再び本気の勝負
三回表。
前回、俺のファインプレーで終わった流れを引き継いで、そのまま勢いに乗って点を取れれば、これ幸いという展開だった。
及川もその辺は理解しているのだろう。いつにもまして、切れの良い球を下位打線相手に投じていた。
まあ、下位打線を出塁させれば上位打線に回っていく、という状況も加味しているのかもしれない。
及川にとって、今の試合展開はあまり楽なものではないだろう。
リードしているとはいえ、そのリードはたった一点。かつ、前川がふらふらしたピッチングをしているために、イニング間の時間がまばらだった。投球練習が間延びしたり、突然打ち切られたり、一定のペースで準備を出来ない状態は、やはり気持ちの悪いものだ。
そんな理由かはいざ知らず、及川は七番の平泉先輩に対して、チェンジアップを珍しく投げミスした。
平泉先輩はタイミングを外されながらも食らいつき、打球は三遊間を抜けるコースヒットとなった。
好投手及川相手の初ヒットに、球場が湧いた。
打った平泉先輩も、一塁からどこか得意げにしていた。
続く八番の前川は送りバントをキッチリと決めた。これでワンアウト二塁。願ってもないチャンスが、ようやくこっちに巡ってきた。
……しかも、俺に打順が回る。
及川は今日初めてのピンチを前に、マウンドで一度大きく息を吐いていた。
ネクストバッターズサークルで準備を始めた俺の耳に、いつにもまして大きなミット音が響いた。
及川のストレートだった。
確か……大会前まで、あいつの自己最速は一五二キロだったか。今スコアボードに刻まれた球速は、一五四キロ。
この緊張する場面で、及川は一つギアを上げたらしい。
球場が、豪速球に再び湧いた。
九番の村田先輩は、その豪速球を前に成すすべなく、三振。
そして、俺は打席に立った。
……俺の狙い球は、あくまで高めのストレートだった。
今日の及川のストレートはすさまじい。あれだけの球なら、低めにコントロールせずとも勝負出来るだろうし、なんなら威力の高い高め勝負で十分だろう。
初球は、またしてもチェンジアップだった。
低めに外れて、ボール。
二球目は、お茶濁しのスライダー。大きく外れてツーボール。
三球目は、チェンジアップが低めに決まり、ツーボールワンストライク。
四球目……。
くそう。
再びのチェンジアップ。低めだし、ボールだと思って自信をもって見送ったのだが、やはり今日の主審の低めの……というか、チェンジアップの低めの判定は緩慢だった。
ストライクで、カウントはツーボールツーストライク。
一打席目同様、俺は一球も手を出せずに追い込まれた。
……ただ、見立て通り、及川のチェンジアップのコントロールは素晴らしい。ここまで一球も高めに浮いてくることはない。
ツーアウトでのランナー二塁だし、シングルヒットでも同点だ。
ここは、大振りする必要はないし、低めのチェンジアップのストライクゾーンもここまでの出し入れで見えてきた。
チェンジアップが仮にここで低めに来ても、ヒットは飛ばせずともカットは出来る。
五球目、チェンジアップ。
ストライクだと判断し、俺はカットした。
良し。予想通り、カットは出来る。
あとは、高めに来るストレートをヒットゾーンに飛ばすだけ。
六球目、またもチェンジアップ。
……ボールだ。
ワンバウンドする変化球を、俺は見送った。これでフルカウントだ。
来る。
直観的に俺は悟った。次の球は、ストレートだ。
それでもチェンジアップへの警戒は捨てない。
低めは見極めて、高めは軽打でライト前へ。
どっちだ。
及川の投じた七球目は……。
ズドン!
直観通り、ストレート。
しかし、今日初めてお見舞いされるストレートに、俺のバットは空を切った。
凄まじい威力のストレートだった。
浮き上がるように見える軌道。風切り音が聞こえてくる切れ。そしてあの球速。
スコアボードに刻まれた速度は、一五五キロ。再び、自己最速を更新する球速だった。
今大会初三振をさっき喫してからの二打席連続三振。非常に悔しい結果なわけだが、俺はバッティンググローブを外しながら、昂る感情を抑えられる気がしなかった。




