9 転落没落修道院
わたくしが、ケーバルュ厶王国で、高官様から渡された紙の1番上には、コンラッド第2王子殿下のお名前が記されていらっしゃいました。
そうそう、そのお名前を心の中で読み上げた時の衝撃はなかなかのものでございましたわ。それなのに、『はるかの知識』はそれ以来反応せず、何も教えてくれませんでした。ただただ、不思議な出来事となっただけでございました。
しかし、留学してきてみれば、事態は急変いたします。マーシャ様のお名前、パティリアーナ様がコンラッド王子殿下にご興味を持たれたことなどが重なり、『はるかの知識』も確信を持てたようで、やっと、わたくしに情報開示してくださいました。1日目の算学の時間でございました。
『はるかの知識』によると、はるかが大好きだったケータイ小説の1つに大変酷似しているそうですの。その中でもわたくしは、主人公たちのおまけのような存在で、『はるかの知識』はわたくしを『もぶ』と呼んでおりました。
あらすじとしましては、隣国へ留学したパティリアーナ様が、コンラッド王子殿下のお相手の座をマーシャ様と取り合い、敗北なされて転落するそうです。えっと、そうそう『ざまぁ』されるということですわ。そしてわたくしは、パティリアーナ様がコンラッド王子殿下に近づくための工作を手伝う係で、マーシャ様の邪魔をするそうです。そのため、パティリアーナ様と一緒に転落没落の修道院送りになるのだとか。はぁ
『はるかの知識』では、『プチざまぁってところね』と表しておりましたが、18歳から死ぬまで修道院に入ることの、どこが、プチつまり少しなのでございましょう。恐ろしい感覚ですわね。
それとは別に、高官様から、密命?使命?まあ、そのような事も言われておりますわね。すでにお気づきかと思いますが、かの名簿は『こいつらとねんごろになってこいやぁ使命』ということですわ。はぁ、今どき、婚姻などで縁をつなぐより、高官同士の話し合いの方が有意義だと思うのですがね。
ここパールブライト王国の王子殿下お二人にはすでに婚約者様はいらっしゃいますし、コンラッド第2王子殿下しか会っておりませんが、どう見てもマーシャ様にデレデレのメロメロではありませんか。あのようなところにチョッカイ出すだけ時間の無駄ですわ。
という、訳で、『ざまぁ』避けることと、時間の無駄を省くため、まずはコンラッド王子殿下とパティリアーナ様をできるだけ近づけないようにしなくてはなりません。
『はるかの知識』で、コンラッド王子殿下のお気に入りの場所へ参りました。お二人きりにしないためです。
それが、あの噴水前のベンチでした。
わたくしは、その日の夕方、寮に戻りますと、パティリアーナ様のメイドたちを集めました。
「今のようなパティリアーナ様では、コンラッド王子殿下に会わせても気を引くことなどできませんわ。まずはしっかりと侯爵令嬢としての嗜みをお教えなさってね」
わたくしの聖母の笑顔に3人は恭しく頭を下げました。これでしばらくはおとなしくなさるでしょう。クラリッサスマイルは、最強ですわね。オホホホ
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パティリアーナ様がおとなしくなさってくださっている頃、わたくしは学園長様のお声掛けで特別室へと参りました。そこでわたくしを待っていらっしゃったのは、眩しいほどの美青年で、これまた、わたくしの入室を見て、更に眩しい笑顔を向けられました。社交辞令がお上手な方のようです。
「おお、コレッティーヌ嬢、わざわざ来てもらってすまないね。君を紹介してほしいとお願いされてしまってね」
学園長様は、お話をしながらも、ドアに立つわたくしの手を取りソファーまでエスコートしてくださいました。
「こちらは王城で外交官をなさっているゼンディール・エイムズ君だよ」
「はじめまして、コレッティーヌ嬢。ゼンディール・エイムズです」
エイムズ様は丁寧に頭を下げてくださいました。
「コレッティーヌ・ボージェですわ。よろしくお願いいたしますわ」
わたくしは右手は学園長様のエスコートを受けたままですので、左手だけでカーテシーをいたしました。この程度のことは侯爵令嬢として当たり前ですわね。
学園長様のエスコートでわたくしがソファーに腰を下ろしますと、向かい側のエイムズ様もお座りになりました。
「では、私は仕事もありますので、これで」
「え?」
学園長様は、わたくしの戸惑いに後ろ髪をひかれることもなく、さっさと退室なされてしまわれました。
しかたなく、向かいに目を向ければ、眩しい笑顔をキラキラとさせております。
「あ、あのぉ…」
わたくしは呼ばれた意味もわからず何をしてよいのかもわかりません。恐る恐るエイムズ様に問いかけました。それにしても、エイムズ様といえば、この国に5家しかない公爵家のひとつでございますわ。そんな高位貴族様が、わたくしにどのような御用向きでございましょう。
「あ、すみませんすみません。あまりにも美しい方がいらしてくださったので、喜びのあまり口もきけなくなりました。あはは」
軽やかにお笑いになるエイムズ様は、さすがに外交官様ですわ。お褒めになるのもとても自然でついつい本当に言われているかと思ってしまいますわ。わたくしはそんな褒められるほど美しいわけではございませんもの。普通、そう、本当に普通で、いや、どちらかというと………。だからこそ『もぶ』なのでございますもの。
それでも、淑女の嗜みとして、笑顔でお礼をしておきました。
「実は数年前、コレッティーヌ嬢の故郷ケーバルュ厶王国にも行っているのですよ。貴女のお父上ともお話をさせていただいております」
笑顔が素顔ではないかと思うほど全く崩れない笑顔でエイムズ様はお話をしております。
「まあ、そうでしたの。それにしても、我が国へいらしたとはいえ、お父様とお会いになったのはどうしてですの?」
わたくしのお父様は自慢ではありませんが、大変子煩悩でございまして、兄とわたくしが双子で生まれますと、わたくしどもが5歳になると王城でのお仕事をお辞めになり、家族で領地で生活いたしました。そのおかげと申しますか、甲斐あってと申しますか、わたくしには、弟3人は妹2人がおりまして、大家族なのでございます。
そんなわたくしのお父様と外交官様がお会いになるということがあまり理解できません。
「本当は貴女に会いたかったのです。スプリング姫」
『ゲッ!』
あらあら失礼しました。『はるかの知識』の声は最近は外に出さずに済んでおりますが、時々心では出てしまいますの。わたくしは思わず仮面を剥がし苦笑いしてしまいました。
「よ、よく、ご存知ですわね。しかしながら、その呼ばれ方は好きではありませんの」
「あー!そうだったのですね。これはこれは失礼いたしました」
エイムズ様は眉毛をこれでもかと下げて謝られます。外交官様は恐ろしいですね。こちらが悪いことをしているように感じてしまいそうです。
「エイムズ様はどうしてわたくしに会いたかったのですか?」
「そのお嬢様の発想についてお話をしてみたかったからです」
『ゲッゲッゲッ!』
輝くような眩しい笑顔で言われても、それは『ゲッゲッゲッ!』ですわ。まさか『前世の知識』ですとは申せませんもの。
「申し訳ありません。それについては、記憶がないのです。お父様は子供の遊びの中での会話だったと申しておりましたわ。お父様によりますと、わたくしの手遊びからヒントを得たと聞いておりますの。それ以上はわかりかねますわ」
わたくしは、この『テンプレ』をお父様お母様お兄様にしっかりと伝えてあります。わたくしも今まで何度となく聞かれたことなので、笑顔のままで、スラスラと答えます。
それ以上何を聞きたいのか、エイムズ様はニコニコとしております。
と、少しばかり警戒していたのですが、それからは差し障りのない楽しいお話をしてくださり、エイムズ様との閑談は終了いたしました。
「また、お会いしたときには、私とお話をしてくださいね」
エイムズ様はドアまでエスコートしてくださり、笑顔で見送ってくださいました。
こんなに緊張する『また』など、わたくしは全く望んでおりませんわ。
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