20 4人目の殿方は
『異国異文化交流会』が開始されてから、1時間もした頃、4人目の殿方が現れました。
「仕事が終わらず、申し訳ありません」
そう言ってにこやかに入っていらっしゃったのは、ゼンディール・エイムズ様でした。わたくしは、『本当におきれいな方だなぁ』と呆けて見ていました。
「ゼディお兄様、遅れるなら早馬を出してくださいませ」
マーシャ様が拗ねたフリをなさいます。随分と親しいようですし、このように甘えた様子のマーシャ様は学園では見ることはありません。まあ、コンラッド王子殿下とお二人のときを盗み見するわけにもいきませんし、ね。
「ごめんごめん。お詫びにこれを」
飛び切りの笑顔のエイムズ様の後ろに控えるメイドが持つトレーには、色鮮やかなケーキが並んでおりました。
「きゃあ!あの新しいお店のケーキですわぁ!」
ケイト様が大変興奮なさっております。パティ様もお顔をほころばせております。ケーキは女の子に対しては最強の武器ですわね。
「よろこんでいただけて、よかったです」
エイムズ様は、お腹に手を当てて、紳士のご挨拶をなさいました。それも優雅でいらっしゃるなんて、本物の王子様みたいですわ。
「じゃあ、マーシャ、東屋を借りるね」
エイムズ様は人を殺せそうなウィンクをマーシャ様になさりました。わたくしが、その後ろにいなくて本当によかったと安堵しておりました。
しかし、エイムズ様がツカツカといらっしゃったのは、わたくしの隣でございました。
「はいっ!」
エイムズ様が笑顔で右手をお出しになりました。わたくしはその手を見つめて、ついつい反応して右手を乗せてしまいました。
『ワンコかっ!』と『はるかの知識』がツッコミました。わたくしは、呆けてしまっていて、それに反応できません。
そして、わたくしのその手をフッと引いて、わたくしを立たせると、ご自分の左手腕にわたくしの手を置き、そのままツカツカと歩き出します。わたくしは本当にワンコのように連れていかれてしまいました。
慌てて振り向きますと、マーシャ様とクララ様が素晴らしい笑顔で、わたくしに手を振っておりました。
「あぁ、ケーキ…」
「大丈夫。あちらにも用意してもらったから」
驚いてエイムズ様のお顔を見ますと、また人を殺せそうなウィンクをなさいました。わたくしは思わずよろけました。しかし、がっしりと腕をキープされていたので、転ばずに済みました。わたくしが転ばなかったことを確認したエイムズ様は、また、わたくしに微笑まれました。わたくしは俯くしかできません。
エイムズ様に引かれ、足だけは動いております。
東屋に着きますとあまりに優雅で自然なエスコートにいつの間にか座っておりました。
わたくしが座るのを待っていたかのようにキレイなケーキが並べられていきました。
「うわぁ………」
わたくしの目はきっとハートになっていたでしょう。
「お姫様、お好きなものをどうぞ」
お隣に座るエイムズ様をチラリと見ますと、なぜか嬉しそうにわたくしをご覧になっておりました。
「これ、なんの罰ゲームなんですの?」
「はい??」
「自分より美しい顔の殿方を前にして、ケーキをガツガツ食べることなどできるわけがございませんし、それなのに、このように素晴らしいケーキたちを目の前に並べられて、ここは天国なのか地獄なのか、全くわかりませんわ」
わたくしは少々興奮していたようで、エイムズ様の方にズンズンと顔を近づけてしまい、気がつくと女神のような美しいお顔が目の前にありました。
「きゃあ!!!」
わたくしは、両手で顔を隠して俯いてしまいました。あちらから執事とメイドが早足でやってまいります。
エイムズ様は、お腹を抱えて笑っておいででした。
「ゼンディール様………」
エイムズ様が、低い声の方に叱責されたようです。わたくしは低い声の方を指と指の間から覗き見ました。どうやら執事のようですわ。
「ごめんごめん。大丈夫だよ。ここで不埒なことなど、絶対にしないし、できないよ」
エイムズ様は笑うのを堪えながら、執事に言い訳をしております。
「ゼンディール様のお客様ではなく、お嬢様のお客様です。優先順位はおわかりですね」
執事さん、怖いです。
「うん、わかってるわかってる。そのうち僕のお嫁さんになるから、その時はよろしくね」
執事とメイドは、きっちりと頭を下げてさがりました。エイムズ様はヒラヒラと執事たちに手を振っておりました。
それにしても、今、なにか不穏なことをおっしゃったような気がいたしますが、『君子危うきに近寄らず』まあ、『はるかの知識』は博学ですわね。
「エイムズ様は、ホーキンス公爵邸のみなさまと随分とお親しいのですわね」
わたくしは首だけ横にして、指の隙間からエイムズ様の襟元だけを見ております。
「うん、家が隣だからね。さっきの執事にも子供の頃から世話になっているよ」
「…………」
「ん?何?」
エイムズ様が覗き込むようになされ、わたくしの指の間の目とバッチリと合いました。わたくしは慌ててシャッター……ではなく、指を閉じました。
「あー、残念。もっと見たかったなぁ」
本当に残念そうに聞こえます。わたくしの顔など見たいわけはございませんのに。
「そ、その…」
「ん?」
「お話の仕方が、先日と全く違いますの……ね」
「あぁ。あれは外用だからね。コレッティーヌ嬢とは個人的に親しくなりたいから、二人でいられるときには、外用は使わないよ」
エイムズ様は、わたくしが目を合わせられないことをご理解くださったようで、腕を頭の後ろで組み、少し上を向いていらっしゃいます。
わたくしもテーブルに向き直し、手を顔から離しました。
「コレッティーヌ嬢は、僕が苦手なの?」
あまりにストレートな質問です。ストレートすぎて、わたくしは考え込んでしまいました。エイムズ様はそれを待ってくださいます。
「エイムズ様が苦手というわけではありませんわ。まず、高官様は苦手かもしれません。命令することが当たり前のようにされるのは、好きな者は、いないと思いますわ」
「ほぉ、なかなか手厳しい。確かにそういうヤツっているよね。そういうヤツに限って上にはペコペコしたりしてて、さ」
わたくしは、わたくしにあの名簿を渡してきた高官様が、ペコペコしている姿を想像して笑ってしまいました。
「人それぞれだからさ、高官だからって、一緒じゃないよ」
「そうかもしれませんわね」
わたくしはすごく納得しました。
「あとは?『まず』ってことは、僕に関わりそうで、苦手そうなことがあるんでしょう?」
わたくしは戸惑いましたが、ここで誤魔化すほどのテクニックは持ち合わせておりませんでした。
「わたくし、お顔に……その…。エイムズ様はあまりにおきれいで、そのぉ、困りますの」
本当は、エイムズ様のお顔が問題なのではなく、わたくしは自分の顔をわかっているのです。わたくしは……わたくしは………。
「顔かぁ。じゃあ、僕もお化粧しようかなぁ!アハハ、それ楽しそうじゃない?」
エイムズ様が突然こちらをお向きになられたので、わたくしはまた自分の顔を隠してしまいました。
「えぇ、コレッティーヌ嬢と目を合わせたかったなぁ。あ、そうだ!僕もマーシャのようにコレットって呼んでもいいかい?」
わたくしはビクリとします。家族でない殿方に愛称呼びをされたことはございませんの。わたくし、今頃気が付きましたわ。わたくしったら、パティ様をお慰めできるほど、殿方慣れしておりませんでしたわ。
わたくしは、手の奥で一人、アワアワとしておりました。
お隣ではエイムズ様がクスクスと笑っていらっしゃることがわかります。わたくしは余計に顔をあげられなくなりました。
そこへマーシャ様のお助けが入りまして、なんとか、事なきを得たのでございますの。ケーキは食べそこねましたけど。
わたくしがケーキよりも気を取られていたなんて、何たる不覚でございましょうか。うう、悲しいですわ。
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