・ノーク。
切り絵のような薔薇を意匠に持つドレスに身を包んだ大人びた少女は混沌とした黒紫の双眸を向け、黒紫の正方形に侵食されたその腕を組む。
必然的に豊かな胸に腕が干渉する形になり、彼女の妖艶さを一層引き立たせていた。
「ベレッタか。この前の勝負に何か不服でもあったのか?」
一方のレヴァーテは彼女の所作を特に気にする様子も無く、淡々と声を掛ける。
宮殿内はレヴァーテとアプレンティス達の憩いの場である白き部屋の空間以外は誰でも通行可能であり、ベレッタが此処にいる事に不自然な箇所は何一つとして無い。
だが、所属の異なるベレッタがわざわざ此処まで来るのは珍しい事である。
心当たりがあるとするなら、彼女と定期的に行われる対決の事だろう。
わずかコンマ2秒の差で決着がついたこの前――6日前に行われたクロスワードパズル対決――について何か文句を言いに来たのか、とレヴァーテは考えたがどうやらそうでもないようだ。
ベレッタが神妙な顔をしたまま、深く息を吐く。
「…いえ。あれはどう見ても私の負けでしたわ」
「そうか。…なら何の用だ? 見ての通り私は忙しい、用件は手短に願おう」
ベレッタは腕を組んだまま、今度は目を合わせた時より更に余裕を浮かべた笑みを見せる。
「では単刀直入に。次の勝負を申し込みますわ。フリースロー対決でどうでしょう? より多くのボールを入れられた者が勝ちですわ。貴方の都合のいい時にやりましょう」
「今からやろう。丁度手が空いたんでな」
「…忙しいのでは無かったので?」
即答、そして即決にやや驚きつつも、ベレッタは一足先に広い部屋を後にする。
今度こそ勝算があるのだろう、笑みを一瞬覗かせて去った彼女の姿に、レヴァーテは微笑む。
レヴァーテはベレッタに感謝している。
何故なら、こちらから誘わずとも鍛錬に成り得る対決の数々を提示してくれているからだ。
一見何の意味も成さないように見えて、その実何かしらの効果があるのではないか、と考える機会を与えてくれる。
しかし、内心に留めるだけでおくびにも出さない。
彼女の自尊心を考えるなら、そのような言葉を投げかけるだけでも屈辱だからだろう。
宮殿の外で待っていたベレッタの案内により、レヴァーテは自主訓練を中断しホワイト・パレスを出る。
そして、昼間のビックパンドパディの一角にて始まったフリースロー対決は、制限時間ギリギリでレヴァーテの投じた一球により、今回もレヴァーテの勝利で幕を閉じる事となるのだった。
それから2日が経過し、漂流から17日目。
マディスが帰還を果たした事で盛り上がっていた熱量は、今度は別の出来事により盛り上がっていた。
ジナリア陣営とベルディレッセ陣営、西と東の大陸の情報がある程度集まった事で、三機神の一角、グレードS+にしてサイズXXLである要塞メカ《ネスト:プロミネンス》メルケカルプ・クローバーを旗艦とする調査範囲を更に拡充する遠征軍の結成の話が立ち上がった。
今日はその遠征軍の編成内容が纏まり、出発を控えている日である。
特別に一般メカや帝国からの来訪者の進入が許可され、海に隣接した事により大幅に改修されたメルケカルプ・フォートレス内は大いに賑わっていた。
重機や人型のメカ達が騒ぐ中に人間や亜人種族が混ざるなど、立ち入りが許可された範囲内は非常に混沌とした光景となる。
その中で、両腕にドリルを備えるモノアイの亜人形メカへ、恐る恐る衣服を纏ったリザードマンが体を軽く叩く。
「あの、すみません。ちょっと良いですか?」
「何だい、リザードマンの青年。用件なら手短にな」
「何故、メルケカルプ様…のいらっしゃる場所とは別の場所に運び込まれているメカが居るのでしょう?」
彼は目の前の光景を眺めながら、事情を知っていそうなメカの一体へと問い掛けた。
フォートレスの東端に位置するメルケカルプの本体――意味深な継ぎ目が薄っすらと浮かぶ地面が囲い込む中に聳え立つ螺旋状の短い塔――が存在する場所に、固定翼機の数々や大きなティルトローターを備えた人の胴のみを象ったメカなどが運び込まれるのはまだ彼にも理解が出来る。
しかし、明らかに彼女より遠い、2つの飛行場へとそれぞれ運び込まれるメカ達の姿もある。
彼にはそれが理解出来なかった。メルケカルプである短い塔へ運び込めば済む話では無いのか、と。
それを聞いて重機メカは茶化す素振りも無く、彼の質問の内容を高く評価し答える。
「今に分かるさ。見逃すなよ」
ジェネルもまた、この出発を見届ける為にメルケカルプ・フォートレスへと訪れていた。
客と違い、立ち入れる範囲に制限など無い彼はメルケカルプの元へ向かうアペードへと近付く。
彼もまた見送りに来た父上の存在に気付き、少しだけ様子が明るくなった…気がした。
「父上、わざわざ来てくださりありがとうございます」
「ジナリア達に続きお前も行くんだ、せめてこれくらいはしてやらなきゃな」
実を言うとジナリア達が《エクリプスアーク》の二隻に乗り込んだ日にも、彼女達の見送りにと首都で落ち合っていた。
その直後、急用が出来た為に船出を直で見る事は出来なかったが。
「姉上達に劣らぬ成果を必ず持ち帰ってみせます」
「その意気や良し。が、張り切りすぎるなよ。メルケカルプも居るからには要らぬ心配かも知れないが…必ず生きて帰って来い」
この遠征軍に属するのは『クローバー・エアフォース』の精鋭揃い。
更にはこの戦力にメルケカルプ自身が加わる事により、 この長規模遠征は限りなく100に近い成功確率を叩き出していた。
尤も、これはジナリア達やベルディレッセ達の調査結果を元に導き出した、暫定的な敵戦力の質と量を前提とする為に鵜呑みにしてはならないが。
メルケカルプが不在となる間、留守を任された空軍のメカやユニリィ率いる船舶メカの数々が此処を守るので、フォートレス内が手薄になる心配も無い。
希望に満ちた遠征軍なのだが、メルケカルプやアペード等軍の中核を担う戦力が負傷しないとも限らないし、死なないとも限らない。
不要な心配だとは分かっていたとしても。
それでもこれが最後のやり取りになって欲しくは無い。
不安を抱く機皇帝を前に、アペードはドンと胸を叩いた。
「ええ。この不肖アペード・ラジー、必ずや仲間と共に生きて帰ってくることを誓います」
アペードを含め遠征軍の戦力を指定の飛行場とメルケカルプ本体に収まりきったその1分後、『TALKING』と表示された黄色いサークルがフォートレス内のメカの観客達に一斉に表示される。
見慣れない光景を前にして帝国出身者達はたじろぐも、何も害は無いと理解し、安堵する。
『じゃ、行ってくるっすよ』
朗らかな女性の声が聞こえてきたと思うと、遠方より見えたその異変に帝国出身者達は目を見開いた。
「と、塔が……」
「浮き始めてる……」
彼らの言うとおり、メルケカルプの本体が浮上し始めたのである。
継ぎ目を境に、塔の下にある半径10000m程の半球が姿を剝き出しにした。
地上に露出していた部分以外を漆黒に染めているその半球の表面には緑色に光る輪っかが浮かんでいる。
恐らく、あれがメルケカルプを浮遊させる力場を生み出しているのだろう。
中継映像として映し出されている、メルケカルプが上へと遠のく巨大な穴は綺麗な半球を描いていた。
しかし、催しはこれで終わりではない。
『ヘイ、カモン! マイ・ブラザー!』
彼女の掛け声と共に飛行場が――否、地面に擬態した戦艦が灰の地より動き出す。
実に7000m程の滑走路と飛行経路が傾き、ゆっくりと先を15°上げたところで反響する轟音と共に爆炎と煙を噴射しながら直方体を描く穴の中から出て行き、メルケカルプ・フォートレスより離れ始める。
「あの飛行場ってもしや…!」
「間違いない、メカ達が運び込まれた場所だ…!」
遠征軍の母艦は何もメルケカルプだけではない。
グレードS、XLサイズの要塞メカ《ネスト:グレーロード》たる二隻、バミリオン・カーボ、ルコロッツ・スクェネントも該当する。
既に上空の高い高度まで到達している彼女へと、合流しようと上昇していく。
ヴィゴロントに運ばれて来た頃から分かってはいたが、改めて未知の技術の塊を前にして唖然とする帝国出身者達。
リザードマンもあんぐりと口を開けており、それを面白がって両腕にドリルを持つモノアイの亜人形メカが話し掛ける。
「どうだ? 凄いもんが見れたろ?」
「……ええ、まったく………」
常識の遥か外にある光景を前に、彼はただこれが現実だと受け入れる他無かった。
「頼んだぞー!」
「必ず戻って来いよ!」
その一方で、メカ達は遠のいていく艦隊を前に熱狂していた。
半球の上に乗った螺旋の塔と、独立飛行する飛行場戦艦二隻。
その中に空中での機動を得意とするメカのみを大量に載せた遠征軍はジェネレイザの地を離れていく。
手を振ったり激励の言葉を投げかけたりするなどして見送る数多の期待を乗せて。
『どんどん遠のいちゃうっすね、ジェネレイザ』
メルケカルプの塔の内部にはアペード・ラジーの20m近い体格であっても余裕で通行出来る広々とした通路と空間が広がっている。
その中央部である司令室ではMサイズのメカ達が配置についていた。
アペードもまた、彼らの働きぶりを見つつ待機している。
『アペードくん、何とか言ってくださいっすよ。これじゃ独り言を呟く寂しい奴みたいじゃないっすか』
「…これは失礼しました。仰る通りでございますね」
自分に言っているのだと気付いていなかったアペードは深々と頭を下げて謝罪する。
彼女はもう少し対象の分かりやすい切り出し方にした方が良かったか、と反省し、話題を変える事にする。
『陛下とはよく話せたっすか? 話し足りないと言うなら今からでも回線を繋ぐ事も出来るっすけど…』
「いえ、お気持ちだけで十分です。あまり話をしてばかりですと、恋しくなってしまいますから」
『それもそうっすね。陛下を、国を愛する気持ちはアタシも同じっすから』
Mサイズのメカ達が問題無く動いているのを尻目に、メルケカルプのカメラはアペードの姿を捉えて固定する。
そこに寂しがっていた末っ子の姿は無く、一体の強者として己の責務を果たそうとする者が居た。
『大分吹っ切れたみたいっすね』
「そう見えますか?」
『まあ。以前の君はどことなく寂しそうな感じをしていたっすけど、今はきりっとしてそれが無い』
「お見通しでしたか…」
『これでもアタシも三機神の一角なんで』
アペードは改めてメルケカルプの手腕に敬服する。
尤も、今回会える機会を設けたのはメルケカルプとシアペルの両者であり、知っていてもおかしな事は無いのだが。
『頑張るっすよ、お互いに』
「ええ。頑張りましょう」
中央に塔を持つ半球を置いた、奇妙な艦隊はジェネレイザ上空より離れていく。
この世界を深く、正しく知る為に。




