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機皇の国  作者: Gno00
第二章 機鬼怪壊

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13/44

ジナリアという少女

10万字突破。ようやくスタートラインに立てた感じです。

 一悶着が過ぎ去り、代金を支払い終えて玄関に向かうジナリアとコルナフェル。

 その頃には彼女達は他の客とすっかり打ち解けており、別れが惜しまれる程仲良くなっていた。

 …一部を除いて。


 軽く挨拶をしてから外套を再び纏い料理店を出ると、ジナリアが男衆を誘導した方向とは真逆――向かって右側に向かって少しばかり歩く。


 そこに見えた建物の狭い隙間の奥よりセンサーの反応を感知する。

 暗がりに溶け込みマディスが腕を組んで待っていた。

 薄暗闇の中黄色い5つの光が灯っているが通行人が気付く様子は無い。


 いや、()()()()()()等無いのだ。


 それを指し示すように彼女ら二人は隠蔽システムの各種を発動させ、マディスとのやり取りをするにあたってその間他者には何も見えないし聞こえないようにする。

 外套のフードを外して素顔を見せると、マディスも確認が取れたらしく、手を軽く挙げて応対する。



「やあ、マディス君。こんなところで会えるなんて。試し斬りは済んだのかい?」



 試し斬りとはマディスが真夜中に魔物を狩る行為の事だ。

 ジナリアは妹より先に彼の到着を確認し、隠蔽システムの一切を有効化し飛ばしたドローンの機能で試し斬りの一部始終を収めていた。


 その映像を夢の光景と偽って、確認の取れた就寝中の帝国兵士にのみ見せたのだ。

 彼女の言う通り、夢では無かったのである。



「まあボチボチってところですかね。狩人稼業に鞍替えしてもそれなりにやっていけそうです」



 不躾ながら彼女達をじろじろと見ると、呆れ気味に彼は続ける。



「ピンチだと言うから急いで来てみれば、割と余裕があるんで帰ろうかと思いましたけどね。コルナフェル様をお連れして」



「ひどいじゃないか」とジナリアは膨れっ面で不貞腐れる。

 一方のコルナフェルは姉以外の見知った顔に数日ぶりに会えた事で安堵を浮かべていた。



「まあ、流石にあんたが連れて行かれたと知った時は、加勢しようかとも思いましたが…」


「へぇ、君が。()()はどうするつもりだったのかな?」


「知ってる癖にわざわざ話させるんですか? オレの機能の事」



 マディスが誂え向きだと判断したのには彼の戦闘能力以外の点も含まれている。

 それは彼の内蔵する機能にある。

 彼は石油とか天然ガスと言った一般的に用いられる燃料を必要としない。


 では何を燃料とするのかと言うと、生物の死骸である。

 燃料として彼に取り込まれた死骸は骨はおろか地面等に付着した血痕すら残らず消失する。


 故に、『懲罰部隊』が実績の為に狩る予定だった魔物の群れに先んじて接触し、処理に雷を放つという多少目立つ行為をしてもそれを証明出来るだけの痕跡が殆ど残らないのだ。

 魔物の遺体を引き摺ったとして。その根拠が消し去られる以上、馬車等の車両が通った跡だと誤魔化せる。


 更に太陽光による発電機能をも備えている。

 《マギア:メタリズム》の世界に於ける太陽光発電というのは『機皇国ジェネレイザ』に限らず、プレイヤーの国家でも技術的発展を遂げていた。

 月の微弱な光からも曇天の日の時を遥かに超えるエネルギーを生み出せる程に。


 昼は発電の為に待機し行動は最小限に抑え、夜は魔物の狩りと『懲罰部隊』の監視に励む。

 現地に到着し隠蔽システムを最大限発揮する今の彼は無敵に近い存在であった。



「ジナリア姉様はそれを見越して彼を送ったと…あっ」



 今は誰も聞いていないのに。

 癖でつい音声言語で喋ってしまったとコルナフェルは口を覆い、顔を赤くする。

 ジナリアは「今はどちらでも良いよ」と通信で告げ彼女をフォローした。



「…まあ、君に頼んで正解だったと思うよ。それで、大物について調べはついたかい?」


「あんたの分身と協力したんで、楽勝でしたよ」



 マディスは紫のコンソールを開いて操作する。

 すると、彼女らの前に巨大生物と思しき回転する3Dモデルを映した画面が展開された。


 桔梗に似た星型の巨大な花と大量の触手のような太い蔓を持つ植物。

 如何にも9つ程に裂けそうな頭部を持つ狼もどきの四足獣。

 円盤と思しき黒色の機械的な怪物体。

 鬼に近い大きな角を眉間の上から生やす大柄の怪物の4つのモデルが、一回転ごとのローテーションで切り替わっていく。



「一部生物とは呼び難い者が混じってるような……まあ、集会所で見た顔がちらほらあるし、十分だよ」


「これ…マディスさんだけで大丈夫でしょうか……」



 3Dモデルの次は4体のそれぞれが得意な技と思しきモーションが映し出される。

 明らかに一対一を想定していない派手な動きの数々にコルナフェルが息を呑む。

 結局会話方式を気にしても仕方が無いと思い、彼女も音声言語で話すことにした。



「まあ、真っ向から挑むだけが戦いとも限らないんで。仕込みは十分してますよ。どうぞお気になさらず」



 戦術、戦法において一家言のあるコルナフェルではあるが、その戦闘スタイルはマディスの真逆となる。

 これ以上は彼には意味の無い助言になると思い、彼女は黙っておく事にした。



「ノーマークに近しい状況だったなんて…そんなに『懲罰部隊』は腐っているのかい?」


「それはあんたらの方が詳しいでしょう。飯屋でのやり取りの当事者たる、あんたらなら」



 マディスの返答に、ああ、とジナリアは先程の事を思い出す素振りを見せる。

 一方のコルナフェルにとっては思い出したくもない悪夢のような光景であったが。


 杞憂で済んだだけまだマシだと思うくらいに。



「まさか言葉巧みに騙して罠にかけるとは。オレとしてはあの演技力に感服しましたよ」


「「えっ」」



 ジナリアとコルナフェルはマディスの何気ない一言に同じ言葉を口に出す。

 しかし、その意味合いはそれぞれ異なる。


 ジナリアは演技だと思われていたの、という衝撃。

 コルナフェルは演技だったのですか、という驚愕。



「えっ?」



 一方のマディスは困惑した。

 演技じゃないのか、という意味で。


 コルナフェルは本気の心配そのものが無意味だったと知り、段々と彼女の中の鬼が目覚め始めていく。

 歪みだす空気が揺らし、大きくなっていく重圧を前にジナリアの額は一瞬にして滝のような汗を流し始めた。


 珍しく焦り出した上司の姿をマディスが面白がるのは言うまでもない。



「あっ、いや、違うんだコルナフェル。まったくもう、マディス君は何言ってるのかな、あははー…」


「わざわざ人気のないところに連中を誘導して、コルナフェル様を危険から遠ざけたんでしょう? 催眠術まで使う辺り闇討ちの基本をよく実践出来ているなと思いましたよ。――敵を騙すならまず味方から。いやぁお見事です」



 マディスの更なる追撃に、最早隠蔽の数々が意味を成さないのでは無いのかと言わんばかりの強大な鬼が姿を現した。

 流石のジナリアも、これには青褪めるばかりである。



「私を弄んだのですねジナリア姉様…」


「ち、違う違う! 落ち着いて聞いてコルナフェル。私はただ目立たずに障害を排除出来る方法を思いついて、それを実践しただけなんだよ! 良いかい、コルナフェル。あれは演技じゃなかったんだ。あの時だけは演技じゃなかった。私は確かに敵を欺くために何度か仮面を被った事があるけど、あの時は違う。シアペル様に誓っても良い。足りないならユニリィ様やメルケカルプ様にも誓おう。あの連中には演技すら必要なかったんだ。何せオツムが足りなさそうだったからね。君もお尻を触られそうになって嫌な気持ちになっただろう? だから、姉として怒ったんだ。あの時は姉として、ね。確かに心配をかけた。私としてはそんな必要すらないと思ったけれど、君が深く傷付くほど心配をかけさせてしまった。君を深く悲しませた。悪いと思っている。でもっ、演技じゃないんだ。マディス君の言う通り催眠術を使って奴らを寝かせたけど決して演技じゃない。奴らにはこの通り指一本触れさせちゃいないし、それだけは演技であろうともゴメンだね。だいたいあんな連中如きが私達に釣り合う訳無いだろう? 人目を気にしなくて良いならその場で惨殺することすら容易だった訳だ。それで良いなら君に役を譲ったりもした。何なら眠らせた後にトドメを譲っても良かったんだ。その方が君も清々するだろう? だから、その……」


「……」



 早口でまくし立てたとしても鬼の気が済む訳もなく。

結局、正座し落ち込んだジナリアの「ごめんなさい」の一言が出るまで場が収まる事はなかった。



「それで? あの連中はどうするんです?」



 ようやくコルナフェルの怒りが鎮まり、ジナリアが力無く座り込みながら涙目になる一方でマディスはコンソールを閉じつつ問う。

 彼の黒液晶は少しだけ輝きが増していた。



「ぐすっ、意地悪なマディス君は嫌いだ……くすん」



 姉が小さく啜り泣きながら小声で呟くので、コルナフェルが苦笑しつつ代わりに応対する事となる。



「料理店に居たあの帝国兵士達の事ですね?」


「はい。必要以上に干渉なされるので、何かしらを考えているのでしょう?」



 コルナフェルとしても、ジナリアの行動の真意が知りたい。

 自身が答えなければ話が進まなくなったので、ジナリアもようやく立ち直る。



「……ああ、マディス君も気になっているのだね。…私としては、同盟を結ぶなら候補として。貿易する関係になるなら第一に、エルタ帝国を選ぶべきだと思っている」


「理由は何です?」


「今日がジェネレイザが漂着してから8日目だね。私達の方はこっちに来て3日目だ。意外と早いもんじゃないか。…まあ、それはさておき。私達はこの地に潜伏して早々から、帝国軍と『懲罰部隊』について詳しく調べていた」



 赤のコンソールを表示させ、今度はジナリアがマディスとコルナフェルの前に画面を表示させる。

 空中カメラの数々が捉えた映像には先程の帝国軍とその仲間がマカハルドの地にて、少数ながらも軍としての責務を全うすべく下心なく忙しなくしている一方。

『懲罰部隊』の面々は人員の数は申し分無いが、外壁手前で貪るように食料を食らい、酒を呑んだくれていたり、路地裏等、人目に付かない場所へ嫌がる異種族の女性を無理矢理連れ込んだりしていた。


 あまりにも極端な対比の光景にコルナフェルは手で顔を覆う。

 マディスもまた、顔の無い頭部から怒りの感情を露わにした。

「プロパガンダを疑うだろう?」とジナリアが軽々しく問い掛けるが、その表情に軽い雰囲気は無い。



「分身のドローンに撮らせて、分身自体も確認してるから全部本物の光景だ。魔法による偽装の類も無い。…三機神様に誓っても良い」


「これが軍の有り様ですか…?」



 妹の問いにジナリアは目を閉じて沈黙する。

 この場合のそれは肯定を意味していた。

「ひどい…」とコルナフェルはその綺麗な顔を歪ませて悲哀を浮かべる。



「末端がこれなら、上層部も期待出来ないね。こんなのを見せられて尚王国と組むと言い出すのは正気とは思えないよ」


「王国は何を考えているのやら…」



 力無く座り込んで泣き出すコルナフェルを慰めつつ、マディスは当然のような疑問を口にした。

 これを口実に帝国側から争いごとの一つや二つが起きてもおかしくない筈だが、それが起きる気配すら無いのは何故なのか。



「帝国は弱体化した国家だ。鉄と鋼を精力的に生産しているのは立派だと思うけど、ただでさえ魔王軍の対処で忙しいのに王国に反旗を翻す余裕があるとは思えないよ。それに、そうしたとして敵が王国だけとも思えないしね」



 帝国と王国。

 どちらの発言力が強いかというと間違いなく王国だ。

 王国が帝国を悪者扱いしようものなら、帝国は為す術なく袋叩きに合うだろう。


 その際に王国にとって不都合な事実の一切を揉み消したところで帝国以外の誰も気付きはしない。仮に気付いていたとして、損を被るだけなので誰も指摘しないし、帝国には味方しないのだ。



「東大陸はおろか、西大陸の国家まで敵に回す可能性があると?」



 ジナリアは淡々と首肯する。

 一同はこの世界の不条理さを思い知った。

 かつて他国、敵対勢力にとっての不条理に似た国家の出身である為にあまり他人事とは思えないのだ。



「かつての盟友と似てますね…」



 マディスがつい口にしたかつての盟友とは、《マギア:メタリズム》のプレイヤーの国家の事だ。

 彼らは当初ジェネレイザにより支えられ、自分達の信じる道を貫き通し、最後には自国家のみでジェネレイザを打倒するまでに至っている。


 そんな彼らと帝国の立場は非常に似ていた。

 生き写しだと言われても信じる程に。



「親心と言われても帝国には分からないだろう。だから親切心で彼らを助ける事にしよう。帝国を救う為に加勢する」



 コルナフェルもようやく泣き止み、マディスに続いて賛成の意を示す。

 目標は決まった以上、後は行動に移すのみ。



「コルナフェルはお父様に連絡を。マディス君にはこれから『懲罰部隊』を監視してもらいつつ、隙を見て大物を狩ってもらう。ここからが正念場だ。長くなるけど気を引き締めていこうか」




◇◆◇




「あの姫君は俺より遥かに強い」



 昼間の食事中に会った美姫二人の事で隊員達が歩き話に盛り上がっていると、突然水を差すように隊長ラジール・ベノメスが先頭を歩いたまま言い放つ。

 あまりにも突拍子の無い発言に隊員達は思わず数秒立ち止まり、それから歩みを再開して場を賑やかす冗談だと判断した。



「冗談は止めてくださいよ隊長。あんなに美しいのに?」


「冗談では無い。俺は本気で言っている」



 しかし、暴漢相手に物怖じせず、一瞬だけの殺気を多くには悟らせない彼女の姿を目の当たりにした彼は至って真剣である。

 その様はすぐに隊員に伝播し、表情を引き締めた。



「恐らく姉君を案じていた姫もな」



 何らかの事情があって伏せているのだ。

 他の客を案じての事かも知れないし、単純にその方が楽だったからかも知れない。

 圧倒的な強さを持つからこそ、手段を選んだのだろう。


 今一度、今度こそは彼女達を詳しく知らねばならない。

 味方に加え入れられるなら、と思うのは浅はかかも知れない。

 だが、敵に回すという最悪の場合だけは避けておきたかった。


 祖国と自分達の未来の為に。



「お前達、死地に赴く覚悟はあるか?」



 無謀でも、奈落の底へ踏み込み、深淵を覗き込まねばならない。

 例え己と仲間の命を想像を絶する危険に晒そうとも。

 覚悟の決まった隊長の命令を拒む者はおらず、決死の作戦は決行される事となった。



 作戦はその日の内に他の班の仲間や分隊にも通達された。

 二人の美姫を上空から目で追う監視役を町の東西南北へ配置すべく分隊から交代制で二人が抜擢され、また地上にて彼女達を護衛するべく4人一組の別動班が新たに立ち上げられた。


 彼女達を見習って人数を絞れば気付かれにくくなる上に、単独行動を避ける事で彼女達の行動ルートの確実な絞り込みを出来ると考えたからだ。


 もし、監視役の一人がやられたとしても、もう一人が逃げて合流予定地に向かえば必ず小隊の仲間に合流出来る。

 後は、ターゲットは無理でもせめて王国の者達に探られないようにするだけだった。


 やはりと言うべきか、作戦を決行して早々、隠蔽魔法の数々を使っているにも関わらず、距離に関係なく護衛目的の尾行は彼女達に気付かれやすいようだ。

 決まって行き止まりに誘導出来たかと思えばターゲットの姿を見失ってしまう事が多数報告された。


 しかし、多数報告が上がるという事は誰も欠けていないという事。

 彼らは疑問に感じていた。

 何故、我々に何もしてこないのか、と。


 尾行されるのが嫌なら隊長の顔が割れている以上脅すのは容易ではないのか、と。


 そんな答えの見えてこない自問自答を重ねつつ作戦開始より早2日も経っていた。

 交代交代で、彼女達に見つかる前提という、破綻したような監視を続けていくと行動ルートの絞り込みは一応出来た。

 紙の地図の上に太く記された、特定のルートを機械的に往復しているその様に、察しの悪い兵士であっても気付くことが出来た。


 間違いなく、誘われていると。


 この誘いに乗るべきか、否か。

 罠の可能性を踏まえて、四人は慎重に尾行を続ける。

 だが、同じルートを延々進むという事は不幸な接触も起こり得るという事。


くどいようだが、察しの悪い兵士であっても気付くことが出来る。

 騒ぎを聞き付け、彼らは物陰からその騒ぎの発生源を目視で突き止めた。


 見ると、そこには鎧姿の屈強な男達が外套のフードだけを脱いだ白髪の美姫を取り囲んでいる。

 だが、彼女の連れである灰髪の姫君は何処かに隠れているのか、姿が見えなかった。

 遠方の彼女達のやり取りに魔法による聴力強化を行使して耳を傾ける。



「――いやぁ、私は催眠術の虜になっちゃったんじゃないかと心配だったんだよ?」


「やっぱりてめぇの仕業か!」


「まぁ落ち着け。ウチの連中が迷惑を掛けたな。すまない。詫びと言っては何だが、俺の奢りでいい。俺らと一杯やらないか?」



 このようなリーダー格の紳士的な態度と甘い言葉の数々は奴らの常套手段だ。


 一度逃げられた相手に一先ず謝罪をし、詫びという名目で酒を奢る。

 嫌悪感から拒否しようとしてもリーダー格の男はしつこい程紳士的な態度を崩さず詫びを入れてくるし、そもそもこの状況に持ち込んだ時点で逃がしてはくれないので結局諦め混じりに押しに負けてしまうのだ。


 のこのことついて行った結果、泥酔する程の酒を飲まされ、前後不覚に陥っている間に貴重品を盗まれたり、女性の場合はそれに加えて慰み物にされたりしてしまう。


 不味い状況に陥ったと判断し、護衛役四人は気付いているならこちらに逃げ込んでくれと視線で合図を送る。

 だが、自分達の知っている状況下だった為に忘れていた。彼女は自分達の常識の範疇を超えた存在であると。



回りくどい事(前置き)は抜きにしようか。要は、私の事嬲りたいんだろ?」



 悪戯に舌を出しながら言い放った、『懲罰部隊』の男衆の本性を見抜いた衝撃的な発言に一同は、護衛役の四人すらも絶句する。

 まるで目の前の男衆が脅威ですら無いと言わんばかりに。

 慌てたのは、一定の良心を持ち合わせている物陰の四人だ。



(止めろ、挑発するな!)



 止めに入ろうにもこの数では多勢に無勢である。

 真正面からはまず無理だ。

 今は王国をなるべく刺激せずに彼女らとの交渉に移りたい彼らは、彼女を逃がす隙を作る為に暗器を構えつつ黙って見ている事しか出来なかった。


 彼女の発言を聞き、リーダー格の男の顔が、隠していた下心を剝き出しにするように下品に歪む。

 その屈強な手が白髪の美姫の細い体へと徐々に近付いてきていた。



「…ぁああ、そうさ。身の程知らずのお前の体に徹底的に刻み込んでやる! そしてお前の妹も、慰みものにしてや――」


「身の程知らずは」



 リーダー格の男の動きが突然止まる。

 見ると男の視線の先――彼女の手には、銃らしき小型の物体が握られていた。



「いっ…」


「どっちかな?」



 彼女が目元を黒で覆い隠すと同時に、帝国兵士達は慌てて視界を壁の方に追いやる。

 バツン、という音が鳴り響き、視界の外が激しく光ったらしく、一瞬壁の先が明るくなったような気がした。

 光が消え失せ、少し待ってからもう一度ジナリアの方を向くと、男衆から下品な情欲を向ける目の色は消え失せていた。



「君達は何も見なかったし、聞かなかった。このまま帰ってぐっすり眠るんだ。いいね?」


「…は、ふぁい」



 腑抜けた顔の男衆が素直に彼女の指示に従って歩き去って行く。

 先程まではあり得なかった光景が、確かにそこにあった。

 一瞬の間に何が起きたようだが、もし光を見ていたなら男衆と同じ目に会っていただろう。



(何をしたんだ、一体…?)



 何かをしたのは間違いないが、真相は謎のまま。

 どう報告すれば良いのか物陰の中で困っていた矢先、同じく監視していた一人の頭に何かが当たった。



「…ッ」



 白髪の美姫に聞こえぬよう彼が小さく呻く。

 さっきのにやられたか、と一瞬思うも閃光も音も無ければ、怪我も認識を操作された様子も無い。

 どうやら違うもののようだ。


 先程までは無かった、地面に転がり落ちた白い物体を拾い上げる。

 それはくしゃくしゃに丸められた、羊皮紙とはまた違う材質の紙だった。

 状況を考えて、当たったものの正体はこれという結論に達する。


 白髪の美姫の方に向き直ると、命中した事に喜ぶように無邪気に美しい白髪を揺らして軽くガッツポーズをしている。

 彼女が投げて当てたのは間違いないだろう。


 情報の乏しい以上、せめて、紙屑を投げた理由を探らねばと丸まった紙を広げて見せると、その正体に気付く。

 一見ゴミに見えるそれは文書であり、彼女が書き連ねたと思しき黒いインクの文章が記載されていた。

 一通り読み上げた上で彼女の様子を見ると、彼女は朗らかな身振り手振りでよろしく、と伝え立ち去っていく。



「…ベノメス様に報告を」



 光明の見えた彼らの顔に、微かに明かりが灯っていた。

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