18 魂
コレッティーヌ嬢との約束の日、コレッティーヌ嬢の醜聞を鑑みて、クララの家に遊びに来てもらうという設定にした。
僕が伯爵邸に着くと、いつもの執事とクララが出迎えてくれた。伯爵様はお仕事だと、聞いている。僕の到着と時間を置かず、コレッティーヌ嬢も到着した。伯爵家から迎えの馬車を出したそうだ。
応接室にお茶を用意してくれると、執事もメイドも下がった。クララが前もってそう言ってくれていたようだ。
クララとコレッティーヌ嬢が並んで座り、僕は向かい側に座っている。
「クララ、これからの話は、話の流れでコンラッドたちは知ることになったんだけど、家族にもまだ話していないんだ」
「わかりましたわ」
クララは目を細めて微笑んでくれた。僕のことを受け止めると言われているようで、僕はそれだけで温かい気持ちになる。
コレッティーヌ嬢に、クララへ『転生者』の説明をお願いした。クララはコレッティーヌ嬢の話を真剣に聞き、質問などを入れて、『転生者』について理解しようとしてくれた。
「本当に不思議なお話ですのね。でも、ジルが変わってしまうわけではないのでしょう?」
クララのその質問に僕はあからさまに動揺してしまった。今日はそのことを聞きたくて、コレッティーヌ嬢に来てもらったのだ。
「僕にはわからないことはまだまだたくさんあってね。それを聞きたかったんだ」
「ええ、そして、それは未来のボブバージル様とクララ様に関係するかもしれないことですので、クララ様にもお話をしておいた方がよろしいかと思いましたの」
クララとコレッティーヌ嬢は、『クララ様』『コレット様』と呼び合う仲になっていた。マーシャも『コレット様』と呼んでいるが、マーシャに愛称がないことを悔しがっていた。驚いたのは、パティリアーナ嬢で、自分も愛称をと望まれ、みんなに『パティ様』と呼ばれたときには、薔薇が輝くような笑顔であったのは、さすがにみな口を開けていた。
そういうところも、パティリアーナ嬢が変化しているという一部なのだろう。
「僕が記憶喪失の『転生者』だというのは、なぜかしっくりしている。だからこそ僕が心配なのは、記憶が戻ったらどうなるかということなんだ。僕は僕でいられるのだろうか…」
僕は拳を握りしめ、震えるのを耐えた。
「いくつかの例をお話しますわね。そのうえで、あくまでも予想であることはご理解くださいませ」
クララと僕は頷いた。
「『転生者』と申しましても、いろいろとあるようでございますの。わたくしにとっても、わたくしの記憶や知識ではなく、わたくしの『前世者』わたくしは彼女を『はるか』と呼んでいるのですが、その『はるか』の知識でお話しますわね」
コレッティーヌ嬢は、お茶を一口飲んで、小さく息を吐いた。
「まず、生まれた時から転生者である人、人生の途中から転生者になる人がおります。さらに、ずっと転生者の記憶がある人、一時的に記憶のある人。さらには、転生者の人格はない人、転生者と半々である人、転生者に人格を取られる人もおります」
最後の言葉は1番聞きたくて、聞きたくなかった言葉だった。僕は目を細めて項垂れた。
「『はるか』の知識にはない場合もありえますので、本当に一言でまとめられるものではありませんの」
「コレット様はどのような場合ですの?」
「わたくしは、人生の途中からで、今のところ『はるか』が消える気配はなく、『はるか』に人格を取られることはありませんが『はるか』の感覚も共有しておりますので、半々といったところでしょう」
「そ、それで、ジルについては、どうお考えですの?」
クララも不安で声が震えていた。
「わたくしとお話していると時々目眩をされますわよね。それは、ボブバージル様は思い出したくないと思ってらっしゃるのかもしれませんわね」
僕は、この話の間中も、何度か目眩にさらされ、まるで、コレッティーヌ嬢の話を聞くなと体が言っているようだった。
「今でも仮説は変わりません。ボブバージル様は生まれた時から『転生者』であると思いますわ。その場合、多くはずっと『転生者』の記憶があり………。お待ちくださいませ」
コレッティーヌ嬢は、目を瞑り、瞑想に入ったように見えた。
「なるほど、どうやら、魂で説明するとわかりやすいようですわ」
コレッティーヌ嬢はニッコリとクララに笑顔を向けた。1番不安なのは僕のはずなのだが。
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わたくしはクララ様にわかりやすいようにと『はるか』にお願いしましたら、素晴らしい回答を得られました。
魂というものをあえて形にして、図解することにしましたの。
人生の途中から『転生者』となる者は、体という器に、もう一つの魂が入り込むことです。その体の元の魂が消滅していれば、後から来た魂の人格になります。後から来た魂が元の魂を覆うように存在すれば人格が乗っ取られます。元の魂が後から来た魂を覆えば人格は残ります。2つが並んで存在すれば共有することになります。
さらに、その後から来た魂が消えれば、元の魂だけになります。人格も記憶も元の魂のものということですわね。
ここまで図を用いて説明すれば、クララ様もご納得いただいたようですわ。それにしてもこの魂を覆う絵は『パック○ン』ですわね。あ、『はるかの知識』ですわ。
「では、この考えを元にボブバージル様の生まれた時から『転生者』の場合を考えてみましょう。この『並んで存在している』はありえなそうですわね。
では、まず1つ目、元の魂が消滅しているですわね。この場合、ボブバージル様が今後変化することはありえません」
クララ様は真面目なお顔も可愛らしく、わたくしはいつまでも見つめてしまいますわ。
「そして、2つ目、元の魂が後からの魂を覆っている場合、中に隠れている後からの魂が消えると、不思議な夢などを一切見なくなります」
クララ様とボブバージル様は、喜色の瞳をされました。
「しかし、このままの魂の状態のまま後からの魂が記憶を取り戻すと、最悪の場合、ボブバージル様のお体が耐えられず、パニックを起こしたり、昏睡状態になることもありえます」
わたくしは厳しいことを言っていると自覚しておりますが、これからのお二人のためには、嘘はつけません。クララ様は泣きそうです。
「最悪の場合ですよ。記憶が戻っても、ボブバージル様に馴染むということも充分にありえますのよ。よくお話に出るのは、『1週間熱を出した』とか『昏倒した』というものですわね」
少しだけホッとしたようですわ。
「それから、3つ目、元の魂を後から来た魂が覆っている場合ですわね。つまりは、今表にいらっしゃる魂がボブバージル様ご本人となりますので、記憶が戻っても、そのまま受け入れることができると思いますわ。しかし、その魂が消えた場合、ボブバージル様の魂が消えることになるので、元の魂だけになります。全く違う人格となります」
お二人は、俯いてしまわれました。
「わたくしの場合は」
お二人は驚いた顔を向けます。わたくしの秘密まで話すとは思っていられなかったのでしょう。しかし、お二人のお姿を見たら、黙ってはいられませんでした。
「わたくし、実は一度死んでおりますの」
わたくしはにっこりとして伝えました。素っ頓狂な話にお二人はあ然としておられます。
「恐らく『はるか』もですわ。そんなわたくしと『はるか』ですので、二人でやっと一人分の魂を維持しているのですわ。ですから、わたくしたちは、どちらの魂が消えることになっても……………おそらく、死んでしまいますの」
これは、確信に近いわたくしの仮説ですわ。わたくしは微笑いたしました。決して諦めの微笑ではありませんのよ。今は生きているという最上級の微笑ですわ。
「いつ、どちらの魂が消えるかなど、だれにもわかりません。でも、それは、クララ様も同じではありませんか?」
ここで、普通の魂と思われるのはクララ様だけです。クララ様は、わたくしの顔をご覧になったあと、ボブバージル様のお顔もご覧になりました。
「人の死は、誰にも予測できません。それならば、わたくしは、『はるか』と一緒であることを踏まえて、今を生きるだけですわ」
「そうね、そうですわね。わたくしも今はジルと共にいたいのです。それで充分ですわ。
ジル、ジルがジルでなくなってしまったときはどうするかはわかりません。でも、ジルでいる間は、もし、お体が動かなくなってしまったとしても共にいます」
「クララ、それでは君がっ!」
「まあ、嫌だわ、ボブバージル様ったら。ボブバージル様は、もし、クララ様が何か事故で歩けなくなってしまったら、見捨てますの?」
わたくしはクララ様のご意見を否定なさろうとしたボブバージル様に被せるように口を開きました。本来の淑女としては減点ですわね。
「なっ!そんなわけないだろっ!一生支え続けるさっ!」
あら、この方もこんなに荒ぶることがありますのね。クララ様は、びっくりなさったあとに、照れていらっしゃいますわ。なんてお可愛らしいのでしょう。そして、ボブバージル様は、そんなクララ様をご覧になって、ご自分がクララ様に言われたことをご理解なさったようですわね。
「そういうことも踏まえて、人生何があるかなどわからないということですわ。わたくしのように死んだはずが、生き返っているなんてこともあるのですもの」
わたくしはクララ様にウィンクいたしました。
本当はもう一つ、記憶を戻したら、中と外の魂が入れ替わり違う人格となる、ということもありえそうですが、これ以上詳しく話す必要はないでしょう。兎に角、もしもの場合はあるのだと知っておくだけでいいのだと思いますわ。
この後、普通にお話をいたしまして、ランチまで御馳走になりましたの。伯爵家のお食事は大変美味しかったですわ。
帰りは、クララ様の馬車で、まずはわたくしを学園へ送ってくださいました。クララ様とボブバージル様は、いつまでも手を振ってくださいました。
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