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浮かれる周囲

「おはよーっ、凛!」


 校舎を歩いていると、隣にいた速水を背後から襲う人がいた。

 もしこれが昨日の及川であれば犯罪なのだろうがお生憎様、相手は俺とも同じクラスの広末さんだった。


「おはよう、穂乃果。珍しいね、いつもは早いのに」


「いやあ、昨日の野球部の試合観戦したらさ。野球のこと気になっちゃって。茜に色々教えてもらったり、動画見てたりしてたらさ。すっかり夜更かししちゃったよ」


「そっか。確かに昨日、凄かったもんねー」


「うん! ……ねっ。昨日のヒーローの武田君!」


 目ざとい人だな。

 俺は乾いた笑みを浮かべていた。


「いやー、武田君。昨日のホームランはしびれたよ。びっくりしちゃったー。あんな速い球打つんだもん」


「どうも」


「本当、甲子園出場の立役者だもんね。もう驚いちゃったよー」


「別に、俺一人の力で勝てたわけでもあるまいし、さすがにそこまで言われる筋合いはないぞ」


 まあ事実、良いところで俺が打っただけで、チームとして相手を一失点に抑えた功績は変わらない。


「うわはあ、謙遜している。謙虚な人だねー。ねっ、凛もそう思うでしょ?」


「え? ……ま、まあ」


 なんだか広末さん、凄いがっついてくる。速水の前だとこんな人だったのか?


「ねっ! そうだよねっ! 凛も武田君のこと、凄い気になっちゃうよねー。朝一緒に登校するくらいだもんねー」


 あっ、違うわ。

 これ、いつかの俺が速水のこと好き設定をまだ引き摺っているだけだわ。


「あっ、あの……これは違うの」


「え、何が違うの?」


「……えぇと」


「わからないなー。わからないなー。

 ねえねえ凛?


 何が違うの?」


 わおっ、広末さん、中々圧が強い。なんだか言質を取ろうとしている風で狂気すら感じるんだけど。

 

「ち、遅刻しそうだから俺先行くな」


 この場にいるのも凄い嫌で、俺は速水を見捨てることにした。


「ち、ちょっと哲郎!」


「テツロー!? いつの間にか下の名前呼び。これはキチンと教えてもらわないといけなさそうですね! いけませんね!」


 あの女、墓穴を掘りやがった。

 関わり合いにならなくて良かった。ほっ。


 ……なんだか後で、俺も根掘り葉掘り聞かれることになりそうだな。


 後々の質問攻めを憂いつつ、俺は玄関に向けて小走りに向かった。


 遅刻ギリギリの時間であるにも関わらず、登校している生徒の数は意外と多かった。お前ら、せめて慌てる素振りは見せろよ。


 それにしても、なんだか凄い視線を感じるな。


 ヒソヒソ話も聞こえてくる。


「あの人、昨日ホームラン打ってた一年生だよ……」


「きゃー。本当だ」


 ……俺の話だな、これ。


 やれやれまったくやれやれ。


 周囲の奴ら、昨日の試合を見たことでわかりやすく浮かれていやがるな。まったく迷惑極まりない。


 二三振した俺をヒーローだなんだと祀り上げても、何も出んぞ。もっとチーム全体を褒めるムーブを見せてくれよ。

 そうした方が、多分何人か露骨に目の色変えるぞ。


 そんな愚痴を思いながら、玄関を過ぎて、下駄箱に赴いた。


「……ん?」


 自分の下駄箱を開けると、上履きの上に一枚の便せんが置かれていた。


 茶封筒に、ハートの封止めのテープ。


 もしかしてまさか、古典的なあれですか?


「ちょっと哲郎、なんで置いていくのよ!」


「うわあ!」


 背後から迫り来ていた速水に驚いて、俺は慌てて鞄の中にそれを閉まった。


「何か隠した?」


「べ、別に?」


 さすがに、他人の気持ちを第三者へ教えるほど、俺も性根は腐っていなかった。


「……怪しい」


「な、何がだよ」


「ちょっとお二人! 待ってよー」


「あわわ! 穂乃果が来てる! あたし先に行く!」


 サンキュー、広末さん。

 おかげで速水の気を逸らせたぜ!


 ……こうしちゃいられない。俺もさっさと立ち去ろう。

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