17 心配事
マーシャとクララには絶対に心配をかけているので、これ以上は内緒にはできない。特に今日など、この5人で休みをとっているのだ。誤魔化しようがない。
放課後になり、セオドアに二人を呼びに行ってもらい、コレッティーヌ嬢も含めて、生徒会室で話をすることにした。
「何か問題でもありましたの?」
マーシャは、心配だったのだろう。案の定、入室して、座りもせずに、すぐに質問してきた。クララは僕のとなりにきて、上目遣いで僕を見つめた。うわぁ抱きしめたい。
「マーシャ様、クラリッサ様、申し訳ありません。わたくしが、みなさまにご相談させていただいておりましたの」
コレッティーヌ嬢が眉を下げれば、二人は少しホッとしたような顔になった。
みんなで座り直す。女性たちは小さいので、3人で長ソファーに座ってもらう。メイドにお茶を給仕してもらった。メイドに聞かれてもいい話になったので、下がらせたりはしなかった。
「実は、わたくしとパティリアーナ様は、こちらの国との縁を望んでおりますの」
マーシャとクララは、口を開けて、手で隠していた。打ち合わせ済とはいえ、やはりドキドキする。
「しかしながら、ここにいらっしゃる殿方はみなさま婚約者様を大切になさっている方々ばかりでいらっしゃいますでしょう」
コレッティーヌ嬢の『よいしょ』に、マーシャとクララは素直に喜んでいるようだ。これは事実なので僕たちにも余裕がある。
「コレッティーヌ様からそうお見えになるというのは、嬉しいことですわ」
マーシャは、照れているようで、扇を開けて口元を隠した。それから、コンラッドに視線を送りに、コンラッドもそれに応えていた。
クララは可愛らしい優しい笑顔を隠しもせずに僕に向けた。僕も思わずデレデレの笑顔になる。
「「コッホン!」」
ウォルとセオドアから邪魔が入る。最近の二人は嫉妬が多い。それほど、自分のパートナーを好きになっていて、自分たちも僕たちのようにしたいということだと思う。
コレッティーヌ嬢は、手で口元を隠してクスクスと笑っている。
「以前から縁についてを相談しておりましたら、今日、ボブバージル様のお兄様からいいお返事をいただけたそうで、それについてお話をしておりましたの」
「え?バージル、そうなの?」
マーシャからの確認に僕は大きく頷き、ウォルが例の名簿をマーシャの前に出した。マーシャは、ウォルが出した書類に目を通し始めた。
「それが、アレクシスさんからいただいた名簿だ。その方々とのお見合いを計画しようと思う」
ウォルは、母上からのアドバイスもまとめてあり、本当に会議をしたかのようになっている。流石だ。
「淑女としては、『縁がほしい』などと、大々的には申し上げにくく、こんな形になってしまいましたの。お二人にはご心配をかけてしまい、申し訳ありません」
コレッティーヌ嬢は、さも恥ずかしそうにそう言った。
「でも、どうして、バージルでしたの?」
マーシャのツッコミはするどい。
「わたくしがご相談したのは、ウォルバック様ですわ。朝方の図書室の前で偶然お会いしましたの」
設定としては、ウォルがティナとの持ち合わせの前に、コレッティーヌ嬢と偶然に会ったということにした。そして、二度目の相談の日に僕と鉢合わせしたという設定だ。これなら、あの日にティナに紹介したことが判明しても問題にならない。
マーシャに聞かれなければそこまで説明はしない。説明し過ぎるのは、かえって怪しくなるからだ。
「そうなんだよ。私が受けた相談だが、これはアレクシスさんに相談した方がいいと思ってね。私からバージルに相談したわけさ」
ウォルの間髪入れないフォローに二人も納得したようだ。
「まあ、後はわたくしの愚痴を聞いていただきましたわ。オホホホ」
そして、パティリアーナ嬢の性格と両陛下の心配について、二人に説明した。パティリアーナ嬢がコンラッド狙いだったことを除けば、特に隠す必要もないだろうと判断だ。パティリアーナ嬢の性格については、二人はすでに毎日実感している。
しかし、本当は王女だということには、さすがにびっくりしていた。そして、僕らも今日初めてそれを知ったことにした。
それならば、僕の夢の話はせずに済む。夢の話をしなかったことがバレれば、パティリアーナ嬢の目的もバレれてしまう。両方を秘密にすることが1番いい。
「パティリアーナ様は、こちらにいらした当初よりは、随分とまわりに気を使えるようになられたと思いますわよ」
マーシャがクララに、同意を求める視線を送る。
「そうですわね。わたくしとお話することも、初日より、ずっと穏やかになられたと思いますわ」
クララは、初日に伯爵家であることを馬鹿にされたようなことを言われていたのだ。
「クラリッサ様、あの時は申し訳ありませんでした」
コレッティーヌ嬢がクララに頭を下げる。爵位はコレッティーヌ嬢が上である。
クララは慌てて両手を振っていた。
「お、おやめくださいませ、コレッティーヌ様。わたくしは、全く気にしておりませんわ」
「ええ、あの時のクラリッサ様の笑顔でそれは存じておりますわ。ですから尚更なこと、クラリッサ様のような素晴らしいお人柄の方を爵位などいう些末なことで蔑ろにするなど、あってはならないことですわ」
爵位は些末なことではないが、コレッティーヌ嬢の最上級の褒め言葉に、クララは赤くなっていた。それを見たコレッティーヌ嬢がとても嬉しそうな顔をしたので、僕は視線をコレッティーヌ嬢にしたまま、慌てて、クララの肩を抱いた。クララはびっくりして僕を見た。
「まあ!ボブバージル様ったら、わたくしはクラリッサ様を食べたりしませんわ」
コレッティーヌ嬢が、プイッと横を向くのでみんなは大笑いした。僕も頭をかきながら、クララの肩から手を離した。
兎に角、これからも、パティリアーナ嬢が侯爵令嬢であるように振る舞うことと、お見合いのメンバーを考えてみることを課題にし、今日のところは解散することになった。
しかし、僕には、まだ不安があり、週末、コレッティーヌ嬢と待ち合わせをすることにした。コレッティーヌ嬢の提案で、クララも同席することになった。
〰️
「お見合い」については、生徒会の皆様におまかせするしかございません。それより、わたくしには、大事なお仕事がございましたわ。
そのお仕事をどのように解決していこうかと思案しているとき、寮のドアがノックされました。
カリアーナに促され入って来たのは、パティリアーナ様でした。わたくしのお仕事のお相手ですわ。
パティリアーナ様にソファーを勧め、カリアーナにお紅茶を淹れてもらいます。
「パティリアーナ様、随分とお元気がないようですが、大丈夫ですか?」
パティリアーナ様は、ポロポロと泣き始め、わたくしとカリアーナは少しばかりパニックになりました。
パティリアーナ様は、泣きながらお話をされました。コンラッド王子殿下は、笑顔も朗らかで、皆に人気があり、下の者のはずなのに気の置けない友人がおり、クラスにいる男爵家の者にも公平で、とても尊敬できるのだそうです。
わたくしは焦りました。わたくしがコンラッド王子殿下とパティリアーナ様を離したいと思っていることを知っているカリアーナも焦っています。
「それにね、………」
パティリアーナ様のお話には続きがありました。それは、マーシャ様がどれだけ素晴らしい方かというお話でした。
「コレッティーヌ様は、わたくしの両親から、わたくしの矯正を頼まれているのでしょう?両親はわたくしになんておっしゃっているの?」
素晴らしい!その話を聞こうという気持ちになったなんて、なんて素晴らしいのでしょう!
「両陛下は、いえ、パティリアーナ様のご両親は、パティリアーナ様に『下の者の気持ちがわかるような淑女になってほしい』と希望されております」
パティリアーナ様は、再び号泣なさいました。
しばらくして、泣き止んだパティリアーナ様は大変爽やかなお顔をされておりました。
「コンラッド王子殿下は、マーシャ様とご結婚なさったら、王家から離れますのよね。わたくしも、結婚すれば王家から離れますもの。
わたくし、コンラッド王子殿下をお手本にしようと思いますわ」
なるほど、素晴らしい決断でございます。わたくしが泣きたくなりましたわ。
「ですから、まずは、コンラッド王子殿下とボブバージル様たちのようになりたいんですの。コレッティーヌ様!よろしくお願いしますわね」
パティリアーナ様がわたくしの手を握られました。わたくしは耐えきれずに涙を流し、何度も頷いて、手を強く握り返しました。
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