3 侯爵令嬢としての立場
メイドがパティリアーナ様のお部屋のドアをノックして、ドアを開きました。わたくしは小さく息を吐いて、いざ、入室いたします。
「随分と時間がかかりましたのねっ!」
やはり、イライラして待っていたようですわ。予想通りとはいえ、気分はよろしくありませんわね。
わたくしを呼びに来たメイドがとうとう真っ白な顔色になってしまいましたわ。
「パティリアーナ様、申し訳ありません。わたくし、ちょうど髪を整えているところだったもので」
わたくしは『申し訳ありません』と言いながら、頭は下げません。口調もいたって普通。申し訳なさは、出しません。だって、急な呼び出しですもの、遅くなることはございますわ。理由はそれだけではございませんけれども。
パティリアーナ様は、わたくしが頭を下げない理由もお考えにならず、頬をピクピクとさせていらっしゃいます。
さらに顔を白くしたメイドはわたくしを驚いた顔で見ていらっしゃいます。それは、嘘をついてまでメイドをフォローしたことに関してかしら?パティリアーナ様に頭を下げないことに関してかしら?
どちらにしても、そうやって顔に出してはダメですと、みなさんに言いたいのですがやめておきますわ。
「とにかく、お話がありますの」
パティリアーナ様はまるでご命令のようにわたくしを促します。
わたくしはパティリアーナ様がいらっしゃるソファーの側まで参りました。パティリアーナ様は、わたくしに座ってくださいと申しません。わたくしは、もちろん、立ったままです。どうやら、メイドたちもそのことに疑問を持っていない様子。これは指導しなくてはなりませんわね。
まあ、その前に、パティリアーナ様のご意見を伺って差し上げましょう。
「コレッティーヌ様は、わたくしたちの密命をわかってらっしゃるのかしら?たったの1年、いえ、10ヶ月ほどしかございませんのよ。何を悠長にしてらっしゃるの?」
パティリアーナ様は、テーブルのお紅茶のソーサーを手にします。それを恐らくわざと、ゆっくりと口へ運ばれます。優雅に見せていらっしゃるつもりでしょうけれども、心の醜さを見せているだけだと、どうしてお気付きにならないのでしょうか?
わたくしを立たせたままというのも、ひとりだけお茶をしているというのも、気にならない、いえ、わざとそうやって、違いをアピールなさりたいのでしょうね。呆れますわ。
「お言葉ではございますが、パティリアーナ様は、【今は】侯爵令嬢であられることをご理解なさっておいでですか?」
『ガチャン!』大きな音をたててカップをソーサーに置きました。
「なんでっすってっ!!?」
『ガチャン!』ソーサーをテーブルに、置きます。どちらも大きな音をおたてになり、マナーは最低ランクとしか言いようがございませんわ。
わたくしは、立っていることがこれ幸いと、パティリアーナ様のそのご行為を見下すように見つめました。
「わたくしは、この国に入国した後は、いかなるときでもパティリアーナ様を侯爵令嬢として扱うようにと言われております。あなたたちは違うのですか?」
わたくしが3人のメイドに視線を送りますと3人は俯いてしまいましたわ。そのように言われていると証言しているようなものですわね。
『はぁ』3人に、いえ、パティリアーナ様含め、4人に聞こえるようにため息をつきました。
「密命を完了し、身分を明かしてもよくなるまで、みなで、パティリアーナ様は侯爵令嬢であるとせねばなりません。それも密命のひとつですわ」
わたくしが高らかに宣言した言葉に、パティリアーナ様は、イライラを隠せず、扇を広げました。そして、ギリギリとした目でわたくしを見ております。扇で隠せておりません。今日1日侯爵令嬢として扱われたことに相当ストレスを貯めているようです。
「ですから、こうして同等の立場であるはずのわたくしを『来てほしいと伺いをたてる』のではなく『呼びつける』というのも大変問題です。
さ、ら、に、は、
呼びつけておいて、立たせたまま、お一人でお茶をなさっているなどというのはありえませんわ」
わたくしは侮蔑の眼差しでパティリアーナ様を見ました。パティリアーナ様は、年の近い者からこういう視線をされたのは、初めてでございましょう。
ご自分はよくなされておりましたけど、ね。それも、指導の気持ちでなく、ただの嫌がらせで。おっとっと、それはさておき。
「なっ!わたくしを愚弄なさるのっ!」
パティリアーナ様は、真っ赤になって震えております。わたくしは、いたって冷静に話しておりますわよ。
「いえ、パティリアーナ様は侯爵令嬢になるということを本当の意味ではわかっていらっしゃらないようですので、ご説明申し上げているだけですわ。王家と公爵家は身分が上、侯爵家とは同等、伯爵家とは1つしか変わりませんのよ。それを理解していなければなりませんわ」
この方は身分が上な他人、身分が同等な他人と接したことがないので、わかっていなかったのだろうと予想ができますわね。
お気付きかと思いますが、パティリアーナ様は、本当は王女殿下であらせられます。今回の留学では、友好を学ぶということで、身分を隠し、侯爵令嬢となっているのです。すぐにできるわけがないので、高官様には、しっかりとご指導してからにしてくださいとお願いしたのですが………。あちらでは王女殿下だったのですもの、高官様のお話など聞かなかったのでしょう。
それが予想できてしまうというのも、人として……。あっと、いけないいけない。
あの高官様も、どう見ても自分可愛さだけのタイプでしたし。
「パティリアーナ様、厳しいようでございますが、パティリアーナ様が侯爵令嬢であられるよう、指導していくことも、わたくしは命を受けておりますの」
パティリアーナ様はキッとわたくしを睨みます。今までとは違いますもの。全く怖くありません。
「はっきりと申し上げておきます。これについては、国王陛下並びに王妃殿下がわたくしにお会いくださり、直々に受けた命でございます」
「「「ひっ!」」」
メイドたちが小さな悲鳴をあげました。さすがのパティリアーナ様も、ご両親にそのように言われているとは思わなかったのでしょう。びっくりなさっておいでですわ。
「ですので、どんなにパティリアーナ様に睨まれようと嫌われようと、わたくしとしては推し進めねばならぬことなのでございます」
わたくしはメイドたちに体ごと振り返ります。
「あなたたちにも、それに近い命が下っていると聞いています。しっかりと自覚を持ち、仕事をなさい。いいですわね」
「「「は、はぃ……」」」
メイドたちは、わかっているけどできないのでしょうね。まだ自信無げです。
「パティリアーナ様が、侯爵令嬢としてどうしていけばいいのかわからないのは、当然なのですよ。それを教えて差し上げるのです。例えば、パティリアーナ様がお客様を立たせたままにするようなら、『座っていただいた方がよろしいかと思います』と教えて差し上げるのです」
わたくしは、メイドに言いながら、パティリアーナ様にも指導しているつもりです。この『教えて差し上げる』がミソです。『注意する』ではダメなのです。
あら?『ミソ』ってなんでしょう?『はるかの知識』は時々説明できないことを出してまいりますの。
「あ、大きな声では、ダメですわよ。パティリアーナ様のお近くで耳元でお教えしてあげてくださいね」
これも、メイドの内緒話はちゃんと耳をかしなさいよ、とパティリアーナ様に教えているのです。
「「「畏まりました」」」
3人は恭しく、わたくしに頭を下げました。それを見て、パティリアーナ様は、ギョッとして、少し仰け反っておられましたわ。ということは、多少伝わったということでしょう。
「あなたたちは、子爵家出身だと聞いています。それならば、身分の上の方や同等の身分の者に対する違いはわかっていますね?」
わたくしは、微笑をたたえ、教師のようにお話をします。
「「「はい」」」
「しっかりとご注意することが、パティリアーナ様をお守りすることに繋がりますのよ。わからないことがあったら、いつでもわたくしのお部屋にいらっしゃい。いい?」
わたくしは、最後は優しく、そう、クラリッサ様をイメージして、微笑んでみました。
「「「はいっ!!」」」
3人はとってもいいお返事をくださいました。わたくしは、再びパティリアーナ様に向き合います。
「パティリアーナ様、今日はこれで失礼いたしますわ。密命に関しましては、またゆっくりとお話いたしましょう。そのためにも、ご身分について、お考えくださいませ」
パティリアーナ様には笑顔は向けず、無表情を貫きました。
わたくしは今までのようなキチンとしたカーテシーではなく、軽く頭を下げただけの同等の身分の者への挨拶をいたしました。
わたくしがドアへと向かうと、メイドが足早に参り、ドアを開けてくださいました。そのメイドに再びクラリッサスマイルを向け、退室しました。
ドアが閉まると、食器が砕けた音がいたしましたが、聞かなかったことにいたしましょう。
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