お淑やかで美人で突っ走りがちな少女
昨日の今日での入江さんのマネージャーとしての入部劇に、俺は正直驚きを隠すことは出来なかった。だって、昨日の今日だぞ?
あの後、練習中にでもあの人、監督の元に直談判しに行ったのだろう?
甲子園を目指していく中で、三年の泉先輩、二年の元木先輩だけではマネージャー業務が滞るような場面はちらほら見ていたが、まさか即日入部してくるだなんて思わないじゃないか。
そんなわけで朝から気持ちが非常に乱されたわけだが、昨日と同じ轍を踏むわけにもいかない俺は、気持ちを入れ替えて練習に明け暮れた。
今日の朝練は、非常に有意義なものだった。
なんというか、ピッチングマシーン専属係とか、痒いところに届いていなかった手が届いたような、そんな感じだった。
「あ、元木先輩、あたしやりますよ」
女子同士の会話に、部員男子数人が見惚れていた。俺は見惚れてはいないが、思わず目で追ってしまっていた。
初日から入江さん、とてつもない順応具合だ。
まるで部内の人手不足の場所を、外から見ていて把握していたような、そんな手際の良さでマネージャー業務を執り行っていっていた。
ああ、そうか。
あの人、いつも俺のことを見ていた、とかラブレターに書いていたな。本当に見られていたんだな。
……ついでに、野球部の実情と共に。
そりゃあ、すぐ順応出来るわ。
毎日のように見ていたのだから。
納得し満足した俺は、最早変な違和感もなくなり練習に再び明け暮れだした。
「入江さん、ちょっといいか」
とはいえ練習終わり、さすがに俺は入江さんを呼び出した。
その際、他部員とマネージャーから茶化されたりもしたが、そんなことを意に介すことはなかった。
「どうしたんですか、武田君。昨日の今日で呼び出しだなんて」
「いやそれはこっちの台詞だ。昨日の今日で、あんた野球部のマネージャーだなんて、どうなっているんだ」
「どうって、昨日のあの話を聞いてから、居ても立っても居られなくなったんです」
そういえば、ラブレターにもそんなことが書かれていた。この女、結構猪突猛進な性格をしているらしい。
「というか、昨日の話ってなんだ?」
「武田君、何でも一人で出来るんですねって話です」
「ああ、その話ね。その話かー。そうかそうか」
背中に冷たい汗が伝っていた。
「本当、武田君は凄いです。野球に、家事に、なんでも一人でこなして。尊敬すると同時に、また惚れ直しました」
「そ、そりゃあ、どうも……」
なんでも出来るに嘘が含まれていて、少しだけ申し訳なさを胸に抱えた。
「ただ……だからこそ、少し同情したんです」
なんだ。嘘がバレたわけじゃなかったのか。
俺はホッと胸を撫でおろした。
「同情って?」
「はい」
いや、はいじゃなくて。
同情されるようなこと、あのエピソードであったか?
「武田君。ご両親、厳しい方なんですね……」
「ん?」
「だって……、高校生での一人暮らしですよ? 普通じゃ絶対にありえません。それでいて、甘えも許されず一人でなんでもこなしているということは……親には武田君の夢、反発されたんですよね?」
親に反発されたんですよね、か。
中国赴任する両親に、俺は日本に残って野球をしたい、と言った時、なんて言われたかな。
……確か。
『あらそう? でもお母さん日本に残れないわよ? 上海で暮らすだなんて、人生の内に一度はやってみたいじゃない!」
……思い出すんじゃなかった。
まあ、一応友達と遊ぶついでとはいえ、心配して様子を見に来てくれたわけだしな。まあ、まあな。
「武田君の気持ちは、昨日も言いましたが、よくわかったんです。今、恋仲関係を必要としていないという本心も。やっぱり君は君で、いつも通り自惚れないストイックな君ということも。
少し残念とも思いましたが、やっぱりそんな君のことを好きになったので、あたしは今はそれでも良いと思いました。
ただやっぱり、過酷な状況の武田君のお手伝いを少しでもしたいと思ったんです」
「それで、野球部のマネージャーに?」
あの両親を良い両親と言うのも癪だったので、俺は否定せずに話を続けた。
「はい。武田君のサポートをするなら、野球部に入るのが一番だと思いました。だからルーティーンとか言って、無理して裏方仕事を買って出る必要、もうないですよ?」
地母神のような微笑みで、彼女は俺に甘えを許してくれた。まあ、微塵も甘えにはなっていないのだが。
「め、迷惑でしたか……?」
「いやだって、そりゃあ……」
迷惑だよ、と言いかけて、ふと今日の朝練習の風景を俺は思い出していた。
円滑に回るマネージャー業務。
入江さんに良い恰好を見せようと張り切る部員。
その部員に負けないよう、面白いことに目を光らせて入江さんのことも忘れて練習に集中していた俺。
あれ……?
「迷惑なんてとんでもないな。これからもよろしく頼むよ」
「え、今の断られる流れだと……まあ、ありがとうございます」
不承不承気味に、入江さんは頭を下げてくれた。
「そんな、頭なんて下げないでくれよ。こっちこそ、あんたのおかげで色々助かったんだからさ」
「そ、そんなこと言ってもらえるなんて……嬉しいです」
え、これそんなに喜ぶようなことなの?
「あたし、これからもっと頑張ります! 武田君のため、頑張ろうと思います!」
入江さんはそう意気込んで、立ち去って行った。
あの少女のことはイマイチまだわからないが、まあいてくれて助かることには変わりないし、俺は満足げに今日の授業に向かっていった。
果たして当初の俺の目的が達せられたのかは、神も彼女も、当人である俺さえも、知る由はなかった。
ただまあとにかく、野球部に一人新たなマネージャーが入ってきてくれたということは素直に喜ぼうと思った。




