合宿所へ向かうバスの中
アクアラインを進み、海ほたるを過ぎた頃、喧騒とするバスの中、俺は一人読書に耽っていた。
「……なあ、武田?」
「はい、何でしょう。吉村先輩」
隣に座る吉村先輩は、俺に対して目を細めていた。
「何読んでるの? 小説? それにしてはイラストとかちと多くないか?」
「はい。小説ではないです。俺、そういうの読むの合わない性分なので。多分そんなの読んだら、すぐに眠ってしまいます」
「そうだよな。俺も似たようなもんだ。で、それ何?」
「スポーツ工学の本です」
俺が読んでいたのは、先日入江さんに買ってもらった本だった。確かに、イラスト含めてこの本は、大衆小説とはあまりに一線を画していた。
「そんなことだろうと思った。お前、時々イラスト通りに体動かしてたりするし。はあ、本当お前は」
吉村先輩は、何故か呆れていた。
「何か?」
「胸やけするくらいのストイック振りだな。移動時間ぐらいジッとしてられないのか」
「無理です」
「即答するな。わかってたけども」
吉村先輩は呆れていた。
「吉村先輩は、こういうの見ないんですか?」
「見ないな。俺は小説だけでなく、活字を見たら寝る」
「そうですか」
「ああ、というか、俺はそこまでストイックに野球は出来ない」
「どうしてです?」
率直な疑問だった。
吉村先輩程野球が上手な人が、どうしてそんな考えをするのだ。もっと本気でやる気を出したら、きっと凄い選手になるのに。
「俺は、お前みたいに野球以外も好きなことがあるの」
「失礼な。それだと俺が、野球以外興味がないと言っているみたいじゃないですか」
「違うのか?」
「勿論です」
「なら、何が好きなんだよ」
ふむなるほど。
いざ言われてみると……俺の好きなことって野球以外、何があったかな。
「ルーティーンの邪魔をされたら怒ります」
「それ、一年の連中から聞いたけど、家事全般のことなんだろ? ちょっとお堅すぎるぞ。他には? もっとフランクなやつ。フランクな」
「そうですね」
一旦本を閉じて、俺は腕を組んで唸った。
「あ」
「お、何かあったか?」
「俺、シチューが好きです」
「おい新井! よだれ垂らして寝てるなよ! そろそろ着くぞ!」
え、吉村先輩、凄い変わり身の早さなんだけど。
俺は思わず、目を丸めていた。
そんな平和な一幕を送って、まもなくバスは目的の球場に辿り着いた。合宿所は、ここから車で十分くらいの場所にあるそうだ。
「よし、今日も嫌々練習しますかー」
吉村先輩はそんなことを言いながら、バスを降りていった。
俺は、ある程度人が降りたところで、バスに忘れ物がないかを確認しようと最後尾に回ろうとした。
「あ」
同じような考えをしている人が、一人いた。
マネージャーの入江さんだった。
「俺が見るから、先行ってろよ」
「いいえ、こういうのはマネージャーの仕事ですので。哲郎君こそ、お先にどうぞ」
「……そう?」
まあ、そう言うのであれば、それに従おうかな。
「じゃ、お先に」
「はい」
微笑む入江さんを置いて、俺はバスを降りた。
……あれ?
入江さんって俺のこと、下の名前で呼んでたっけ?
まあ、いいか。




