バラした
中国赴任した父に付いていった母が俺を訪問したのは、いつ頃だったか。
あの頃から数日、そして昨日の晩の入江さんのことを速水にあっさりとばらしてしまったことを踏まえて、多分俺はこれを自覚をしないといけないのだろうと思っていた。
「俺、隠し事は出来ないたちらしい」
「弁明の言葉はそれだけ?」
「ごめんなさい」
粛々と頭を下げると、速水は大きめのため息を吐いた。
「えぇとね、違うの。入江ちゃん」
業務用のような笑顔を張り付けて、速水は部室で今、俺達の前に鎮座している入江さんに言った。
「何が違うんですか?」
「えぇと、だから……そう言われるとなんというか、困っちゃうね」
速水の笑い声は乾ききっていた。
可哀そうに。俺が不用意なばっかりに。
「あんたもなんか言いなさいよ」
肘鉄しながら、速水は言った。
「俺が話すと余計話がこじれると思った」
「それはある。取返しがつかなくなっても困るから、少し黙ってて」
「御意」
「……息ぴったりですね」
入江さんの声が冷たかった。
「ち、違うの入江ちゃん」
「何が違うんですか?」
「えぇと、それはですね」
「お二人は、同居しているんですか?」
「……はい」
「そうですか。嘘じゃなかったんですね」
入江さんは涙をぽろぽろとこぼし始めた。
速水はさすがに戸惑っていた。慌てて立ち上がり、それでも弁明の余地がなく、あわあわとしていた。
俺は、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、背中に冷たい汗を滴らせていた。
ど、どうしよう。
「……武田君」
「は、はい」
「……あたしをからかったんですか?」
「からかった? 何故?」
わからなかったので聞くと、入江さんは大粒の涙を流して俺を睨んできた。
「同居するぐらい好いた恋人がいるのに、あたしの気持ちを弄んだんですかっ!?」
部室中に、入江さんの声が響き渡った。
「あ、違うか。嘘とはいえ武田君、キチンとあたしを振ってくれたんだ。あたしが勝手に暴走しただけなんだ……」
まあ、確かに。
好いてくれた彼女に対して、俺の思いをキチンと告げることは大事なことと思って、俺は彼女の思いを無下にした。
俺が嘘をついたのは、その後だもんな。
嘘をついたことと言えば……あれ、料理が出来るかどうかってことだけじゃん。
俺、別に悪くないのでは?
「哲郎、なんとなくあんたが今考えてそうなことはわかるけど、それはさすがに酷いと思うよ? 気持ちを踏みにじったことは変わらないし、嘘をついて誤解させたことも変わらないんだから」
「俺も丁度そう思ったところだ」
うん。やっぱりそうだよな。
俺が悪いところもあった事実は変わらない。謝罪の弁は述べないわけにはいかない。
「せ、正妻に間を取り持たれた……」
「い、入江ちゃん違うの! あたし別に、この人とは付き合っているわけじゃないから! ……はうぅ」
速水が突然唸りだした。
「嘘。どうせやましいことしているんでしょ? そうなんですよね、武田君。だから昨日、凛さんとの関係を打ち明けられなかったんですよね!?」
「おいちょっと待ってくれ。俺達は別にやましいことなんか……」
言いかけて、俺は思い出していた。
彼女の下着を洗濯したこと。
彼女と一緒に一つの布団で寝たこと。
泣きじゃくる彼女に抱き着かれたこと……。
「なんで何も言ってくれないんですか!?」
余計入江さんを泣かしてしまった。
「哲郎、あんたまさか、寝ているあたしに……?」
速水は、若干引いていた。
「おいちょっと待てっ! あれもあれもあれだって、全部合意の上だっただろう!」
「合意の上っ!?」
「し、知らないよなんのこと!? 確かにあんたのお願いなら大抵のことなら合意しそうだけど……本当に何もわからないんだけど!?」
狼狽える両者に、俺は頭が痛くなり始めていた。
でもすぐに、これが俺の言葉足らずな言動が招いた結果であることを理解した。
やっぱり俺は、こういう時黙っていた方が良いタイプの人らしい。
「とにかく、こうなったら仕方ない。包み隠さず全部話そう」
「ご、合意の上でしたことをですか?」
「違うわっ。同居のことだよ」
頭が本当に痛い。
まあ、元はと言えば俺のせい。
致し方なしと思った俺は、今度こそ入江さんに速水との関係の全てを打ち明けるのだった。




