リラックスした結果、口を滑らす
……はあぁぁ。
いつにもまして疲れる一日だった。朝から遅刻しかけるは、登校した時から浮かれた周囲に踊らされるは、部室は汗臭いは、平田という先生に嵌められるは。
……最後は不可抗力か?
まあ、俺も結構軽はずみな発言をしたことは悪かったよなあ。
「ただいま」
「あ、おかえり」
家に帰ると、いつも通り速水はいつか俺が贈ったエプロンをし、長髪を後ろでシュシュで束ねて、料理に明け暮れていた。
いつだか贈ったエプロンは、もらった当時は億劫だけどね、だのなんだの文句を言っていた割に、毎日キチンと身に付けて料理をしてくれていた。
いつか、あんたの割にはマメにエプロンをするんだな、とみそ汁をすすりながら尋ねたことがあった。
その時の速水は、笑って理由を教えてくれた。
『制服に油はねると嫌じゃない』
だったらそもそも制服を脱げよっていう話な気がした。
そこまで億劫なのか、と思うと、ものぐさはこの女に思わず呆れてしまうばかりだった。
「なんか、あたしの悪口考えてない?」
「はあ?」
速水は、何故だか嫌に鋭い時がある。今も俺の内心を悟って、コンロ周りの調理も忘れて、目を細めて俺を睨んでいた。
「してないしてない」
「本当かなー?」
「してないってば。ちょっと疲れただけだよ」
「えっ」
速水は何故か、とても驚いた顔をしていた。
短い廊下を過ぎて、リビングの机の前に制服のネクタイを外して腰を下ろした。
「えってなんだよ、えって」
「いやだって、あのストイック野球馬鹿の哲郎が疲れただなんて、天変地異の前触れとしか思えない」
そう言う割に、速水は俺への興味を失くしながらコンロへ目を向けなおしていた。
「俺だって疲れる日くらいあるさ」
「ふーん。面白くもないジョークだね」
「ジョークなもんか。本当今日は、散々な一日だったんだ」
胡坐を掻いて、後ろに手を付きながら上半身を半分くらい倒した。負荷がかかっていた腰が、少しだけ軽くなった。
「へー」
やはりこの女は、興味もなさそうに返事をしてきた。少しだけムッとしたが、喧嘩をするのも馬鹿らしいので、俺は堪えた。
数秒、無言の時間が流れた。
次に鳴った音は、コンロの火を消す軽快な音だった。
「どんなことがあったの?」
そんなことを言う速水の周囲が、カチャカチャとうるさかった。多分、調理が終わって盛り付けでも始めるところだったのだろう。
「あー、色々あったぞ」
ストレッチしながら、俺は続けた。
「朝から広末さんに絡まれたり」
「あーそうだった! よくも置いてってくれたわね」
「悪かったよ」
「許しません。ふんだっ」
速水はふざけるように言っていた。
俺もこの女が本気で言っていないことはわかっていたので、ストレッチをしながらリフレッシュを続けた。
「で、他には?」
すっかりとリラックスした頃に、速水は言った。
「おう。今日は周りの視線がやけに痛かった」
「そりゃあ、どっかの誰かが昨日の試合の勝利の立役者だからでしょ」
「他には、誰かの詰問のために逃げ込んだ部室が凄く汗臭かった」
「ふうん」
「あとは、平田って先生のせいで、今日は部活で大目玉を食らった」
「ふう……ん? 平田先生のせいで? 何があったの?」
「何って、今日女子にラブレターもらったんだよ」
ガッシャーン!
皿の割れる音が、部屋に響いた。




