八つ当たりされた。
校舎に入り、授業の準備を進めていると、背後から迫りくる人物が一人。
「おはよう、武田君」
「うわあ!」
広末さんだった。
底意地の悪そうな笑顔で俺を見下ろす少女に、俺は体を飛び跳ねさせた。
「ちょっと、さすがにその反応は酷いよー」
「だったら前から迫るとか、色々あっただろう」
「あはは。そうかもね」
広末さんは面白そうに机に手を付いた。
「なんだ。何か用か?」
「何か用か、か。そうだよ、用があるの」
「……なんだよ」
言いながら、広末さんが何を言いたいのかは薄々わかっていた。まあ十中八九昨日の件だろう。
「凛とどこまで行ったの?」
「どこまでも行ってない」
「嘘。昨日あんなに楽しそうに一緒に登校してたじゃない」
「そうだったか?」
「そうよ。いつの間にか凛、君のこと下の名前で呼んでるし。何かあると思うものじゃない」
「ないと言っておろうに」
「嘘ばっかりー」
最早広末さん、俺の言葉を信じる気皆無だな。
面倒事になったなあ、と憂いながら、ふと思った。
そういえばどうして、彼女わざわざ俺に聞くのだろう。俺なんかよりも仲の良い速水に詰問した方が効率良いだろうに。
そう思って速水の席を見ると、彼女がまだ登校してないことに気が付いた。
「何々ぃ? 凛のこと気になるの?」
「ああ、凄い気になる」
「えぇっ!?」
あいつ、遅刻するなって言ったのに。
呆れかえって大きめのため息を吐いたら、広末さんは好奇からか目を輝かせていた。
「……そろそろチャイム鳴るぞ、席に戻れよ」
俺は広末さんのその様子に目を細めて、言った。
「あ、うん。そうだね。また後で聞くから」
「わかったわかった」
よし、昼はまたどっかに行こう。逃げるためにも。
そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。
担任の須藤先生が入ってきてしばらく、速水が教室に姿を現したのは、そんなタイミングでのことだった。
「速水、遅刻だぞ」
「ご、ごめんなさい!」
寝癖がまだ少し残っている。あいつ、本当にギリギリに起きたんだな。
クラスが、意外な人の遅刻に少し湧いた。
ゴンッ
速水が俺の席を通り過ぎる直前、俺の机が揺れた。
隣を見れば、速水は俺を見下ろし睨んでいた。
「なんだよ」
「べっつにぃ」
不機嫌そうな速水は、そのまま自席に向かっていった。
「何々、痴話喧嘩?」
広末さんから始まり一連の俺のやり取りを見ていた安藤が、面白そうに言ってきた。
「違う。あれはそうだな。……八つ当たり?」
まあ当人の口から言われたわけではないが……。
タイミング的に、よくも起こしてくれなかったな、という怒りだろう。その件に関しては、はっきり言ってこちらこそ文句しかない。
俺はあいつを起こしたし、起きなかったのはあいつのせいだろう。
「酷いこと言うね、武田君。あとで凛に言っちゃおっ」
「勝手にしてくれ」
俺は顎に手を当てて、投げやりに言った。
このクラスの女子連中に対して、少しだけ面倒だなと思わされた瞬間だった。




