それぞれの思惑
「おい、聞いたか? ベノメス様が大物二体を仕留めたってよ!」
「アブノーマルウォッチャーとクノスペヴォルフだっけか? すげぇな!」
「あの人はこのマカハルド、いや、帝国の希望の星だ…!!」
噂話というものは鮮度が命である。
あまりにも古い情報は見向きもされないし、伝わりづらい。
だから、人々は真新しい話を欲しがる。
あまり知られていない情報を得る事に優越感を覚えるからだ。
また、蓄積したフラストレーションを晴らす意味合いも込めて、民衆がそれに興じる事もある。
噂の真偽は基本どうだって良いものなのだ。
自分達の不満を晴らす事さえ出来たなら。
――今回の噂話は、真実を巧妙に装う、仕組まれた偽りであった。
マカハルドの地を現在進行形で悩ませる、平均レベル35程の大物4体。
ラキンメルダのもう一つの片割れを成すバンティゴのある西を除き、あらゆる箇所を根城とする厄介な魔物達。
自分達の飢えを満たしてくれ、と南下してきては居るが、勿論それを善意で満たせる余裕などマカハルドには無い。
当然、衝突は避けられない。
魔物の討伐に王国からの『懲罰部隊』が加わってはいるが、魔物を積極的に減らそうとしない木偶の坊達は既に頭数から外されていた。
帝国の民が力尽きるのが先か、魔物の群れが力尽きるのが先か。自然の摂理に基づく過酷な生存競争が繰り広げられていた。
そんな中、マカハルドの地に舞い込んだ一報。
帝都よりはるばるやって来た帝国第56小隊隊長ラジール・ベノメス並びに帝国軍人十数名による大物二体の討伐。
マカハルドの街を守る外壁の外側に陣取る、北東のアブノーマルウォッチャー、南のクノスペヴォルフを仕留めたという情報はマカハルドの民を勇気付けた。
馬二頭ずつが引く大きな荷台に縛られた、漆黒の残骸と、所々の焼け焦げたクノスペヴォルフの横たわる遺体を街に運び込んだ英雄の凱旋は周知され、次第に歓迎の渦が彼らを迎え入れるようになった。
さも先程よりマカハルドの街に帰還したかのように堂々とした素振りを見せる彼らであったが、その自信に満ちた笑みを見せる顔の額には冷や汗が流れていた。
尤も、遠目からは誰にも見えていない。
屋根の上に立ち、笑いを堪えているごく一部を除いて。
「なぁ、ベノメス様って雷の魔法を使えたのか?」
「何言ってんだ、お前?」
「ほら、あの残骸もクノスペヴォルフも焼け焦げてるし…」
「どうだっていいんだよそんな事は。それより、英雄を讃えるぞ!」
凱旋のほとぼりが冷め、街が落ち着きを取り戻した頃。
伸し掛かるプレッシャーからようやく解放されて、話題の英雄は仲間しかいない暗がりの中で、取り繕っていた顔を崩し、青い顔で、嘘だと見抜かれなかった事に安堵のため息をする。
種族の入り混じる仲間達もまた、少なからず疲れた顔をしていた。
そこへ、ご機嫌な様子で歩み寄る人影が一つ。
「お疲れ様。…慣れが必要ならもう一周するかい?」
「……勘弁してくれ」
外套を着ているジナリアが口に出したのは、笑みを崩さずとも彼を気付かっての発言なのだが、ベノメス本人から拒否された。
余計な事はこれ以上言わないでおくべきか、と思い彼女は帝国兵士達とマディスの努力もあり、稼げた時間で見れた魔王軍の様子を彼らに報告する。
「戦線は芳しくないみたいだね。徐々にフロントラインが押し込まれつつある」
「…だろうな。元々長期戦は不利になるのは分かりきっていた」
17500もの軍勢が多いか少ないかと聞かれれば、少ない方になる。
しかし、それはあくまで人間の尺度で考えた場合の話だ。
魔王軍は末端ですら魔法の扱いに長けており、魔王軍第5遠征軍所属の兵士1体分が、今の帝国の兵士10人分に相当する。
戦線の疲弊は、時間と共に加速しており崩壊が近付きつつあった。
「もし。…もしも、だ。あんたらが加勢したら、奴らを倒せるのか?」
「倒せるさ。それも保証する」
助けると決めた以上、魔王軍なる異形の軍勢が相手でも物怖じしていられないのが今のジナリアだ。
事実、彼女の淡々と断言してみせる程の自信はベノメス達を勇気付けていた。
問題があるとするなら魔王軍と直接衝突している帝国軍がそれを望むかどうか。
ベノメスが幾らGOサインを出した所で、彼より偉い立場の存在がNOを突き付けたならジェネレイザに介入の余地は無い。
それでも、NOを突き付けられたとして、GOサインにするよう説得を行うのが、彼ら帝国軍の今後の役目であった。
会話していく内にプレッシャーでおかしくなっていた顔色が良くなったのを見て、今回の凱旋で見えた怪しい動きも彼に報告する。
「王国も無視してはくれないみたいだね。君達を歓迎する顔の中に、明らかな害意を持った人影がちらほらと」
「嫉妬した冒険者の僻みじゃ無いのか?」
「いいや。此処の住民でも、ましてや『懲罰部隊』の一員でも無い。別の勢力だ」
別の勢力と言いつつも、それが王国出身と断言出来るだけの根拠がある。
ベノメスは良くなった顔色でジナリアの顔を見て、改めて問うた。
「その勢力と言うのは……」
「王国の暗部勢力。要は暗殺者だね」
その瞬間、慣れない凱旋での疲れが抜けつつあった顔の数々が緊張する。
切り替えが早いね、とジナリアはその様子を見て内心褒めた。
「狙いは一体…?」
「君達と、私達。両方だねぇ」
向こうは向こうで独自の情報網を形成し、ジナリア達の事も探ってはいるらしい。
尤も、ここマカハルドに於いては帝国以外には痕跡をあまり掴ませない基本スタンスを取っている為、苦戦しているようだが。
ジナリアの視界の遠方には、魔法の類を行使しては、きょろきょろと不用意に周囲を忙しなく見渡す外套の者達が見えている。
演技というのもあり得るが、ジナリアからすればそれが酷く滑稽に見えた。
彼女は視線をベノメス達に戻し、話を続ける。
「此処に居るのは『懲罰部隊』だけじゃ無かったのか……」
「最近来たみたいだよ。色々と辿々しい様子からして」
情報収集の必要な立場であるが、その肝心の情報が収集出来ていない。
現在、彼女の分身が飛ばし、遠方の外套集団に近付けているドローンのマインドスキャン機能が、ノイズが少々あるものの、それを彼女へ淡々と告げている。
「まあ、表立っては行動出来ないし、昼の間は安全だろうね」
ジナリアは顎に手を当てると、新しい王国の戦力を見て確信に向かいつつある自分の推測を述べてみる。
「最初から君の事が狙いだったけど、邪魔されて予定より早く応援を呼ばざるを得なくなったか」
「お、俺が狙い…!?」
当然ながらベノメス達からは驚愕といった反応が得られるが、一方のジナリアは冷静を保ったまま続ける。
「だって、変じゃないか。列強であることは兎も角、短期的に見ても結局は損にしかならない事をしたがるのは何故だい?」
弱い魔物だけを狩るにしろ、現地住民の女性を嬲るにしろ、結局はマカハルドにとっても、帝国にとっても邪魔にしかならない。
魔物が大群を率いて南下する、無理強いをしたせいでマカハルドが落ち込んでしまう等、此処が陥落する理由は幾らでもあるからだ。
裏を返せば、此処に来た王国の部隊を含め、それをすれば得になると踏んでいる連中が居るのだ。
「印象を下げてるのは自分達を囮に使う為。遅かれ早かれ君達を排除する部隊は此処に出向いてきた。…タイミングを図っていたのは、自分達が撤収する時間を稼いだ上で実行に移し、魔王軍に攻撃されない為だろうね」
「悪目立ちするのは最高の隠れ蓑ってことか…」
「まあ、最初から、他国で、それも外聞を気にしてないならそうなるだろうね」
そして、『懲罰部隊』自体が自分達の本来の目的を果たす為の囮に過ぎなかった。
テイマー職により大物を確保し戦力を強化するというのは、あわよくばの話だろう。
「じゃあ最初から援軍支援は…」
「罠だった。…藁にもすがる、とは言うけど」
それを知り、帝国の兵士達は落胆する。
攻め込んできた魔王軍に掛り切りだったばかりに、王国の横暴を更に許してしまったのだ、と。
可哀想ではあるが、何れは真実と向き合って貰わねばならない。
真実を知った上で、王国の言いなりという国家全体のスタンスを崩して貰わねば、折角の共同戦線も同盟の提案も無意味になる。
(全くもって酷い話だ)
列強の座を引きずり降ろされたばかりに此処までされるのか、とジナリアはマカハルドに来て、『懲罰部隊』の存在を知ってから常々思っていた。
魔王軍と列強国の板挟み。どうあっても帝国は詰んでいただろう…それこそ、奇跡でも起こらねば。
「それで、君達は今後どうするつもり?」
「どうする、とは……」
「決まっているだろう? 王国に反旗を翻すか、それとも王国の言いなりのままでいるか、だ」
ジェネレイザが主導であれこれ決めていては、帝国を属国扱いするようなもの。
ジナリア達は自分達に依存する属国では無く、同盟を結べる自立した国を求めていた。
当然ながら、『懲罰部隊』を排除してそれで終わり、という甘い話は無い。
排除したなら、その次は必ずある。
目の前に居る彼は皇帝でも無ければ将軍でも、ましてや貴族でも無い。政治的には何の権力も持たない、一小隊の隊長だ。
しかし、権力者に動くことを促すぐらいは出来るだろう。
だからこそ敢えて、ジナリアは選ばせた。どちらが帝国にとって、益となるか。
いずれは、帝国そのものの方針になるのだから。
「――さあ、選びたまえ。帝国の未来の為に、どちらを選ぶ?」
ジナリアの鋭い眼差しを前にして、ベノメスは屈辱の味を噛み締め、決意に満ちた目で彼女の顔を見た。
「で、王国との決別を選び、それを上申すると」
その日の夜。北に移動したマディスは、王国が狙っていた次の標的であるマッドフラワーの蔓を、魔物達を誘い込んだ区域の地中に予め撒いていた《シードマイン》で次々爆破していた。
マッドフラワーはクノスペヴォルフよりも巨大で、3×3の計9マスにその身を収めていたが、自己を強化し攻撃の威力を上げたり、ダメージを抑えたりと、花狼よりも立ち回りが上手い。
…それでも、通信しつつ死角から迫る蔓の数々をブラストビットが張る光学シールドで防ぎ、《ヒートレイン》で取り巻きの魔物や蔓を焼き払っている辺りマディスの方が一枚も二枚も上手だったが。
『ああ。散々酷い事されてきたから我慢の限界だったんだろうね。決意の中には怒りも混じっていたよ』
「まあ、良い傾向です。言いなりでも受け入れるってなったらこちらとしてはお手上げでしたが」
『懲罰部隊』が道を切り開く名目で魔物の大群と戦ったものの、結局失敗し撤退したのもあり、マカハルドの北の荒野地帯はあまりにも静かだった。
…マディスとマッドフラワー、魔物の数々による争いが起きている区域を除いて。
『今、君は何と戦っているんだい?』
「マッドフラワー。以前お見せした巨大花。大物の三体目ですよ」
これを倒せさえすれば、残るは西に居る鬼一体のみとなる。
しかし、中々粘る。蔓の6割を燃やされたり灰にされたりと無力化され、星型に広がる花弁を穴だらけにされて尚、戦う事を止めないマッドフラワーを見て、マディスは少し辟易していた。
一方の狂い花側も未だに傷一つ付かないマディスに辟易している事もあり得るが。
『確かその花の蔓って結構伸びるんだっけ。……必ず倒すんだよ』
「言われなくともそのつもりですが、何故?」
『何故ってそりゃ……そいつに近付くのは私の分身だよ? 私自身じゃ無いけど、分身があんな目やこんな目にあったりしたら……嫌じゃないか』
あんたにも恥じらいってもんがあったんだな。
そんな失礼な事を考えつつも、此処に来るまでにしていたジナリアとのやり取りを思い出していた。
片手でブラストビット達を操作し、マッドフラワーや取り巻きである植物型の魔物達の猛攻を食い止めながら。
そんな激戦区には吸い込むと何らかの身体的異常をきたす、胞子や花粉がばら撒かれていた。
そもそも呼吸を必要とせず、また生物に対する状態異常の一切が効かないマディス相手には無意味だったが。
再び《シードマイン》が爆発を起こし、複数の、根菜に手足の生えたような植物型の魔物達が身を千切りながら上へ吹き飛んでいく。
根菜の残骸による礫を躱しつつ、こんな事を幾ら続けていても埒が明かない、とマディスは決着を付けるべく、自身の切り札の一つである黒い弾丸を腕に備え付けられている長い筒型の銃に装填する。
ある程度距離を取り、6マス先のマッドフラワーへと狙いを定める。
ターゲットが極端に少なくなった事から、狙いやすくなっていた。
使用武装:スペースノッカー
スキル:《ブラックバレット:ディストーションストーム》
白煙を横に膨らませ、それを突き破って姿を表すのは黒い弾丸。
それはマディス本体から1m程離れた途端に破裂し、内部の凝縮された黒い光を宿す魔力を外気に解き放った。
直後、一直線に突き進む漆黒の奔流が生み出された。
それはどんどん大きくなっていき、マッドフラワーの本体の約三割を削り取った。
段々と奔流が細くなっていき、消失したところでマッドフラワーは時が止まったかのように動かなくなる。
役目を終えて排莢されて宙を舞う薬莢を掴み取り、マッドフラワーが生命活動を停止し、花弁の数々が崩れていくのを確認する。
「…何ともまあ、しぶとい相手だったな、今回は」
ブラストビットやジェネレートアームをあまり積極的に使わなかったのもあったが、仕込みをしていて尚これである。
今回はタフな相手と交戦した為に予想以上に時間が掛かってしまった。
クノスペヴォルフとの戦いの時と同様に、ジナリアの分身が回収に来たのを確認しつつ、まだ切っていない通信を再開する。
『君でも手こずる相手だったのかい?』
「手こずるというより、予想以上にタフだっただけと言いますか。…派手に暴れていいならそうしたし、許されるなら兄貴にぶん投げてましたよ」
マディスも兄弟機のハーヴェルも、如何に硬い装甲であろうと貫通し、確実なダメージを与えるスキルを持つ。
だが、ハーヴェルと違い索敵スキル等で発見されにくいという隠密能力に長ける分、自分へのバフ能力が乏しい為に、装甲値の数値はさておき、単純にHPのとにかく高い相手には相性が悪かった。
今回相対したマッドフラワーも所謂その部類であり、更にはターンに関わらず、自身も含めた盤上のユニット一体が動く度に自身のHPを回復する事で、マディスの手数を黒い弾丸が打ち込まれるまで凌いでみせるという予想外のタフさを見せつけた。
裏を返せば、この世界の住民にとっては溜まったものではない相手だっただろう。
『懲罰部隊』もこの事実を知ったなら匙を投げたかもしれない。
『残った東の鬼もそんな感じかもね…』
「少し作戦を練り直す必要があるようです。後、仕込みも少々いじらないと」
マッドフラワーの遺体は小さなポーチに吸い込まれ、取り巻きの魔物達はマディスの燃料として取り込まれた事で、マカハルド北での任務を終えたマディス達は痕跡の全てを消し去り、撤収する。
その後、一分程経って『懲罰部隊』の面々がリベンジとばかりにマカハルドの北へ来たのだが、既に後の祭りだった。
翌日の朝。
今度は北に巣食う植物型の魔物ごと、マッドフラワーを帝国第56小隊が討伐したと噂は広まり、昨日を超える盛り上がりを見せた。
当然ながら、持て囃されればされる程、ベノメス達が受ける心労も強まっていく。
凱旋を終え、建物同士の隙間である物陰で身を休めるベノメス達は昨日以上に疲れた顔をしていた。
「やあ、英雄君。連日お疲れ様」
「流石に怪しまれるだろ、と思ったが、まさかあれほどの反響を得られるとは……」
アブノーマルウォッチャーとクノスペヴォルフを討伐して間もない為に、流石に嘘を吐いていると思われるに違いないとベノメス達は凱旋の直前まで内心戦々恐々していた。
凱旋を終えた今となっては想像を遥かに超える反響を得られた事に恐れを抱いているが。
裏を返せば、帝国軍が大物を討伐した事を手放しに評価する程『懲罰部隊』のせいで鬱屈とした生活を民に送らせてきていたという証明にもなる。
恐れを抱きつつも、俯く彼らには思うところがあった。
「残る大物はあと一体。西の大鬼だけだねぇ」
「もう今日の夜には仕留めるんだろ貴方の部下が。…でも時間が無いんだ、急がないとな」
「ああ、そうだとも。向こうも悠長な事を待ってくれる訳では無さそうだしね」
ジナリアは物陰の中で手を横に広げる。不敵に笑う彼女の赤い目が怪しく輝いて見えた。
「さあ、残る大物もさっくり倒してしまおう。君達の栄華の為に」
「くそっ、何であいつらが!」
「急に動き出しやがって! 俺らの儲けを返せってんだ!」
同時刻、一方の外壁前。そこには如何にもな醜悪、と言える男衆が苛立ち混じりに屯している。
それもその筈。自分達に回ってくる筈だった支援物資を、必要以上に取り過ぎだと量を減らされて今まで通りの宴会が出来なくなったからだ。
これまで通りの量を欲しければもっと手広く魔物を狩れ、大物を一体でも討伐して来い、と怒りを露わにした現地住民に注文をつけられ言われたい放題となってしまった。
逆上して襲いかかろうものなら、警備の厳しくなった帝国軍の兵士達に止められる。
帝国は底力が恐ろしい。これ以上刺激しようものなら手痛い反撃を食らう事になる。ごろつきの寄せ集めな部隊の物達であっても、それは理解出来ていた。
祖国に戦争を吹っ掛ける口実だと伝えた所で、今度は祖国から見限られるというのは目に見えており、魔物の数が激減している以上彼らの言う通り黙って大物を狩る他無かった。
『懲罰部隊』という大層な名前を持つこの集団は王国より命を受け、大して情がある訳でも無い西大陸のエルタ帝国、その一地方のマカハルドに送り込まれていた。
その中の一人、周囲が醜いからこそ際立つ美しさを持つ美形の茶髪の青年が通信魔法を使い、向こうの大陸に居る上司と連絡を取り合っていた。
『大物を一体も仕留められていない、だと? お前達は何をやっているのだ?』
向こう側が現地の状況に明るくないからこそ、冷たく浴びせられるお決まりの台詞。
しかし、悔しさに唇を噛み締める茶髪の青年に言い返せるだけの実績も実力も無かった。
「申し訳ございません。東のブラックオーガだけは、必ず我らの手で狩ります故」
『そのような事を言って、これで何度目だ? 既に3体もの大物を帝国に狩られている始末。『暗夜衆』を送り込んでいなければ即刻帰還を命じているところだったぞ?』
通信越しの上司が言う通り、暗殺業を専門とする『暗夜衆』、その一部である派遣部隊をこのマカハルドへ来させていなければ、祖国への帰還を強制されていた程の大失態。
手柄を焦るあまり帰還命令を拒否しようものなら、見限られるよりも重い罰が待っている。
今は『暗夜衆』の活躍だけが待たれている、猶予期間に過ぎない。
その為、『暗夜衆』に課せられた任務の遂行、残る西の大物の討伐もしくはテイムの成功が彼らに残された最後の挽回のチャンスだった。
『…まあ良い。言ったからには成し遂げてもらうぞ。ラジール・ベノメスの暗殺も併せてな』
「…御意」
青年の返事を最後に通信魔法は切られる。その瞬間、彼は座っていた岩に拳を振り下ろした。
一回だけでなく、二回、三回、四回と何度も握り拳を叩きつける。
勢いのあまり血が吹き出し、袖口や岩に血を滲ませようと、彼は気にも留めない。
「現場に顔を出さず! 何も知らない癖して! 平然と物を言う!」
美形ながらも目の下の隈等、荒れ具合の酷い彼――プルグレリスは『懲罰部隊』の部隊長である。
分隊長8人と共に、荒くれ者共を支配し統率する者。しかし、そんな身分であるとは裏腹に、彼の身も心もささくれ立った物となっていた。
「何故あいつらに天運は味方する! こいつらが悪さをしたところで俺は悪くないと言うのに!」
彼は王国軍の軍人になる事を志願したが、何もこのような大勢の荒くれ者で構成された無法を地で行く部隊に好き好んで志願した訳では無い。
軍人を志すべく入学した、王国に設立された一流の魔法学校では優秀な成績を収め首席で卒業出来た優等生。
しかし、勉強と魔法関連、それ以外を軽視し疎かにしていたが為に軍人としての地位も名誉も伸び悩んでいた。
祖国に居ても勉強と魔法だけ出来ていた事を色んな立場の者達から野次られ、こちらに来ても部下となる間抜け面共が次々問題行動を起こし、挙げ句の果てには上司からはあれこれと理由を付けて厳しい言葉を投げかけられる始末。
彼はもう、全てを投げ出してしまいたいと思う程に疲れ切っていた。
――故に、今現在、隊長としての責任を放棄しつつある。
分隊長の一人、第4分隊長が近付いてきた所で、彼は真っ赤になりつつある岩を殴るのを止めた。
「プルグレリス隊長、『暗夜衆』のゾルバ様がお目通り願いたい、と」
「拒否しろ。それと、お前達には好きにやらせると伝えておけ」
「ですが、『暗夜衆』から派遣されてきた者達は我々『懲罰部隊』の管轄。おいそれと好き勝手にやらせる訳には――」
「――うるさい! いちいち俺に指図するな!!」
この拒絶を露わにする態度には報告に来た第4分隊長も呆れ果てた。
だが、まだ報告は終わっていないので離れる訳にもいかず、早く離れてしまいたいと思う気持ちをぐっと堪えて続ける。
「…西のブラックオーガの討伐には何時向かわれるおつもりで?」
それを聞いて、プルグレリスはふと我に返る。
荒くれ者達と行動を共にしている内に毒されたか、悪知恵だけは働くのが今の彼であった。
「連中は朝には凱旋している。…と、なると、今日の夜には帝国軍が出向く筈だ。先んじて東に向かい、待ち伏せする。どうせなら、帰路に着き警戒の緩んだ奴らから手柄を奪った方が楽だろう」
「では、もう出発すると」
「ああ。全軍にそう伝えろ」
報告を終え、速やかに命令を実行すべく去ろうとする第4分隊長の背中を「待て」と冷徹に呼び止める。
彼は一瞬震え上がり、恐る恐る振り返ると、邪悪な笑みを浮かべた上官の姿がそこにあった。
「そう言えば、怪しい女共がまだマカハルドの街に居るそうだな?」
「…は、はい。既に出向いている『暗夜衆』の面々よりそのような報告が上がっています。時折、不規則的に姿が見えなくなるのが不可解とも報告されていますが……」
第4分隊長の報告の内、不穏な部分を無視するプルグレリス。
彼の浮かべた笑みは事実確認が出来た事で一層禍々しいものとなった。
「予定変更だ。ゾルバには優先してその怪しい女共を生け捕りにしろ、無理なら殺しても構わんと伝えろ。人手を優先してそっちに割けともな」
「そ、それではラジールの暗殺への人員が足りなくなるのでは……」
「知るか。どうせ出来なきゃ意味が無いんだ、派手にやっちまおう」
逆上に近い激しい感情が彼を支配する。
最早、今の彼には自分達が動く事で起こるかもしれない爛れた理想の光景しか映っていなかった。
彼の感情に身を委ねた暴挙の数々。突拍子も無く変更の加えられたそれらは果たして功を奏すのか。
朝になろうと夜になろうと、この世界を見守る神のみぞ知る。




