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ミスしたっていいじゃない

 先発の大貫先輩は、怪我快復後初先発でありながら、堂々とした立ち振る舞いでのピッチングを見せていた。

 怪我明けで体力不足を懸念されている部分もあるそうで、今日は七回まで投げてみて、耐久度を確認するそうだ。


 初回以降、両チームは硬直状態に陥った。

 俺は、三回の第二打席、五回の第三打席でヒットを打ってチャンスを広げたものの、結局は得点は奪えず、一対ゼロのまま試合は進行していった。


 七回に、試合は動いた。


「あ」


 きっかけは、ファーストに転向してまだまもない、新井のイージーミスからだった。

 ノーアウトのランナーは、今日初めてだった。七回予定の大貫先輩の七回目でのミスでの出塁は、不穏な空気を肌で感じさせるような、バットタイミングだった。


 次の打者から、ここまで自由気ままに打ち放題していた相手打線が一つの意思のもとの打撃をするようになった。


 それは、ファースト狙いのバッティング。


 右バッターは流し打ち。

 左バッターは引っ張り。


 明らかな新井狙いのバッティングだった。


 大貫先輩の球威が落ち始めている事情もあり、見事に相手打線の策略は嵌る。


 ワンアウトから、新井の前に転がったボテボテのゴロが、焦った新井のミスを生んだ。捕球ミスと送球ミス。二つのエラーが記録されて、ワンアウト一、三塁。


 内野陣は中間守備を選択した。

 三塁ランナーを刺せるなら刺すし、ワンチャンダブルプレーで乗り切ろうという考えだった。


 相手の打球は、新井の前に転がった。


「ファースト」


 新井は狙われている自覚があったからか、いつにもましてぎこちない動きでボールを掴んだ。そして、一塁を踏んでからバックホーム。


「えぇ……」


 そこはバックホームを先に選択するべきだろ。手堅く一つのアウトをと思ったのだろうが、それは勇み足、というものだ。

 案の定、サードランナーは生還。


 同点となった。


 マウンドに伝令係と内野陣が集まった。


「すいません」


「起こったことは仕方ない。次からしなければいいだろう」


 大貫先輩が新井を励ましていた。


「でも……」


「おい同級生、この男をはげませ」


 吉村先輩の言葉で、周囲の目が俺に集まった。


「……まあ」


 俺は、励ましの言葉を考えて……。


「攻めた結果のミスならまだしも、手控えた結果の判断ミスは最低だと思うぞ」


 つまり、もっと攻めろ、ということ。

 攻めた結果のミスなら、誰も責めまい。


「お前、碌に励ますことも出来ないのかよ……」


 吉村先輩は少し俺に引いているようだった。


「おい新井、お前なんで凹んでいるんだよ」


 気を取り直して、吉村先輩は新井に言った。……大概、この言い方も厳しいような?


「すいません」


「そうじゃない。なんで凹んだんだ、言ってみろ」


「そ、そりゃあ……ミスしたから」


 新井はばつが悪そうに顔を背けた。


「だったらよお、ミスしたら駄目なのかよ。人間なんだからミスするのは当然だろ」


「俺は守備率百パーセントを目指していますけどね」


「お前は黙ってろ」


 何故だ。


「この回のお前のエラー、判断ミスは確かに相手に追いつかれる原因となった。だけどな、まだ試合には負けてないし、何ならこの練習試合は絶対に勝たなきゃいけない試合なのか、違うだろ」


「……うす」


 新井はまったく納得いっていない顔だった。


「もっと肩の力、抜けよ」


 そんな新井の肩を、吉村先輩は叩いた。


「ミスしたっていいじゃねえか。別に死ぬわけでもあるまいし」


「し、死ぬわけでもない、ですか……」


「おう。だってそうだろう? お前、今のミスで命を落とすのか? 落とさないだろ? だったら次同じミスをしないようにだけ考えて、さっさと切り替えればいいんだよ。死ぬわけでもないのに、この世の終わりみたいにいっぱしに凹むな」


「は、はい……」


 なるほど確かに。

 俺も大概、ミスしても凹みはしないし、次に切り替えれば良いと思っているが……思い悩む人からすれば、それほど落ち込むことではないと言ってもらえれば気が楽になるよな。


「そろそろいいですか?」


「はい。ほら新井、今吉村に言われた通り、さっさと切り替えろよ」


「うす」


 幾分か思いつめた顔をしなくなった新井に安堵しながら、俺達は内野に散っていった。


「良い言葉でした。ためになりました」


 ショートに向けて戻りながら、俺は吉村先輩に言った。


「昨晩言ったろ。俺、気付いたって。俺はプロになれないって」


「はい」


「あれは何より、俺がそこまで野球のことを好きじゃないって気付いたからなんだよ」


「え、先輩野球好きじゃないんですか?」


「少なくとも、お前ほどは好きじゃない」


 吉村先輩は笑っていた。


「生活の中心に野球があるべきだと思ってた。兄貴が野球が上手くて、俺もそれなりに上手くて。俺は野球をするために生きるんだって思ってた。

 だけど、俺より上手い兄貴がプロ野球に箸にも棒にも掛からぬ結果になった時、気持ちが冷めたことを察して、俺は気付いたんだよ」


「何にですか?」


「俺、野球のことあんまり好きじゃないって」


「ふうん」




「練習して練習して、上手くなってミスして反省して上手くなるために練習して。そんな日々が重たかった。


 だけど、兄貴がプロになれなかった時。




 俺、初めて自分が大した存在じゃないって気付いたんだ。




 俺は所詮凡人で。

 そこまで野球のことも好きじゃない、ただの男なんだって気付いた。


 そうしたら、落ち込むどころか視界が急に広がった。

 苦しい練習をして何になると思ったら。

 自分の限界を知ったら。


 ……ミスしてもいいんだって思ったら。


 すっげえ気楽になったんだ」


 


 俺は何も言えず、ただぼんやりと前を眺める吉村先輩の顔を見ていた。


「俺は、高校以降は野球はやらない。俺にとって野球はあくまで将来のための肩書だからな。


 だけど開き直った俺は、ミスも恐れないし三振だって怖くない。

 試合に負けたって構わない。



 だから、誰よりも邪心なく試合に全力で望める」


「それは……凄いですね」


「そうだろう? まあ、お前には一生わからないだろうぜ」


「どうして?」


「言ったろ。

 お前は、野球が生活の一部なんだよ。中心にあるべきとか、そんなの関係ないんだよ。お前には。


 お前はまるで、好きなゲームを攻略するみたいに野球をしている」


 そういう吉村先輩は、どこか俺を羨望の目で見ているようにも見えた。

 俺はイマイチ、吉村先輩の言っていることがピンと来ていなかったが、とにかくこのピンチを打ち破ることだけを考えようと思った。


 結局この回は、吉村先輩の好守備で逆転の事なきをえるのだった。


 その裏、ヒットで出塁した俺と吉村先輩を塁に置いての新井の打席。


 新井はまるで憑き物でも落ちたかのよう一点の曇りもない顔で、勝ち越しホームランをお見舞いした。


 試合はそのまま、四対一で勝利を収めた。

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