生活の中心
セミの鳴き声が喧しい球場で、俺達の大会前追い込み合宿はスタートした。大会へ向けた追い込み、という合宿目的もあって、合宿は基本的に野球の練習以外の行いは出来なかった。
朝起きれば声出しから始まり、ランニング、ノック、フリーバッティングが行われていった。そして昼休憩を挟み、実戦形式での練習を交えて、再び体力強化のトレーニングを行い、薄暗くなったところで場所を合宿所に移して、夕食を食べる。
夕食を食べ終わった後は、合宿所の庭で自主トレ。汗を流して、入念にフォームを確認していくと、一日はあっという間に過ぎていった。
「たのしー!」
滴る汗を気にすることなく、俺は素振りしながら都会よりも幾分静かな夜で奇声を発した。自主トレに励んでいた他部員が練習を止めて合宿所内に戻って、……一人になってから、かれこれ三十分が経とうとしていた。
言葉の通り、俺はこの練習漬けの一日をとても楽しく送っていた。
こういうのを待っていた。
インターンシップ?
修学旅行?
笑わせるな。
そんな行事、こんなにも密に練習を行えないじゃないか。
ビバ、合宿!
ビバ、木更津!
このまま一生、俺ここで練習していてもいい。それくらい、この時間は充実している。
……あ、ずっとは駄目だ。俺にはプロ野球選手になるという夢があるから。その夢は叶えねば。
「うっわ、まだやってる」
「あ、吉村先輩」
背後から忍び寄ってきた吉村先輩は、明らかに呆れたような顔をしていた。
「お前、そろそろ休めよ。明日に響くぞ」
「響く? どうしてです」
「夜更かしは疲れが取れないんだよ。練習続きだとリラックスも出来ないだろ」
「俺今、最高にリラックスしています!」
ハツラツとした笑みで告げると、吉村先輩は大きなため息を吐いていた。
「そういえば、吉村先輩はどうしてここに?」
「玄関先にしか自販機がないだろ。それで来てみたら、まだバットを振る音が聞こえるから」
「なるほど」
「他の奴は女子マネの風呂を覗きに行こうって躍起になってた」
「うわ、くだらねえ」
「あはは。お前、性欲よりも野球欲の方が強そうだもんな」
吉村先輩は、玄関前の短い階段に腰かけて、笑った。手に持っていた缶の蓋を開けると、ズズーっと飲料水をすすっていた。
「先輩は行かないんですか?」
「は? どこに」
「覗きに」
「行かねえよ」
「どうして?」
「だって、どうせ途中で頓挫するに決まってるだろ。で、そうなったらどうなるか」
遠くから、監督のお叱り声が響いた。
「なるほど」
「馬鹿な奴らだよ。つうか、監督に既に怒られているって、めっちゃ序盤で見つかってるじゃん」
吉村先輩はケラケラと笑っていた。
「誰が覗きに行ったんです?」
「三木、種田、平泉だったかな。あーあ、馬鹿な奴らだ」
全員、吉村先輩と同じ二年生、か。吉村先輩は、いつもその人達とつるんでいる。
「明日は、午前は今日と同じメニューで、午後からこっちの高校との練習試合だったな」
「そうですね。腕が鳴ります」
「おう、頑張れよ。お前が頑張ってくれると、俺が守備で手を抜ける」
「手は抜いちゃ駄目じゃないですかね、レギュラー取られますよ?」
「まあ俺、受験で有利に、将来で有利になるために野球やっているしな」
「へー」
「甲子園出場選手なんて肩書、滅多に持てるもんじゃないだろ? それ持てた時点で、俺もう結構満足している」
「ふーん」
「ま、お前にはわからない感覚でしょうね」
「そうですね」
ふと、俺は思い出した。
「あれでも、先輩のお兄さんって独立リーグでプレーしているんじゃなかったでしたっけ?」
「え、なんで知ってるの」
「平泉先輩が前教えてくれました」
「あいつ……余計なことを」
恨めしそうに、吉村先輩は呟いた。
「そうだよ、俺の兄貴。独立でプレーしている。まあそんな兄貴のせいで、俺はプロとか目指さなくなったんだけどな」
「というと?」
「俺の兄貴、俺よりも小さい頃は野球始めてさ。これまでずっと俺より上手かったんだよ。まあ、そんな兄貴に触発されて、俺も野球を始めたんだけど。
結局そんな兄貴も、プロにはなれなかった。
未だ、俺が一度だって背中を捉えられないでいる兄貴が、だ」
「なるほど」
「……高校は、スカウトされたからここに入ったけど、多分俺は兄貴と同じようにプロになれない。元々生活の中心に野球があって然るべき、と思ってたけど、そんなわけで俺は少し野球への熱が冷めてしまった」
「それで、あくまで将来のために野球は続けている、と」
「おう。将来の選択肢になるから、今将来の見通しがないからこそ、野球に没頭しているわけだな」
「なるほど」
「なるほどって言うなら、ぴんと来ているんだろうな?」
「……ごめんなさい。まったく来ていないです」
「そこは来てるって言っておけよ」
あはは、と吉村先輩は笑った。
「まあ、お前はぴんと来ないだろうな」
「そうですか?」
「ああ、お前はなんというか……生きるために野球をしている。いいや、野球をしているから生きている。そんな感じがする」
吉村先輩が静かに語った言葉は、俺の中で妙に腑に落ちた。
もしかして・・・・・・。
野球回書いた方がポイント増える・・・?
ラブコメとは・・・?




