本屋に行く
「さて、俺実はあんまり土日外で遊ばなくてな。入江さん、どっか行きたい場所あるか?」
そんなことを開口一番言いながら、そう言えば以前、他県のターミナル駅に速水と遊びに行った時、女子はエスコートしなさいと怒られたことを思い出した。
「はい。実は、向こうにある本屋に行きたいんです」
「本屋? どうして?」
「参考書が欲しくて」
「うわー、そうなんだー」
唐突に、俺は幸先の不安を覚えた。
「えぇと、凛さんにこの前聞きましたけど……武田君、勉強も頑張らないと駄目ですよ?」
「速水に見てもらってるよ。速水の奴、なんか期末テストの時のほうが中間テストの時より厳しかったんだよな。一体なぜだ」
「それは、武田君がお馬鹿さんだからじゃないでしょうか?」
くすくす笑う入江さんに、俺は目を細めていた。
とりあえず、俺達は入江さん案内の元、本屋の方へ向かうことにした。
「武田君、口酸っぱく言うことになりますが、勉強はとても大切なことですよ?」
「そうかなあ。俺将来プロ野球選手になるし、勉強なんかしなくても大丈夫だと思うけど?」
「武田君、プロ野球選手は皆お馬鹿さんでいいわけじゃないと思いますよ? 例えば、契約書。難しい契約書に、将来武田君がプロになったら判子を押さなければなりません。そうなった時、ふと書面を読んでみると難しい漢字があった。
武田君はどうしますか?」
「とりあえず判子を押す」
「それじゃあもし、難しい言葉であなたのことは一生使いませんと書かれていたらどうしますか?」
「え、それは嫌だ。なんとかする」
「果たしてなんとか出来るでしょうか? だって武田君、もうそういう契約の判子を押してしまったんですよ?」
「な、なんてこった……」
「そういうことが嫌と思うと、自衛のためにもキチンと契約書を読みこむようになりますよね?」
「そうだな。将来は絶対そうするわ」
「その時、やはり難しい漢字があったりすると、契約書一枚判子を押すために、武田君は辞書を引くわけです」
「ふむ」
「そうすると、辞書を引いた時間、野球の練習時間が減るんです」
ほう!
なるほどなるほど。
たかだか契約書一枚のために、俺の大切な練習時間が滞る。そんなことになるだなんて、これまで一度だって思ったことなかった。
「俺、勉強頑張るわ」
「はい。あたしも……速水さんもサポートします」
入江さんは、微妙な顔で微笑んだ。
「差し当たっては、本屋に行きましょう。あたしは参考書を買うつもりですけれど、武田君は例えば、参考書以外にもスポーツ工学の本を買ってみたりしたらどうでしょう?」
「スポーツ工学?」
「はい。スポーツを含めた人体のメカニズムを科学的に説明した本です。きっと将来の役に立ちますよ」
「ほう、なんだか面白そう……だけど、そういう本って高いだろう? 俺、実は今日あまり持ち合わせがない」
「なら、あたしがプレゼントします」
「いやいや、悪いって」
「いいんです。その代わり、将来君がプロになったら、その本にサインして返してもらえますか?」
「ん?」
なんだかすっごい既視感。
「凛さんに聞きました。武田君が今ランニングする時に使ってるアームバンド、将来プロになったら凛さんにあげるんですよね。ファン第一号として。
だから、あたしもファン第二号として、同じようにプレゼントした物にサインしてもらって返してもらおうと思って」
「ああ、なるほどな。それならお安い御用だ」
最早将来プロになることを当然と認識するように語っていることに少しだけ自惚れ過ぎだと思いつつ、俺は素直に入江さんの申し出に甘えることにした。
まあ、あれだ。
プロになる、という夢を諦めなくさせるため、外堀を埋める、追い込んでもらう、という意味で、この申し出には甘えようと思った。
単純に、本の内容も気になるしな。
それにしても速水と入江さん、気付けば結構色々と情報交換するようになったんだなあ!
仲良くしているようで、俺もなんだか少し嬉しい!
アハハハハ!
そんな調子で、俺達は駅から南にある七階建ての本屋に足を運んだ。
彼女は気に入った参考書とスポーツ工学の本を一冊ずつ購入し、スポーツ工学の本は俺に予告通り貸してくれた。
俺は、彼女のおすすめの参考書を買って、次の彼女の行きたい場所へと向かうことにした。




