エースとのご対面
決勝戦の日は、いつにもまして暑い日だった。十分な水分補給をした上で試合に望むように、と事前に監督から注意喚起があった。
試合前のノックとかボール回しを行って、それなりの汗を掻いて、それからしばらくすると、相手校の選手の練習が始まった。
「前川、どんな感じだよ」
ブルペンに、今日の先発投手がほぼ内定している前川の様子を見に行った。
前川は俺に返事は寄越さず、キャッチャーミット目掛けて速球をミサイルみたいな爆音轟かせて投げ込んでいた。
「気合入ってるな、あいつ」
俺の背後から、前川の様子を見てそう呟いたのは、新井だった。
「確かにまあ、いつにもまして球が切れてるな」
「ああ。今日は全校応援だからな」
「新井、それと前川の好調がどんな関係があるんだよ」
俺が首を傾げると、新井は下世話な笑みを浮かべていた。
「知らねえの?」
「知らねえよ」
言葉足らずすぎて、最早新井が何を知っているのか尋ねたいのかもわからなかった。
「……今日は全校応援だから、お前のクラスの速水さんが来るんだよ」
「おいっ、新井! 余計なこと言ってんじゃねえ!」
投げ込みを終えた前川が、新井に突っかかりに来ていた。
「なんだよ、恥ずかしいのかよ。いいじゃねぇか、速水さんのために一生懸命投げるお前の意気込みを買ってやってるんだよ」
新井の顔は言葉とは裏腹に、下衆な笑みを浮かべていた。
「うるせえ! そんなんじゃねぇ」
前川の顔は言葉とは裏腹に、真っ赤だった。
「お前ら、何話してんだ?」
俺は首を傾げて、二人の茶化し合いに介入した。
途端、同級生二人は俺を哀れむような目で見た。
「……まあ、お前は野球バカだからな」
「けっ」
え、何こいつら。ちょっとうざいんだけど。
「……って、そうじゃなくて、速水は初戦から試合見に来てくれてるだろ」
「……えぇ!?」
しばらくして、前川が驚いたように叫んだ。
「こっちの応援席の内野席、いつも最前列陣取って観戦してるぞ。暑さ対策で白い帽子被って」
「お前、なんで知ってるの?」
「そりゃあ……」
同居しているから、と言いかけて、これ言っちゃいけないやつだと思い出した。
「あ、安藤って野球バカがいるんだよ、速水のグループに。そいつが教えてくれた」
「あ、安藤さんも来てたの!?」
今度驚いたのは、新井だった。
なんだこいつら、一喜一憂して。
「……初戦から、もっと格好いい姿見せたかったな」
「……ああ」
そして、わかりやすく凹んだ。これ、試合に悪影響を及ぼしそうだな。
「じゃ、じゃあ今日挽回しろよ。よくわからんけど」
そう言うと、二人はしばし凹み続けた後、確かに、と腑に落ちたように頷き、無言でベンチに戻っていった。
「なんだ、あいつら……」
幾ばくかの不安が去って緊張が解けたのが原因なのか、はたまた水分補給が過剰だったのか。
二人が去った頃、俺は強烈な尿意に襲われた。
「試合始まる前に、トイレ行くか」
球場内部をスパイクで歩くと、カツカツと耳障りの良い音が響いていた。
トイレは、ブルペンからほぼ真逆、つまり相手校のベンチ付近にあった。
そこまで歩いていくと、
「いいじゃんいいじゃーん」
俺は、目を丸めた。
「……えぇと」
「いいでしょ、メルアドくらい。教えてよー」
そこで見たのは、猫なで声で速水に絡む及川の姿だった。明らかに、速水は困っていた。
……あれか。
所謂、ナンパというやつか。
まったくあの女、つくづく扱いが不遇だな。
調理部が廃部になってたり。
相手校のエースにナンパされて困ったり。
ろくでなしの男と同居させられたり。
……あれ、今俺自分のことをろくでなし認定していなかったか?
まあ、いいか。
「何やってるんだよ」
一先ず俺は、仲裁に入った。
「あれー? 武田君じゃん!」
「て、哲郎」
速水は慌てて俺の方に駆けてきて、俺の背中に隠れた。
「……もしかして、二人はそういう仲だった?」
「違いますよ」
「まあ確かに違うね……」
この女、なんで凹んでるの?
「あっ、そう? じゃあアドレス教えてよ」
「そ、それは勘弁してください……」
「ちぇー。つれないなあ」
「及川さん、あんた今日何しにここに来てんだよ」
呆れて、俺は言った。
「何って……」
及川は驚き目を丸めて、続けた。
「お前達を倒してモテモテになりに来た」
俺は、イラッとした。




