8 意図の探り合い
パティリアーナ様が慌ててらっしゃるのを傍目に、わたくしは話を進めてまいります。
「どなたにお聞きになりましたの?」
わたくしは声を低くして目を細めました。あえて『何を』とは聞きません。
「っ!!メ、メイドたちよっ!」
なるほど、わたくしはメイドたちに侯爵令嬢として行動させるようにとの指示はいたしましたが、コンラッド王子殿下と会わせないようにとは申しませんでしたものね。おそらく、高官様にそれをお手伝いするようにと言われているのでしょう。メイドというのも大変ですわね。でも、後ほど釘を刺しましょう。
「そうですのね。でも、今は、ここにはどなたもおりません。どなたかがいらっしゃる前に、校舎へ戻りましょう」
わたくしは目を細めたまま、もう一度、伝えました。パティリアーナ様はたじろぎました。
先程わたくしが会ったのはボブバージル様でした。意図せずそこにいたとは考えられません。マーシャ様から協力要請されたのかもしれませんわね。だとしたら、生徒会の皆様が、協力してくれて、わたくしにとって僥倖ですわ。
「そんなの、貴女に何がわかるというのよっ!わたくしの邪魔をしないでっ!」
パティリアーナ様は、淑女らしからぬ声でお叫びになります。ああ、わたくしだけで解決することは無理でしたわ。ボブバージル様がいらしてしまいました。タイムアップですわね。
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僕はコレッティーヌ嬢に言われた通りに、木の陰を使い校舎の方へと戻った。そこから出て、二人の方へと歩く。パティリアーナ嬢が、少し声を荒げているようだ。
「お二人ともこんにちは。こちらで何をなさっているのですか?困ったことがありましたら、何なりと言ってください」
僕は、先程のコレッティーヌ嬢とのやり取りはなかったかのように二人に声をかけた。もちろん、極上の笑顔で、ね。
「まあ、ボブバージル様!ごきげんよう」
コレッティーヌ嬢もまた、そのように返してきた。特に打ち合わせの時間もなかったが、正解なようで何よりだ。一応、笑顔で挨拶してきた。
「ごきげんよう。ボブバージル様」
パティリアーナ嬢も挨拶を返してきた。笑顔もなくつっけんどんだ。今は僕の方が爵位が上の設定のはずなんだけどな。僕はあえて、チラリとそれを表情に出した。
そして、案の定、コレッティーヌ嬢はそれを指摘した。
「パティリアーナ様、ボブバージル様は公爵家のご令息です。ご挨拶をそのようなお顔でなさるのはよくありません。いえ、淑女として、表情を作ることを覚えてくださいませ」
コレッティーヌ嬢は微笑のまま、パティリアーナ嬢に指導する。これが表情を作るということなのだろう。貴族にとって、大切なことだ。指摘されたパティリアーナ嬢はコレッティーヌ嬢を睨んでいた。
それにしても、パティリアーナ嬢は、王女なのだろう?今更表情について指導されるとは、どれほど甘やかされてきたのか。
表情をまだ上手く誤魔化せないご令嬢たちは、よく扇を使う。パティリアーナ嬢も、扇を右手に持っていた。しかし、イラついた顔を隠すではなく、ミシミシと音が聞こてきそうなほど、握りしめていた。扇もそういう使われ方をするためにできたわけではないのに、可哀想なことだ。
そんなパティリアーナ嬢を見なかったことにして、僕はコレッティーヌ嬢に思いっきり賛同した。
「確かに、そういうことを学ぶための学園ですからね。ときにはそういうことも必要ですね。それにしても、こんなところでお二人に会うとは思いませんでした。どうかなさいましたか?」
僕は僕としては極上の笑顔を、パティリアーナ嬢へと向けた。パティリアーナ嬢は、眉をピクリとさせていた。
「なんでもありませんわ。わたくしは、これで」
注意されても言葉使いを 直すつもりはないようだ。来たばかりだというのに、踵を返すように戻ろうとするパティリアーナ嬢の背中に、僕は声をかけた。
「秋も深まればここは寒くなります。パティリアーナ嬢も風邪をひかれませんように」
暗にもう春までは誰も、いや、コンラッドは来ないと伝えたが、伝わったかはわからない。
パティリアーナ嬢の背中が校舎に消えたのを見て、僕はコレッティーヌ嬢に振り向いた。
「説明してもらえる?」
コレッティーヌ嬢はとても美しい笑顔を見せた。この一言でわかるとは、コレッティーヌ嬢は切れ者なのだとわかる。
「お気づきかもしれませんが、パティリアーナ様はマナーについてお勉強中ですの。わたくしはパティリアーナ様のご両親にくれぐれもと頼まれておりますのよ」
コレッティーヌ嬢は笑みをさらに深めた。おいおい『ご両親』って両陛下だよね?建前上は侯爵ご夫妻なんだろうけど。
「そうなんだ。コレッティーヌ嬢はパティリアーナ嬢のご両親から、随分と信用を得ているんだね」
僕は顔が引きつらないようにした。僕も一応は公爵家。顔に出さないことができないなんて思われるわけにはいかない。
「そうなのかもしれませんわね。わたくしもここまで(酷い)とは予想しておりませんでしたの。この留学のお話は侯爵様の荒療治かもしれませんわ」
コレッティーヌ嬢は、少しだけ首を傾げ、困ったわというように微笑を見せた。本当に困っているわけではないのだろう。どちらかというと楽しんでいるように見えるし。
「とにかく、僕もパティリアーナ嬢に伝えたかったことは伝えられたし、助かったよ」
僕の言葉にコレッティーヌ嬢は、涼やかな笑みたたえた。
「とんでもございません。わたくしも、マナーもなってないのに、コンラッド王子殿下と懇意になさろうとするなんて、止めたいと思っておりますから」
僕は違和感を感じてすぐさま聞き返した。
「コンラッドがここに来ることになっていたの?」
僕は笑顔をやめて通常の真面目顔で、だが、こちらの状況を惚けて、聞いた。
『秋も深まればここは寒くなります。パティリアーナ嬢も風邪をひかれませんように』
先程、僕がパティリアーナ嬢に掛けた言葉だ。コンラッドとは、一言も言っていない。
「ええ、パティリアーナ様がそうおっしゃっておりましたわ。どうやら、メイドたちに探らせているようですわ」
パティリアーナ嬢からの情報だと誤魔化そうとしているが、これ以上は喋らなそうだと判断した。それにしても、頭の回転の早い方だ。敵にはしたくない。
だが、今は味方なのかも定かではないので、こちらの手の内を見せるわけにもいかない。
「そうなんだ。パティリアーナ嬢がコンラッドと懇意にしたがっているのは、マーシャとクララからも聞いているよ」
こちらも、マーシャたちからの情報だと言い切ってみたが、コレッティーヌ嬢の表情からは何も探れない。
「コンラッドにはマーシャという婚約者がいて、臣下に下る予定だから」
僕は釘を刺すだけに留めることにした。
「はい、存じておりますわ」
コレッティーヌ嬢の笑顔の真意を聞きたかったが時間になってしまった。誤解を受けぬようにと二人でタイミングをズラして校舎に戻った。
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ボブバージル様とパティリアーナ様のやり取りで確信しました。やはり、コンラッド王子殿下はここにはもういらっしゃらないようですわ。本当に助かりましたわ。
それにしても、もし、それをパティリアーナ様にお伝えにいらっしゃったというのなら、ボブバージル様は不思議な方ですのね。
マーシャ様から、パティリアーナ様がコンラッド王子殿下にご興味がおありになるとお聞きになったそうですが、だからといって、パティリアーナ様がここに来ることを知ってらっしゃるのは不思議ですわね。
まるで、わたくしと同じ目的だったみたいですわ。
それでも、わたくしはわたくしの秘密を話すわけにはまいりませんので、メイドたちに責任を押し付け、ボブバージル様の前から退散いたしました。
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