今更なんの御用でしょうか?
貴方との思い出は今はただのガラクタなのです。
私はディアーナ・オルレアン。公爵令嬢です。私には愛した人がおりました。元婚約者のルーファス・ギース公爵令息です。今は諸事情でルーファス様の弟のレオン様と婚約しております。
諸事情とは、ルーファス様の駆け落ちです。平民のリリーさんという方と添い遂げたいとの旨の手紙を残して、消えてしまわれました。
私はショックで倒れ、その後目を覚ますとお義母様とお義父様はこちらが申し訳なくなるほど頭を下げていました。父と母は怒り心頭でしたが、この婚約は双方にメリットのあるものでしたから、まだ婚約者の決まっていないスペアのレオン様との新たな婚約をすぐに結びました。レオン様はスペアとして、後継としての教育を一応は受けていたので問題はありませんでした。
レオン様は私に兄が申し訳ないと頭を下げてくれました。その上で、厚かましいお願いだがどうか僕と政略結婚だけではない、本当の夫婦になって欲しいと薔薇の花束をプレゼントしてくれました。私は、まだルーファス様が好きだと答えましたが、レオン様は時が来るまで待つと言ってくださいました。私はそんなレオン様にそっと頷き、レオン様はそんな私の手を取って手の甲にキスをしてくださいました。
けれど、私の心は空っぽでした。ルーファス様においていかれて、辛くて堪りませんでした。私だけを愛しているなんて、嘘つきなお方。結局はリリーさんを選んだくせに。嫌い。大嫌いです。そして、大嫌い以上に、大好き。貴方への気持ちに、今も溺れている私はどうすればいいのですか。幼いあの日、貴方に抱きしめられた優しい温度が今もまだ消えてはくれません。痛くて苦しくて、心が悲鳴を上げているのに。何故貴方はここにいないのですか。
そんな中でも、日々は回っていきます。やがて心は空っぽなまま、レオン様との結婚の日がやってきました。レオン様は思わず見惚れてしまう様な、蕩けるような柔らかい笑顔で私を受け入れてくれました。私と結婚出来て幸せだと、優しくキスしてくれるレオン様にようやく私は心を許すことが出来ました。そして、子を産み、二男三女に恵まれ、いつしかレオン様に対して、特別な感情を持てるようになりました。社交界でも、しばらくはルーファス様に捨てられた女として陰でひそひそされていましたが、今では有能なレオン様の夫人としてそれなりの地位を築いています。今ではルーファス様への気持ちは大分薄れ、ルーファス様への当時の気持ち以上にレオン様が大好きです。レオン様も変わらず私を愛してくださいます。キスやハグもたくさんしてくださいます。子供達はそんな仲睦まじい私達が大好きなようです。
そんなある日のことでした。ルーファス様がリリーさんと幼い子供を連れてギース家に現れたのです。ぼろぼろな様子のルーファス様とリリーさん、そしてお二人の子供であろう幼い子供に、しかし使用人達は冷たくあしらい追い出そうとし、軽く騒ぎになった頃に私とレオン様がようやく気付いて三人を応接間に通したのです。
「えっ…と」
「お久しぶりです、兄上。今更なんの御用でしょう?」
ルーファス様を見つめるレオン様の目は冷たく、普段の優しい温度がありません。ルーファス様とリリーさんは一瞬怯みましたが、すぐに頭を下げました。
「まずは…あの時、迷惑をかけてすまなかった」
「申し訳ございませんでした!」
「ええ、本当に。どれだけ妻が苦しんだことか、貴方方にはわからないでしょうね」
「…」
「あ、いえ、私はレオン様のおかげで今すごく幸せですから!」
「アナ…一発ぶん殴ってもいいんだぞ?」
「いえ、レオン様のお兄様にそんなこと出来ません」
「で、今更うちを頼ってきたのは生活難か何かかな?兄上」
「いや…俺もリリーも、幸いにしてなんとか平民としてやっていけるだけの生活基盤はある。問題はこの子なんだ」
「…。その子が邪魔、とか?」
「まさか!長年不妊に悩まされて、ようやく授かった男の子だ!俺の命よりも大事だ!ただ…心臓に問題があるそうでな…その、移植手術が必要なんだ…」
「はあ…その資金援助でしょうか?」
「いや、資金は…その、人に言えない仕事もしてなんとか稼いだ。ただ、…適合するドナーがいなくて…その…」
「?では何故うちに?」
「…頼む!お前たちの子供の心臓をこの子にくれ!」
「…は?」
私とレオン様は一瞬、ルーファス様が何を言っているのかわかりませんでした。
「お前たちには五人も子供がいるんだろう!うちにはこの子しかいないんだ!頼む!」
「お願いします!お願いします!」
「…あんたら、何言ってる?自分の言ってる意味がわからないのか?」
「わかってる!謝礼なら幾らでも払う!金なら稼いだんだ!あとは適合するドナーさえいれば助かるんだ!頼む、頼む!」
土下座する二人。もはや視線だけで人を殺せそうな夫。そして何も知らずに寝ている幼い子供。私は…。
「帰ってください」
思ったよりも冷たい声が出た。土下座して騒いでいた二人が押し黙る。レオン様は目を見開いて私を見たが、すぐに二人を立たせて、幼い子供を抱かせて追い出してくれた。二人はもう何も言わなかった。ただ、レオン様が念のため連絡先は聞いていたようだった。
「アナ…お前にあんなことを言わせてすまなかった。僕が言うべきだった」
「いえ…。…でも、あんな人でもレオン様のお兄様ですもの。あの子は私達の可愛い子供達の従兄弟。適合するドナーが見つかったらいいのですが…」
「アナは本当に優しいな…。…わかった。ならば、うちの領内の病院の方に掛け合ってみよう」
そうして数年後、奇跡的に領内の病院で適合するドナーが見つかり移植手術が行われた。それまであの幼い子供が生きていたのは奇跡に近いらしい。ルーファス様とリリーさんはあの時は本当に申し訳無かったと謝罪とお礼に来た。そして謝礼に大金を渡そうとしてきたが、私達は受け取らなかった。
「あの子を助けたのは、あくまでもあの子がうちの子の従兄弟にあたるからだ。あんたらのためじゃない」
「そのお金はこれからのあの子のために使ってください。あと、金輪際人に言えない仕事はしないでください」
「悪かった…本当にありがとう」
「ありがとうございます、領主様!」
そうして今度こそルーファス様とリリーさんとは縁を切った。もうお互い、二度と関わることはないだろう。
「アナ…本当にこれでよかったのか?あの二人に復讐する道もあっただろうに」
「復讐なんて!ルーファス様がリリーさんと逃げてくれたおかげで今のレオン様との幸せがあるんですもの」
「アナ…愛してる。これからも、ずっとずっと大切にする」
「ふふ。私も大好きです、レオン様」
これからも、私達はこの幸せを守っていこうと思います。