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マネージャー

 入江さんとの告白騒動以降、速水は何故だか静かになった。初めこそ怒ったり不貞腐れたり喧しいことこの上なかったのだが、途中からいつの間にかそんな調子になったのだった。


 何故かはイマイチよくわからないし、まあ静かな分には俺の気持ちも休まるし問題はないのだが、数時間もその調子が続くとさすがに心配になった。


 大丈夫か、なんて同居人に度々尋ねたが、速水は狼狽えるばかりでまともな返事は寄こしてくれなかった。


 翌朝、速水が起床するよりもずっと早く、俺は目を覚ました。


 昨日こそ部活がないから遅めの起床だったが、やはりいつも通り朝早く起きるというのは気持ちが良いものだった。

 外で軽くランニングと素振りをして、部屋に一度戻ると、速水はまだ起床していなかった。


 いつからだったか、彼女は朝早く家を出る俺のために弁当を作るために早起きを始めたのだったが、今朝は珍しく寝坊していたらしかった。


「おうい、起きろ。朝だぞ」


「うぅん」


 タオルケットを蹴飛ばして、枕を抱きしめながら、寝癖をたくさん蓄えた速水に声をかけた。速水の顔が歪んだ。

 どうやらまだ、起きる気はないらしい。


 まあ、学校の始業時間はまだまだ先なのだが、彼女の寝相を知る身としては、このまま同居人が寝坊しそうで不安でたまらなかった。


「おい、起きなくてもいいけど、学校には遅刻するなよー」


「……うぅん」


「大丈夫かよ。おい」


「うるさぁい」


 相変わらず、朝方の同居人は粗暴だった。


「眠いんだから寝かせろー。誰だお前はぁ」


「武田だよ、武田」


「武田ぁ?」


「そうだ」


「小五の時、意地悪かった武田かぁ。甲斐の国の武将みたいな顔しやがって。このやろー」


「よし、じゃあ俺行くから。戸締りはキチンとするんだぞ」


 相手をするのも面倒になって、俺は一人部屋を後にした。前にも寝言で同じこと言ってたけど、それその武田さんに失礼だぞ。絶対に言うなよ。


 夏場とはいえ、早朝ともなるとまだ茹だるような暑さはなかった。


 やはり、早起きとは気持ちの良いものだ。そんなことを思いながら、昨日の不調もどこへやら、俺はうきうき気分で通学路を歩いていた。


 学校に辿り着くと、他の部員の姿はまだなかった。


 汗臭い部室で練習着に着替えて、一人誰もいないグラウンドへ赴いた。


 ストレッチとかのウォーミングアップを入念に行い、スイングの軌道を一人入念に確認する頃、監督が姿を現した。


「おはようございます」


「おう、相変わらず早いな。怪我はするなよ」


「はい」


 手短に会話して、監督は屋根付きのベンチに腰掛けた。腰深くベンチに座っているが、あの人はあの人で部員達よりも早くグラウンドに来るくらいの練習好きだ。


「足上げるのとトップ作るタイミングがてんでバラバラだぞ」


「やっぱりそうですか」


 ただ最近思うのは、この監督俺がこの時間にいるのを知っていて、自分もこの時間にグラウンドに姿を見せるようにしているのではないかと疑問を思ってしまう。だとしたら、早起きはやはり素晴らしい。


「おはようございます」


 次々と眠そうな顔をする部員達が姿を現し始めた。ついでに言えば、最近の部員達は監督が胃の一番にベンチに腰かけているから、結構委縮しながら挨拶をする。


 まもなく、全体練習の前の声出しが始まろうとしていた。


 個人的には、昨日の試合からフォーム改造に着手しているから、この時間が少し惜しい。

 何を隠そう。及川のストレートをレフトスタンドに運んだはいいものの、最前列までしか飛ばせなかったことが、俺は気に入っていなかった。


 もう少し、体全体でパワーを伝えるフォームを模索中だった。


 監督に駄目なところを指摘されたのは、俺も駄目だと思っていたしとても助かるんだよな、だから。


 ……もう少し早く家を出れば、監督も寡黙に俺に付き合ってくれたりしないだろうか?


「こら武田、聞いているのか」


「はい、聞いていませんでした。すいません」


 素直に謝罪すると、監督に委縮する部員達が噴き出し、笑っていた。


「まあいい。ならもう一度言う」


 監督はあまり俺の態度を気にしている様子はなかった。


「今日からマネージャーが一人入ることになった」


 そして監督は、そんなことを言い出した。

 

「自己紹介を」


「はいっ」


「ん?」


 監督に返事をする女子の声には、聞き覚えがあった。

 慌てて、群衆を掻き分けて、新たな部員の顔を覗いた。


「んなっ!」


 俺は、驚きのあまり声をあげた。

 部員達の視線が俺に集まったが、俺は返事をすることも出来ずに、口を半開きにさせて呆然としていた。


 新たなマネージャーとは……。


「入江蘭です。一年です」


 つい昨日、自らの心境を俺に吐露してくれた、同居人曰くお淑やかな少女であった。


「よろしくお願いします!」

 

 部員達が、明らかに浮ついた反応を示して拍手を送っていた。

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