男が一番好きなこと
「どうして?」
しばらく苦笑を続けると、入江さんが尋ねてきた。瞳は不安げに揺れていた。
「入江さんも、あの手紙に書いていてくれていたけどさ。俺、今は野球しか興味がないんだ」
俺は頭を掻いた。
「それはわかっているつもりでした」
「そうか?」
「はい。でも、あの決勝戦を見て、あなたの集大成があの試合だったと、あたしは思ったんです」
「それは違う」
俺は即否定し、首を横に振った。
「朝から皆、優勝した野球部のことで結構浮かれていたけどさ。俺に対する反応も好意的な人が多かったけどさ。
俺そもそも、昨日の結果に満足いってないからな」
「どうしてですか? 逆転ホームランにファインプレー。満足いくに決まってる」
「そんなことないよ」
「……どうしてか、教えてもらえます?」
「えぇと、まずは二回も三振したことだろ? あとは、先制タイムリーを浴びた時のポジショニング。前川に声をかけに行くタイミングも少し遅かったし、その時もう少し激励するように声をかけた方が良かったとも思った。
あとは牽制死したことも反省点だし。
……ほらな。俺は昨日の結果に、全然満足なんてしていない」
入江さんは黙って俯いた。
「昨日の結果は、確かにチームとしては勝利を収められた。だけど、俺の結果は、成果は……果たして満点の結果だったのかと言われれば、多分違う。
俺はまだまだ未熟者だと、ひどく痛感させられた」
そういえばいつか、俺は新井に最も価値のある選手とは何かを説いた。
そうか。
周囲の浮かれる反応に対して、どうも俺の気持ちは冷ややかなものだと思っていたが、こうして口に出してみてはっきりした。
俺は昨日の自分の結果を、満点だと思っていなかったんだ。
たとえ逆転ホームランを打っても。
たとえファインプレーをしても。
昨日の試合の俺のプレーは、満点なんかでは決してなかった。
だから、褒められることに違和感を覚えてしまったんだ。
「俺はもっと高みを目指すよ」
俺は言った。
「もっともっと練習して、もっともっと成長して、もっともっと高い舞台で羽ばたくんだ」
「……うん」
「だからさ、その時まで俺、多分誰かと恋仲になんてならないと思う。
だってさ、誰かを好きになるよりも、もっと楽しいことが俺の目の前には転がっているんだぜ?
それを見逃してしまうだなんて……。
微塵も面白くないだろ?」
「武田君」
「ん?」
「ストイック過ぎて少し引きます」
「アハハ。よく言われる」
本当、皆俺のことをなんだと思っているのか。
「正直、そう言われるんじゃないかとは思っていたんです」
「そうなのか?」
「はい。でも、あたしも自分の気持ちを抑えられなかったから……。だから、そんなことないってわかっていたけど、手紙に『集大成だと思った』って書いたんです。
武田君が、少しでも流されれば良いと思ったんです」
「それは残念だったな」
「……はい。でも、武田君が流されなくて良かったと思っている自分もいるんです。不思議ですけどね」
ようやく、入江さんは微笑んだ。
その笑顔は苦笑に近かったが、割り切り出来ているようなので、少しだけ俺の気も安らいだ。
「でも、あなたの隣にいたいというあたしも、やっぱりいるんです……」
しかし、微笑んですぐ、入江さんは再び俯いてしまった。
「なんでも、します」
「え?」
「あたし、何でもします。あなたの望むことならなんだって。掃除だって洗濯だって、ご飯だって作ります?
それでも、駄目ですか?」




