一番遊撃手
トイレから出た俺は、すぐに自分達のベンチの方へと戻っていった。もうまもなく、試合前ミーティングが始まる時間だった。
「遅かったな」
ミーティングに加わるや否や、新井が俺に呟いてきた。
「ああ、ちょっと宣戦布告していた」
いや、あれはされていたと言う方が正しいのだろうか?
まあ、なんでもいいや。
「注目!」
監督が、声を張った。
「まずは……今日まで皆、怪我無くよく戦い抜いてきた。おかげで、俺達は今年もまた東東京大会決勝戦まで駒を進めることが出来た。ありがとう」
「はいっ!」
野球部の野太い掛け声が響いた。
「もう既に全員知っているだろうが、今年の決勝戦の相手は首都第一。先発で投げるであろう及川には、先日の練習試合で辛酸を舐めさせられた。絶対にやり返せよっ!」
「はいっ!」
「ここまで来ても基本にはあくまに忠実に! ボールを捕る。投げる。走る。打つ。これまで耳がタコになるくらい何度も言ってきたが、全てのプレーは繋がっている!
それは、一つのプレーだけじゃないからな。その前のプレー。その前の前のプレー。そして、後に続くプレー。
全てが全て繋がっていく! 絶対に慢心するな! 周囲をよく観察して、最善のプレーを心掛けるように」
「はいっ!」
監督、今日は随分と気合が入っているな、と部員の誰かが呟いた。確かにまあ、いつにもまして今日の監督は声を張り上げている。それくらい、甲子園の掛かる今日の試合に意気込んでいるのだろう。
それに、監督の言いたいことは良くわかる。
だから、俺はこの言葉を今日は心掛けてプレーしようと思った。
……もう試合に出るのは確定かよ、とか野暮なことは思わないでほしい。
俺には、実績がなかった。
名門校である我が校の野球部の連中がリトルリーグ、シニアリーグで得てきた輝かしい実績に勝る実績は、これまで一つもありはしなかった。
だけど、今ではどうだ。
この大会通じての打率は、五割超。ホームランは初戦の二発以降はないが、打点は十一を数えている。
俺よりも周囲の方がマークされていた、という部分もあるだろうが、俺の成績はチーム内でもトップクラスだった。
つまり俺は、ここまで実績を残し続けてきたわけだ。
『実績から得られる信頼は、崩れるのもあっという間だが、築くのも早いものだからな』
いつだったか、俺は速水にそんなことを言った。
強がりでもなく、そうなることはわかっていたから、言った。
今、俺は確固たる実力で、実績で、自分のスタメン入りを確定している。
「それでは、スターティングメンバーを発表する」
監督は、手元のボードを見ながら声を張り上げた。
「一番!」
……築いた実績を自覚しているから、俺は驚くことはなかった。
「遊撃手!」
だけど……。
「武田!」
身震いは、止まらなかった。




