6 印象的すぎる
僕たちがノリノリで相談しているところへ、マーシャとクララが入ってきた。二人は留学生に園遊会の準備の様子を見せてくると言っていたから、その帰りであろう。
セオドアとウォルが立ち上がって一人がけに座り直す。ウォルはさりげなく、メモをカバンにしまっていた。
空いた二人がけに二人が座った。僕たちは、すでに座ることをいちいち促されなくとも座ることに問題のない関係になっている。
「留学生のお二人はどのような感じですか?」
ウォルが極自然に話題を振った。マーシャとクララが目を合わせる。………つまり、言いにくいということが、推察され、僕は心の中でため息をついた。3人を見ると3人もがっかり感が伺えた。
「みなさんに嘘をついてもしかたありませんものね。はっきりと対照的過ぎてて説明が難しいんですの。どちらのお方のお話からにいたします?」
「僕たちは、二人とも知らないから、どちらでもかまわないよ」
コンラッドはマーシャに任せるように促した。
「そうですわね。では、コレッティーヌ様ですが、とても素晴らしい方だと思われます。というのは、まだ1日目ですので、はっきりとは断定できないという意味ですわ」
クララも頷いていた。逆に今日だけでマーシャの印象がいいなら、尚更、僕たちの印象評価は上がる。マーシャが簡単には認めないというのをわかっているからだ。
そして、先程のマーシャの『対照的すぎる』という言葉を思い出し、またしても心の中で大きくため息をつく。
「お立場もキチンと把握されており、その上で礼節も心得ておいでのようですわ。かといって、伯爵家であるクララを蔑むこともせず、笑顔を向けられておりましたわ」
マーシャも幾分か嬉しそうだ。相手が侯爵令嬢でクララより上であることを、マーシャも気にしていたのだろう。
「それで、もうお一方は?」
僕が促すとマーシャは眉をピクピクとさせ、クララは苦笑いで少し俯いた。二人の姿を見て、我慢のできなくなった僕たちは同時にため息を吐いてしまった。
「「「「はぁ…………」」」」
「え?ど、どうしましたの?」
僕たちのため息を予想していなかったマーシャとクララは目を丸くしていた。
「い、いや、ほら、さっきマーシャが『対照的過ぎる』っていうからさ。次は嫌な報告なんだろうなって予想したんだよ」
コンラッドの言い訳に、僕達も肯定するため首を縦に何度も振った。
「そうでしたのね。ふぅ、予想は的中と申し上げておきますわ。とても印象的すぎる方ですわね。お言葉も時にはわたくしより上の方のように感じることもございましたし、……」
『本当はマーシャより上なんだもの』とは言えない。
マーシャが珍しく口淀んで、クララの様子を伺っていた。クララは、大丈夫よというようにマーシャに笑顔を向けた。
「一言だけでしたが、あからさまにクララの爵位を疎んじておりましたわ」
「「「「「………はぁ………」」」」」
クララ以外の5人が、何とも言えない間の後で、ため息をつき、肩を落とした。
実際に疎んじられたクララはそれを気にするより、みんなの嘆息が気になるのだろう。アワアワとして、みんなをなぐさめようと、それぞれに触って声をかけていた。そして、僕には困った苦笑いをしたので、僕も苦笑いで頷いた。
「それだけでは、ございませんのよ。再三に渡り、コンラッドに挨拶させろとおっしゃっておいででしたわ」
マーシャが困り顔で、手で顎のあたりを触った。
「「「「えっ!?」」」」
僕たちは、驚きで少し身を乗り出した。
夢を考えると、パティリアーナ嬢は、マーシャが婚約者であることはご存知のはずだ。そのマーシャに初日から紹介をせがむとは、予想以上な方であるような気がする。
「あ、大丈夫ですわよ。コレッティーヌ様が止めてくださいましたの。
とはいえ、早々にご挨拶しておいた方がトラブルにならないかもしれませんわね」
「でも、コンラッドだけを指名って、不思議よね?『生徒会』でも『高位貴族』でもなく、コンラッドの名前だけをおっしゃっるのよ」
クララは目をしばたかせて小首を傾げて意見した。なんて可愛いんだっ!
僕はニヤけていたようで、左足をウォルに踏まれた。
それから、ウォルは顎に手を当てて、しばし考え事をしていた。
「そうか!クララ、それはいい考えだ!」
ウォルは、手を1つ叩いた。クララは何を言われたかわからず、また小首を傾げた。もう、その可愛らしい姿をウォルに向けるのは止めてほしい!
「こちらは、コンラッドを『殿下』としてではなく、私達が『生徒会』だとして挨拶しよう。普通なら、その違いに気がつくだろうし、私達が今後コンラッドのまわりにいることも言い訳になる!」
「おお、それなら、司会風に副会長としてウォルがしゃべれば、コンラッドも俺たちも、最小限の挨拶で済むな」
セオドアは、シンシア嬢がいなくなってしまったので、生徒会役員に正式になった。
「それも、短い時間がいいだろうから、朝のうちに済ませてしまおう」
コンラッドの意見でまとまり、翌日の朝、お二人に挨拶に行くことになった。
〰️
帰りの廊下で僕はクララに声をかけ、みんなと少し離れて歩いた。
「ねぇ、クララ。もしかしたら、しばらくは別々の行動が多くなるかもしれない」
「そうですわね。わたくしも、パティリアーナ様のお考えがわかるまでは、みんなに近づけない方がいいと思いますの。特にコンラッドにご興味がありそうでしたもの」
クララは心配そうにマーシャの背中を見ていた。クララのそんな優しさを余所に、僕は僕たちのことを考えていた。
「あの、だからね。その……月に一度、市井でデートしないかい?」
僕は赤くなっている自覚があった。クララはクリクリの瞳をさらに大きくして僕を見たあと、赤くなって俯いた。そして、僕の袖を掴み、コクリと頷いた。
馬車寄せまで行くと、すでにクララの馬車は到着しており、クララは1番に帰っていった。
クララの馬車が門をくぐると、セオドアとウォルが僕の両脇で肩を組んできた。
「バージル、君は何か誤解していないか?」
ウォルが凄んできた。
「そうだぞ。ずっと婚約者と一緒にいられる お前とコンラッドが普通じゃないんだぞ」
セオドアが肩を組んだまま、僕のお腹に軽くパンチをした。
僕は僕たちの状況が当たり前だとは思っていないけど、確かに少し離れることになったくらいで、デートを考えてしまうくらい、クララといられないことを寂しく思ってしまっている。
「私達は学年の違う婚約者なので、いつも全く会えないのですよ。同じ校舎にいるはずですのに、ねぇ」
ウォルの声はさらに低くなる。
「少しは遠慮しろよなぁ」
二人は僕の肩を離したと思ったら、僕の髪をグシャグシャとした。僕は逆にニヤけてしまい、二人からおふざけのパンチをもらうことになった。マーシャとコンラッドは、そんな僕達を見て笑っていた。
とはいえ、セオドアは毎朝朝練でベラから手厚い応援をもらっているし、ウォルも春過ぎからティナと毎朝図書館デートをしているのだと、ティナから聞いている。
二組が上手くいっているのは、シンシア嬢事件を解決したことを考えると、とても嬉しい。
〰️
翌日の挨拶は、作戦通りだった。
まずは並び順、お二人のお近くには、マーシャとクララ。その斜め後ろ内側に僕とウォル、そのさらに斜め後ろ内側にセオドア、そのさらに斜め後ろ内側に体半分だけのコンラッド。
そして、口を開いたのはウォルだけ。僕たちは、ウォルの紹介でペコリと頭を下げただけだ。コンラッドのことも『殿下』をつけずに紹介した。
パティリアーナ嬢が何か言いたそうにしたとき、先生が入室し、僕たちは慌てて席へ戻る演技をした。あくまでも演技だ。この先生はのんびりとした方で、その程度では叱ったりしないことは、この2年でよぉくわかっている。
コレッティーヌ嬢は、僕たちの気持ちを知ってか知らずか、クスクスと笑っていた。
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