24 誰ですの?
「それが君だよ。コレッティーヌ嬢」
エイムズ様の真剣な目にわたくしは釘付けになりました。お話の途中から、それってもしかして…とは思いましたわ。でも、こうして『君だよ』と言われると破壊力が違います。
それに、エイムズ様のおっしゃる『ペコペコ』は、『はるかの知識』の中の癖のようなものです。『ありがとう』というとき、どうしてもお辞儀をしたくなってしまうのです。本来、高位貴族であるので、『ありがとう』も、上から言わねばならないのですが、こればかりは、『はるかの知識』がムズムズしてしまうのでしかたありません。
今となっては、わたくしのクセになっております。
「4年も君の背中を夢みたんだ。君を正面から見ることができたあの学園での感動は、今思っても震えるよ」
エイムズ様は微笑みをたたえておりました。
わたくしは『ズキン』としました。もしかしたら、『背中』だったから、よかったのかもしれません。わたくしは、クララ様のように自信を持つことはできません。
「でも、こんなわたくしで、がっかりなさいましたでしょう………」
わたくしは自分の言葉で泣きそうになりました。つり上がった目、消えないソバカス、青白い頬、太い眉…わたくしは、わたくしは……
「え?コレッティーヌ嬢は鏡を見ていないわけじゃないよね?」
な、なんて、失礼なんでしょうか。わたくしは本当にポロリと泣いてしまいました。エイムズ様はとても慌てていらっしゃいました。
「え?え?ちょっと、待って!え?まさかそんなことがあるのか?
コ、コレッティーヌ嬢、すぐに戻る!このままここにいてね!」
しばらく待ちますと、メイドを5人連れてエイムズ様がお戻りになりました。
「彼女たちはおば様、つまり、マーシャの母上のメイドたちだよ。安心して任せてね。
では、頼む。部屋は客室を使っていいって言われてるよ」
「「「「「畏まりました!」」」」」
恭しく頭を下げていたメイドは、なぜかウキウキしているように見えます。わたくしは、メイドたちに拉致されることとなりました。
連れて来られた部屋には鏡がありませんでした。あっという間に裸にされ、湯船に放り込まれます。大人な香りのする香油にクラクラします。顔もキレイに洗われ、湯船からやっと出してもらえました。
「あらまぁ!」「ええ、本当に!」「うふふ」
メイドに笑われてしまいました。わたくしは恥ずかしくて泣きたくなりましたが、そんな間は与えて貰えず、化粧台の前の椅子に座らされました。
とても大人の香りがする化粧をしてもらい、どうやら髪はハーフアップにするようです。うなじから前に髪が流れています。
ふと、立たされ、コルセットを巻かれました。あれ?いつもより、キツくありません。
「あのぉ、もう少しキツくお願いします」
「いえいえ、これで充分でございますよ」
わたくしは細さだけが自慢でしたのに、それもダメなようです。
「あら?お嬢様のドレスではダメですわね」
「奥様の青いドレスならいいのではなくて?」
「それにいたしましょう!」
わたくしに関係なく、お話をしております。しかし、メイドが持ってきたのは、光沢のある青いドレスでした。もしかして、わたくしのお話をしていたのですか?
奥様のドレス?それって大人過ぎませんか?
その美しいドレスを着させられます。これではドレスが浮いてしまうか、せっかくのドレスが死んでしまうかでしょう。
あら?この目の前のものはなんでしょうか?ま、まさか!む、胸ですかっ!わたくしは自分のそれを見ただけで倒れそうになりました。
〰️ 〰️ 〰️
僕はコレッティーヌ嬢をホーキンス公爵家のメイドに託すと、改めてソファーに深く座った。コレッティーヌ嬢のことを考えると口角が上がらずにはいられない。
『コンコンコン』
ノックとともに入ってきたホーキンス公爵家の執事の後ろには見慣れぬお仕着せを着た女性がいた。
「ベラトン、ありがとう。わざわざすまなかったね」
「とんでもございません」
執事は笑顔で礼をして部屋を出た。
「コレッティーヌ嬢の専属メイドだね。急な呼びたてですまないね。来てくれてありがとう。感謝しているよ」
「とんでもございません」
「話をしたいんだ。座ってもらえるかな?」
「それは、ご勘弁願えませんでしょうか」
とても良く教育されているようだ。
「わかった。じゃあ、話しにくいから、こちらにいてもらえるかな?」
「かしこまりました」
僕の座るところから見て正面になるところへ移動してもらった。
「時間がないから率直に聞くね。コレッティーヌ嬢の『あれ』はワザとだよね。君の独断?」
「いえ、旦那様からの指示でございます」
メイドは軽く目線を伏せたまま答えていく。
メイドは微笑をしているように見えた。喜んでいるのか、蔑んでいるのかはわからない。
「いつからだい?」
「ケーバルュ厶王国で学園にお通いになられるようになってからです」
「理由は?」
「旦那様のご希望です」
「侯爵様のご希望とは?」
「………お嬢様に悪い虫がつかないことでございます」
「やっぱりね、あのタヌキ親父め」
僕は苦い顔をした。
「いつからでございますか?」
メイドのいきなりの質問に少しばかり驚いた。
「え?あぁ、最初からだよ。学園の特別室で二人で会ったときからね」
「どうしてわかったのでしょうか?」
確かに完璧だった。では、なぜか?僕はジッと考えた。そして、思い出した。僕が侯爵邸へ伺ったときにすれ違った馬車に乗った女性の横顔を。美しいと思った女性のいやまだ女の子だった子の横顔を。
「僕が行くと前触れをしたから、急いで外出させたのかもな。本当にタヌキだな」
「そうでしたか。学園に入る前のお嬢様を見ていらっしゃるのですね」
学園の生徒たちは、毎日見ているからこそ、少しずつの変化に気が付かない。数年ぶりな僕だから、違和感に気がついたということなのか?
「ああ、そうらしいね。今の今まで、あの女の子がコレッティーヌ嬢だなんて気が付かなかったけど」
「曇りなき瞳」
「何?」
メイドの呟きが、聞き取れなかった。
「エイムズ様は、お嬢様の本当のお顔をご存知だから、お嬢様に興味を持たれたのですか?」
あまりの失礼な質問に、さすがに訝しんだ目でそのメイドを見た。しかし、そのメイドは怯みもしない。まるでコレッティーヌ嬢を守る騎士のようだ。
「僕は幼いコレッティーヌ嬢の後ろ姿しか知らなかったよ。馬車の少女と輪郭が重なったのはつい今のことさ」
「それは、失礼いたしました」
メイドから騎士のような気配は消えた。
「それにしても、素顔を鏡で見れば、本人は気がつくだろうに」
「その点は努力しておりますので」
メイドは視線は落としたままだが、今度は見間違えではなくニッコリとした。
侯爵の執念なのか、メイドの根性なのか知らないが、感服ものだ。それでも、今日、その化けの皮を剥ぐ。
『コンコンコン』
ホーキンス公爵家執事のベラトンが入ってきた。
「マーシャ様がご様子を心配なされておりますが…」
「そっか。友達もいるの?」
「はい」
「みんなをここに呼んで。僕だけの証言では信用されないかもしれないからね」
僕はタヌキ侯爵の寝首をかけることに嬉しくなり、ニヤニヤしてしまった。
「かしこまりました」
ベラトンはそんな僕には構わず、マーシャの要望を叶えるため、マーシャたちの部屋と向かった。さすがにホーキンス公爵家の執事たちは、優先順位を理解している。
〰️ 〰️ 〰️
「では、応接室へ参りましょう」
一番年重であろうメイドがわたくしに声をかけました。わたくしは頷いてついていきます。
わたくしは、結局1度も鏡を見させてもらえないまま、先程のお部屋に戻ることになりました。
『コンコンコン』
メイドのノックでドアが開かれ、わたくしは一歩前に出ました。先程の部屋には、エイムズ様だけでなく、マーシャ様、クララ様、パティ様、ボブバージル様、ウォルバック様もいらっしゃいました。1番奥には、カリアーナもいます。
なぜでしょうか?誰も声をかけてくれません。それなのに、視線だけはわたくしに向いており、わたくしはいたたまれなくなります。
「コレッティーヌ嬢、こちらへ」
エイムズ様が手を差し伸べてくださりましたので、その手を取ります。そして、みなさんの正面に参りました。
「え、まあ!え?」
マーシャ様が目を見開いて何度も瞬きをしております。クララ様は両手を口に当て、びっくりしていることがよくわかります。
「じょ、じょせい、は、こ、こわい、な……」
ウォルバック様は震えながらもわたくしから目を逸しません。ボブバージル様もコクリとひとつ頷き、こちらを見ております。
「そう、そうだったわ。王宮では、これがコレット様でしたわ」
パティ様が不思議なことをおっしゃいます。
カリアーナが、公爵様のメイドから手鏡を受け取り、わたくしの元へ参りました。
「お嬢様、お嬢様だけの王子様が現れたら、旦那様の魔法が解けますと申し上げましたでしょう」
カリアーナはニッコリとして、その手鏡をわたくしに渡しました。わたくしは手鏡を覗きます。
「こ、こ、これ、誰ですの?」
「ぷっ、もちろん、コレッティーヌ嬢だよ」
手鏡の中には、一般論で美しいと言われるだろうと思われる女性が映っておりました。
わたくしはよろめきましたが、エイムズ様が支えてくださいました。
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