疑惑
練習をしている周囲から離れつつ電話に応じると、速水の声はしばらく聞こえてこなかった。
「もしもし? もしもーし」
そう呼びかけると、
『うわっ、出た!』
速水は何故か、驚きの声を上げてきた。
「なんだよその反応、でなけりゃ良かったか?」
『うわわ、違う違う。まさか本当に出てくれるとは思わなくて……ちょっと驚いちゃっただけ』
なんだそりゃ。
電話かけてきたくせに、わけわからん。
「で、何かあったか?」
『え?』
「え?」
しばらく、無言の時間が流れた。
「用事があったから、電話してきたんじゃないのか?」
……はっ。
「まさか、何かあったか?」
凄くだけ切迫した声で、俺は尋ねた。そうであれば一大事だ。急いで帰らないと。
『うわわ、違う違う。そうじゃないよ』
「なんだ、違うのか」
心配して損した。
「じゃあ、どうした?」
『あー、いやね? ちょっと小耳に挟んだだけというか、興味本位の電話なんだよね、正直』
「ほう」
『でもさ……そう言われたらそうなんじゃないかと思ったというか、まさかそんなはずはないと思うんだけど、一応気になったというか……なんというか』
「なんだよ、煮え切らないな。何が気になるって言うんだよ」
『哲郎。怒らないで聞いてくれる?』
「おう」
速水は何故か、大きく息を吸っているようだった。
『哲郎って、男好きなの?』
「いや、それはない」
速水の深刻そうな声に目を細めて即答すると、電話口から速水の笑い声が漏れていた。ただこの笑い声……こいつ、本気にしていやがったな?
「まったく、入江さんだな?」
『えへへ。まあそうだねー』
本当、迷惑な話だ。
俺が男好きだなんて、そんな話あるわけないだろう。
「あんたからも入江さんの誤解解いといてくれよ。俺からも言っておくけどさ」
『あ、ちょっと待ってよ、哲郎』
「なんだ?」
『ああいや……本人の口から聞けたけどさ、まだ少し気になる話があって』
「なんだよ」
『その……入江ちゃんより男の体の方が気になるって、本当?』
「はあ?」
そんなこと言ったか?
イマイチ記憶にないんだけど。
『なんか、相手の強打者の体に見惚れてたって聞いたけど?』
「……あー、赤羽根さんのことか」
『あ、赤羽根さん?』
「おう、相手校の四番だ。凄い筋肉していてな。どうしたらああなるのか、どうすればああできるのか。そういうのは、一目見た方がきっかけを掴みやすいだろう?」
『……なるほどね、さすがストイック野球馬鹿』
「なんかよくわからんが、今のところに入江さんが誤解した理由があるのか?」
『多分、そうだよ』
「ほー」
じゃあ、キチンと理由を説明すれば、多分入江さんも納得してくれるな。話は思ったより簡単そうだ。
『ねえ、哲郎?』
「ん?」
『一つ……質問いいでしょうか?』
「なんだ」
『えぇと……総括すると、哲郎は男の体より女の体の方が興味があるということでいいの?』
「おう、まあそうだな。一部例外を除いて」
『……まあ、いいや。じゃあさあ、一つ気になるんだけどさあ』
「なんだ?」
『……あ、あたしと入江ちゃんの体なら、どっちの方が気になるの?』




