恵まれた男
八回表は続くバッターを抑えて終了。
八回裏、前川はようやく逆転出来たことで踏ん切りがついたのか、まるで憑き物が落ちたように三振を三つ奪って終了させた。
九回表も、及川の前にウチの打線は三者凡退。
そして、遂に甲子園出場を決める九回裏の攻撃が始まった。
先頭打者は一番からだった。
前川は前の回の快投を引き摺る好投を見せた。スライダーとストレートでカウントを稼いで、フォークで三振を取る鉄板パターンでワンアウト。
続く二番打者に対しても簡単に追い込んだ。
しかし、外す目的で投げたストレートが甘く入り弾き返されて、ランナー一塁。
三番打者はアウトに抑えたものの、結果として四番の宮崎に再び打席が回ることになってしまった。
「前川」
一声、ショートから俺は声を張った。
「わかってるよ」
汗を掻いた前川が、少し苛立ちながら返答をした。
何をわかったというのか、というのは聞くことはしなかった。
長打だけは駄目だぞ、というつもりで言ったのだが、前川はまるで俺の意図を察するかのように相変わらずのボール攻めを続けた。
前川の慎重な投球の五球目、宮崎のバットから金属音が轟いた。
ボール球を強引に振った当たりは、三遊間を強烈に襲ってきた。
俺はその打球をきっちりと掴んで、セカンドに転送した。
「アウト」
二塁塁審が手を挙げて、ジャッジした。
鋭い当たりだったが、なんとか捌くことが出来た。
……と思うのも束の間。
厳しい試合だったが、なんとか俺達は勝利を収めたのだった。
球場が大きな声で沸き上がった。
マウンド付近に集まった俺達は、勝利を分かり合うように右腕を掲げて人差し指を天に掲げた。
* * *
更衣室でユニフォームを着替えていた。
更衣室の中は、勝ちを喜ぶ面子で沸き上がっていた。このまま甲子園優勝だ、だなんて舞い上がった発言をしているのは、吉村先輩だった。
「武田、ナイスバッティング」
「ありがとうございます。大貫先輩」
大貫先輩は、粛々と俺の試合での功績を称えてくれた。足には、痛々しいギプスをしていた。先日のピッチャー強襲安打で、大貫先輩は足の骨を折ってしまった。
甲子園に間に合うかは、五分五分だそうだ。
「まあ、褒めるべきはバッティング以外もか。守備も良かった」
「ありがとうございます」
「いやあ、まさか首都第一に勝てるとはな。及川相手だし、厳しいって勝手に思ってた」
「そうですか」
「ああ……。あの準決が最終登板にならなくて良かったよ。本当に、ありがとう」
「いいえ。甲子園でも頑張りましょう」
ジャージに着替え終わった俺は、大貫先輩に会釈して更衣室を後にした。
今日のMVPは、間違いなく俺だ。だけどまあ、そんな結果に多少違和感というか、不満があるのは何故だろう。
まあ、兎にも角にも切り替えだ。
見据えるべきは次の甲子園。
そして、見習うべきは相手のショートの守備だった。送球のテークバックが小さく、それでいて早くコントロールの良い送球を、今日の試合ベンチから度々見ていた。あれは多分、相当なリストがあるからこそのフォームなのだろうが、俺も真似出来ないだろうか。
上手くいったら、送球までの選択肢がより幅広がるような……。
「おい」
なんて考えていたら、及川が目の前に立っていた。
「あ、どうも」
「ああ」
「今日はありがとうございました」
「ああ。……よく負かした相手にそんなこと言えるな」
「負かした?」
俺は首を傾げた。
「いやいや、俺二回も三振したんですよ? 十分負けでしょう」
結局、チェンジアップも狙っていなかったといえ前に飛ばせなかったし。
「は? ホームランにヒットも打たれて俺の完敗だろうが」
及川は苛立ちながら言って、負けを認めたことが癪だったのか頭を掻いた。
「あの結果で、よく負けだなんて宣ったな、一年坊主」
「俺が求めるのは打率十割。守備率十割ですので。まだまだその域には達してない」
「お前、ストイック過ぎて引くわ」
なんだかすごい既視感。
及川は呆れたように俺をしばらく目を細めてみて、突然大きなため息を吐いた。
「まあ確かに。お前の言う通り、最初の二三振を引き合いに出して、俺の勝ち、と喚くことは出来るんだろうな」
「そうですね」
「だけど、それをしたところで俺が敗戦投手であることに代わりはない。お前にスリーランを打たれたことには、代わりない」
言い訳したい本心を宥めるように、及川は言っていた。
「今回は、俺の負けだ」
「認めるんですね」
「次やったら打ち負かせる自信はあるからな。
……それに、面白くないだろう」
「何がです?」
「言い訳をするのは、さ」
及川は、決意が籠った瞳で笑っていた。
「次は覚えてろよ」
「え?」
「プロではお前を、ボコボコにする」
「……そうですか」
俺は、小さく微笑んだ。
及川は踵を返して、俺の前から立ち去った。だから俺も、そのまま球場の外に待機している学校のバスに向かってしまおうと思っていた。
「や、ヒーロー君」
そんな俺の前に、一人の少女が姿を現した。
その少女は、さっきまでそこにいた俺の好敵手である超高校級投手にナンパされて。
俺に一日温めたお守りをくれて。
俺と同居してくれている、そんな少女。
「そんな何度も忍び込むなよ、速水」
呆れて笑うと、いつもより少しだけ朗らかに、速水は笑っていた。
「さっきまでそこに及川いたぞ」
「知ってる。だから隠れてた。あとでこの辺、塩まかなきゃね」
「いや、さすがにそれはひどすぎだ」
「そうかな?」
アハハと速水は笑った。
「それで、どうしたの。どうせ後で会えるのに」
家に帰れば、どうせ同居しているからな。
「そうなんだけど……。なんだか震えちゃってさ。すぐにでも会いたかったの」
「あ、そう」
なんだかこっぱずかしい。
「おめでとう」
「え?」
恥ずかしがっていると、速水の声を聞き逃してしまった。
「なんだか君がドンドン遠くに行ってしまう気がするよ」
どうやらさっき聞き逃した言葉を、再び言ってくれる気はないらしい。
「だったら、また頬つねるか?」
「いいの?」
「……やっぱ駄目だ。この前のあれ、結構痛かった」
いつか部屋で頬をつねられた時のことを思い出して、俺は拒否した。
「君の凄いところは、ドンドン遠くに行くのにその様子を微塵も感じさせないところかもね」
「うぅむ? よくわからんぞ」
「いいよ。わからなくて」
速水は笑っていた。
「夕飯、家で食べるの?」
「おう。そのつもりだ」
「そっか。じゃあ何か食べたい物ある?」
「おう?」
「優勝したご褒美に、君の食べたい物作って待ってるよ」
「おお、そうか。じゃあシチューで」
「即答だね」
「ああ、好物だからな」
「そっか」
速水は、笑顔を絶やさなかった。
「じゃあ、また後でね」
そして、そう言って球場を後にした。
まあ事実、俺達はまた後で再会することになる。何せ同居しているからな。
……試合中にも彼女の顔が度々浮かんだりしたが、思えば俺がこうして試合で活躍出来ている土台を作ってくれているのは、速水のおかげだよな。
俺のルーティーンを邪魔しないでくれて。
俺のためのご飯を振舞ってくれて。
俺のために、お守りをくれて。
今日の勝利も、彼女のおかげなのだろう。
全てのプレーは繋がっている。それは何も、試合内だけの話ではないのかもしれない。
確固たる闘争心も。実力も。
それを築ける土台がないと意味を成さない。
中学時代、まるで思い通りに行かなかった時のように、俺は今、恵まれた環境にいるからこれだけの成果を引っ提げられた。
そして、その土台を築けた理由は……。
海外赴任に行った父でもあり。
放任主義な母でもあり。
俺のため、色々なことをしてくれている速水でもあるのだろう。
「帰ったら、キチンとお礼を言おう」
そんなことを思いながら、俺は球場を後にした。
やーっとやきう編書き終わった




