約束をする
そろそろ日が暮れようかという時刻。
互いへの贈り物。
家でヘソを曲げている同居人への贈り物を買った俺達は、そろそろ帰路に着こうかと話し合っていた。
「今日は本当、ありがとうな」
「いいえ、あたしも凄い楽しかったので。贈り物までもらっちゃって」
「何言っているんだ。俺なんて本を買ってもらったんだぞ、本を」
「アハハ、そうでしたね」
「読み終わったら、内容を聞かせるよ」
「楽しみにしています」
駅へと向かいながら、俺達は変わらず雑談を続けていた。
サンシャイン通りを抜けて、目の前に横断歩道が現れた。信号は赤だった。
喧騒とする信号待ちの連中に交じって、俺達は世間話を楽しんでいた。
「……武田君、それでどうでした?」
「何が?」
俺は首を傾げた。
「今日のデート、楽しかったですか?」
「そりゃあもう、楽しくて仕方なかったよ」
何当然のことを聞いてくるんだよ。
まったくもう。
俺は思わず笑った。
……そして。
「あっ!」
デートの約束を取り交わした時の約束を、思い出していた。
そういえば、彼女とデートをして少しでも楽しいと思ったら、彼女のことを良いと思ったら、付き合う約束になっているのだった。
しまった。迂闊だった。
最近の俺、迂闊すぎやしないだろうか。
ほとほと自分が嫌になる。
「えぇと、その……」
みっともなく、俺は言い訳を考えだしていた。背中に伝う汗が冷たい。
……ただ、ふと気付いた。
思えば今日のデートを通じて気付いたが、入江さん、かなり俺の趣味嗜好とか、そういうのに理解を示してくれるんだよな。
俺が興味が湧くだろうことをわかってスポーツ工学の本を薦めてくれるし。
俺が練習禁止を憂いているとわかって詭弁を用いてバッティングをさせてくれるし。
果たして彼女と付き合った時、当初俺が憂いた未来が訪れるのだろうかと思ったら、まったくそんなことがないのではないかということに、俺は気付き始めていた。
多分。
多分だが、この少女は、俺の意思を尊重してくれるのではないだろうか。
俺がルーティーンをしたいと駄々をこねれば、むしろ進んで部屋を汚してくれるのではないのか。
俺が野球に熱心に取り組みたいと言えば、むしろ協力的になって一緒に俺の夢を追ってくれるのではないのか。
彼女は……俺が望む彼女像そのものなのではないだろうか。
入江さんとの交際を、今初めて俺は真剣に考えていた。
本当に、最低な男だと思った。
ラブレターをもらって、彼女の思いを無下にした時、俺は彼女の思いにどんな形でも応えるべきだと思っていた。
だから、無下にすることは酷いことと頭でわかっていながら、彼女の思いを無下にした。
彼女を悲しませた。
だけど果たして、あの判断は正しかったのだろうか……?
彼女の気持ちに対して、返事をしないという選択をすることが正しいと思ったわけではない。
ただ、本当に彼女の気持ちを思うのなら。
頭ごなしに否定して、無下にするのではなく、もっと寄り添ってみてあげるべきだったのではないだろうか。
あの時の俺の態度は、本当に好いてくれた彼女に対して、誠実なものだったのだろうか。
少なくとも今、俺の気持ちは揺らいでいる。
どっちつかずの最低な思考とわかっているのに、揺らいでいる。
彼女と交際してもいいのでは、と思う心がある。
答えを出そうとして、俺は再び出し渋った。
彼女と……入江さんと交際することは、多分俺にとってメリットばかりなのだろうと思った。今日一日の体験を経て、そう思った。
彼女と付き合うことは、きっと素晴らしいものになる。
そうわかったのに……。
そうわかった瞬間、脳裏を過った人がいた。
その人は、小五の時の意地悪な武田さんのことを憎んでいて。
寝相が悪くて。
お人好しで。
料理が上手くて……。
俺のルーティーンの邪魔をしない、そんな人。
そんな人の、時折見せる眩い笑顔だった。
「わかってますよ、武田君」
「……え」
「戸惑っているんですね」
「……ああ」
俺は今、入江さんの言う通り、初めて自分の気持ちがわからないでいた。こんなにも胸が締め付けられて、こんなにもこっぱずかしいと思ったことは、生まれて初めてだった。
「わかってますよ。あたし武田君のこと、好きですからね。……少し悔しいですけどね」
「そっか」
「はい。存分に悩んでください。悩んで悩んで、最後にあたしを選んでくれたらそれでいいです。だから、アプローチは止めません」
「……ああ」
「約束は、撤回してあげます」
「ああ」
「ただ、その代わり一つお願いしても、いいですか?」
「なんだ?」
「日曜の部室の掃除、手伝わせてもらってもいいですか?」
「……なんで?」
「君をサポートしたいからです」
「……あの部屋は、汗臭くてたまらないからな」
「ふふふ。先輩達には言っちゃ駄目ですよ、それ。怒っちゃいますから」
「わかった」
「あと、凛さんに言っておいてください」
「何を?」
「負けませんからって」
入江さんは、微笑んでいた。
その微笑みから察するに、彼女は今、俺の胸中を襲う摩訶不思議な違和感の正体を知っている。
知っていて、俺に敢えてそれが何かを言わないでいる。
……俺は、この気持ちの正体を知らない。
昔から野球ばかりやってきたから。
親が転勤族でまともな交友関係を築けた試しがなかったから。
……誰かの言葉を借りるなら、協調性がなかったから。
だから、わからない。
多分、聞けば楽になるのだろうと思った。
誰かに、この気持ちが何なのかを聞けば、俺は自分で自分の進むべき道を選択出来るようになると思った。
だけど……。
この気持ちの正体は、自分で見つけなければいけないのだと、そう思った。
以上、第五章でした。
スポ根主人公は、ラブコメだとポンコツ鈍感野郎ってはっきりわかんだね。
昨日2時迄こそこそ書いたが、凄い疲れたわ。
八話も投稿したし、今日はもうええやろ…。
感想、評価、ブクマ、お待ちしております。。。




