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第3話 花音

 集団の後ろを歩いていたら、連れがナンパした少女から助けを求められた。

 名前を呼ばれたけど俺は少女の名前が出て来ない様子だ。この頃は他人に興味を持てるだけの余裕なんてなかった。新しい知り合いも余程の相手じゃないと名前まで憶えていなかった。


 若い俺がどうにか知り合いらしい少女を思い出そうとしている。

 その間にも、周りのガラと頭の悪いアホどもが女学生さんに肩を組んで「よぉ姉ちゃん、一緒に遊ぼうぜぇ」なんて舌なめずりしている。人が少ないでもなく、いろんな人に見られながら商店街の大通りでよくもやるものだ。

 画面を覗く対面の席では、セイが握ったコーヒーカップをガチャガチャと鳴らしながら「昭和ってより世紀末感ありますね」と隠しきれないバカ笑いを。

 笑われているのは俺じゃない、周りのアホだ。

 コーヒーを飲んで落ち着こう。



「………………アアッ! そうだ、どんちゃんだ!」


「のんちゃんだよぅ……うぅ~何度も挨拶してるのに覚えてくれてない~」



 ようやく「思い出した」と俺が声を出すも、すぐさま涙声で否定されていた。

 この少女、保科花音は高校で俺の隣に席に座っていた女子だ。

 最初は『のんちゃん』というあだ名だったが、余りにもどんくさいので『どんちゃん』というあだ名に変わってしまったいじめられっ子。

 『かのん』なんて昭和にしてはハイカラな名前なのに。しかも隣の席の女の子の顔と名前すら出て来ないとは……昔の自分を見ていてイライラする。

 完璧な兄という人生の指標を失った喪失感から呆然としていたのは間違いないにしても、当時の俺はそこまで兄貴の死にショックを受けていたのか。



「っべぇ、もしかして幸助さんの女だったんスか!?」


「すんませんっした!エンコは勘弁してください!」


「ふざけんな指詰めろなんて言ったことねぇだろ、ヤー公じゃねぇんだからよ。それに俺の女じゃ――」


「幸助くん、怖かったよおおお~」



 半べそかいた花音が昔の俺の胸元に飛び込んだ。

 反射的に花音の体を抱きとめれば、周囲のアホが揃って「ひゅ~」などと口笛を鳴らす。

 連れは全員過去に一度は喧嘩でボコボコにしたことのある連中だ。ガンを飛ばせば、蜘蛛の子のように散って行った。まだどこかでナンパを続けるようだ。


 残された昔の俺は、溜め息を吐いて花音を引きはがそうとするが離れない。

 花音は全身震えていた。「あれ?あれ?」と自分でも力が抜けなくなった手を不思議そうに引っ張っているが、余計に俺と密着する形になるだけだった。

 進学校のクラスで調子こいてる程度のガキにいじめられるのと、不良に絡まれるのでは怖さがまったく違うのだろう。見た目だけは悪い意味で迫力のある集団だからな。

 俺に体を押しつけていることに気づかず、何度も全身を揺らす花音にデコピンを一発いれて、ゆっくりと一本ずつ指を開かせてやる。



「うう~、ごめんね。シワになっちゃったね」


「ンなこたどうでもいいって、気にすんな」


「良くないよぉ……そうだ、助けてくれたお礼させてよ」



 何故そうなるのか分からず、昔の俺が首を傾げる。



「幸助くん、いつも本屋の隣の喫茶店で一人でご飯食べてるでしょ?わたしの家あそこの近くなの。夕ご飯食べてってよ」


「飯、ね……まあ最近バイトしてなくてバイクのガス代もバカになんねぇしなぁ、節約できるならいいか」



 再び花音が学ランを、しかし今度は控えめに裾を指でつまむ。

 それまでずっと超人な兄貴を目標に努力ばかりで、女に興味を持つ余裕もなく、彼女など作ったことのない俺は照れ臭そうに頬を掻いていた。






「どんちゃん、抜けててかわいい子ですね」


「あんなだからいじめられてたんだけどな。あとお前はどんちゃんと呼ぶな」


「どんちゃんに絡んでた世紀末ヤンキー、たまたま幸助さんの前を歩いてたんじゃなくて、幸助さんの舎弟だしお礼もクソもないですもんね」



 セイの言う通り、舎弟にしたつもりはなくても花音に絡んでいたのは俺の連れ。ボス猿が手下を使ってクサいマッチポンプをしているようで恥ずかしい。



「さぁて、おかわり注いでくるかな」


「あっワタシのもお願いしまーす」



 逃げようとする俺に自分のカップを渡してくるセイ。

 お面の下でニヤついているのが分かる声にムカついたが、この後に見ることになる画面を誰かと眺めるよりはマシだ。二人分のコーヒーを淹れに席を立つ。


 過去を映すテレビは、セイが場面をコントロールしている訳でもなさそうだ。今頃セイは一人で、俺が飯をごちそうになりに軽い気持ちで花音の家を初めて訪れた時の様子を見て爆笑しているだろう。

 映像を見ている途中で、あの後に何があったか思い出した。


 少し泣いた跡を目に残した花音が、俺を連れて家に帰った時の親父さんの顔と言ったら。

 何をどう勘違いしたのか、玄関に俺だけ置いて居間に戻り、日本刀を持って走ってきた姿はまさしく鬼だった。

 喧嘩なら幾らかしてきた俺も、鈍い鋼鉄の輝きには腰を抜かした。模造刀とは一味違う鋭さ、重厚感……そこらのチンピラが持つナイフなんてオモチャに見える人殺しの道具だった。

 俺は生まれて初めて女に――みっともなく花音に、あの鬼から助けてくれと命乞いをした。


 聞けば花音の父親は警官。町で問題を起こす俺の名前と顔を知っていたせいもあって、初めて花音の家でごちそうになった夕飯は味なんて分からなかった。

 とりあえず、親バカ鬼警官から「娘についた悪い虫を留置所にぶち込みたくて仕方がない」というオーラが漏れ出ていたので喧嘩は控えようと思った。そこらの不良みたく社会に居場所がないとか、無性にむしゃくしゃして暴れたいとか、そういうのは俺にとってどうでもよかったから。


 コーヒーマシンの前でゆっくりと一杯飲み終えてから席に戻る。

 戻る途中、他の席にも人がいるらしく、楽しそうな笑い声やむせび泣く声、様々な音が聞こえてきた。



「ほら幸助さん早く早く!幸助さんがいないと続き再生されないんですよ!」



 セイが手を振って俺を呼ぶ。

 画面は花音の家の玄関を開けるところで止まっていた。

 たとえ俺がしっかり思い出せた話でも、テレビが映すと決めたら過去の恥ずかしい場面全てを見ないといけないらしい。そういうことは先に言えよ。

 俺たちの席にセイの笑い声がまた響いた。


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