大会、始まる。
喧しいセミが鳴くこの季節。
待ちに待ったその日は、遂に迎えられた。
夏の全国高校野球大会。
全国の強者が集い行われた開会式。そして、初日、二日目と日程が過ぎ、今日は三日目。俺達の初戦は、明日大会四日目の第四試合。恐らく、照明が入るような時間に差し掛かった時に行われる試合になっていた。
事前に速水からは、お叱りのメールをもらっていた。
今大会は、東東京大会同様全校生徒での応援が実施される。東京-兵庫間は高速バスに揺られて六時間の長旅だ。
だから、開始時間が遅い第四試合だと、帰る時間もそれだけ遅くなる。
『試合は楽しみだけど、深夜に帰るのやだ』
我儘極まる速水のメールに、俺は一先ず謝罪のメールを送っておくのだった。
選手、マネージャーには高野連から宿舎と練習場が提供されていた。だから、大会に敗退しない限り、宿舎で缶詰の日々となる。
まあ、俺としたら強者と戦える大会への参加。そして、練習漬けになれる時間を送れるだけで幸せそのものだから、何一つとして文句はないのだが……一部部員は少しだけ嫌そうに宿舎での生活を送っていた。
とはいえ、日々楽しい練習を乗り越えてきた彼らにとって、宿舎での缶詰生活が嫌だからさっさと試合に負けてしまおうという気概は当然微塵もない。
優しい女将さん。
美味しいご飯。
開放的な風呂場。
幾分不便だが贅沢な環境で、俺達は試合に向けての準備を整えていった。
対戦表は、開会式三日前に部長達が一時合宿を抜けて引きに行った。
初戦の相手は、福島県代表の聖佐和高校。古豪として知られているし、何なら福島の強豪校といえばここ、と真っ先に思い付く高校だった。むしろ、ここ以外の高校が甲子園に出場しているの、俺はまだ見たことがない。
先発投手は、恐らくプロ注目の斎藤という三年生だろう。プロ級のスプリットを投じる、エグいピッチャーだ。
「行くぞー」
対戦校が決まった頃から、俺達は斎藤のスプリット打ちのためにマシンを調整して、スプリットの打撃練習を毎日のように行うようになった。
思えばここまで、一線級の落ちる球使いとは当たった経験がない。
あって、東東京大会準決勝の柳くらい。だけど彼の落ちる球は、精度で言えばとても斎藤のそれには及ばないだろう。
試合前夜のミーティングがやってきた。
「オホン。皆、今日までご苦労さん」
どこか緊張で浮足立つ部員達に、監督はまず労いの言葉をかけた。
「明日から始まる甲子園。我が校もまだ一度しか到達したことがない頂を目指して頑張ろう。お前達ならば、きっとそこへ立つことが出来る」
いつにもまして、監督は俺達にげきを飛ばしてきた。
あまり嘘をつく人でもないし、多分本音での言葉なのだろう。
「さて、早速だが斎藤のスプリット対策を話し合おう」
そして、基本的に多くの指示を出さない監督が、珍しく率先して対策案を講じてくれるようだ。物珍しい対応に、俺は思わず口笛を吹きそうになった。
「まず第一に……斎藤は確かに好投手だが、それでも奴も同じ人間ということを忘れるな。奴も人間なんだからミスもする。だからこそ、よりミスしやすい環境作りは怠るな。
……前川。明日の先発はお前だ。わかるか?」
「はい」
前川は頷いた。
「先制点は与えません」
「そうだ。リードされる展開は、相手を必ず楽にさせる。大量点などもってのほか。ロースコアでの試合運びをするんだ」
「はい」
「そして、相手が投げミスした球は必ず捉えろ。ヒットにならなくてもいい。甘い球を投じるとヒットを打たれるかもしれない。そう思わせるだけで十分だ。そうすれば、相手はよりリスク少なくリスク少なく際どい攻めをしなければならなくなり……必ず追い込まれる。そういう状況を作るんだ」
「はい」
「そして……打席での作戦は、至ってシンプルに考えよう」
監督は、続けた。
「来た球を打て。以上」




